2023.02.23
今季、悲願の学生駅伝3冠を達成した駒大。勇退を決意して臨んだ大八木弘明監督にとって、まさに“有終の美”だった。この1年のみならず、トラックから駅伝と年間通して厳しいトレーニングをこなす選手たち。加えて、大八木監督は常に「世界」を見据えて指導している。そんなハードスケジュールを支えたのが、指揮官が感謝を口にする妻・京子さんをはじめとするサポート態勢だった。
世界を目指してきたからこその進化
2022年度、駒大は出雲駅伝、全日本大学駅伝、そして箱根駅伝の3冠を達成した。“常勝軍団”とまで言われるチームを作り上げたのは大八木弘明監督。箱根駅伝後に3月いっぱいでの「電撃退任」を表明したが、指導者として携わり学生駅伝最多となる27回の優勝を誇る。
1995年、大八木監督が母校・駒大の指揮官(当時はコーチ)に就任。箱根駅伝は2000年に初優勝を飾ると、2002~2005年には4連覇を達成し、いつしか駒大は「平成の常勝軍団」と呼ばれるようになった。しかし、2006年に山上りの5区が最長区間(2016年まで)になると、箱根のタイトルから遠ざかる。2009年にはシード落ちも経験した。
一方で村山謙太(現・旭化成)、中村匠吾(現・富士通)らを擁して全日本大学駅伝は4連覇(2011~14年)を果たすなど、伊勢路では勝ち続けた。駅伝3冠には2度も王手をかけながら、最終決戦で涙を飲んでいる。
世界を目指すことと駅伝を勝つこと。この両立の難しさとともに、「時代が違う」と感じ始めた大八木監督だったが、指導の情熱が再熱したきっかけの一つが田澤廉との出会い。「朝から自転車に乗っていますよ」と現場に立ち、誰もが驚くほど選手との距離も近くなった。そうして迎えた2021年の箱根駅伝は13年ぶりの優勝。今年度は4年生になったエース・田澤がオレゴン世界選手権10000mに出場し、悲願の学生駅伝3冠にも到達した。
大八木監督は、「平成の常勝軍団」と「令和の常勝軍団」の違いについてこう語る。
「箱根で4連覇を達成したときは、選手層を厚くして、箱根を中心に考えてチーム作りをしてきました。近年は箱根と世界の両方を目指してきたんです。世界を狙うには、自ら動く姿勢が必要になってきます。その方向に指導者がいかに導くことができるのか。1~2年生には『こうやりなさいよ』と言います。だけど3~4年になったら、自分に何が足りないのかを理解して、自分から進んでいくようにならないと一流にはなれません。指導者が言っていることしかやらない選手は駅伝レベルで終わります」
田澤は大学の練習だけでなく、パーソナルトレーナーと契約して、自身の身体を強化。鈴木芽吹(3年)も低酸素ルームのあるジムでトレーニングを行うなど、エースたちは自ら考えて行動している。それが駒大の“無類の強さ”になっている。
世界を目指す選手たちはトレーニングの質も高い。最近は実業団に所属するケニア人選手たちのレベルまで引き上げてスピード練習を行うこともあるという。
「400mのインターバルなら60秒ぐらいでやりますよ。5000m12分台を出すには、63秒の平均では届きません。日本人選手もケニア人選手と同じくらいのトレーニングをしないと世界では戦えませんから」
駅伝だけでなく、世界を本気で見つめてきたからこそ、駒大は『史上最強チーム』に進化した。
3冠を支えた『チーム駒大』のコンディショニング
駒大が世界挑戦と駅伝優勝の両立を果たし「令和の常勝軍団」へと“進化”。それを見届けて指揮官は教え子の藤田敦史ヘッドコーチにタスキをつなぐ。
激動の学生長距離界において、名将はいかにして常勝軍団を築き上げたのか。ハイレベルなトレーニングで“子供たち”を強化するのはもちろん、世界を目指すスケジュールと秋以降の駅伝を見据えたトラックシーズンをこなすのは至難の業。特に2022年度はエースの突破力だけでなく、厚い選手層を作ることで、かつてない総合力を獲得した。
「今回の箱根駅伝は私のためではなく、女房のためにがんばってくれた選手は多いですよ」
大八木監督はそう言って笑う。監督の妻で、28年間も寮母を務めている京子さんの存在は大きい。就任当初は選手たちが交代で食事を準備していたが、「練習に専念してほしい」という思いから京子さんが朝・夕の食事を作るようになったという。

京子さんは家庭的な食事を提供することを心がけ、体調を崩した選手にはお粥を作ってサポートすることもあるという
幼い我が子をおぶって厨房に立っていた時期もある。本格的な食事を提供するため管理栄養士の資格まで取得して選手をサポートしてきた。
「練習メニューに合わせてバランスの良いメニューを考えてくれるんです。近年は業者に委託しているチームが大半ですけど、業者だと融通が利きません。体調を崩した選手にはお粥を作ってくれる」
箱根駅伝のレース当日は選手たちが食べたいものを提供するために、区間エントリーが行われる12月29日にリクエストを聞く。ちなみに田澤は京子さんお手製の焼肉丼を食べて2区を激走した。
「女房にもまかないをやらせて苦労をさせっぱなし。女房も少し休んでもらいたい思いもあった。そのためには監督を退かないと、女房も退けないのかなという思いもありました。女房に何一つやってあげられていない。一緒になってから旅行にも行けていない」
箱根駅伝後に語った京子さんへのねぎらいの言葉が、どれほどの存在だったか物語っている。
大八木監督からはチームをサポートしてくれた企業への感謝の言葉もあった。栄養たっぷりの食事を摂っていても、極限まで自らを追い込む長距離ランナーは体調管理が非常に難しい。手洗いやうがいの徹底はもちろん、次亜塩素酸の消毒液を1人1本持たせたせるなどの対策も講じていたという。「大塚製薬のボディメンテを体調管理面で重宝していますよ」と大八木監督は言う。

ポイント練習が終わった30分以内にボディメンテ ゼリーを摂取して体調管理をするのが選手たちのルーティンになっている
「選手たちはポイント練習が終わった30分以内にゼリーを摂取するようにしています。発汗が多いときにはドリンクも積極的に飲んでいますね。ボディメンテを摂取するようになって体調管理の不安が減り、コンディションに役立ちました」
また、「ファイテンさんが長年サポートしてくれてありがたい」と大八木監督。故障防止、疲労回復のためのボディケアは不可欠で、ファイテンの酸素カプセルとフットマッサージャー「ソラーチ」も積極的に活用してきた。酸素カプセルは寮内に設置してあり、選手たちは心身をリフレッシュ。フットマッサージャーは足の中足骨周辺の筋肉をほぐしてくれる器具になる。

ハードワークの後はファイテンの酸素カプセルやフットマッサージャー「ソラーチ」などを使ってしっかりと身体をケア
「走り込むと足のアーチが落ちたりするので、フットマッサージャーは合宿にも持っていくんです。練習前後には足底筋のマッサージをします。ファイテンの商品は20年以上前から使っているんですけど、最近の選手はチタンネックレス、チタンテープ、パワーテープなども使っていますね」
練習、栄養、ボディケア。それを選手たちが徹底したことでコンディションを整えて試合に臨める。誰が出ても同じように活躍できる水準にまで底上げができた。まさに『チーム駒大』一体となってつかみ取った3冠だったと言える。
悲願を達成した駒大。すでに新たな目標へ向かって走り始めている。
文/酒井政人
世界を目指してきたからこその進化
2022年度、駒大は出雲駅伝、全日本大学駅伝、そして箱根駅伝の3冠を達成した。“常勝軍団”とまで言われるチームを作り上げたのは大八木弘明監督。箱根駅伝後に3月いっぱいでの「電撃退任」を表明したが、指導者として携わり学生駅伝最多となる27回の優勝を誇る。 1995年、大八木監督が母校・駒大の指揮官(当時はコーチ)に就任。箱根駅伝は2000年に初優勝を飾ると、2002~2005年には4連覇を達成し、いつしか駒大は「平成の常勝軍団」と呼ばれるようになった。しかし、2006年に山上りの5区が最長区間(2016年まで)になると、箱根のタイトルから遠ざかる。2009年にはシード落ちも経験した。 一方で村山謙太(現・旭化成)、中村匠吾(現・富士通)らを擁して全日本大学駅伝は4連覇(2011~14年)を果たすなど、伊勢路では勝ち続けた。駅伝3冠には2度も王手をかけながら、最終決戦で涙を飲んでいる。 世界を目指すことと駅伝を勝つこと。この両立の難しさとともに、「時代が違う」と感じ始めた大八木監督だったが、指導の情熱が再熱したきっかけの一つが田澤廉との出会い。「朝から自転車に乗っていますよ」と現場に立ち、誰もが驚くほど選手との距離も近くなった。そうして迎えた2021年の箱根駅伝は13年ぶりの優勝。今年度は4年生になったエース・田澤がオレゴン世界選手権10000mに出場し、悲願の学生駅伝3冠にも到達した。 大八木監督は、「平成の常勝軍団」と「令和の常勝軍団」の違いについてこう語る。 「箱根で4連覇を達成したときは、選手層を厚くして、箱根を中心に考えてチーム作りをしてきました。近年は箱根と世界の両方を目指してきたんです。世界を狙うには、自ら動く姿勢が必要になってきます。その方向に指導者がいかに導くことができるのか。1~2年生には『こうやりなさいよ』と言います。だけど3~4年になったら、自分に何が足りないのかを理解して、自分から進んでいくようにならないと一流にはなれません。指導者が言っていることしかやらない選手は駅伝レベルで終わります」 田澤は大学の練習だけでなく、パーソナルトレーナーと契約して、自身の身体を強化。鈴木芽吹(3年)も低酸素ルームのあるジムでトレーニングを行うなど、エースたちは自ら考えて行動している。それが駒大の“無類の強さ”になっている。 世界を目指す選手たちはトレーニングの質も高い。最近は実業団に所属するケニア人選手たちのレベルまで引き上げてスピード練習を行うこともあるという。 「400mのインターバルなら60秒ぐらいでやりますよ。5000m12分台を出すには、63秒の平均では届きません。日本人選手もケニア人選手と同じくらいのトレーニングをしないと世界では戦えませんから」 駅伝だけでなく、世界を本気で見つめてきたからこそ、駒大は『史上最強チーム』に進化した。3冠を支えた『チーム駒大』のコンディショニング
駒大が世界挑戦と駅伝優勝の両立を果たし「令和の常勝軍団」へと“進化”。それを見届けて指揮官は教え子の藤田敦史ヘッドコーチにタスキをつなぐ。 激動の学生長距離界において、名将はいかにして常勝軍団を築き上げたのか。ハイレベルなトレーニングで“子供たち”を強化するのはもちろん、世界を目指すスケジュールと秋以降の駅伝を見据えたトラックシーズンをこなすのは至難の業。特に2022年度はエースの突破力だけでなく、厚い選手層を作ることで、かつてない総合力を獲得した。 「今回の箱根駅伝は私のためではなく、女房のためにがんばってくれた選手は多いですよ」 大八木監督はそう言って笑う。監督の妻で、28年間も寮母を務めている京子さんの存在は大きい。就任当初は選手たちが交代で食事を準備していたが、「練習に専念してほしい」という思いから京子さんが朝・夕の食事を作るようになったという。 [caption id="attachment_93503" align="alignnone" width="800"]


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