2020.06.13
池田向希(東洋大)
歩き続ける生粋の〝負けず嫌い〟
3月15日の全日本競歩能美大会の男子20㎞を制し、東京五輪代表の2枠目をもぎ取ったのは池田向希(東洋大)だった。学生ながら昨年のドーハ世界選手権20㎞競歩で6位入賞も果たしている日本競歩界期待のホープは、決してエリート街道を歩いてきたわけではない。高校時代はタイトルと無縁で、大学入学時はマネージャー兼務だった。5月で22歳となった〝負けず嫌い〟のウォーカーは、いかにして成長を遂げてきたのだろうか。
◎文/向永拓史
髙橋との一騎打ちを制す
灼熱のドーハ。20㎞を歩き終えた池田向希(東洋大)は、インタビューを終えるとこらえていた涙が止まらなかった。学生で挑んだ初めての世界選手権、過酷な条件の中で6位入賞。それでも、だ。
「何もできなかった。目指していたのはそこ(入賞)ではなかったので、精神面でも技術面でも力不足を感じました」
約5ヵ月後、今年3月15日の全日本競歩能美大会男子20㎞。池田は1時間18分22秒で初優勝を飾り、東京五輪代表内定をつかみ取った。世界選手権、そして2月の日本選手権20㎞(2位)と内定を得られず、これが3度目の挑戦。「最後は悔いが残らないように、最大限の力を出し切ろう」とスタートラインに立った。
レースは中盤まで落ち着いた展開。しびれを切らした鈴木雄介(富士通)が11㎞からの1㎞を3分48秒にペースアップ。その後は、池田、髙橋英輝(富士通)、古賀友太(明大)、そして鈴木の4人が先頭集団を形成する。15㎞過ぎに鈴木が再びペースを上げ、それについた池田と髙橋が16㎞手前でついに先頭に立った。17㎞以降は戦前の予想通り一騎打ちに。
「タイムにこだわらず、優勝して内定するのが一番の目的」と池田。途中から「後半勝負だと思った」と、〝その時〟のために勝負所を見極めていた。髙橋の持ち味はスピード。池田には苦い思い出がある。昨年の日本選手権20㎞では、髙橋とのラスト勝負に屈して2位。差はわずか1秒だった。その経験から、最後の最後で勝負するのではなく、「もう少し早めに仕掛けて、じわじわと差をつけたい」。髙橋の足音を脅威に感じながら、18㎞以降、1㎞ごとに3分53秒で刻んでいく。ラップはイーブンだが「いつでも上げられる感覚」を持っていた。「ここで勝負を決めたい」という思いと「ラストスパート勝負になっても勝ち切れるように」という気持ち、両方を持つ余裕が池田にはあった。
「最後は気持ちが強いほうが勝つ」
フィニッシュし、両拳を握りしめて雄叫びを上げた。「コーチ、監督、仲間がずっと一緒に戦ってくれました。毎回応援にかけつけてくれた家族の目の前で決められてホッとしています。感謝の気持ちでいっぱいです」。昨年10月に50㎞で内定を得ているチームメイトの川野将虎に続いて、東洋大から2人目の五輪代表内定だった。
マネージャー兼任で入部
指導する酒井瑞穂コーチ(左)は、池田が入学してすぐに気持ちの強さを感じたと言う
〝エリート・ウォーカー〟ではない。静岡・積志中時代から中長距離が専門で、長距離をするために浜松日体高へ進んだ。だが、選手層の厚さに加え、ケガや貧血も相まって、1年時はレースに出場したのは数えるほど。当時顧問だった鈴木博之先生から勧められたのが競歩。「長距離につながる動きや感覚をつかめるかもしれない。試合にも出られる」。悩んでいた池田は高2から歩き始めた。
すると、その年のインターハイ路線では東海大会まで進出(7位)。「僕も含めて、誰もそこまで行けると思っていなかったんです」。練習を重ねただけ、記録も成績も上向く。気がついたら「競歩の魅力にとりつかれて、夢中になっている自分がいました」。東海大会のあと、自ら「来年はインターハイに出たい。1年間、競歩をメインにやらせてください」と先生に伝えた。
実力をつけた3年時は、県大会2位、東海大会2位。前にはいつも川野がいた。インターハイでも5位入賞したが、川野が3位。「合宿や大会で少し話すくらいでしたが、川野は何事にもストイック。とんでもなく強い選手だと感じていました」。そして高校最後に出場したのが能美の20㎞。「大学を見据えて」志願した。池田はシニアに交じって7位入賞。川野が9位で、「そこで初めて勝ったんです」と池田にとって自信を得ると同時に「これから高みを目指していこう」と思えるレースだった。
池田は名門・東洋大へ進学する。当初、スタッフ陣の中でも「いい選手がいる」と話題には上ったものの、すでに推薦枠は埋まっていた。だが、池田も自らアプローチし、「長距離マネージャー兼」での入部が決まった。「身の回りの整理整頓ができ、マネージャーの仕事をしっかりこなして、誰よりも早くグラウンドに出てきました」と言うのは酒井瑞穂コーチ。歩きについても、「当時はまだコーチではなかったのですが、高速ピッチで骨盤を動かせていました。ランニングフォームのなごりを修正して、もっと〝タメ〟を作って低く脚を振り出せれば、ピッチが武器になりそう」と分析していた。
※この続きは2020年6月12日発売の『月刊陸上競技7月号』をご覧ください。
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池田向希(東洋大) 歩き続ける生粋の〝負けず嫌い〟
昨年のドーハ世界選手権男子20kmで6位入賞を果たした池田 3月15日の全日本競歩能美大会の男子20㎞を制し、東京五輪代表の2枠目をもぎ取ったのは池田向希(東洋大)だった。学生ながら昨年のドーハ世界選手権20㎞競歩で6位入賞も果たしている日本競歩界期待のホープは、決してエリート街道を歩いてきたわけではない。高校時代はタイトルと無縁で、大学入学時はマネージャー兼務だった。5月で22歳となった〝負けず嫌い〟のウォーカーは、いかにして成長を遂げてきたのだろうか。 ◎文/向永拓史髙橋との一騎打ちを制す
灼熱のドーハ。20㎞を歩き終えた池田向希(東洋大)は、インタビューを終えるとこらえていた涙が止まらなかった。学生で挑んだ初めての世界選手権、過酷な条件の中で6位入賞。それでも、だ。 「何もできなかった。目指していたのはそこ(入賞)ではなかったので、精神面でも技術面でも力不足を感じました」 約5ヵ月後、今年3月15日の全日本競歩能美大会男子20㎞。池田は1時間18分22秒で初優勝を飾り、東京五輪代表内定をつかみ取った。世界選手権、そして2月の日本選手権20㎞(2位)と内定を得られず、これが3度目の挑戦。「最後は悔いが残らないように、最大限の力を出し切ろう」とスタートラインに立った。 レースは中盤まで落ち着いた展開。しびれを切らした鈴木雄介(富士通)が11㎞からの1㎞を3分48秒にペースアップ。その後は、池田、髙橋英輝(富士通)、古賀友太(明大)、そして鈴木の4人が先頭集団を形成する。15㎞過ぎに鈴木が再びペースを上げ、それについた池田と髙橋が16㎞手前でついに先頭に立った。17㎞以降は戦前の予想通り一騎打ちに。 「タイムにこだわらず、優勝して内定するのが一番の目的」と池田。途中から「後半勝負だと思った」と、〝その時〟のために勝負所を見極めていた。髙橋の持ち味はスピード。池田には苦い思い出がある。昨年の日本選手権20㎞では、髙橋とのラスト勝負に屈して2位。差はわずか1秒だった。その経験から、最後の最後で勝負するのではなく、「もう少し早めに仕掛けて、じわじわと差をつけたい」。髙橋の足音を脅威に感じながら、18㎞以降、1㎞ごとに3分53秒で刻んでいく。ラップはイーブンだが「いつでも上げられる感覚」を持っていた。「ここで勝負を決めたい」という思いと「ラストスパート勝負になっても勝ち切れるように」という気持ち、両方を持つ余裕が池田にはあった。 「最後は気持ちが強いほうが勝つ」 フィニッシュし、両拳を握りしめて雄叫びを上げた。「コーチ、監督、仲間がずっと一緒に戦ってくれました。毎回応援にかけつけてくれた家族の目の前で決められてホッとしています。感謝の気持ちでいっぱいです」。昨年10月に50㎞で内定を得ているチームメイトの川野将虎に続いて、東洋大から2人目の五輪代表内定だった。マネージャー兼任で入部
指導する酒井瑞穂コーチ(左)は、池田が入学してすぐに気持ちの強さを感じたと言う 〝エリート・ウォーカー〟ではない。静岡・積志中時代から中長距離が専門で、長距離をするために浜松日体高へ進んだ。だが、選手層の厚さに加え、ケガや貧血も相まって、1年時はレースに出場したのは数えるほど。当時顧問だった鈴木博之先生から勧められたのが競歩。「長距離につながる動きや感覚をつかめるかもしれない。試合にも出られる」。悩んでいた池田は高2から歩き始めた。 すると、その年のインターハイ路線では東海大会まで進出(7位)。「僕も含めて、誰もそこまで行けると思っていなかったんです」。練習を重ねただけ、記録も成績も上向く。気がついたら「競歩の魅力にとりつかれて、夢中になっている自分がいました」。東海大会のあと、自ら「来年はインターハイに出たい。1年間、競歩をメインにやらせてください」と先生に伝えた。 実力をつけた3年時は、県大会2位、東海大会2位。前にはいつも川野がいた。インターハイでも5位入賞したが、川野が3位。「合宿や大会で少し話すくらいでしたが、川野は何事にもストイック。とんでもなく強い選手だと感じていました」。そして高校最後に出場したのが能美の20㎞。「大学を見据えて」志願した。池田はシニアに交じって7位入賞。川野が9位で、「そこで初めて勝ったんです」と池田にとって自信を得ると同時に「これから高みを目指していこう」と思えるレースだった。 池田は名門・東洋大へ進学する。当初、スタッフ陣の中でも「いい選手がいる」と話題には上ったものの、すでに推薦枠は埋まっていた。だが、池田も自らアプローチし、「長距離マネージャー兼」での入部が決まった。「身の回りの整理整頓ができ、マネージャーの仕事をしっかりこなして、誰よりも早くグラウンドに出てきました」と言うのは酒井瑞穂コーチ。歩きについても、「当時はまだコーチではなかったのですが、高速ピッチで骨盤を動かせていました。ランニングフォームのなごりを修正して、もっと〝タメ〟を作って低く脚を振り出せれば、ピッチが武器になりそう」と分析していた。 ※この続きは2020年6月12日発売の『月刊陸上競技7月号』をご覧ください。
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