2020.04.16
日本初の男子中距離プロチーム
「阿見AC SHARKS」発足のストーリー
アスリートの「友情」で夢が実現
茨城県阿見町を拠点する阿見アスリートクラブがこの春、選手2人を新たに迎えて「プロ中距離チーム」を立ち上げた。これまでは楠康夫理事長の次男である楠康成がクラブ所属のプロ選手として活動していたが、そこに2015年のインターハイ覇者である田母神一喜(中大卒)と飯島陸斗(早大卒)が加わり、阿見アスリートクラブの「中距離トップチーム」としてスタートを切った。
駅伝での宣伝効果もあって長距離の実業団チームは各地にあるものの、男子中距離に特化したプロチームは日本国内では初めてだ。「トップチームを作ることは私の夢でした」と楠理事長。地方のクラブチームがどのようにしてプロチームを立ち上げたのか、そのストーリーを追った。
日本初の男子中距離プロチームである「阿見AC SHARKS」の3人。左から楠康成、飯島陸斗、田母神一喜
楠の「プロ化」が契機
阿見アスリートクラブが創立されたのは2000年。楠康夫理事長が小学生だった長男の康平とその友人たちを指導したことがすべての始まりだった。最初は「アスレッコクラブ」という名で発足し、規模が大きくなり始めた04年には「NPO法人阿見アスリートクラブ」を設立。06年には楠理事長が25年勤めたヤクルト社を辞め、クラブの経営に専念している。
クラブの規模は年々大きくなり、多くの全国大会出場者や優勝者を輩出した。そんな中、2017年に転機が訪れる。楠理事長の次男で、中距離のトップランナーに成長した楠康成が、当時所属していた実業団を退社したいと相談してきたのだ。そこで、18年に康成をクラブ所属のプロ選手とし、スポンサーを募って活動のサポートを始めた。
「1500mにこだわってやってきたのに、リオ五輪(16年)にはかすりもしなかった。それで、世界に出たいと考えて、憧れていたレオ・マンザーノ選手(米国)にSNSでメッセージを送ったんです。そうしたらコーチを紹介してもらい、『アメリカに来れば指導してあげるよ』と言われました。それで、実業団を辞めてプロになるしかないと考えました」(康成)
17年からの約1年は米国でもトレーニングを積み、ライアン・ポンソンビー・コーチに師事してマンザーノとともに汗を流した。現地では男子800m前日本記録保持者である横田真人コーチと出会って意気投合。ライアンコーチの勧めもあって康成は18年から東京に拠点を移し、新谷仁美や卜部蘭(ともに現在は積水化学所属)らが活動する通称『チーム横田』の一員として横田コーチに指導を受けるようになった。
同時に「阿見アスリートクラブ東京支店」を立ち上げ、中高生や市民ランナーへの指導も開始。そこにアシスタントコーチとして参画したのが田母神一喜と飯島陸斗だった。
なかでも田母神は大学1年から4年の前期まで横田コーチに指導を受けており、康成が東京に拠点を移す際には同じく中距離が専門の中谷浩崇(当時慶大)と3人でシェアハウスをすることになった。その頃から康成は田母神に冗談半分で「阿見ACで一緒にやろうぜ」と声をかけていたというが、本気ではなかった。田母神のほうも実業団での競技継続を希望していた。
2018~19年は楠1人が阿見アスリートクラブ所属のプロ選手として活動していた。胸の「MOROOKA」はスポンサーである株式会社諸岡のロゴで、現在も阿見アスリートクラブをサポートしている
「借金をしてでもやりたい」
友情の連鎖でトップチーム結成
ところが、阿見AC東京支店としての活動を続けていくうちに楠親子には次なる構想が浮かび上がった。それが、阿見ACに中距離の「トップチーム」を創設することだった。
日本の陸上界において中距離選手の受け入れ先は決して多くない。1500mランナーであれば実業団駅伝の戦力も兼ねて採用されるケースはあるが、駅伝をやらずに中距離に集中できる環境に身を置ける選手はほとんどいないのが実情だ。だからこそ、田母神や飯島が卒業後の進路を考えるタイミングで、楠理事長は阿見ACが中距離選手の受け皿になることを具体的に考え始めたのだ。
そこで、2018年の秋、楠理事長は同じ茨城県出身の飯島に声をかけた。飯島はもともと阿見ACの会員ではなかったが、身長181cmと体格に恵まれ、緑岡高3年時の2015年にはインターハイの800mで優勝している。そのインターハイで1500mを制した田母神とは親友同士で、康成の練習仲間としても適任と言える人材だった。
ただ、飯島のもとにはすでに複数の実業団からオファーがあったという。それでも、「陸斗の力を貸してほしい」という楠理事長の言葉に、「うれしかった。力になりたいと思いました」と飯島の心は動かされた。まだ待遇面での保障はできないと念を押されたが、「阿見ACで活動したい」という思いが強くなっていった。
すると、その話に田母神も興味を持った。もともとは実業団を志望していたが、横田コーチと相談するうちに卒業後の進路を再考するようになったという。
「横田さんには『自分のやりたいことを考えろ』と言われました。僕は将来、地元に密着した陸上チームを福島に作りたいと考えています。そのためにも中距離の人気を高めたいですし、それならば実業団ではないかたちでチャレンジしたいと思いました」(田母神)
それなら2人とも迎え入れよう、と楠理事長は喜んだが、阿見ACは新たに2名の選手を抱えるには資金が足りなかった。そこで、楠理事長は横田コーチに相談し、「トップチームを作るのは私の夢。借金をしてでもやりたい」と熱弁したという。それに対して横田コーチは「では、スポンサーを探しましょう」と提案し、『夢』への挑戦が始まった。
飯島も田母神も、将来に不安がなかったわけではないだろう。ただ、2人とも「最初は生活できるくらいのお金があればいい」(田母神)と腹をくくった。何よりも「陸斗の存在が大きかった。行くなら2人で、と思っていた」と田母神は言う。楠親子から飯島、そして田母神へ。友情の連鎖で、阿見AC中距離チームの発足に向けて前進していった。
地元の茨城で阿見アスリートクラブを運営している楠康夫理事長(左端)。現在の会員数は定期練習会に参加するのが約300人で、イベントの時だけ参加するメンバーも合わせると延べ人数は2000人を超えるという〔写真提供/阿見アスリートクラブ〕
米国大手のBROOKSと契約
「阿見AC SHARKS」が誕生
その矢先に阿見ACは急展開を迎えることになる。2019年4月、アキレス社は伊藤忠商事と契約し、米国でナンバーワンのシェアを誇るランニングシューズブランド「BROOKS(ブルックス)」を取り扱うことになった。阿見ACはもともとブルックスの製品を使っていたことから、6月に開かれた契約発表会に楠理事長が足を運び、その場でアキレス社と接触。ブルックスの中距離チームを作ることを提案したのだ。
これはブルックスを日本国内でブランディングしようとするアキレス側にとっても『渡りに船』だった。アキレスでブルックス関連の事業を統括するシューズ営業本部新規事業開発担当の津端裕副本部長(※通学履きジュニアスポーツシューズ「瞬足」の生みの親)は、「楠理事長の中距離への情熱に賛同しました。最高のタイミングでした」と明かす。
「ブルックスのランニングシューズを扱うということは、日本で実績のあるメーカーと戦うということ。ただ、ブルックスのプロダクトも完成度は高い。中距離の選手たちがその強みを生かして戦うことで、ブランドとしてももっとポテンシャルを発揮できると思いました」(津端副本部長)
こうして阿見ACの中距離トップチームにはブルックスというスポンサーがつくことになった。楠理事長が長年描いた夢は、ついに現実のものとなったのだ。
「阿見アスリートクラブが20年かけて作り上げてきたエネルギーをこの事業に懸け、世界を目指す新しい道を作り上げたい」
楠理事長はそう決意表明した。
中距離トップチームの愛称は、クラブのマスコットキャラクターであるサメの「さめぞう」にちなんで『阿見AC SHARKS』に決定した。康成は2019年から挑戦を始めた3000m障害で東京五輪出場を目指しており、田母神と飯島は2024年パリ五輪を見据える。
「感覚をシェアできますし、3人ともタイプが違うのが良かったと思います。ここから新しい中距離界を作っていきたいですね」(康成)
ただ、阿見ACの選手たちが目指しているのは競技面での活躍だけではない。中距離のプロチームとして活動を続け、セカンドキャリアも含めて陸上界の新たなモデルケースになる――。それは日本の陸上界にとっても大きなチャレンジとなる。
2020年春、創設21年目に阿見アスリートクラブが大きな一歩を踏み出した。
BROOKSと契約を結んでスタートを切った阿見AC SHARKSのメンバー。左端はBROOKS部門を統括するアキレスのシューズ営業本部新規事業開発担当の津端裕副本部長、右端は同社シューズ第2営業本部アスレチックグループ長の栗岩克明課長
文/山本慎一郎
<関連リンク>
・【PR】「阿見AC SHARKS」がBROOKSのシューズを語る(月刊陸上競技2020年5月号掲載記事)
・【陸上】日本初の男子中距離プロチーム「阿見AC SHARKS」発足のストーリー(Yahoo!Japan)
・【アイテム紹介】見た目以上に走りやすいBROOKS「Ghost 12」
・阿見アスリートクラブ
・日本陸上界初の中距離専門プロチーム「阿見AC SHARKS」のサポートを開始(BROOKSのプレスリリース)
・米国ランニングシューズブランド「BROOKS(ブルックス)」日本陸上界初の中距離専門プロチーム「阿見AC SHARKS」のサポートを開始(アキレスのプレスリリース)
日本初の男子中距離プロチーム 「阿見AC SHARKS」発足のストーリー アスリートの「友情」で夢が実現
茨城県阿見町を拠点する阿見アスリートクラブがこの春、選手2人を新たに迎えて「プロ中距離チーム」を立ち上げた。これまでは楠康夫理事長の次男である楠康成がクラブ所属のプロ選手として活動していたが、そこに2015年のインターハイ覇者である田母神一喜(中大卒)と飯島陸斗(早大卒)が加わり、阿見アスリートクラブの「中距離トップチーム」としてスタートを切った。 駅伝での宣伝効果もあって長距離の実業団チームは各地にあるものの、男子中距離に特化したプロチームは日本国内では初めてだ。「トップチームを作ることは私の夢でした」と楠理事長。地方のクラブチームがどのようにしてプロチームを立ち上げたのか、そのストーリーを追った。
楠の「プロ化」が契機
阿見アスリートクラブが創立されたのは2000年。楠康夫理事長が小学生だった長男の康平とその友人たちを指導したことがすべての始まりだった。最初は「アスレッコクラブ」という名で発足し、規模が大きくなり始めた04年には「NPO法人阿見アスリートクラブ」を設立。06年には楠理事長が25年勤めたヤクルト社を辞め、クラブの経営に専念している。 クラブの規模は年々大きくなり、多くの全国大会出場者や優勝者を輩出した。そんな中、2017年に転機が訪れる。楠理事長の次男で、中距離のトップランナーに成長した楠康成が、当時所属していた実業団を退社したいと相談してきたのだ。そこで、18年に康成をクラブ所属のプロ選手とし、スポンサーを募って活動のサポートを始めた。 「1500mにこだわってやってきたのに、リオ五輪(16年)にはかすりもしなかった。それで、世界に出たいと考えて、憧れていたレオ・マンザーノ選手(米国)にSNSでメッセージを送ったんです。そうしたらコーチを紹介してもらい、『アメリカに来れば指導してあげるよ』と言われました。それで、実業団を辞めてプロになるしかないと考えました」(康成) 17年からの約1年は米国でもトレーニングを積み、ライアン・ポンソンビー・コーチに師事してマンザーノとともに汗を流した。現地では男子800m前日本記録保持者である横田真人コーチと出会って意気投合。ライアンコーチの勧めもあって康成は18年から東京に拠点を移し、新谷仁美や卜部蘭(ともに現在は積水化学所属)らが活動する通称『チーム横田』の一員として横田コーチに指導を受けるようになった。 同時に「阿見アスリートクラブ東京支店」を立ち上げ、中高生や市民ランナーへの指導も開始。そこにアシスタントコーチとして参画したのが田母神一喜と飯島陸斗だった。 なかでも田母神は大学1年から4年の前期まで横田コーチに指導を受けており、康成が東京に拠点を移す際には同じく中距離が専門の中谷浩崇(当時慶大)と3人でシェアハウスをすることになった。その頃から康成は田母神に冗談半分で「阿見ACで一緒にやろうぜ」と声をかけていたというが、本気ではなかった。田母神のほうも実業団での競技継続を希望していた。
「借金をしてでもやりたい」 友情の連鎖でトップチーム結成
ところが、阿見AC東京支店としての活動を続けていくうちに楠親子には次なる構想が浮かび上がった。それが、阿見ACに中距離の「トップチーム」を創設することだった。 日本の陸上界において中距離選手の受け入れ先は決して多くない。1500mランナーであれば実業団駅伝の戦力も兼ねて採用されるケースはあるが、駅伝をやらずに中距離に集中できる環境に身を置ける選手はほとんどいないのが実情だ。だからこそ、田母神や飯島が卒業後の進路を考えるタイミングで、楠理事長は阿見ACが中距離選手の受け皿になることを具体的に考え始めたのだ。 そこで、2018年の秋、楠理事長は同じ茨城県出身の飯島に声をかけた。飯島はもともと阿見ACの会員ではなかったが、身長181cmと体格に恵まれ、緑岡高3年時の2015年にはインターハイの800mで優勝している。そのインターハイで1500mを制した田母神とは親友同士で、康成の練習仲間としても適任と言える人材だった。 ただ、飯島のもとにはすでに複数の実業団からオファーがあったという。それでも、「陸斗の力を貸してほしい」という楠理事長の言葉に、「うれしかった。力になりたいと思いました」と飯島の心は動かされた。まだ待遇面での保障はできないと念を押されたが、「阿見ACで活動したい」という思いが強くなっていった。 すると、その話に田母神も興味を持った。もともとは実業団を志望していたが、横田コーチと相談するうちに卒業後の進路を再考するようになったという。 「横田さんには『自分のやりたいことを考えろ』と言われました。僕は将来、地元に密着した陸上チームを福島に作りたいと考えています。そのためにも中距離の人気を高めたいですし、それならば実業団ではないかたちでチャレンジしたいと思いました」(田母神) それなら2人とも迎え入れよう、と楠理事長は喜んだが、阿見ACは新たに2名の選手を抱えるには資金が足りなかった。そこで、楠理事長は横田コーチに相談し、「トップチームを作るのは私の夢。借金をしてでもやりたい」と熱弁したという。それに対して横田コーチは「では、スポンサーを探しましょう」と提案し、『夢』への挑戦が始まった。 飯島も田母神も、将来に不安がなかったわけではないだろう。ただ、2人とも「最初は生活できるくらいのお金があればいい」(田母神)と腹をくくった。何よりも「陸斗の存在が大きかった。行くなら2人で、と思っていた」と田母神は言う。楠親子から飯島、そして田母神へ。友情の連鎖で、阿見AC中距離チームの発足に向けて前進していった。
米国大手のBROOKSと契約 「阿見AC SHARKS」が誕生
その矢先に阿見ACは急展開を迎えることになる。2019年4月、アキレス社は伊藤忠商事と契約し、米国でナンバーワンのシェアを誇るランニングシューズブランド「BROOKS(ブルックス)」を取り扱うことになった。阿見ACはもともとブルックスの製品を使っていたことから、6月に開かれた契約発表会に楠理事長が足を運び、その場でアキレス社と接触。ブルックスの中距離チームを作ることを提案したのだ。 これはブルックスを日本国内でブランディングしようとするアキレス側にとっても『渡りに船』だった。アキレスでブルックス関連の事業を統括するシューズ営業本部新規事業開発担当の津端裕副本部長(※通学履きジュニアスポーツシューズ「瞬足」の生みの親)は、「楠理事長の中距離への情熱に賛同しました。最高のタイミングでした」と明かす。 「ブルックスのランニングシューズを扱うということは、日本で実績のあるメーカーと戦うということ。ただ、ブルックスのプロダクトも完成度は高い。中距離の選手たちがその強みを生かして戦うことで、ブランドとしてももっとポテンシャルを発揮できると思いました」(津端副本部長) こうして阿見ACの中距離トップチームにはブルックスというスポンサーがつくことになった。楠理事長が長年描いた夢は、ついに現実のものとなったのだ。 「阿見アスリートクラブが20年かけて作り上げてきたエネルギーをこの事業に懸け、世界を目指す新しい道を作り上げたい」 楠理事長はそう決意表明した。 中距離トップチームの愛称は、クラブのマスコットキャラクターであるサメの「さめぞう」にちなんで『阿見AC SHARKS』に決定した。康成は2019年から挑戦を始めた3000m障害で東京五輪出場を目指しており、田母神と飯島は2024年パリ五輪を見据える。 「感覚をシェアできますし、3人ともタイプが違うのが良かったと思います。ここから新しい中距離界を作っていきたいですね」(康成) ただ、阿見ACの選手たちが目指しているのは競技面での活躍だけではない。中距離のプロチームとして活動を続け、セカンドキャリアも含めて陸上界の新たなモデルケースになる――。それは日本の陸上界にとっても大きなチャレンジとなる。 2020年春、創設21年目に阿見アスリートクラブが大きな一歩を踏み出した。
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