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2020.03.27

インターハイPlayBack男子短距離に“世界”を感じた2015年和歌山の特別な夏
インターハイPlayBack男子短距離に“世界”を感じた2015年和歌山の特別な夏

【Web特別記事】

インターハイPlayBack
男子短距離に“世界”を感じた2015年和歌山の特別な夏

 今春、多くの陸上トップ選手たちが大学を卒業した。トップアスリートとして挑戦を続ける者もいれば、ひと区切りして社会人として巣立つ者もいる。

 この世代が高校3年時のインターハイは、人々の心に深く刻み込まれている。SNSやニュースで彼らの卒業の知らせを見ると、あの時の記憶が呼び起こされ、2015年のインターハイを今一度、振り返り、刻みたいと思った。

大嶋VSサニブラウン 0.01秒決着

 和歌山の夏はアツかった。連日、猛暑日となり、湿度も高く身体中の汗と体力を奪っていく。紀三井寺陸上競技場の裏手にスーパー「オークワ」がある。高校生や保護者たちはドリンクや氷を求め、何度も何度も往復していた。

 大会2日目。それほど大きくないメインスタンドに、人、人、人。注意をうながされても、立ち見も仕方ないほどの数。主役は当時高校2年生のサニブラウン・アブデル・ハキーム(城西高)だった。前年の甲府インターハイ200mで1年生ながら2位。15年は6月の日本選手権100mと200m2位に入っていた。

 今大会の直前に行われた世界ユース選手権(18歳以下、コロンビア)では100mと200mを大会新記録で2冠を達成した男。あの“ウサイン・ボルト”の記録を破ったことで、その注目度は陸上界の枠を超越していた。インターハイのあとには、北京世界選手権200mに史上最年少での出場を控えていた。

 予選から威風堂々とスタートラインに立つ「世界一」の姿を、同じ高校生たちはスタンドから食い入るように見つめる。優勝は間違いない。あとは記録をどこまで短縮するか――そんな注目のされ方だった。

「実は世界ユースよりインターハイのほうがレベルは高いんですよ」

 和歌山入りの直前、サニブラウンは公開練習でそう報道陣に答えた。その意味を理解している人はどれだけいただろうか。

 喧噪をよそに、静かに心身を研ぎ澄ませて和歌山に入った選手たちがいる。

 大嶋健太もその一人。前年、100mで2年生優勝を果たした名門・東京高のスプリンターには、史上6人目の連覇が懸かっていた。しかし、同じ東京地区のサニブラウンと大嶋は、都大会が常に激突。大嶋はこの1年一度もサニブラウンに勝つことができずにいた。

「来年も勝てるだろう」。そんな甘い考えを持っていた1年前。負け続けることで不安も募るディフェンディング・チャンピオンに、「絶対に勝てる」と先生方は声をかけ、奮い立たせた。

 蝉の鳴き声が響き渡る。ブロックを合わせるガチャッ、ガッチャッという音が鳴る。16時25分。静寂から8人が一気に飛び出した。

 抜群のスタートを切った大嶋が先行する。肩がほとんど上下しないフォームで加速していく。その外から怒濤の勢いで影が迫る。サニブラウンだった。歓声はフィニッシュラインに近づくにつれて波打つように大きくなる。若きスプリンターたちの誇りが濃縮された10秒間。

 大嶋がトルソー(胴体)を倒し、サニブラウンも上体を突き出す。どちらが勝ったか、目視では判断できなかった。

 決着は、わずか0.01秒差――。

 大嶋が高校歴代7位タイ(当時)の10秒29(-0.8)で、6人目の連覇を達成した。先生から部旗を受け取ると、顔にかけて涙を隠した。

「マジか・・・」。そうサニブラウンはつぶやいた。悔しさとともに、楽しそうな表情が浮かんでいた。

「全体として、これまでで一番の走り。とにかく楽しかったです」。大嶋は充実感と安堵感を漂わせる。

 インターハイ史に残る激闘だった。

200mはサニブラウンが初制覇


 2日後の200m。この種目を得意とするサニブラウンにとっては「負けられない」。横に並んだのは、100m王者の大嶋の他に、山下潤(福島高)、犬塚渉(浜名高)といった20秒台を持つ3年生たち。1.5mという強い向かい風で、やはり強さを見せたのはサニブラウンだった。

 犬塚と大嶋が先手を打ち、山下も追走する。だが、コーナーを抜けた時にサニブラウンが先頭に立つと、ラストは圧巻だった。ただ1人20秒台(20秒82)でインターハイ初優勝。山下、犬塚と続いた。サニブラウンは誇らしげに、高校生らしく城西高の部旗を背負った。

「やっと勝てたなって感じです」。“世界一”にとっても、インターハイのタイトルが簡単ではなかったことが、その一言に集約されている。結局、翌年はケガのためシーズンを戦い抜くことができなかった。

 山下が「思った以上に離されてしまった。次は勝ちたい」と言えば、犬塚も「しっかり練習すればハキームに勝てる」と答えた。大嶋は5位に終わったが、200mでは史上初の3年連続入賞を果たしている。

「仲の良い、知っている選手たちと走れたし、世界ユースより楽しかったです」。そうサニブラウンは言った。実は、帰京する車の中で、「(100mは)同タイムだと思うんだけど・・・」と何度もこぼしていたという。このプライドが、アスリートをいつも成長させる。

 大嶋の顧問だった大村邦英先生も、サニブラウンを指導した山村貴彦先生も「ライバルがいたから成長できた」と話した。選手たちも、同じ思いだろう。

 近い将来、この選手たちが「世界」へと飛び出していく。日本選手権の決勝にズラリと並ぶ。そんな新時代への想いを馳せた和歌山での高校最速決定戦だった。

それぞれの道を進む

 サニブラウンは、文字通り世界へと羽ばたいた。フロリダ大へ進学し、100mで9秒97の日本記録を樹立、200mでも20秒08(日本歴代2位)。昨年は圧倒的な力で日本選手権100mと200mを2冠(17年に続き2回目)し、ドーハ世界選手権に出場。11月にはプロ宣言し、世界の頂点を目指して走り続けている。

 山下は筑波大に進み、昨年のドーハ世界選手権200mに出場。高校当時は、日本記録を持つ父・山下訓史と同じく三段跳にも取り組んでいたが、200mを中心に活躍を続けている。「今はハキームと差がありますけど、追いつけるように、じゃなくて、追い越します」。春からは兄・航平(三段跳、リオ五輪代表)と同じANA所属となる。

 順大へと進学した犬塚は、その類い稀なスピードゆえ、何度となくケガに泣かされた。だが、我慢強く身体作りに励み、100m10秒25、200m20秒65とそれぞれ高校時代のベストを更新。地元・静岡のスズキ浜松ACに所属し、覚醒する準備を整える。

 100mで3位に入った勝瀬健大(咲くやこの花高)は法大へ。スタート前のパフォーマンスなど持ち前の明るさを持つ“愛されキャラ”は、米国留学するなど自ら道を切り開いている。同7位の増田健吾(佐野高)は東京学芸大で関東インカレなどに出場。8位の田村直也は新潟商高から東洋大に進み、最終学年となった5月には10秒56の自己新をマークした。

 200mで6位に入ったのは小池真郁(國學院久我山高)。大嶋、サニブラウンと同じ東京地区でしのぎを削り、「2人がいなかったら、と思うことはありますが、いたから成長できたし楽しかった」と話していた。中大へ進学した、17年秋から米国へ留学。学生最後のシーズンは、高3以来の100m10秒5台をマークし、初めて関東インカレにも出場した。

 彼を追いかけた下級生も今は大学生に。100m5位の染谷佳大(つくば秀英高→中大)、200m4位の樋口一馬(松商学園高→法大)、同9位の伊深愛生(立命館慶祥高→法大)も浮沈を繰り返しながら走り続けている。

 1年生で100m入賞(6位)していたのは宮本大輔(洛南高→東洋大)。200mでも現在大東大の齋藤諒平(九里学園高)が1年生で8位。今も偉大な先輩たちの姿を追っている。

 100mで歴史を作った大嶋健太は苦しい時を過ごした。

 日大1年目こそ、U20世界選手権4×100mリレー銀メダルなど、勝負所で力を発揮。桐生祥秀(東洋大、現日本生命)が9秒98を出した17年の日本インカレにも同じ舞台に立っていた。

 ケガも増え、最後のシーズンには「脚に力が入らない」と万全に臨むことはできなかった。自己記録は、あの暑い和歌山の夏から動いていない。

 東京出身、東京高卒業。オリンピック東京大会が決まった直後の東京国体では少年B200mで優勝。そして、インターハイ連覇。リオ五輪の閉会式で流れた「TOKYO2020」のプロモーション映像にも登場した。東京五輪への意識を常に求められる、そんな宿命に苦しんだ多くのアスリートの一人ではないだろうか。

「このままじゃ終われない。もう一度自分らしい走りをして競技を終えたいなって思っています」(大嶋)

 駆け抜けたスプリンターたちは、進む道はそれぞれ異なり、歩んできた過程も、目指す場所も違うものになった。あの日以降、スタートラインにそろうことはなかった。

 2度と戻らない2015年の特別な夏は、今も人々の心に深く刻まれている。

向永拓史/月刊陸上競技

【Web特別記事】

インターハイPlayBack 男子短距離に“世界”を感じた2015年和歌山の特別な夏

 今春、多くの陸上トップ選手たちが大学を卒業した。トップアスリートとして挑戦を続ける者もいれば、ひと区切りして社会人として巣立つ者もいる。  この世代が高校3年時のインターハイは、人々の心に深く刻み込まれている。SNSやニュースで彼らの卒業の知らせを見ると、あの時の記憶が呼び起こされ、2015年のインターハイを今一度、振り返り、刻みたいと思った。

大嶋VSサニブラウン 0.01秒決着

 和歌山の夏はアツかった。連日、猛暑日となり、湿度も高く身体中の汗と体力を奪っていく。紀三井寺陸上競技場の裏手にスーパー「オークワ」がある。高校生や保護者たちはドリンクや氷を求め、何度も何度も往復していた。  大会2日目。それほど大きくないメインスタンドに、人、人、人。注意をうながされても、立ち見も仕方ないほどの数。主役は当時高校2年生のサニブラウン・アブデル・ハキーム(城西高)だった。前年の甲府インターハイ200mで1年生ながら2位。15年は6月の日本選手権100mと200m2位に入っていた。  今大会の直前に行われた世界ユース選手権(18歳以下、コロンビア)では100mと200mを大会新記録で2冠を達成した男。あの“ウサイン・ボルト”の記録を破ったことで、その注目度は陸上界の枠を超越していた。インターハイのあとには、北京世界選手権200mに史上最年少での出場を控えていた。  予選から威風堂々とスタートラインに立つ「世界一」の姿を、同じ高校生たちはスタンドから食い入るように見つめる。優勝は間違いない。あとは記録をどこまで短縮するか――そんな注目のされ方だった。 「実は世界ユースよりインターハイのほうがレベルは高いんですよ」  和歌山入りの直前、サニブラウンは公開練習でそう報道陣に答えた。その意味を理解している人はどれだけいただろうか。  喧噪をよそに、静かに心身を研ぎ澄ませて和歌山に入った選手たちがいる。  大嶋健太もその一人。前年、100mで2年生優勝を果たした名門・東京高のスプリンターには、史上6人目の連覇が懸かっていた。しかし、同じ東京地区のサニブラウンと大嶋は、都大会が常に激突。大嶋はこの1年一度もサニブラウンに勝つことができずにいた。 「来年も勝てるだろう」。そんな甘い考えを持っていた1年前。負け続けることで不安も募るディフェンディング・チャンピオンに、「絶対に勝てる」と先生方は声をかけ、奮い立たせた。  蝉の鳴き声が響き渡る。ブロックを合わせるガチャッ、ガッチャッという音が鳴る。16時25分。静寂から8人が一気に飛び出した。  抜群のスタートを切った大嶋が先行する。肩がほとんど上下しないフォームで加速していく。その外から怒濤の勢いで影が迫る。サニブラウンだった。歓声はフィニッシュラインに近づくにつれて波打つように大きくなる。若きスプリンターたちの誇りが濃縮された10秒間。  大嶋がトルソー(胴体)を倒し、サニブラウンも上体を突き出す。どちらが勝ったか、目視では判断できなかった。  決着は、わずか0.01秒差――。  大嶋が高校歴代7位タイ(当時)の10秒29(-0.8)で、6人目の連覇を達成した。先生から部旗を受け取ると、顔にかけて涙を隠した。 「マジか・・・」。そうサニブラウンはつぶやいた。悔しさとともに、楽しそうな表情が浮かんでいた。 「全体として、これまでで一番の走り。とにかく楽しかったです」。大嶋は充実感と安堵感を漂わせる。  インターハイ史に残る激闘だった。

200mはサニブラウンが初制覇

 2日後の200m。この種目を得意とするサニブラウンにとっては「負けられない」。横に並んだのは、100m王者の大嶋の他に、山下潤(福島高)、犬塚渉(浜名高)といった20秒台を持つ3年生たち。1.5mという強い向かい風で、やはり強さを見せたのはサニブラウンだった。  犬塚と大嶋が先手を打ち、山下も追走する。だが、コーナーを抜けた時にサニブラウンが先頭に立つと、ラストは圧巻だった。ただ1人20秒台(20秒82)でインターハイ初優勝。山下、犬塚と続いた。サニブラウンは誇らしげに、高校生らしく城西高の部旗を背負った。 「やっと勝てたなって感じです」。“世界一”にとっても、インターハイのタイトルが簡単ではなかったことが、その一言に集約されている。結局、翌年はケガのためシーズンを戦い抜くことができなかった。  山下が「思った以上に離されてしまった。次は勝ちたい」と言えば、犬塚も「しっかり練習すればハキームに勝てる」と答えた。大嶋は5位に終わったが、200mでは史上初の3年連続入賞を果たしている。 「仲の良い、知っている選手たちと走れたし、世界ユースより楽しかったです」。そうサニブラウンは言った。実は、帰京する車の中で、「(100mは)同タイムだと思うんだけど・・・」と何度もこぼしていたという。このプライドが、アスリートをいつも成長させる。  大嶋の顧問だった大村邦英先生も、サニブラウンを指導した山村貴彦先生も「ライバルがいたから成長できた」と話した。選手たちも、同じ思いだろう。  近い将来、この選手たちが「世界」へと飛び出していく。日本選手権の決勝にズラリと並ぶ。そんな新時代への想いを馳せた和歌山での高校最速決定戦だった。

それぞれの道を進む

 サニブラウンは、文字通り世界へと羽ばたいた。フロリダ大へ進学し、100mで9秒97の日本記録を樹立、200mでも20秒08(日本歴代2位)。昨年は圧倒的な力で日本選手権100mと200mを2冠(17年に続き2回目)し、ドーハ世界選手権に出場。11月にはプロ宣言し、世界の頂点を目指して走り続けている。  山下は筑波大に進み、昨年のドーハ世界選手権200mに出場。高校当時は、日本記録を持つ父・山下訓史と同じく三段跳にも取り組んでいたが、200mを中心に活躍を続けている。「今はハキームと差がありますけど、追いつけるように、じゃなくて、追い越します」。春からは兄・航平(三段跳、リオ五輪代表)と同じANA所属となる。  順大へと進学した犬塚は、その類い稀なスピードゆえ、何度となくケガに泣かされた。だが、我慢強く身体作りに励み、100m10秒25、200m20秒65とそれぞれ高校時代のベストを更新。地元・静岡のスズキ浜松ACに所属し、覚醒する準備を整える。  100mで3位に入った勝瀬健大(咲くやこの花高)は法大へ。スタート前のパフォーマンスなど持ち前の明るさを持つ“愛されキャラ”は、米国留学するなど自ら道を切り開いている。同7位の増田健吾(佐野高)は東京学芸大で関東インカレなどに出場。8位の田村直也は新潟商高から東洋大に進み、最終学年となった5月には10秒56の自己新をマークした。  200mで6位に入ったのは小池真郁(國學院久我山高)。大嶋、サニブラウンと同じ東京地区でしのぎを削り、「2人がいなかったら、と思うことはありますが、いたから成長できたし楽しかった」と話していた。中大へ進学した、17年秋から米国へ留学。学生最後のシーズンは、高3以来の100m10秒5台をマークし、初めて関東インカレにも出場した。  彼を追いかけた下級生も今は大学生に。100m5位の染谷佳大(つくば秀英高→中大)、200m4位の樋口一馬(松商学園高→法大)、同9位の伊深愛生(立命館慶祥高→法大)も浮沈を繰り返しながら走り続けている。  1年生で100m入賞(6位)していたのは宮本大輔(洛南高→東洋大)。200mでも現在大東大の齋藤諒平(九里学園高)が1年生で8位。今も偉大な先輩たちの姿を追っている。  100mで歴史を作った大嶋健太は苦しい時を過ごした。  日大1年目こそ、U20世界選手権4×100mリレー銀メダルなど、勝負所で力を発揮。桐生祥秀(東洋大、現日本生命)が9秒98を出した17年の日本インカレにも同じ舞台に立っていた。  ケガも増え、最後のシーズンには「脚に力が入らない」と万全に臨むことはできなかった。自己記録は、あの暑い和歌山の夏から動いていない。  東京出身、東京高卒業。オリンピック東京大会が決まった直後の東京国体では少年B200mで優勝。そして、インターハイ連覇。リオ五輪の閉会式で流れた「TOKYO2020」のプロモーション映像にも登場した。東京五輪への意識を常に求められる、そんな宿命に苦しんだ多くのアスリートの一人ではないだろうか。 「このままじゃ終われない。もう一度自分らしい走りをして競技を終えたいなって思っています」(大嶋)  駆け抜けたスプリンターたちは、進む道はそれぞれ異なり、歩んできた過程も、目指す場所も違うものになった。あの日以降、スタートラインにそろうことはなかった。  2度と戻らない2015年の特別な夏は、今も人々の心に深く刻まれている。 向永拓史/月刊陸上競技

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