2022.10.31
山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます!
第26回「幾多のドラマが織りなす箱根駅伝物語~予選会の激闘を振り返って~」
夢にみし
思いこがれし箱根路に
母校の襷
ついぞ来たれし
立教大学が箱根駅伝予選会を6位で通過し、55年ぶりの本戦出場権を獲得した。
2024年に創立150年を迎える立教大学は、箱根駅伝第100回大会での復活を見据えて着々と強化を進めてきた。その悲願が1年前倒しで結実したわけだ。
同じく創刊150周年を迎えた山梨日日新聞の10月20日付け1面のコラムには、山梨県山中湖村在住の長谷川弘義(79)さんの話題が掲載されていた。長谷川さんは立教大学の選手として1963年には7区・1964年には3区を走られている。当時ともに箱根路を駆け抜けた同学年のチームメイトは、すでに他界しているという。その仲間達とさぞかし喜びを分かち合い、声援を送りたかったに違いない。
長谷川さんや立教大学関係者のこれまでの思いや心象風景を垣間見ることができるとすれば、冒頭の一節が浮かんだ。敬意を表して献上したい。
上野裕一郎監督に関する報道はすでに多くあると思う。私にとっては、前回大会で駿河台大学を初出場に導いた徳本一善監督と同じく、山梨学院大学への進学を決めてもらおうと、当時の両角速監督(現在:東海大学駅伝監督)率いる佐久長聖高校(長野)へ足繁く通った記憶が蘇る。
中央大学に進学したのちも、大会等で顔を合わすたびに屈託のない笑顔で元気よく挨拶をしてくれるので、その後もたびたび言葉を交わしていた。2019年に立教大学の監督を引き受けてからは、走って引っ張る指導者として馴染み深い。
今年7月に関東学連が主催した関東学生網走夏季記録挑戦競技会においても、5000mのペースメーカーを依頼させていただいたところ、「学生たちのためになるならば」と快く引き受けていただいた。選手に声をかけながら絶妙のペース配分で引っ張っていただき、余力を残しているところは「さすが」としか言いようがない。SNS上では冗談めかしに「上野監督2区で決まり!」とのつぶやきが出るくらいである。
つくづく思うに監督は、情熱を絶やさず選手への愛情と献身を厭わないこと。常に勤勉であり、過去に学ぶ謙虚な姿勢でいること。未来を見据えて今の判断を下す先見性を持つことが肝要であろう。そう語りながら我が身を振り返れば、喜怒哀楽に揺れ動く自分が恥ずかしくもある。
そのような想いの中で、上野監督が本戦出場決定後のインタビューで流した涙は、情熱と献身を重ねた時間がほとばしらせた涙だと見て感じた。
同じ想いの中で、大東文化大学の真名子圭監督の指導力も輝きが際立っていたように思う。
高校駅伝の名門・仙台育英高校の指揮官として過酷な優勝争いの中に身を投じ培った、チーム力を高める統率力と調整力は素晴らしい。今後の選手育成やチームマネージメントにその指導力が生かされてゆく課程を楽しみに注目したい。
上野監督はチームに勢いを与え、真名子監督はチームに新たな息吹を吹き込んだのだと予選会の会場で感じた。
視点を少し変えると、気温上昇に伴い脱水症状や調整段階で故障やコロナ感染で苦戦したチームも散見された。
全日本大学駅伝の関東地区選考会を勝ち抜いた神奈川大学、中央学院大学、日本大学がそろって11位~13位と箱根駅伝本戦出場を逃してしまった。私自身も途中棄権やシード権を獲得できなかったことなど苦い経験がある。それゆえに監督の心中や選手達の打ちひしがれてしまった心を慮ると、声をかけるのもためらってしまう。このような時にチームが救われるのは、翌日いつもと変わらず朝練習に出てきて黙々と走り込む選手の後ろ姿であったように思う。
勝負に約束された指定席などはない。それゆえに翌年の100回記念大会の出場権を懸けた戦いに向けて、一足早く取り組んでいることと信じている。
私自身が苦しい時や悔しい時に、車の中で思わず口ずさみ、最近はYouTubeで検索してライブバージョンを聴く歌がある。私のコラムの文章ではとても励ましとして届かないので、長渕剛さんの名曲でもある『STAY DREAM』の熱唱で代弁していただこう。
4年間という期間限定の濃縮された時間軸の中で、織り込まれるストーリーがあればこその学生スポーツである。どのような彩りであっても、卒業後は熱く、そして懐かしく語り合えるものだ。それは華やかな一瞬の思い出であろうが、苦しみや悔しさ挫折の中で奥歯を噛み締めた時間の集積であっても、同等に人生の礎となりうる仲間たちとの共通の記憶であるはずだ。
フィニッシュラインを通過する順位は違えども、陸上自衛隊立川駐屯地の滑走路に敷かれたスタートラインに整然と並びし43校は、同じく箱根駅伝に情熱を傾けた仲間であり、同志であると私は信じて疑わない。
新春に読売新聞社前のスタートラインに立つ20校と学生連合チームは、タスキに自チームのみならず、彼らの思いも込めてフィニッシュ地点まで運んでいってもらいたい。
以前、2020年12月30日に書いた年末特別編コラム「~黄色きウェアーでランナーに背を向けて立つ君たちへ~」でも記したように、箱根駅伝は出場大学を含む60~70大学の走路補助員1800名、東京陸上競技協会、神奈川陸上競技協会から約1000名の走路審判員、警視庁・神奈川県警からも約2000名の警察官が動員され、交通規制に従事していただいている。走路及び周辺警備にはSECOMから900名が派遣されており、その他ボランティアで従事する方を含めると片道5000名から6000名の関係者が選手たちの走路の安全確保と交通規制に励んでいただいていることも忘れてはならない。
アフターコロナとは言えないスティルコロナの現状を直視し、過去2年の知見と関係者の叡智を結集し、応援してくださる方々と、さまざまな影響を受けてしまう周辺で生活を営む方々も含め大会は運営される。
華やかなりし大会なれど、選手の苦悩、監督の苦悩、大会関係者の苦悩、周辺住民の皆様の苦悩、交通規制に遭遇された方の苦悩などなど、さまざまな方々の苦悩と献身、忍耐と協力の上に大会は運営される。
あっという間に年の瀬も迫り来るだろう。
さぁ、あと2ヵ月!
第99回大会の幕が開く。
上田誠仁 Ueda Masahito/1959年生まれ、香川県出身。山梨学院大学スポーツ科学部スポーツ科学科教授。順天堂大学時代に3年連続で箱根駅伝の5区を担い、2年時と3年時に区間賞を獲得。2度の総合優勝に貢献した。卒業後は地元・香川県内の中学・高校教諭を歴任。中学教諭時代の1983年には日本選手権5000mで2位と好成績を収めている。85年に山梨学院大学の陸上競技部監督へ就任し、92年には創部7年、出場6回目にして箱根駅伝総合優勝を達成。以降、出雲駅伝5連覇、箱根総合優勝3回など輝かしい実績を誇るほか、中村祐二や尾方剛、大崎悟史、井上大仁など、のちにマラソンで世界へ羽ばたく選手を多数育成している。2022年4月より山梨学院大学陸上競技部顧問に就任。 |
第26回「幾多のドラマが織りなす箱根駅伝物語~予選会の激闘を振り返って~」
夢にみし 思いこがれし箱根路に 母校の襷 ついぞ来たれし 立教大学が箱根駅伝予選会を6位で通過し、55年ぶりの本戦出場権を獲得した。 2024年に創立150年を迎える立教大学は、箱根駅伝第100回大会での復活を見据えて着々と強化を進めてきた。その悲願が1年前倒しで結実したわけだ。 同じく創刊150周年を迎えた山梨日日新聞の10月20日付け1面のコラムには、山梨県山中湖村在住の長谷川弘義(79)さんの話題が掲載されていた。長谷川さんは立教大学の選手として1963年には7区・1964年には3区を走られている。当時ともに箱根路を駆け抜けた同学年のチームメイトは、すでに他界しているという。その仲間達とさぞかし喜びを分かち合い、声援を送りたかったに違いない。 長谷川さんや立教大学関係者のこれまでの思いや心象風景を垣間見ることができるとすれば、冒頭の一節が浮かんだ。敬意を表して献上したい。 上野裕一郎監督に関する報道はすでに多くあると思う。私にとっては、前回大会で駿河台大学を初出場に導いた徳本一善監督と同じく、山梨学院大学への進学を決めてもらおうと、当時の両角速監督(現在:東海大学駅伝監督)率いる佐久長聖高校(長野)へ足繁く通った記憶が蘇る。 中央大学に進学したのちも、大会等で顔を合わすたびに屈託のない笑顔で元気よく挨拶をしてくれるので、その後もたびたび言葉を交わしていた。2019年に立教大学の監督を引き受けてからは、走って引っ張る指導者として馴染み深い。 今年7月に関東学連が主催した関東学生網走夏季記録挑戦競技会においても、5000mのペースメーカーを依頼させていただいたところ、「学生たちのためになるならば」と快く引き受けていただいた。選手に声をかけながら絶妙のペース配分で引っ張っていただき、余力を残しているところは「さすが」としか言いようがない。SNS上では冗談めかしに「上野監督2区で決まり!」とのつぶやきが出るくらいである。 つくづく思うに監督は、情熱を絶やさず選手への愛情と献身を厭わないこと。常に勤勉であり、過去に学ぶ謙虚な姿勢でいること。未来を見据えて今の判断を下す先見性を持つことが肝要であろう。そう語りながら我が身を振り返れば、喜怒哀楽に揺れ動く自分が恥ずかしくもある。 そのような想いの中で、上野監督が本戦出場決定後のインタビューで流した涙は、情熱と献身を重ねた時間がほとばしらせた涙だと見て感じた。 同じ想いの中で、大東文化大学の真名子圭監督の指導力も輝きが際立っていたように思う。 高校駅伝の名門・仙台育英高校の指揮官として過酷な優勝争いの中に身を投じ培った、チーム力を高める統率力と調整力は素晴らしい。今後の選手育成やチームマネージメントにその指導力が生かされてゆく課程を楽しみに注目したい。 上野監督はチームに勢いを与え、真名子監督はチームに新たな息吹を吹き込んだのだと予選会の会場で感じた。 視点を少し変えると、気温上昇に伴い脱水症状や調整段階で故障やコロナ感染で苦戦したチームも散見された。 全日本大学駅伝の関東地区選考会を勝ち抜いた神奈川大学、中央学院大学、日本大学がそろって11位~13位と箱根駅伝本戦出場を逃してしまった。私自身も途中棄権やシード権を獲得できなかったことなど苦い経験がある。それゆえに監督の心中や選手達の打ちひしがれてしまった心を慮ると、声をかけるのもためらってしまう。このような時にチームが救われるのは、翌日いつもと変わらず朝練習に出てきて黙々と走り込む選手の後ろ姿であったように思う。 勝負に約束された指定席などはない。それゆえに翌年の100回記念大会の出場権を懸けた戦いに向けて、一足早く取り組んでいることと信じている。 私自身が苦しい時や悔しい時に、車の中で思わず口ずさみ、最近はYouTubeで検索してライブバージョンを聴く歌がある。私のコラムの文章ではとても励ましとして届かないので、長渕剛さんの名曲でもある『STAY DREAM』の熱唱で代弁していただこう。 4年間という期間限定の濃縮された時間軸の中で、織り込まれるストーリーがあればこその学生スポーツである。どのような彩りであっても、卒業後は熱く、そして懐かしく語り合えるものだ。それは華やかな一瞬の思い出であろうが、苦しみや悔しさ挫折の中で奥歯を噛み締めた時間の集積であっても、同等に人生の礎となりうる仲間たちとの共通の記憶であるはずだ。 フィニッシュラインを通過する順位は違えども、陸上自衛隊立川駐屯地の滑走路に敷かれたスタートラインに整然と並びし43校は、同じく箱根駅伝に情熱を傾けた仲間であり、同志であると私は信じて疑わない。 新春に読売新聞社前のスタートラインに立つ20校と学生連合チームは、タスキに自チームのみならず、彼らの思いも込めてフィニッシュ地点まで運んでいってもらいたい。 以前、2020年12月30日に書いた年末特別編コラム「~黄色きウェアーでランナーに背を向けて立つ君たちへ~」でも記したように、箱根駅伝は出場大学を含む60~70大学の走路補助員1800名、東京陸上競技協会、神奈川陸上競技協会から約1000名の走路審判員、警視庁・神奈川県警からも約2000名の警察官が動員され、交通規制に従事していただいている。走路及び周辺警備にはSECOMから900名が派遣されており、その他ボランティアで従事する方を含めると片道5000名から6000名の関係者が選手たちの走路の安全確保と交通規制に励んでいただいていることも忘れてはならない。 アフターコロナとは言えないスティルコロナの現状を直視し、過去2年の知見と関係者の叡智を結集し、応援してくださる方々と、さまざまな影響を受けてしまう周辺で生活を営む方々も含め大会は運営される。 華やかなりし大会なれど、選手の苦悩、監督の苦悩、大会関係者の苦悩、周辺住民の皆様の苦悩、交通規制に遭遇された方の苦悩などなど、さまざまな方々の苦悩と献身、忍耐と協力の上に大会は運営される。 あっという間に年の瀬も迫り来るだろう。 さぁ、あと2ヵ月! 第99回大会の幕が開く。上田誠仁 Ueda Masahito/1959年生まれ、香川県出身。山梨学院大学スポーツ科学部スポーツ科学科教授。順天堂大学時代に3年連続で箱根駅伝の5区を担い、2年時と3年時に区間賞を獲得。2度の総合優勝に貢献した。卒業後は地元・香川県内の中学・高校教諭を歴任。中学教諭時代の1983年には日本選手権5000mで2位と好成績を収めている。85年に山梨学院大学の陸上競技部監督へ就任し、92年には創部7年、出場6回目にして箱根駅伝総合優勝を達成。以降、出雲駅伝5連覇、箱根総合優勝3回など輝かしい実績を誇るほか、中村祐二や尾方剛、大崎悟史、井上大仁など、のちにマラソンで世界へ羽ばたく選手を多数育成している。2022年4月より山梨学院大学陸上競技部顧問に就任。 |
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