HOME バックナンバー
Close-up東京五輪内定/女子20km競歩・岡田久美子 一歩ずつ世界に 近づいた4年間
Close-up東京五輪内定/女子20km競歩・岡田久美子 一歩ずつ世界に 近づいた4年間

一歩ずつ世界に近づいた4年間

「純粋に自分が強くなることを目指して、淡々と地道にやっていくしかない」と話す女子20km競歩の岡田

日本女子競歩界のエース・岡田久美子(ビックカメラ)。2月16日の日本選手権で6連覇を達成し、東京五輪代表に内定した。4年前のリオデジャネイロ五輪以後、世界選手権での惨敗や体調不良、故障でどん底まで沈んだ日々もあった。

それでも信念を曲げることなく、フォーム改造や生活面の見直しに取り組むと、2019年は5000m、10000m、20㎞の3種目で日本記録を更新し、ドーハ世界選手権でも6位入賞と大きな飛躍を遂げた。

いよいよ迫る東京五輪。悲願のメダル獲得に向けて、どんなプランを描いているのか。この4年間を振り返るとともに、〝札幌決戦〟に向けた思いを聞いた。

文/小野哲史 写真/樋口俊秀

日本選手権6連覇で五輪代表内定

2月の日本選手権女子20㎞競歩で、岡田久美子(ビックカメラ)は自身2度目となるオリンピック日本代表の座を射止めた。昨年まで日本選手権5連覇中で、2015年以降、毎年、日本代表として世界大会に出場し続けてきた第一人者といえども、五輪代表選考レースは特別な雰囲気を感じざるを得なかったという。

広告の下にコンテンツが続きます

「(代表内定を)確実に決めないといけないと気負った部分はありました。優勝は間違いないと見られていた中で、逆にそれが緊張を呼んで、ちょっと固くなってしまいました」

万全の準備はできていた。ただ、気温はそれほど低くなかったものの、雨が降り、風もあった。「転倒する人もいましたし、捻挫する心配もあった」ため、いつも以上に慎重にレースを進めた。5㎞あたりで自らが持つ「日本記録(1時間27分41秒)更新は難しい」と感じ、「確実に内定を取るという意識に切り替えた」。本音を言えば、「1時間28分台ぐらいでゴールしたかった」が、それでも「良い判断ができた」と感じている。

レースの1週間ほど前、新型コロナウイルスの感染を心配した両親が、マスクや消毒液を練習拠点としている東京・北区まで届けてくれた。そこには神社で必勝祈願をした時に購入したお守りもあった。レース当日は両親のほか、姉夫婦と3人の姪が神戸まで応援に駆けつけた。

「競歩は〝絶対〟ということがないので、用心深い母の性格が出ているなと。でも、しっかり内定を決めることができて私自身、ホッとしましたし、家族も『良かったね』と喜んでくれました」

家族の思いも力に変えて、岡田は1時間29分56秒で6連覇を達成。第一関門をクリアし、すでにその視線を次へと向けている。

雨の中で行われた日本選手権で6連覇を達成して東京五輪内定。家族や所属先など、多くの応援が励みになっている

惨敗した17年世界選手権後の苦悩

16年のリオデジャネイロ五輪は、出場することが1つの大きな目標だった。しかし、東京五輪は「出ることは当たり前。メダル獲得がターゲットになっているので、ここからが勝負という気持ちのほうが強いです」と岡田。その言葉に、4年前から大きく成長した姿を見て取れる。

リオ五輪は16位。改めて振り返っても、「その時の力は発揮できた」と納得の結果だった。だが同時に、最高の舞台だからこそ痛感した思いもあった。

「オリンピックはやはり結果が一番大事。(男子50㎞競歩で)荒井(広宙/当時・自衛隊体育学校、現・富士通)さんが銅メダルを取ってすごく感動しましたし、メダルの価値というものを感じました。私も4年後はメダルを取りたい。その思いを強くさせてもらった大会でした」

では、4年後に向けてどうするか。岡田は「1年1年を大事にし、経験を積みながらステップアップしてオリンピックに乗り込む」と考え、まず17年はロンドン世界選手権で勝負することを最大の目標に据えた。リオで感じたのは「トップ選手はとにかく速い。スピードが違う」ということ。まずはとにかく練習量を増やした。しかし、その効果はかたちにならなかった。

入賞を目指して臨んだロンドンは18位と惨敗。帰国後、不甲斐なさや情けなさといった精神的ダメージも重なって体調を崩し、入院と通院で約2ヵ月間は練習ができなかった。「筋力も体重も落ちて、体力は一般人以下という〝底辺〟でした」。試練はなおも続く。

「そのままというわけにもいかないので、練習を急いで再開したら、12月上旬に大腿骨の疲労骨折。骨膜炎のような軽症でしたが、本格復帰は年明けの1月に入ってからでした。準備不足で臨んだ日本選手権は、他の選手も不調だったので優勝できましたが、1時間32分(22秒)もかかってしまい、かなり絶望的な状態でした。今村文男さん(日本陸連強化委員会男女競歩オリンピック強化コーチ)も心配してくださいました。ロンドン以降から18年前半までが一番苦しく、つらい時期でした」

当時、日本男子競歩陣は世界大会でのメダル獲得や記録ラッシュが続き、空前の勢いがあった。一方の女子は15年の北京世界選手権以降、日本代表は常に岡田ただ1人だけ。世界との差はなかなか埋まらず、「孤独を感じて、ここからどうしたらいいか不安で悩んだ」と明かす。

※この続きは2020年3月14日発売の『月刊陸上競技4月号』をご覧ください。

※インターネットショップ「BASE」のサイトに移動します
郵便振替で購入する
定期購読はこちらから

一歩ずつ世界に近づいた4年間

「純粋に自分が強くなることを目指して、淡々と地道にやっていくしかない」と話す女子20km競歩の岡田 日本女子競歩界のエース・岡田久美子(ビックカメラ)。2月16日の日本選手権で6連覇を達成し、東京五輪代表に内定した。4年前のリオデジャネイロ五輪以後、世界選手権での惨敗や体調不良、故障でどん底まで沈んだ日々もあった。 それでも信念を曲げることなく、フォーム改造や生活面の見直しに取り組むと、2019年は5000m、10000m、20㎞の3種目で日本記録を更新し、ドーハ世界選手権でも6位入賞と大きな飛躍を遂げた。 いよいよ迫る東京五輪。悲願のメダル獲得に向けて、どんなプランを描いているのか。この4年間を振り返るとともに、〝札幌決戦〟に向けた思いを聞いた。 文/小野哲史 写真/樋口俊秀

日本選手権6連覇で五輪代表内定

2月の日本選手権女子20㎞競歩で、岡田久美子(ビックカメラ)は自身2度目となるオリンピック日本代表の座を射止めた。昨年まで日本選手権5連覇中で、2015年以降、毎年、日本代表として世界大会に出場し続けてきた第一人者といえども、五輪代表選考レースは特別な雰囲気を感じざるを得なかったという。 「(代表内定を)確実に決めないといけないと気負った部分はありました。優勝は間違いないと見られていた中で、逆にそれが緊張を呼んで、ちょっと固くなってしまいました」 万全の準備はできていた。ただ、気温はそれほど低くなかったものの、雨が降り、風もあった。「転倒する人もいましたし、捻挫する心配もあった」ため、いつも以上に慎重にレースを進めた。5㎞あたりで自らが持つ「日本記録(1時間27分41秒)更新は難しい」と感じ、「確実に内定を取るという意識に切り替えた」。本音を言えば、「1時間28分台ぐらいでゴールしたかった」が、それでも「良い判断ができた」と感じている。 レースの1週間ほど前、新型コロナウイルスの感染を心配した両親が、マスクや消毒液を練習拠点としている東京・北区まで届けてくれた。そこには神社で必勝祈願をした時に購入したお守りもあった。レース当日は両親のほか、姉夫婦と3人の姪が神戸まで応援に駆けつけた。 「競歩は〝絶対〟ということがないので、用心深い母の性格が出ているなと。でも、しっかり内定を決めることができて私自身、ホッとしましたし、家族も『良かったね』と喜んでくれました」 家族の思いも力に変えて、岡田は1時間29分56秒で6連覇を達成。第一関門をクリアし、すでにその視線を次へと向けている。 雨の中で行われた日本選手権で6連覇を達成して東京五輪内定。家族や所属先など、多くの応援が励みになっている

惨敗した17年世界選手権後の苦悩

16年のリオデジャネイロ五輪は、出場することが1つの大きな目標だった。しかし、東京五輪は「出ることは当たり前。メダル獲得がターゲットになっているので、ここからが勝負という気持ちのほうが強いです」と岡田。その言葉に、4年前から大きく成長した姿を見て取れる。 リオ五輪は16位。改めて振り返っても、「その時の力は発揮できた」と納得の結果だった。だが同時に、最高の舞台だからこそ痛感した思いもあった。 「オリンピックはやはり結果が一番大事。(男子50㎞競歩で)荒井(広宙/当時・自衛隊体育学校、現・富士通)さんが銅メダルを取ってすごく感動しましたし、メダルの価値というものを感じました。私も4年後はメダルを取りたい。その思いを強くさせてもらった大会でした」 では、4年後に向けてどうするか。岡田は「1年1年を大事にし、経験を積みながらステップアップしてオリンピックに乗り込む」と考え、まず17年はロンドン世界選手権で勝負することを最大の目標に据えた。リオで感じたのは「トップ選手はとにかく速い。スピードが違う」ということ。まずはとにかく練習量を増やした。しかし、その効果はかたちにならなかった。 入賞を目指して臨んだロンドンは18位と惨敗。帰国後、不甲斐なさや情けなさといった精神的ダメージも重なって体調を崩し、入院と通院で約2ヵ月間は練習ができなかった。「筋力も体重も落ちて、体力は一般人以下という〝底辺〟でした」。試練はなおも続く。 「そのままというわけにもいかないので、練習を急いで再開したら、12月上旬に大腿骨の疲労骨折。骨膜炎のような軽症でしたが、本格復帰は年明けの1月に入ってからでした。準備不足で臨んだ日本選手権は、他の選手も不調だったので優勝できましたが、1時間32分(22秒)もかかってしまい、かなり絶望的な状態でした。今村文男さん(日本陸連強化委員会男女競歩オリンピック強化コーチ)も心配してくださいました。ロンドン以降から18年前半までが一番苦しく、つらい時期でした」 当時、日本男子競歩陣は世界大会でのメダル獲得や記録ラッシュが続き、空前の勢いがあった。一方の女子は15年の北京世界選手権以降、日本代表は常に岡田ただ1人だけ。世界との差はなかなか埋まらず、「孤独を感じて、ここからどうしたらいいか不安で悩んだ」と明かす。 ※この続きは2020年3月14日発売の『月刊陸上競技4月号』をご覧ください。
※インターネットショップ「BASE」のサイトに移動します
郵便振替で購入する 定期購読はこちらから

次ページ:

       

RECOMMENDED おすすめの記事

    

Ranking 人気記事ランキング 人気記事ランキング

Latest articles 最新の記事

2025.02.22

石井優吉がショートトラック800m1分46秒41の日本新!

2月21日、米国ペンシルベニア州カレッジステーションでペンシルベニア州立大の学内学内競技会が同校の室内競技場(1周200m)で行われ、男子800mで石井優吉(ペンシルベニア州立大)が1分46秒41のショートラック日本記録 […]

NEWS JMCランキング暫定1位の西山雄介がコンディション不良により欠場/大阪マラソン

2025.02.22

JMCランキング暫定1位の西山雄介がコンディション不良により欠場/大阪マラソン

◇大阪マラソン2025(2月24日/大阪・大阪府庁前スタート・大阪城公園フィニッシュ) 大阪マラソンの主催者は2月22日、招待選手の西山雄介(トヨタ自動車)がコンディション不良により欠場することを発表した。 西山は22年 […]

NEWS 【男子ハンマー投】アツオビン・アンドリュウ(花園高3) 61m59=一般規格高校歴代2位

2025.02.22

【男子ハンマー投】アツオビン・アンドリュウ(花園高3) 61m59=一般規格高校歴代2位

2月22日、京都市の京産大総合グラウンド競技場で第11回京都陸協記録会が行われ、一般規格の男子ハンマー投でアツオビン・アンドリュウ(花園高3京都)が高校歴代2位となる61m59をマークした。 アツオビンは昨年のU20日本 […]

NEWS 円盤投・堤雄司が自己2番目の61m76でV 女子100mH青木益未は13秒04 福田翔太、郡菜々佳も優勝/WAコンチネンタルツアー

2025.02.22

円盤投・堤雄司が自己2番目の61m76でV 女子100mH青木益未は13秒04 福田翔太、郡菜々佳も優勝/WAコンチネンタルツアー

世界陸連(WA)コンチネンタルツアー・ブロンズラベルのインターナショナル・トラック・ミート2025が2月22日、ニュージーランドのクライストチャーチで行われ、男子円盤投で堤雄司(ALSOK群馬)が61m76のセカンドベス […]

NEWS 「インターハイでも勝ちたい」高校2年の栗村凌がU20男子を制す 女子は真柴愛里が貫禄/日本選手権クロカン

2025.02.22

「インターハイでも勝ちたい」高校2年の栗村凌がU20男子を制す 女子は真柴愛里が貫禄/日本選手権クロカン

◇第40回U20日本選手権クロスカントリー(2月22日/福岡・海の中道海浜公園) U20日本選手権クロスカントリーが行われ、男子(8km)では栗村凌(学法石川高2福島)が23分20秒で優勝を果たした。 今年も全国から有力 […]

SNS

Latest Issue 最新号 最新号

2025年3月号 (2月14日発売)

2025年3月号 (2月14日発売)

別府大分毎日マラソン
落合 晃×久保 凛
太田智樹、葛西潤
追跡箱根駅伝&高校駅伝

page top