2020.01.15
力尽くし、追い求める
東京五輪の「ファイナル」
2020年を迎えてすぐに、一般女性との結婚を発表した桐生祥秀(日本生命)。気持ちも新たに東京五輪イヤーを迎えた
日本人で真っ先に9秒台をマークした男が、この冬も黙々と坂道を駆け上がっていた。東洋大4年だった2017年に男子100mで9秒98をマークした桐生祥秀(日本生命)。19年シーズンにサニブラウン・アブデル・ハキーム(フロリダ大)が9秒97、小池祐貴(住友電工)が9秒98を出し、今は日本歴代2位タイになっている記録だが、日本中に注目された「10秒の壁突破」を1番に成し遂げた功績は陸上史に燦然と刻まれている。
「だったら、オリンピックでも真っ先に決勝に残れば……」。
100mの五輪史を紐解けば、ただ1人1932年のロサンゼルス大会で吉岡隆徳(東京高師)が6位入賞を果たしているが、隆盛を極める今の男子短距離界で悲願を達成すれば、また新たな第一歩を歴史に記すことになる。「それができれば人生のバリエーションが増えますよね」。プロ3年目で迎える東京五輪。桐生は今、「陸上が楽しい」と言う。
●文=小森貞子
●撮影=船越陽一郎
練習は最後の1本までしっかりと
11月から年を越して3月までの冬季トレーニングは、大雑把に1から5までのステージに分けられている。12月上旬、メディアに練習を公開した取材日は、第2ステージの初日だった。暖かい日と寒い日が交互にやってくる師走で、この日は寒い日に当たってしまい、母校の東洋大川越キャンパスは今にも雨が降ってきそうな曇り空。学生らと一緒にいったんはグラウンドに出てきた桐生祥秀だが、気温が低めでケガを懸念し、急きょ室内走路に移動してウォーミングアップを行った。
ウエイトトレーニング場に併設されたオールウェザーの走路は、壁から壁までの直線が80mで3レーン。京都・洛南高の後輩でもある宮本大輔(東洋大)と組み、メディシンボールなどをやり取りしながら身体を温めた。
週末とあって他にも、男子走幅跳の津波響樹ら東洋大の主力選手が桐生との練習に合流し、BGMも流してムードは和やか。桐生の練習場所は「NTC(ナショナルトレーニングセンター)と大学が半々」(土江寛裕コーチ)だそうだが、週末は大学でやることが多く、〝兄貴分〟として存在感を発揮している。それがまた、何とも楽しげに映る桐生だ。
20分かけてウォーミングアップが終わると、ウエイトトレーニング場で各自のメニューをこなした。桐生は筋力トレーニングに関して「確実に種目もバリエーションも増えている」と話し、「第1クールでは〝担ぐ系〟が多かったんですけど、今は〝両脚系〟〝片脚系〟なども入れてます」。
それを見守るのが「チーム桐生」とも言うべき、土江コーチと小島茂之コーチ、そして後藤勤トレーナーの3人。それぞれに視点が違うようで、「小島さんが動きを見たら、後藤さんが腰を上げるタイミングを見たりとか。それに自分の感覚を伝えて、みんなで修正しています」と桐生。練習メニューの基本は土江コーチが立てるものの、実際に行う時には自らも意見を出し、「チーム桐生」が今まで以上に円滑に動いている印象を受けた。
この日最後のメニューは、冬季トレーニング定番の坂ダッシュ。学内の野球場横にある坂道で、100m+100m+60mの上り走を4セット。セット間のリカバリーは7分とし、桐生は後輩たちを叱咤しながら精力的に駆け上がった。
見学しているほうは足元から伝わってくる寒さに震えたが、また一回り身体が大きくなったように見える桐生は充実した表情で、「こういう練習を最後の1本までしっかりやることを冬季の課題にしています」と話した。
2019年シーズンは10秒0台を7回
大学を卒業して1年目の2018年は、100mのベスト記録が10秒10に終わった。10秒0台を出せなかったのは高2以来、何と6年ぶりという、言わば「中休みの年」。だが、2019年シーズンは5月に行われたゴールデングランプリ大阪の10秒01(+1.7 /2位)を筆頭に、10秒0台を7回マーク。これまでの最高は2017年の5回だから、アベレージはグンと上がっている。
「ケガなく1年を通してやれた」のも収穫で、土江コーチは「順調に、一歩一歩上向いている」と、昨季の結果をポジティブに捉えている。「小池君が出てきたり、ハキーム君に記録を抜かれたりしたことも、良いほうに刺激になっているのではないか」というのが、土江コーチの見方だ。
本人も、2019年を振り返って「地力が上がった年」と前向きに評価する。ただ1点、「自己ベストが出なかった」という反省から、「ここからワンステップ上がらないと(世界大会の)決勝に行けない」ことも痛感する年になった。「あと10m詰められれば(残り10mをまとめられれば)、9秒台が複数回出ていてもおかしくなかった」と話す桐生。高3だった2013年のモスクワ大会以来、3大会ぶりに個人種目に出た秋のドーハ世界選手権は、100mで初めて準決勝に駒を進め、10秒16(+0.8)で6着だったが、中盤まで先頭を走る好レースを見せた。
土江コーチは「ダイヤモンドリーグ(DL)などレベルの高いレースを経験することで、戦い方に慣れてきた」と見る。「以前より確実に安心して(レースを)見ていられるようになりましたね」と笑う土江コーチが言うには、元々「みんなの見ている前で競技をやるのを不得手だと思っていない」そうだ。16年、17年の日本選手権で敗れ、涙を流したシーンが強烈だっただけに「本番に弱い」というイメージが先行しがちだが、それを払拭するだけの安定感を示した2019年と言えるだろう。
※この続きは2020年1月14日発売の『月刊陸上競技2月号』をご覧ください。
力尽くし、追い求める 東京五輪の「ファイナル」

練習は最後の1本までしっかりと
11月から年を越して3月までの冬季トレーニングは、大雑把に1から5までのステージに分けられている。12月上旬、メディアに練習を公開した取材日は、第2ステージの初日だった。暖かい日と寒い日が交互にやってくる師走で、この日は寒い日に当たってしまい、母校の東洋大川越キャンパスは今にも雨が降ってきそうな曇り空。学生らと一緒にいったんはグラウンドに出てきた桐生祥秀だが、気温が低めでケガを懸念し、急きょ室内走路に移動してウォーミングアップを行った。 ウエイトトレーニング場に併設されたオールウェザーの走路は、壁から壁までの直線が80mで3レーン。京都・洛南高の後輩でもある宮本大輔(東洋大)と組み、メディシンボールなどをやり取りしながら身体を温めた。 週末とあって他にも、男子走幅跳の津波響樹ら東洋大の主力選手が桐生との練習に合流し、BGMも流してムードは和やか。桐生の練習場所は「NTC(ナショナルトレーニングセンター)と大学が半々」(土江寛裕コーチ)だそうだが、週末は大学でやることが多く、〝兄貴分〟として存在感を発揮している。それがまた、何とも楽しげに映る桐生だ。 20分かけてウォーミングアップが終わると、ウエイトトレーニング場で各自のメニューをこなした。桐生は筋力トレーニングに関して「確実に種目もバリエーションも増えている」と話し、「第1クールでは〝担ぐ系〟が多かったんですけど、今は〝両脚系〟〝片脚系〟なども入れてます」。 それを見守るのが「チーム桐生」とも言うべき、土江コーチと小島茂之コーチ、そして後藤勤トレーナーの3人。それぞれに視点が違うようで、「小島さんが動きを見たら、後藤さんが腰を上げるタイミングを見たりとか。それに自分の感覚を伝えて、みんなで修正しています」と桐生。練習メニューの基本は土江コーチが立てるものの、実際に行う時には自らも意見を出し、「チーム桐生」が今まで以上に円滑に動いている印象を受けた。 この日最後のメニューは、冬季トレーニング定番の坂ダッシュ。学内の野球場横にある坂道で、100m+100m+60mの上り走を4セット。セット間のリカバリーは7分とし、桐生は後輩たちを叱咤しながら精力的に駆け上がった。 見学しているほうは足元から伝わってくる寒さに震えたが、また一回り身体が大きくなったように見える桐生は充実した表情で、「こういう練習を最後の1本までしっかりやることを冬季の課題にしています」と話した。
2019年シーズンは10秒0台を7回
大学を卒業して1年目の2018年は、100mのベスト記録が10秒10に終わった。10秒0台を出せなかったのは高2以来、何と6年ぶりという、言わば「中休みの年」。だが、2019年シーズンは5月に行われたゴールデングランプリ大阪の10秒01(+1.7 /2位)を筆頭に、10秒0台を7回マーク。これまでの最高は2017年の5回だから、アベレージはグンと上がっている。 「ケガなく1年を通してやれた」のも収穫で、土江コーチは「順調に、一歩一歩上向いている」と、昨季の結果をポジティブに捉えている。「小池君が出てきたり、ハキーム君に記録を抜かれたりしたことも、良いほうに刺激になっているのではないか」というのが、土江コーチの見方だ。 本人も、2019年を振り返って「地力が上がった年」と前向きに評価する。ただ1点、「自己ベストが出なかった」という反省から、「ここからワンステップ上がらないと(世界大会の)決勝に行けない」ことも痛感する年になった。「あと10m詰められれば(残り10mをまとめられれば)、9秒台が複数回出ていてもおかしくなかった」と話す桐生。高3だった2013年のモスクワ大会以来、3大会ぶりに個人種目に出た秋のドーハ世界選手権は、100mで初めて準決勝に駒を進め、10秒16(+0.8)で6着だったが、中盤まで先頭を走る好レースを見せた。 土江コーチは「ダイヤモンドリーグ(DL)などレベルの高いレースを経験することで、戦い方に慣れてきた」と見る。「以前より確実に安心して(レースを)見ていられるようになりましたね」と笑う土江コーチが言うには、元々「みんなの見ている前で競技をやるのを不得手だと思っていない」そうだ。16年、17年の日本選手権で敗れ、涙を流したシーンが強烈だっただけに「本番に弱い」というイメージが先行しがちだが、それを払拭するだけの安定感を示した2019年と言えるだろう。 ※この続きは2020年1月14日発売の『月刊陸上競技2月号』をご覧ください。
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