【METASPEED Interview】サラ・ホール(米国)
若いアスリートへのメッセージ
「アプローチを長い目で考えることはとても重要です」
アメリカを代表するプロランナーのサラ・ホールが、今まさに“旬”を迎えている。2020年12月にマラソンで2時間20分32秒の自己新をマークしたほか、19年ベルリン、20年ロンドン、そして3月6日の『東京マラソン2021』でも2時間22分台。今年4月15日で39歳となるが、安定して高いパフォーマンスを発揮している。
年齢を重ねても成長を続け、世界レベルで活躍できる理由は何なのか。東京マラソンの当日、レース直後にもかかわらず快くロングインタビューに応じてくれた。自身の経験に基づいたアドバイスは若いアスリートたちの参考になるはずだ。
ハードトレーニングは週3日
20代の頃はトラックやクロスカントリーを中心に取り組んだサラ・ホール(米国)。30代に入ってロードを主戦場に移すと、近年は目覚ましい活躍を見せている。
ワールドマラソンメジャーズでは2020年10月のロンドンで2位、昨年10月のシカゴで3位。20年12月には2時間20分32秒の自己新をマークし、世界レベルのマラソンランナーとしての地位を確立した。昨年5月にはトラックの10000mでも31分21秒90、今年1月のヒューストン・マラソンではハーフマラソンの部で1時間7分15秒のアメリカ新記録と、30代後半になって各種目で自己ベストを塗り変えている。
――今回の『東京マラソン2021』は2時間22分56秒で8位でした。ご自身のレースを振り返っていただけますか。
サラ・ホール もしかしたらアメリカ新記録を出せるチャンスがあるかもしれないと思い、2時間19分台を狙っていました。驚いたことに、日本記録(2時間19分12秒=野口みずき、グローバリー/2005年)とアメリカ記録(2時間19分12秒=ケイラ・ダマート/2022年)はまったく同じタイムなんですね! 2人の日本人選手もその記録を狙っていたので、一緒に走るのを楽しみにしていました。
ですが、ひと月前にケガをしてしまい、2週間ほど十分な練習ができず、調整がうまくいきませんでした。東京の高速コースにハイレベルな選手がそろったのに、そのチャンスを生かせなかったのは残念でした。
でも、自分のレースは誇らしく思っています。レース後半はほぼ1人で、向かい風に耐えようという一心で走っていました。そういうことを考えると、満点と言っていいと思います。
――万全ではなくても、2時間22分台でした。30代後半になって、マラソンでもトラックでも自己記録を縮めています。その要因はどんなところにありますか?
サラ・ホール マラソンへのチャレンジは7年前(2015年)からで、20代の時は走ったことがありません。日本では若い頃からマラソンに挑むのが一般的ですよね。私の場合、自分でも気づけずにいた伸びしろがマラソンにありました。マラソンにのめり込み、なおかつ健康であることが30代でも伸び続けている理由です。身体を健康に保つことは本当に難しい。また、腕の良いセラピストにケアをしてもらうことも、競技力向上には欠かせません。私自身、練習で身体がどのように動いているかを学びつつ、ケアをしてもらう。そうすることで思い描くレースにつながっていくのです。4月で39歳になりますが、年齢をまったく感じませんし、まだまだ伸びていけると思っています。
3月6日の「東京マラソン2021」は2時間22分56秒で8位。故障明けの中で自己4番目の好タイムだった©東京マラソン財団
――普段はどのようなトレーニングをしていますか。
サラ・ホール 夫のライアンがコーチをしています。彼は2時間4分台を持っており(※2011年ボストンでの非公認記録。公認のベストは2時間6分17秒)、彼が現役時代にやっていたトレーニングメニューに、自分なりのアレンジを加えて取り組んでいます。基本的には、1週間のうち3日間はハードな練習の日と決めています。そのうち1日はインターバルトレーニングで、ショートインターバルの日もあれば、1㎞以上のロングインターバルの日もあり、6マイル(9.6km)から15マイル(24km)のテンポランを混ぜることもあります。
ロングランの日には、マラソンのレースペースで20マイル(32km)を走ったり、ゆっくりとマラソン以上の距離を走ったりします。一定のペースで16マイル(25.6km)を走るような練習もします。余裕があれば少しだけ距離を増やすこともありますし、消化具合でメニューを変えることもあります。
「メタスピード スカイ」とともに躍進
サラの躍進を支えているのが、アシックスのレーシングシューズ「METASPEED Sky(メタスピード スカイ)」だ。2020年10月のロンドン・マラソンでプロトタイプを履いて当時の自己ベストをマークしてからは、メタスピードスカイでハイパフォーマンスを連発している。
――好成績を出し続けている要因の1つに、シューズの影響はありますか?
サラ・ホール もちろんあります。メタスピードスカイは、私にとって“ゲームチェンジャー”と言えるシューズです。最初に履いたのはロンドンで、その時はプロトタイプでした。あの日は人生の中で会心のレースができました。世界記録保持者のブリジット・コスゲイ(ケニア)とも走れましたし、ドーハ世界選手権金メダルのルース・チェプンゲティチ(ケニア)にどうやって勝とうかと考え、奮闘できました(コスゲイに次ぐ2位。チェプンゲティチには4秒先着)。そこから私はこのシューズの信奉者となりました。
これまでに他のブランドを含め、多くのシューズを試してきましたが、個人的にはこのシューズが一番。フィット感があり、本当に軽い! クッション性が高いのに、反発性にも富んでいます。ミッドソールのフォーム材がポイントですよね。このフォーム材が膝への衝撃を減らす一方で、一歩一歩をより速く進むエネルギーにも変換してくれます。また、カーボンプレートが前足部からかかとにかけて搭載されているので、プレートを生かせる位置に自分の足を置けることも重要です。
アシックスがこのシューズの開発にどれほどの情熱を注いだかがわかります。常に最上のものに改良しようという日本人の性格に私は共感を覚えます。より良いものを作ろうという姿勢が、このシューズに表れています。
シューズは私たちがパフォーマンスを発揮する上で重要です。だから、レースで本当に使えるシューズを探すことが大切なんです。
サラ・ホールも愛用するアシックスのレーシングシューズ「METASPEED Sky(メタスピード スカイ)」
METASPEEDの詳細はこちら
若い頃はスピードが大事
長く競技を続けてきただけでなく、今なお、進化し続けるサラの現在・過去・未来――。若い読者へのメッセージ、そして、彼女のキャリアの“これから”を聞いた。
――若いアスリート、特に10代において、成長するために大切なことを教えてください。
サラ・ホール 一番伝えたいのは『スピードを重視して練習をしましょう』ということです。若いうちはスピードが伸びやすく、一方で年齢を重ねるほど伸びにくくなります。マラソンを含む、どの距離でもスピードは必要ですよね。エリウド・キプチョゲ(ケニア、男子マラソンの世界記録保持者)も、マラソンランナーになる前にはトラックで速い記録を残しています。私も2020年のロンドン・マラソンはラスト勝負に勝てましたが、それはスプリント力のおかげでした。
私は高校時代、400mに取り組んでいました。得意種目は1マイル、2マイルだったんですけどね……。また、他のスポーツ、特にバスケットボールやサッカーなど動きの大きい運動もしており、その影響で今、ランナーとしてケガをしにくい身体でいることができています。
私にはエチオピア人の養子がおり、彼女には走る才能があると思っていますが、若いうちはサッカーやバスケットボールをさせたい。しっかりと筋力を高めてからランニングに取り組むことで、ケガをしにくい身体になると思います。そして、何よりも若いうちにスピードを高めておくことが肝心です。
――他のスポーツにも取り組んでいたのに、マラソンに行き着いた理由は?
サラ・ホール 私はクロスカントリーとトラック競技を13歳で始めました。サッカーなど他のスポーツをしていたので、スピードがあるのは自分でもわかっていました。それで、1人で走り始めたんです。家の近くの公園にはいくつものトレイル(不整地のコース)があって、そこを走るのが気持ち良かった。また、他のスポーツと違ってチームの制約もなく、自分の限界を押し上げられることに魅力を感じました。つまり、ランニングは自分がどうすべきなのか、自分次第で競技力を伸ばせると気づいたんです。
それに、走ることは本当に楽しい! レースで私は最後のスプリントを重要視していますが、競うことにハマったのはその後です。自分の限界を押し上げることや競うことに惚れて、競技歴は25年になりました。
――若い選手、とりわけ女性アスリートに気をつけてほしい点はありますか。
サラ・ホール 体重を減らすことよりも『強い身体になること』に焦点を当てることが大切だと思います。若い頃にしっかりとした骨作りを怠ると、疲労骨折につながるような低骨密度になってしまいます。私はしっかり骨密度を高めたことで、今でもこの競技を好きで続けられています。競技に対するアプローチを長い目で考えることはとても重要です。それはプロの女性アスリートだけでなく、生涯スポーツとしてランニングに取り組む女性も同様です。今の自分の身体に何が必要かを考えることが大切なのです。
東京マラソンのレース直後にオンラインでインタビューに応じてくれたサラ。若いアスリートに対しては自身の経験から「スピードが大事」と話す
――コロナ禍で多くのレースが中止になったり、活動が制限されたりするなか、モチベーションを保つためのアドバイスをいただけますか。
サラ・ホール 私も2020年にすべてがシャットダウンした時に、モチベーションを保つ難しさを経験しました。その上、パンデミック直前にあったオリンピックのアメリカ代表選考会では落選しましたから。普段であれば、落ち込んだ時に立てる対策は、『レースにまた臨む』ことなのですが、その時はトラック種目で代表を狙おうと切り替えたものの、レースがキャンセル続きでした。そこで、プロセスにのめり込もうと考え、トレーニングを好きになることに集中しました。次のレースがいつになるかわからないけど、トレーニングに打ち込むことで、まだまだできることがあるという可能性を探り、自分を押し上げていくのです。コツコツ練習することを楽しめれば、最終的にいつかチャンスが訪れます。私の場合は幸運にもロンドン・マラソンがありました。すべてをその一つのチャンスに懸けることができたので、その瞬間を強みにし、生涯のベストレースができました。
チャンスはいつ来るかわかりません。でも、準備をし続けること。そうすれば、いつかチャンスをものにできます。練習は積み重ねが大事です。今行っていることが2年後に花開くかもしれません。
――今後の目標をお聞かせください。
サラ・ホール ニューヨークシティハーフ(3月20日)、ボストン・マラソン(4月18日)など、間近に迫っているレースがいくつかありますし、7月にアメリカで初開催される世界陸上もすぐにあります。忙しくなりますが、今からワクワクしています。
また、ワールドマラソンメジャーズでは、2位と3位はありますが、やはり優勝したい。それがアメリカの大会であれば最高ですね。それに、いつかはアメリカ記録を破りたいとも思っています。そして、アメリカ国内の熾烈な争いを勝ち抜いて、マラソンでオリンピックに出場したいという思いが強いです。
アシックスのレーシングシューズ「METASPEED」とは?
ストライド型、ピッチ型というランナーのそれぞれの走法に合わせて作られたトップアスリート向けのレーシングシューズ。「METASPEED Sky(メタスピード スカイ)」はストライド走法、「METASPEED Edge(メタスピード エッジ)」はピッチ走法のランナーに適しており、走法に合ったシューズを履くことでよりストライドが伸びるように設計されている。
ミッドソールには「FF BLAST TURBO(エフエフ ブラスト ターボ)」という軽量で高反発の素材を採用。フルレングスカーボンプレートを内蔵することで、クッション性、反発性、安定性に優れ、地面に着地した際には跳ね返るような感覚を得られるシューズとなっている。国内外で多くのトップランナーが着用し、『自己ベストを出せるシューズ』として支持を集めている。
上がメタスピード スカイ、下がメタスピード エッジ
METASPEED(アシックス公式サイト)
▽Sara Hall
1983年4月15日生まれ、38歳。ジュニア時代は目立つ選手ではなかったが、年齢を重ねるごとに成長。20代の頃は1500mや5000mなどトラック種目を中心に取り組み、2015年からマラソンに進出。18年にオタワ・マラソンを制すると、19年のベルリン・マラソンでは2時間22分16秒で5位。2020年には2時間20分32秒までタイムを伸ばした。今年1月にはヒューストン・ハーフで1時間7分15秒をマークし、夫のライアン・ホールとともにアメリカ記録保持者となった。
文/福本ケイヤ
※この記事は『月刊陸上競技』2022年5月号に掲載予定です
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20代の頃はトラックやクロスカントリーを中心に取り組んだサラ・ホール(米国)。30代に入ってロードを主戦場に移すと、近年は目覚ましい活躍を見せている。 ワールドマラソンメジャーズでは2020年10月のロンドンで2位、昨年10月のシカゴで3位。20年12月には2時間20分32秒の自己新をマークし、世界レベルのマラソンランナーとしての地位を確立した。昨年5月にはトラックの10000mでも31分21秒90、今年1月のヒューストン・マラソンではハーフマラソンの部で1時間7分15秒のアメリカ新記録と、30代後半になって各種目で自己ベストを塗り変えている。 ――今回の『東京マラソン2021』は2時間22分56秒で8位でした。ご自身のレースを振り返っていただけますか。 サラ・ホール もしかしたらアメリカ新記録を出せるチャンスがあるかもしれないと思い、2時間19分台を狙っていました。驚いたことに、日本記録(2時間19分12秒=野口みずき、グローバリー/2005年)とアメリカ記録(2時間19分12秒=ケイラ・ダマート/2022年)はまったく同じタイムなんですね! 2人の日本人選手もその記録を狙っていたので、一緒に走るのを楽しみにしていました。 ですが、ひと月前にケガをしてしまい、2週間ほど十分な練習ができず、調整がうまくいきませんでした。東京の高速コースにハイレベルな選手がそろったのに、そのチャンスを生かせなかったのは残念でした。 でも、自分のレースは誇らしく思っています。レース後半はほぼ1人で、向かい風に耐えようという一心で走っていました。そういうことを考えると、満点と言っていいと思います。 ――万全ではなくても、2時間22分台でした。30代後半になって、マラソンでもトラックでも自己記録を縮めています。その要因はどんなところにありますか? サラ・ホール マラソンへのチャレンジは7年前(2015年)からで、20代の時は走ったことがありません。日本では若い頃からマラソンに挑むのが一般的ですよね。私の場合、自分でも気づけずにいた伸びしろがマラソンにありました。マラソンにのめり込み、なおかつ健康であることが30代でも伸び続けている理由です。身体を健康に保つことは本当に難しい。また、腕の良いセラピストにケアをしてもらうことも、競技力向上には欠かせません。私自身、練習で身体がどのように動いているかを学びつつ、ケアをしてもらう。そうすることで思い描くレースにつながっていくのです。4月で39歳になりますが、年齢をまったく感じませんし、まだまだ伸びていけると思っています。 3月6日の「東京マラソン2021」は2時間22分56秒で8位。故障明けの中で自己4番目の好タイムだった©東京マラソン財団 ――普段はどのようなトレーニングをしていますか。 サラ・ホール 夫のライアンがコーチをしています。彼は2時間4分台を持っており(※2011年ボストンでの非公認記録。公認のベストは2時間6分17秒)、彼が現役時代にやっていたトレーニングメニューに、自分なりのアレンジを加えて取り組んでいます。基本的には、1週間のうち3日間はハードな練習の日と決めています。そのうち1日はインターバルトレーニングで、ショートインターバルの日もあれば、1㎞以上のロングインターバルの日もあり、6マイル(9.6km)から15マイル(24km)のテンポランを混ぜることもあります。 ロングランの日には、マラソンのレースペースで20マイル(32km)を走ったり、ゆっくりとマラソン以上の距離を走ったりします。一定のペースで16マイル(25.6km)を走るような練習もします。余裕があれば少しだけ距離を増やすこともありますし、消化具合でメニューを変えることもあります。「メタスピード スカイ」とともに躍進
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