2022.01.14
東京五輪の女子1500mで見せた「8位入賞」と「3分台」は、驚愕の快挙として日本陸上史に刻まれた。だが、それを早くも上書きしようと、田中希実(豊田自動織機TC)は走り始めている。22年春には同大を卒業。人生の新たなスタートとともに、いよいよトップアスリートとして本格化の時を迎えていく。
文/小川雅生
卒論を終えて2021年を締めくくる
夏の熱狂を終えてからも、田中希実(豊田自動織機TC)は多忙な日々を送っていた。特に年末に向けて、卒論という〝難題〟が待ち受ける。その間にイベントや取材にひっぱりだこになりながらもトレーニングをこなし、レースにもいくつか出場した。
12月4日の日体大長距離競技会で15分04秒83、1週間後のエディオンディスタンスチャレンジin京都では15分04秒10と、5000mで好記録を連発。とても十分なコンディションとは言えない中での走りは、この1年を通じて地力がついたことの証明か。
卒論も、12月17日の締め切り当日に「なんとか無事提出できました」。ホッと一息つき、2021年を締めくくった。主題は「東京オリンピックの女子1500mの決勝に至るまでのコンディショニング評価」だという。
「自分のコンディショニングの振り返りもしつつ、グレテ・ワイツというノルウェーの中長距離選手(1975年に3000mで世界新、後にマラソンに転向して1984年ロサンゼルス五輪銀メダル)が使っていた(コンディションの)チェックリストが有効かどうかを検証していました」
そのチェックリストは主観的な内容だが、田中はそこに体内ホルモンや自律神経など客観的なデータを加えて分析。その有効性を検証した。結論としては、「それほどはっきりとは出ませんでしたが、ちょっとは有効なんじゃないか」というもの。だが、そういった学びから、「これまで言葉では表し切れなかった感覚的な部分を、チェックリストとして項目化できたところもありました」と言う。
「自分の中で『あえて言うなら』というような項目を作ったら、自分にとってのチェックリストが作れるんじゃないか、と。例えば、流しがすごい楽に何秒くらいで走れた、起きた時の身体の軽さ、階段の上り下りの脚の軽さなどは、『今日は結構調子いいな』と自分の中で測れたりします」
それは、これからのレースに向けたコンディション作りに生かせるものになるかもしれない。2020年からのコロナ禍によって、あらゆる環境が激変。田中も、その中でさまざまな葛藤を抱えながら走っていた。
「2020年は初めて『レースがない』という時期を経験しました。だから練習にぶつけるしかなかった。それは精神的にきつかった面もありましたが、逆にレースが楽しいと味わえた面もありました。でも21年は、オリンピックまでは練習にもっと集中したいのに、毎週のようにレース。だから自分の本当の力がわからなくなってしまったんです。練習では、めっちゃがんばっているのに2020年に比べて、なんかパッとしない。レースもその疲労を抱えたままで走るから、タイムは悪くないけど、良くもない。そんなことをずっと繰り返していたので、去年より遅くなっているんじゃないか、弱くなっているんじゃないかという不安が、オリンピックまでは常にありました」
そういった流れは、卒論のテーマ決めと無関係ではないだろう。今のコンディションをどう把握するかの発想には、同大での「忙しかったけど、あっという間だった」4年間が生きている。
「大学の授業は教科書の内容を単に教えるだけではなく、『これは一般に言われていることだけど、本当はこういう考え方もある』といったものでした。つまり、『固定観念を作らないように』という進め方。それは、自分の競技に対する考え方にもつながっていったかなと思います」
父・健智さんからの指導と、母・千洋さんからのきめ細やかなサポートを受けて世界を目指してきた。その取り組みはこれまで何度か紹介してきたが、まさに日本陸上界の常識を覆すようなもの。トラックでは800mから10000mまで、種目を固定することなく毎週のようにレースに出場し、冬季は駅伝やクロカンも積極的にこなす。21年の日本選手権で800m、1500m、5000mの3種目に挑戦したことは、その代表例だろう。
そうやって田中は、東京五輪1500mで8位入賞、準決勝では日本人女子初の3分台(3分59秒19)という快挙へとつなげていった。
この続きは2022年1月14日発売の『月刊陸上競技2月号』をご覧ください。
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卒論を終えて2021年を締めくくる
夏の熱狂を終えてからも、田中希実(豊田自動織機TC)は多忙な日々を送っていた。特に年末に向けて、卒論という〝難題〟が待ち受ける。その間にイベントや取材にひっぱりだこになりながらもトレーニングをこなし、レースにもいくつか出場した。 12月4日の日体大長距離競技会で15分04秒83、1週間後のエディオンディスタンスチャレンジin京都では15分04秒10と、5000mで好記録を連発。とても十分なコンディションとは言えない中での走りは、この1年を通じて地力がついたことの証明か。 卒論も、12月17日の締め切り当日に「なんとか無事提出できました」。ホッと一息つき、2021年を締めくくった。主題は「東京オリンピックの女子1500mの決勝に至るまでのコンディショニング評価」だという。 「自分のコンディショニングの振り返りもしつつ、グレテ・ワイツというノルウェーの中長距離選手(1975年に3000mで世界新、後にマラソンに転向して1984年ロサンゼルス五輪銀メダル)が使っていた(コンディションの)チェックリストが有効かどうかを検証していました」 そのチェックリストは主観的な内容だが、田中はそこに体内ホルモンや自律神経など客観的なデータを加えて分析。その有効性を検証した。結論としては、「それほどはっきりとは出ませんでしたが、ちょっとは有効なんじゃないか」というもの。だが、そういった学びから、「これまで言葉では表し切れなかった感覚的な部分を、チェックリストとして項目化できたところもありました」と言う。 「自分の中で『あえて言うなら』というような項目を作ったら、自分にとってのチェックリストが作れるんじゃないか、と。例えば、流しがすごい楽に何秒くらいで走れた、起きた時の身体の軽さ、階段の上り下りの脚の軽さなどは、『今日は結構調子いいな』と自分の中で測れたりします」 それは、これからのレースに向けたコンディション作りに生かせるものになるかもしれない。2020年からのコロナ禍によって、あらゆる環境が激変。田中も、その中でさまざまな葛藤を抱えながら走っていた。 「2020年は初めて『レースがない』という時期を経験しました。だから練習にぶつけるしかなかった。それは精神的にきつかった面もありましたが、逆にレースが楽しいと味わえた面もありました。でも21年は、オリンピックまでは練習にもっと集中したいのに、毎週のようにレース。だから自分の本当の力がわからなくなってしまったんです。練習では、めっちゃがんばっているのに2020年に比べて、なんかパッとしない。レースもその疲労を抱えたままで走るから、タイムは悪くないけど、良くもない。そんなことをずっと繰り返していたので、去年より遅くなっているんじゃないか、弱くなっているんじゃないかという不安が、オリンピックまでは常にありました」 そういった流れは、卒論のテーマ決めと無関係ではないだろう。今のコンディションをどう把握するかの発想には、同大での「忙しかったけど、あっという間だった」4年間が生きている。 「大学の授業は教科書の内容を単に教えるだけではなく、『これは一般に言われていることだけど、本当はこういう考え方もある』といったものでした。つまり、『固定観念を作らないように』という進め方。それは、自分の競技に対する考え方にもつながっていったかなと思います」 父・健智さんからの指導と、母・千洋さんからのきめ細やかなサポートを受けて世界を目指してきた。その取り組みはこれまで何度か紹介してきたが、まさに日本陸上界の常識を覆すようなもの。トラックでは800mから10000mまで、種目を固定することなく毎週のようにレースに出場し、冬季は駅伝やクロカンも積極的にこなす。21年の日本選手権で800m、1500m、5000mの3種目に挑戦したことは、その代表例だろう。 そうやって田中は、東京五輪1500mで8位入賞、準決勝では日本人女子初の3分台(3分59秒19)という快挙へとつなげていった。 この続きは2022年1月14日発売の『月刊陸上競技2月号』をご覧ください。
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