2021.11.30
山梨学大の上田誠仁監督の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます!
第15回「箱根駅伝シンポジウム ~箱根から世界へ~ 駅伝の「伝」の意味を見つめ直してみた」
箱根駅伝の「伝」の字をじっと眺めている。
デン・・伝える、伝わる、継ぐ、続く、残す、広まる、伝播、伝搬、伝統……
頭の中をグルグルと「伝」という漢字が巡っている。
「伝」という漢字は「イ(ひと)」が「云(いう)」と書く。思いを他者に云う様子を表すそうだ。旧字は「傳」、旁が「云」ではなく「専(せん)」を書き、専門・専一などそれ一筋を意味したそうだ。
漢字の成り立ちを甲骨文字から研究した白川静博士によると、「人」+「専」は「横から見た人の象形」と「糸巻きの象形・右手の象形」から成っており、糸を糸巻きに巻きつける所作を意味しているという。糸が常に一つの中心を巡る意味合いから「専ら(もっぱら)」または「一途(いちず)」の意をも表している。そして、人から人へグルグル回すことが転じて、伝えるという漢字となったそうだ。
「駅伝」を単なるたすきリレーとしてではなく、「伝」の一字の成り立ちから思うに『一途にがんばり、伝え・伝わる伝統の心を継ぐ者たちのたすきの伝播として、広く、そして多くの皆様方に広まる大会』として捉えると心地よく心に収まった。
さて、今年も恒例の箱根駅伝シンポジウムが11月22日、東京読売新聞本社ホールにて開催された。
箱根駅伝が持つ限りない可能性と意義、失ってはいけない本質を伝搬するシンポジウムと捉えている。
シンポジウムは昨年に引き続いて無観客のネット配信となったが、過去最高のアクセス数であったと聞いた。
毎年様々なジャンルでご活躍され、なおかつ箱根駅伝に対してさまざまな思い入れのあるパネリストをお招きして開催している。私は2014年よりコーディネーター(関東学連駅伝対策委員長)の立場で参加しているが、毎年緊張感を上回る好奇心でワクワクさせられている。シンポジウムを終えた後は、できればどこか居酒屋にでも行ってとことん飲み語りをしたいものだと呟いている。未だ実現していないのが残念だ。
とりわけ今年のメンバーは箱根駅伝ファンならずとも、ワクワク感満載の面々であった。中村匠吾選手(富士通)、服部勇馬選手(トヨタ自動車)、相澤晃選手(旭化成)、伊藤達彦選手(Honda)と、名を書き連ねるだけで説明不要の方々である。2時間があっという間に過ぎてしまうという感覚もうなずいていただけると思う。
箱根駅伝が100年という歳月と人々のさまざまな思いを紡いで来たことは事実である。そして1年遅れで迎えた東京五輪はコロナ禍での開催となり、選手を取り巻く環境が角張った雰囲気の中であった事は推して知るべしである。
特にマラソン代表としてレースに挑んだ中村選手、服部選手は調整に苦慮したと思われた。一年延期でなければとの思いがあるのではないかと、シンポジウムが始まる前の打ち合わせでざっくばらんに尋ねてみた。
いわゆる走り込みと言われる厳しい鍛錬期を経て、調整期に移行しようとするとき、1年の延期を申し渡されれば心の動揺がないわけがなかろう。ましてやレースに向かい、高めつつあった集中力の収めどころに戸惑うと考えられたからだ。そのあたりの感情をどのように語ってくれるのかを尋ねたわけである。
中村選手も服部選手も口を揃えて泣き言や言い訳など口にしなかった。中村さんは「もう一年準備期間を与えてくれたと思い、今年の開催となった東京五輪に向けて再度準備をさせていただきました」と語られ、服部選手は「そのこと以上にスタートラインに立った選手は皆同様であり、その上でその日の勝負に合わせてきた世界の選手たちの背中を追いかけたい」と語られた。
思わず向かいに座っていた日本テレビの後藤晴菜アナウンサーに「なんだかこの打ち合わせ室の中に爽やかな風が吹き込んで来たようですね」と呟いてしまった。何を語ったとしてもそれを言い訳だとは受け止めず、選手が困難の中で調整した本心を聞きたいと思って投げかけた質問に、あっさりとこのように答えられたのだ。そのようなところに真のスポーツマンとしての矜持を感じた。
相澤選手と伊藤選手もオリンピック代表になれた喜びよりも、無事に開催され、世界のレベルを肌で感じたことによって、更なるモチベーションの高まりを伝えてくれた。悔しさや挫折を経験し、それを乗り越える体験を、箱根駅伝に向かう4年間の大学生活の中で体験できたことに価値があったと語ってくれた。
4人とも箱根駅伝において大活躍された方々である。しかしながら、活躍した内容ではなく、どのような気持ちでタスキをつなごうとしたのかを語ってくれたのだ。箱根駅伝本来の目的や、このレースが持つ意義をさりげなくシンプルに、そして彼ら自身の言葉として語ってくれたことで強く印象づけられた。
あと1ヵ月で98回大会の戦いの火蓋が切って落とされようとしている。駅伝対策委員長という立場にあるからというわけではないが、すべての関東学連登録選手たちに伝えたい。代表選手であろうがなかろうが、はたまた本戦出場の20校であろうがなかろうが、この大会に青春をかけそれぞれのチームの一員として死力を尽くしてきたのならば、箱根駅伝は君たちとともに次の時代へ担うたすきリレーをしている。そのように感じてほしいと思った。
その息吹こそが、駅伝の「伝」の字の持つ意味であり、確実に世界へとチャレンジする原動力となると、このシンポジウムを通じて確信させてもらったからだ。
今回の東京五輪は10名の箱根駅伝経験者が代表選手となった。
現在から未来へと箱根駅伝を引き継いでゆく我々は、1世紀も以前に金栗四三氏ら箱根駅伝創設に奔走した当時大学生のパイオニア精神こそ引き継がねばならぬだろう。
金栗氏は関東女子体育連盟の創設にも関わり、箱根駅伝だけではない素晴らしい広がりを実行されている。そのこともあり、打ち合わせ室で彼らに「20年後はもしかすると指導者や関東学連の箱根駅伝を支える立場になっているかもしれませんね。そのためにも大いに良き経験を積んで来てくださいね」と話した。それが伝統の継承であることも願っている。
【追記】
パネリストとして登壇された4名のオリンピアンは、どの方もしっかりと自分の言葉で何を思い、何に気づいたかを、信念と決意を持って語られたことがとても印象に残っている。
親であれば子供が生まれたときになんと名付けようかと思案するものだ。漢字を調べているうちにそれぞれのお名前の漢字の持つ成り立ちを調べてみた。勝手な解釈だが親の願いや思いを体現した結果や、さらに今後の目標を語る姿を見てその通りに育っていると感じた。
全国の駅伝ファンの中からそれぞれのご家族をピックアップし、「素晴らしい息子さんたちですね」と敬意と賛辞を込めて拍手を贈りたい。
上田誠仁 Ueda Masahito/1959年生まれ、香川県出身。山梨学院大学スポーツ科学部スポーツ科学科教授。順天堂大学時代に3年連続で箱根駅伝の5区を担い、2年時と3年時に区間賞を獲得。2度の総合優勝に貢献した。卒業後は地元・香川県内の中学・高校教諭を歴任。中学教諭時代の1983年には日本選手権5000mで2位と好成績を収めている。85年に山梨学院大学の陸上競技部監督へ就任し、92年には創部7年、出場6回目にして箱根駅伝総合優勝を達成。以降、出雲駅伝5連覇、箱根総合優勝3回など輝かしい実績を誇るほか、中村祐二や尾方剛、大崎悟史、井上大仁など、のちにマラソンで世界へ羽ばたく選手を多数育成している。 |
第15回「箱根駅伝シンポジウム ~箱根から世界へ~ 駅伝の「伝」の意味を見つめ直してみた」
箱根駅伝の「伝」の字をじっと眺めている。 デン・・伝える、伝わる、継ぐ、続く、残す、広まる、伝播、伝搬、伝統…… 頭の中をグルグルと「伝」という漢字が巡っている。 「伝」という漢字は「イ(ひと)」が「云(いう)」と書く。思いを他者に云う様子を表すそうだ。旧字は「傳」、旁が「云」ではなく「専(せん)」を書き、専門・専一などそれ一筋を意味したそうだ。 漢字の成り立ちを甲骨文字から研究した白川静博士によると、「人」+「専」は「横から見た人の象形」と「糸巻きの象形・右手の象形」から成っており、糸を糸巻きに巻きつける所作を意味しているという。糸が常に一つの中心を巡る意味合いから「専ら(もっぱら)」または「一途(いちず)」の意をも表している。そして、人から人へグルグル回すことが転じて、伝えるという漢字となったそうだ。 「駅伝」を単なるたすきリレーとしてではなく、「伝」の一字の成り立ちから思うに『一途にがんばり、伝え・伝わる伝統の心を継ぐ者たちのたすきの伝播として、広く、そして多くの皆様方に広まる大会』として捉えると心地よく心に収まった。 さて、今年も恒例の箱根駅伝シンポジウムが11月22日、東京読売新聞本社ホールにて開催された。 箱根駅伝が持つ限りない可能性と意義、失ってはいけない本質を伝搬するシンポジウムと捉えている。 シンポジウムは昨年に引き続いて無観客のネット配信となったが、過去最高のアクセス数であったと聞いた。 毎年様々なジャンルでご活躍され、なおかつ箱根駅伝に対してさまざまな思い入れのあるパネリストをお招きして開催している。私は2014年よりコーディネーター(関東学連駅伝対策委員長)の立場で参加しているが、毎年緊張感を上回る好奇心でワクワクさせられている。シンポジウムを終えた後は、できればどこか居酒屋にでも行ってとことん飲み語りをしたいものだと呟いている。未だ実現していないのが残念だ。 とりわけ今年のメンバーは箱根駅伝ファンならずとも、ワクワク感満載の面々であった。中村匠吾選手(富士通)、服部勇馬選手(トヨタ自動車)、相澤晃選手(旭化成)、伊藤達彦選手(Honda)と、名を書き連ねるだけで説明不要の方々である。2時間があっという間に過ぎてしまうという感覚もうなずいていただけると思う。 箱根駅伝が100年という歳月と人々のさまざまな思いを紡いで来たことは事実である。そして1年遅れで迎えた東京五輪はコロナ禍での開催となり、選手を取り巻く環境が角張った雰囲気の中であった事は推して知るべしである。 特にマラソン代表としてレースに挑んだ中村選手、服部選手は調整に苦慮したと思われた。一年延期でなければとの思いがあるのではないかと、シンポジウムが始まる前の打ち合わせでざっくばらんに尋ねてみた。 いわゆる走り込みと言われる厳しい鍛錬期を経て、調整期に移行しようとするとき、1年の延期を申し渡されれば心の動揺がないわけがなかろう。ましてやレースに向かい、高めつつあった集中力の収めどころに戸惑うと考えられたからだ。そのあたりの感情をどのように語ってくれるのかを尋ねたわけである。 中村選手も服部選手も口を揃えて泣き言や言い訳など口にしなかった。中村さんは「もう一年準備期間を与えてくれたと思い、今年の開催となった東京五輪に向けて再度準備をさせていただきました」と語られ、服部選手は「そのこと以上にスタートラインに立った選手は皆同様であり、その上でその日の勝負に合わせてきた世界の選手たちの背中を追いかけたい」と語られた。 思わず向かいに座っていた日本テレビの後藤晴菜アナウンサーに「なんだかこの打ち合わせ室の中に爽やかな風が吹き込んで来たようですね」と呟いてしまった。何を語ったとしてもそれを言い訳だとは受け止めず、選手が困難の中で調整した本心を聞きたいと思って投げかけた質問に、あっさりとこのように答えられたのだ。そのようなところに真のスポーツマンとしての矜持を感じた。 相澤選手と伊藤選手もオリンピック代表になれた喜びよりも、無事に開催され、世界のレベルを肌で感じたことによって、更なるモチベーションの高まりを伝えてくれた。悔しさや挫折を経験し、それを乗り越える体験を、箱根駅伝に向かう4年間の大学生活の中で体験できたことに価値があったと語ってくれた。 4人とも箱根駅伝において大活躍された方々である。しかしながら、活躍した内容ではなく、どのような気持ちでタスキをつなごうとしたのかを語ってくれたのだ。箱根駅伝本来の目的や、このレースが持つ意義をさりげなくシンプルに、そして彼ら自身の言葉として語ってくれたことで強く印象づけられた。 あと1ヵ月で98回大会の戦いの火蓋が切って落とされようとしている。駅伝対策委員長という立場にあるからというわけではないが、すべての関東学連登録選手たちに伝えたい。代表選手であろうがなかろうが、はたまた本戦出場の20校であろうがなかろうが、この大会に青春をかけそれぞれのチームの一員として死力を尽くしてきたのならば、箱根駅伝は君たちとともに次の時代へ担うたすきリレーをしている。そのように感じてほしいと思った。 その息吹こそが、駅伝の「伝」の字の持つ意味であり、確実に世界へとチャレンジする原動力となると、このシンポジウムを通じて確信させてもらったからだ。 今回の東京五輪は10名の箱根駅伝経験者が代表選手となった。 現在から未来へと箱根駅伝を引き継いでゆく我々は、1世紀も以前に金栗四三氏ら箱根駅伝創設に奔走した当時大学生のパイオニア精神こそ引き継がねばならぬだろう。 金栗氏は関東女子体育連盟の創設にも関わり、箱根駅伝だけではない素晴らしい広がりを実行されている。そのこともあり、打ち合わせ室で彼らに「20年後はもしかすると指導者や関東学連の箱根駅伝を支える立場になっているかもしれませんね。そのためにも大いに良き経験を積んで来てくださいね」と話した。それが伝統の継承であることも願っている。 【追記】 パネリストとして登壇された4名のオリンピアンは、どの方もしっかりと自分の言葉で何を思い、何に気づいたかを、信念と決意を持って語られたことがとても印象に残っている。 親であれば子供が生まれたときになんと名付けようかと思案するものだ。漢字を調べているうちにそれぞれのお名前の漢字の持つ成り立ちを調べてみた。勝手な解釈だが親の願いや思いを体現した結果や、さらに今後の目標を語る姿を見てその通りに育っていると感じた。 全国の駅伝ファンの中からそれぞれのご家族をピックアップし、「素晴らしい息子さんたちですね」と敬意と賛辞を込めて拍手を贈りたい。上田誠仁 Ueda Masahito/1959年生まれ、香川県出身。山梨学院大学スポーツ科学部スポーツ科学科教授。順天堂大学時代に3年連続で箱根駅伝の5区を担い、2年時と3年時に区間賞を獲得。2度の総合優勝に貢献した。卒業後は地元・香川県内の中学・高校教諭を歴任。中学教諭時代の1983年には日本選手権5000mで2位と好成績を収めている。85年に山梨学院大学の陸上競技部監督へ就任し、92年には創部7年、出場6回目にして箱根駅伝総合優勝を達成。以降、出雲駅伝5連覇、箱根総合優勝3回など輝かしい実績を誇るほか、中村祐二や尾方剛、大崎悟史、井上大仁など、のちにマラソンで世界へ羽ばたく選手を多数育成している。 |
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