2021.08.07
東京五輪の陸上競技、最終種目は8月8日朝7時にスタートする男子マラソン。陸上競技の最終種目でもあり、東京五輪閉会式開催日の午前中という、まさに大会のフィナーレを飾るのレースとなる。そこに挑む大迫傑(Nike)は、強い思いを抱いている。「現役選手としてラストレース」に挑む、日本稀代のランナーをクローズアップする。
「強くなりたい」
特別な思いを持って東京五輪の男子マラソンに挑む男がいる。大迫傑(Nike)、30歳。東京五輪開幕前日に、驚きの発表をした。
「8月8日のマラソンを現役選手としてのラストレースにします」
東京五輪の男子マラソンで一線を退くことを表明。衝撃が走った。
中学時代から「強くなりたい」と渇望してきた。
東京都町田市出身。金井中時代に全中3000mで3位に入ると、長野の名門・佐久長聖高に進学。丸刈り頭で寮生活を送り、寒さの中で厳しいトレーニングを積んできた。2年時には全国高校駅伝でアンカーを務めて、初優勝&高校記録(当時)のフィニッシュテープを切った。3年時には1区で区間賞を獲得している。世代のエースだった。
高校駅伝で2年時にアンカーとして優勝を経験
早大に進学すると、その名は瞬く間に広がる。特に1年目の箱根駅伝1区で区間賞デビューを飾った学生駅伝三冠の立役者になり、一気にスター選手へと駆け上がった。だが、周囲の喧噪をよそに、駅伝にこだわりがないことを名言し、その頃から常に「世界」を見つめていた。
大学3年時(2012年)の日本選手権10000mで佐藤悠基(当時・日清食品グループ、現・SGホールディングス)に敗れて、0.38秒差でロンドン五輪を逃した大迫。その悔しさは次のステップへの大きなきっかけとなった。翌年の春休み期間中に世界トップ選手が所属する「オレゴン・プロジェクト」の練習に参加。大迫の熱い気持ちと、走りが評価されて、アジア人で初めて最強軍団の一員になった。早大卒業後は米国に拠点を移すと、実業団チームを1年で退社。「プロランナー」の道を歩き始める。
「米国に移住したのは、リオ五輪を考えてのこと。これまでもそうですが、僕自身、モチベーションを高く保てる選手だと思っています。新しい挑戦の裏には、『負け』が常にありました。そういうところが一歩を踏み出すきっかけになったのかな」
大迫は2013、14年の日本選手権10000mでも佐藤に惜敗。すぐに結果は出なかったが、米国で確実に強さを身につけていく。2015年に5000mで13分08秒40の日本記録を樹立すると、2016年には日本選手権で長距離2冠を達成。リオ五輪(5000mと10000m)にも出場して、名実ともに「日本長距離界のエース」となった。
マラソンの流儀とは
マラソンに参戦したのは2017年。4月のボストンは2時間10分28秒、同年12月の福岡国際では2時間7分19秒をマーク。翌年10月のシカゴでは2時間5分50秒の日本新記録(当時)を打ち立てる。順位はいずれも3位。記録面だけでなく勝負強さと優勝争いの経験を磨くために「トップ争い」ができるレースを常に選んで、ステップアップした。
2019年9月の選考会、マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)は3位にとどまり、2枠に与えられた東京五輪代表内定をその場では手にすることができなかった。しかし、翌年、3月の東京マラソンで再び歴史を切り拓く。
30㎞通過は13位だったが、「自分のキャパシティ以上で走ってしまうとつぶれてしまう。25~30㎞は自分のペースで走りました。その調整がうまくいきました」。絶妙なペース配分で、終盤に猛追する。35㎞までの5㎞を出場選手最速の14分56秒と快走。自身の記録を21秒更新する2時間5分29秒の日本新記録でフィニッシュ(4位)に飛び込み、東京五輪代表を引き寄せた。
東京五輪をたぐり寄せ、インタビューでは感情が溢れた
五輪代表が内定した後も、強くなるための場所を選んでトレーニングを重ねてきた。ケニア・イテンでも合宿を行い、昨年12月の日本選手権10000mで自己ベストとなる27分36秒93をマーク。今年は4月にハーフマラソンのタイムトライアルを行い、1時間1分19秒で走破している。5月28日の米国ポートランド・トラックフェスティバルは10000mに出場。1組で27分56秒44をマークすると、10分程度のインターバルで臨んだ2組を29分04秒28でまとめた。
本番に向けては米国フラッグスタッフの高地合宿を経て日本へ戻ってきた。8月4日の会見では「ずっとケニア、アメリカでトレーニングをしてきました。順調で充実したトレーニングができたと思います。結果と同じくらい、プロセスに価値がある。競技面だけでなく、人生の枠を広げることが大切だと思っていますし、大きな大会に直面して、少しずつ成長していることに大きな喜びを感じています」と語った。
「自分が一番速く走ること」と「なるべくトップ争いに絡む努力をすること」が大迫のマラソンの流儀。東京五輪の1年延期が決まる直前に取材したときには、「メダルのチャンスはないとは思っていません。いかに自分らしいレースができるのか。トップ・オブ・トップの選手と真っ向勝負するのは現実的ではないので、能力を最大限に発揮して、チャンスを拾えるレースをすることが大事になってくるかなと思っています」と力強く答えている。
その道が簡単ではないことは世界を股に掛けて走り続けてきた大迫が一番わかっている。それでも、東京五輪に覚悟を持って臨む。
引退を発表したSNSで、「東京五輪が決まってから100%を注ぎ込んできた。東京を自分自身の競技人生の最高のゴールにする」と思いを綴った大迫。
「順位、結果はもちろん大切だけど、レースが終わった時に自分が『頑張り切れた』と思える、そんなレースにしたい」
歴史を動かし続けた稀代のランナー・大迫傑。2021年8月8日、最後のマラソンのスタートに立つ。
文/酒井政人
「強くなりたい」
特別な思いを持って東京五輪の男子マラソンに挑む男がいる。大迫傑(Nike)、30歳。東京五輪開幕前日に、驚きの発表をした。 「8月8日のマラソンを現役選手としてのラストレースにします」 東京五輪の男子マラソンで一線を退くことを表明。衝撃が走った。 中学時代から「強くなりたい」と渇望してきた。 東京都町田市出身。金井中時代に全中3000mで3位に入ると、長野の名門・佐久長聖高に進学。丸刈り頭で寮生活を送り、寒さの中で厳しいトレーニングを積んできた。2年時には全国高校駅伝でアンカーを務めて、初優勝&高校記録(当時)のフィニッシュテープを切った。3年時には1区で区間賞を獲得している。世代のエースだった。 高校駅伝で2年時にアンカーとして優勝を経験 早大に進学すると、その名は瞬く間に広がる。特に1年目の箱根駅伝1区で区間賞デビューを飾った学生駅伝三冠の立役者になり、一気にスター選手へと駆け上がった。だが、周囲の喧噪をよそに、駅伝にこだわりがないことを名言し、その頃から常に「世界」を見つめていた。 大学3年時(2012年)の日本選手権10000mで佐藤悠基(当時・日清食品グループ、現・SGホールディングス)に敗れて、0.38秒差でロンドン五輪を逃した大迫。その悔しさは次のステップへの大きなきっかけとなった。翌年の春休み期間中に世界トップ選手が所属する「オレゴン・プロジェクト」の練習に参加。大迫の熱い気持ちと、走りが評価されて、アジア人で初めて最強軍団の一員になった。早大卒業後は米国に拠点を移すと、実業団チームを1年で退社。「プロランナー」の道を歩き始める。 「米国に移住したのは、リオ五輪を考えてのこと。これまでもそうですが、僕自身、モチベーションを高く保てる選手だと思っています。新しい挑戦の裏には、『負け』が常にありました。そういうところが一歩を踏み出すきっかけになったのかな」 大迫は2013、14年の日本選手権10000mでも佐藤に惜敗。すぐに結果は出なかったが、米国で確実に強さを身につけていく。2015年に5000mで13分08秒40の日本記録を樹立すると、2016年には日本選手権で長距離2冠を達成。リオ五輪(5000mと10000m)にも出場して、名実ともに「日本長距離界のエース」となった。マラソンの流儀とは
マラソンに参戦したのは2017年。4月のボストンは2時間10分28秒、同年12月の福岡国際では2時間7分19秒をマーク。翌年10月のシカゴでは2時間5分50秒の日本新記録(当時)を打ち立てる。順位はいずれも3位。記録面だけでなく勝負強さと優勝争いの経験を磨くために「トップ争い」ができるレースを常に選んで、ステップアップした。 2019年9月の選考会、マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)は3位にとどまり、2枠に与えられた東京五輪代表内定をその場では手にすることができなかった。しかし、翌年、3月の東京マラソンで再び歴史を切り拓く。 30㎞通過は13位だったが、「自分のキャパシティ以上で走ってしまうとつぶれてしまう。25~30㎞は自分のペースで走りました。その調整がうまくいきました」。絶妙なペース配分で、終盤に猛追する。35㎞までの5㎞を出場選手最速の14分56秒と快走。自身の記録を21秒更新する2時間5分29秒の日本新記録でフィニッシュ(4位)に飛び込み、東京五輪代表を引き寄せた。 東京五輪をたぐり寄せ、インタビューでは感情が溢れた 五輪代表が内定した後も、強くなるための場所を選んでトレーニングを重ねてきた。ケニア・イテンでも合宿を行い、昨年12月の日本選手権10000mで自己ベストとなる27分36秒93をマーク。今年は4月にハーフマラソンのタイムトライアルを行い、1時間1分19秒で走破している。5月28日の米国ポートランド・トラックフェスティバルは10000mに出場。1組で27分56秒44をマークすると、10分程度のインターバルで臨んだ2組を29分04秒28でまとめた。 本番に向けては米国フラッグスタッフの高地合宿を経て日本へ戻ってきた。8月4日の会見では「ずっとケニア、アメリカでトレーニングをしてきました。順調で充実したトレーニングができたと思います。結果と同じくらい、プロセスに価値がある。競技面だけでなく、人生の枠を広げることが大切だと思っていますし、大きな大会に直面して、少しずつ成長していることに大きな喜びを感じています」と語った。 「自分が一番速く走ること」と「なるべくトップ争いに絡む努力をすること」が大迫のマラソンの流儀。東京五輪の1年延期が決まる直前に取材したときには、「メダルのチャンスはないとは思っていません。いかに自分らしいレースができるのか。トップ・オブ・トップの選手と真っ向勝負するのは現実的ではないので、能力を最大限に発揮して、チャンスを拾えるレースをすることが大事になってくるかなと思っています」と力強く答えている。 その道が簡単ではないことは世界を股に掛けて走り続けてきた大迫が一番わかっている。それでも、東京五輪に覚悟を持って臨む。 引退を発表したSNSで、「東京五輪が決まってから100%を注ぎ込んできた。東京を自分自身の競技人生の最高のゴールにする」と思いを綴った大迫。 「順位、結果はもちろん大切だけど、レースが終わった時に自分が『頑張り切れた』と思える、そんなレースにしたい」 歴史を動かし続けた稀代のランナー・大迫傑。2021年8月8日、最後のマラソンのスタートに立つ。 文/酒井政人
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