2021.08.03
陸上だけにとどまらず、東京五輪全体でも注目種目の一つに挙げられるのが男子4×100mリレーだ。9秒台4人、10秒01の日本選手権王者、200m3大会連続五輪の“兄貴分”、伸び盛りの若い力……史上最高メンバーで東京五輪を迎えた男子短距離だったが、100m、200mではまさかの全員予選敗退。雪辱できる場所は、もうリレーしかない。
「東京五輪で金」から5年
大会直前の合宿で良い雰囲気を醸し出す桐生、山縣、多田(フォート・キシモト/日本陸連)
2016年、ブラジル・リオデジャネイロで見せた4人の侍によるバトンパスは、今も鮮明に記憶に残る。
男子4×100mリレー、37秒60の当時アジア新記録で銀メダル。1走の山縣亮太(セイコー)がロケットスタートを決め、2走の飯塚翔太(ミズノ)が粘り、3走の桐生祥秀(東洋大/現・日本生命)で一気に攻め、アンカーのケンブリッジ飛鳥(ドーム/現・Nike)が、ジャマイカのウサイン・ボルトと真っ向勝負を演じた。
この時、日本男子4継が東京五輪で目指すものが定まったと言っていい。それは、激闘を終えた4人が代弁していた。
「東京五輪での目標は金メダル」
そのために、やるべきこともわかっていた。「4人全員が100m9秒台、200m19秒台の記録を」。そこから、日本男子スプリンターたちの目の色が明らかに変わった。
2017年には、サニブラウン・アブデル・ハキーム(東京陸協/現・タンブルウィードTC)が日本選手権2冠、ロンドン世界選手権200mで7位と躍進。さらに多田修平(関学大、現・住友電工)が追い風参考ながら9秒94を出すなど急成長を遂げた。
その力を結集させたロンドン世界選手権の4継は、多田、飯塚、桐生、藤光健司(ゼンリン)のオーダーで銅メダル。3位争いをしていたのがジャマイカで、アンカーのウサイン・ボルトが左ハムストリングスを痛めて途中棄権するアクシデントに見舞われなければ、メダルはなかったかもしれない。
それでも、サニブラウンは個人種目で力を出し尽くし、予選で4走を務めたケンブリッジが不調で交代となっても、その穴を埋められるほど選手層が厚くなった。
そして何よりも、世界選手権後の9月、日本インカレで桐生が日本人1人目の9秒台(9秒98)を打ち立てたことが、日本の勢いを加速させる。
2018年は、アジア大会で20年ぶりの金メダル。山縣、多田、桐生、ケンブリッジの布陣で、ライバルの中国に完勝した。
その陰で、同大会の200mでは小池祐貴(ANA/現・住友電工)が20秒23の好タイムで金メダルに輝くなど、新たな芽も生まれている。
2019年は、サニブラウンが9秒97の日本新。小池も9秒98と、日本人の9秒台が一気に3人に増えた。白石黄良々(セレスポ)も台頭。その力がドーハ世界選手権決勝での銅メダル、37秒43のアジア新へとつながった。
オーダーは多田、白石、桐生、サニブラウン。37秒78だった予選の1走は小池だったが、この時期は走りに精彩を欠き、決勝は多田に変わっている。誰が出ても、結果を残す。選手層は厚さを増す一方だ。
19年世界リレーでは多田、山縣で1、2走をつないだ
1走は多田が有力候補
五輪の1年延期を経た2021年。山縣が待望の9秒台、9秒95の日本新記録を樹立し、「9秒台4人」がそろう。さらに、多田も10秒01を出し、日本選手権で初優勝。
ケンブリッジ、白石の名は代表の中にはないが、代わりに史上最高レベルと謳われた日本選手権で2位に食い込んだデーデー・ブルーノ(東海大)という新戦力が加わった。
5年もの間、常に競い合い、高め合ってきた選手たち。その力を、1つに結集させる時がもうすぐやってくる。
個人種目は“惨敗”だった。100mの多田、山縣、小池、200mサニブラウン、山下潤(ANA)、飯塚は、いずれも予選敗退。100m、200mの両種目に代表が出場した大会で全員がラウンド突破できず敗退となるのは、1928年アムステルダム五輪以来93年ぶり。この雪辱を果たせるのは、もうリレーしか残されていない。リレーに備えて準備中のデーデーと桐生を加え、一つになって戦う。それしかない。
オーダーは幾通りも考えられるが、世界の頂点に立つための戦略は、限られている。1走でリードを奪い、2走で勢いを加速させ、3走で勝負を決め、アンカーで逃げ切る。それを実現できる4人、走順が選ばれることになるだろう。
1走候補の一番手は多田。ロンドン、ドーハ両世界選手権でも1走を務めた経験と、日本選手権で他を圧倒したロケットスタートを世界に見せつける。五輪では2大会連続で山縣が1走を務めており、2走に向けて勢い良くバトンをつなげるという意味では山縣のほうが上手だ。
ただ、今回のメンバーではその山縣が2走の有力候補となる。加速に乗ってからのスピード維持能力は、今季群を抜く。世界のトップスプリンターを相手にしても見劣りすることはないだろう。リオ五輪メダリストの飯塚も候補に挙がり、特に日本スプリント界のリーダー・飯塚が2走に入った時のバトンの流れは、走力以上のもの引き出している。
リレーメダルのカギを握るのはやはりこの男か(フォート・キシモト/日本陸連)
桐生の調子がカギ
3走、4走は桐生、小池がどちらでも同じぐらいの質の高さを生み出すだろう。これまではリオから世界大会のメダルを獲得し続けてきたオーダーは「3走・桐生」が不動。日本が37秒台を出したレースすべてで桐生が3走を務めている。桐生自身も「経験は誰にも負けない」と自負。
だが同時に、桐生のアンカーでの爆発力も捨てがたいとも常に言われてきた。右アキレス腱の不安はあったが現在は復調の見込み。予選、決勝の2本だけなら乗り越えられる。カギを握るのは、やはりこの男なのかもしれない。
小池もコーナー、直線をどちらでもできるタイプで、3走では桐生と同水準のタイムを出したこともある。しっかり調子を上げてくるだろう。
切り札としては「4走・サニブラウン」があったが、200mで本調子からは程遠い出来だっただけに、中1日で戻るのは厳しいか。起用されるとすれば決勝のみの抜擢だろう。もちろん、デーデーや山下も控えており、どんなアクシデントにも対応できる。この層の厚さは、間違いなく過去の日本代表の中でナンバーワンだ。
ドーハ世界選手権を37秒10の自国新で制した米国は、トレイヴォン・ブロメルが不調だが、ドーハ200m金メダルのノア・ライルズを中心に圧倒的戦力を誇る。現時点で、日本よりも実力が上なのは明らかだ。
37秒36で2位だった英国も、コロナ禍の影響で競技活動が大きく制限されたが、個々がメダル争いをできる実力の持ち主たちがそろう。ボルトの引退とともに下降線をたどるジャマイカも、そのプライドに懸けて立て直してくるだろう。南アフリカ、アジア新記録9秒83を出した蘇炳添が率いる中国もメダル候補。決勝進出にはおそらく37秒台が必要なレベルになる。
それでも、日本だって強い。リオを上回る熱狂を、日本にもたらしてくれることを期待できるぐらいに。
日本選手団の主将を務める山縣は、開幕を迎えるにあたって改めて「リレーで金メダル」という抱負を語った。
予選8月5日、11時30分。決勝8月6日、22時50分。場所は東京・国立競技場。
夢を現実のものとする戦いが、いよいよ始まる。
文/小川雅生
「東京五輪で金」から5年
大会直前の合宿で良い雰囲気を醸し出す桐生、山縣、多田(フォート・キシモト/日本陸連) 2016年、ブラジル・リオデジャネイロで見せた4人の侍によるバトンパスは、今も鮮明に記憶に残る。 男子4×100mリレー、37秒60の当時アジア新記録で銀メダル。1走の山縣亮太(セイコー)がロケットスタートを決め、2走の飯塚翔太(ミズノ)が粘り、3走の桐生祥秀(東洋大/現・日本生命)で一気に攻め、アンカーのケンブリッジ飛鳥(ドーム/現・Nike)が、ジャマイカのウサイン・ボルトと真っ向勝負を演じた。 この時、日本男子4継が東京五輪で目指すものが定まったと言っていい。それは、激闘を終えた4人が代弁していた。 「東京五輪での目標は金メダル」 そのために、やるべきこともわかっていた。「4人全員が100m9秒台、200m19秒台の記録を」。そこから、日本男子スプリンターたちの目の色が明らかに変わった。 2017年には、サニブラウン・アブデル・ハキーム(東京陸協/現・タンブルウィードTC)が日本選手権2冠、ロンドン世界選手権200mで7位と躍進。さらに多田修平(関学大、現・住友電工)が追い風参考ながら9秒94を出すなど急成長を遂げた。 その力を結集させたロンドン世界選手権の4継は、多田、飯塚、桐生、藤光健司(ゼンリン)のオーダーで銅メダル。3位争いをしていたのがジャマイカで、アンカーのウサイン・ボルトが左ハムストリングスを痛めて途中棄権するアクシデントに見舞われなければ、メダルはなかったかもしれない。 それでも、サニブラウンは個人種目で力を出し尽くし、予選で4走を務めたケンブリッジが不調で交代となっても、その穴を埋められるほど選手層が厚くなった。 そして何よりも、世界選手権後の9月、日本インカレで桐生が日本人1人目の9秒台(9秒98)を打ち立てたことが、日本の勢いを加速させる。 2018年は、アジア大会で20年ぶりの金メダル。山縣、多田、桐生、ケンブリッジの布陣で、ライバルの中国に完勝した。 その陰で、同大会の200mでは小池祐貴(ANA/現・住友電工)が20秒23の好タイムで金メダルに輝くなど、新たな芽も生まれている。 2019年は、サニブラウンが9秒97の日本新。小池も9秒98と、日本人の9秒台が一気に3人に増えた。白石黄良々(セレスポ)も台頭。その力がドーハ世界選手権決勝での銅メダル、37秒43のアジア新へとつながった。 オーダーは多田、白石、桐生、サニブラウン。37秒78だった予選の1走は小池だったが、この時期は走りに精彩を欠き、決勝は多田に変わっている。誰が出ても、結果を残す。選手層は厚さを増す一方だ。 19年世界リレーでは多田、山縣で1、2走をつないだ1走は多田が有力候補
五輪の1年延期を経た2021年。山縣が待望の9秒台、9秒95の日本新記録を樹立し、「9秒台4人」がそろう。さらに、多田も10秒01を出し、日本選手権で初優勝。 ケンブリッジ、白石の名は代表の中にはないが、代わりに史上最高レベルと謳われた日本選手権で2位に食い込んだデーデー・ブルーノ(東海大)という新戦力が加わった。 5年もの間、常に競い合い、高め合ってきた選手たち。その力を、1つに結集させる時がもうすぐやってくる。 個人種目は“惨敗”だった。100mの多田、山縣、小池、200mサニブラウン、山下潤(ANA)、飯塚は、いずれも予選敗退。100m、200mの両種目に代表が出場した大会で全員がラウンド突破できず敗退となるのは、1928年アムステルダム五輪以来93年ぶり。この雪辱を果たせるのは、もうリレーしか残されていない。リレーに備えて準備中のデーデーと桐生を加え、一つになって戦う。それしかない。 オーダーは幾通りも考えられるが、世界の頂点に立つための戦略は、限られている。1走でリードを奪い、2走で勢いを加速させ、3走で勝負を決め、アンカーで逃げ切る。それを実現できる4人、走順が選ばれることになるだろう。 1走候補の一番手は多田。ロンドン、ドーハ両世界選手権でも1走を務めた経験と、日本選手権で他を圧倒したロケットスタートを世界に見せつける。五輪では2大会連続で山縣が1走を務めており、2走に向けて勢い良くバトンをつなげるという意味では山縣のほうが上手だ。 ただ、今回のメンバーではその山縣が2走の有力候補となる。加速に乗ってからのスピード維持能力は、今季群を抜く。世界のトップスプリンターを相手にしても見劣りすることはないだろう。リオ五輪メダリストの飯塚も候補に挙がり、特に日本スプリント界のリーダー・飯塚が2走に入った時のバトンの流れは、走力以上のもの引き出している。 リレーメダルのカギを握るのはやはりこの男か(フォート・キシモト/日本陸連)桐生の調子がカギ
3走、4走は桐生、小池がどちらでも同じぐらいの質の高さを生み出すだろう。これまではリオから世界大会のメダルを獲得し続けてきたオーダーは「3走・桐生」が不動。日本が37秒台を出したレースすべてで桐生が3走を務めている。桐生自身も「経験は誰にも負けない」と自負。 だが同時に、桐生のアンカーでの爆発力も捨てがたいとも常に言われてきた。右アキレス腱の不安はあったが現在は復調の見込み。予選、決勝の2本だけなら乗り越えられる。カギを握るのは、やはりこの男なのかもしれない。 小池もコーナー、直線をどちらでもできるタイプで、3走では桐生と同水準のタイムを出したこともある。しっかり調子を上げてくるだろう。 切り札としては「4走・サニブラウン」があったが、200mで本調子からは程遠い出来だっただけに、中1日で戻るのは厳しいか。起用されるとすれば決勝のみの抜擢だろう。もちろん、デーデーや山下も控えており、どんなアクシデントにも対応できる。この層の厚さは、間違いなく過去の日本代表の中でナンバーワンだ。 ドーハ世界選手権を37秒10の自国新で制した米国は、トレイヴォン・ブロメルが不調だが、ドーハ200m金メダルのノア・ライルズを中心に圧倒的戦力を誇る。現時点で、日本よりも実力が上なのは明らかだ。 37秒36で2位だった英国も、コロナ禍の影響で競技活動が大きく制限されたが、個々がメダル争いをできる実力の持ち主たちがそろう。ボルトの引退とともに下降線をたどるジャマイカも、そのプライドに懸けて立て直してくるだろう。南アフリカ、アジア新記録9秒83を出した蘇炳添が率いる中国もメダル候補。決勝進出にはおそらく37秒台が必要なレベルになる。 それでも、日本だって強い。リオを上回る熱狂を、日本にもたらしてくれることを期待できるぐらいに。 日本選手団の主将を務める山縣は、開幕を迎えるにあたって改めて「リレーで金メダル」という抱負を語った。 予選8月5日、11時30分。決勝8月6日、22時50分。場所は東京・国立競技場。 夢を現実のものとする戦いが、いよいよ始まる。 文/小川雅生
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