2021.08.02
男子110mハードルは史上最高のメンバーがそろった。かつて「世界から最も遠いトラック種目」とまで言われたのも今は昔。日本初となる世界のファイナル、いや、メダルの可能性までもある。
泉谷駿介(順大)、金井大旺(ミズノ)、高山峻野(ゼンリン)。いずれも初出場で、3人フルエントリーは1936年ベルリン五輪以来となる。“最強トリオ”を一人ずつ見ていこう。
驚異の日本新・泉谷駿介
日本選手権で衝撃的な日本新記録13秒06(+1.2)をマークして初優勝したのが泉谷駿介(順大)。この記録は五輪出場者リストで2位につけ、堂々のメダル候補に挙がる。
泉谷は神奈川県出身。武相高入学時は走高跳がメインで、3年目には八種競技と三段跳を中心に活躍し、八種競技でインターハイを制した。110mハードルでも13秒93と13秒台をマークするトップ選手だった。
その類い稀な運動能力とバネが武器で、順大進学後からハードル選手としても開花。18年のU20世界選手権(U20規格)、そして19年ユニバーシアードで銅メダルを獲得している。同年のドーハ世界選手権の代表にも選ばれたがケガにより欠場。これが初のシニア国際大会となる。
特徴はなんといってもスピードとバネ。走幅跳で7m92、三段跳でも16m08の記録を持ち、100mのベストは19年に出した10秒37。今季から本格的にスタートから1台目までの7歩がハマり出し、「流れが良くなった」と手応えをつかんでいる。以前は爆発的なスピードから飛び出す前半加速型だったが「最近は後半型なんです」と言うほど後半で抜け出す強さを身につけてきた。中盤以降のインターバル(ハードル間)の脚さばきは海外勢も度肝を抜かれるはずだ。
泉谷はこれまで確かな“再現性”を見せている。19年5月に13秒26(+2.9)、今年5月の関東インカレで13秒05(+5.2)と、追い風参考でそれぞれ「日本最高」を出しているが、一度走ればそれに近いタイムを公認でも出せるようになるという特徴を持つ。恐ろしいのは、13秒06を出してなお伸びしろを感じさせるところだろう。
「ほとんど緊張しない」という強心臓で、U20世界選手権とユニバーシアードと結果を残しているように海外選手と走っても動じない。決勝進出ラインとなる最低条件タイムで拾われる「+2」は、リオ五輪が13秒41、ドーハ世界選手権が13秒36。条件がそれぞれ違うものの、準決勝で13秒2台を出せば決勝が見える。
「13秒06で走ったからにはファイナルで戦いたい。決勝に残って戦えるように」
日本人初のファイナル、そしてメダル獲得へ、21歳の大いなる挑戦が始まる。
今季で引退表明、医師を志す金井大旺
4月に13秒16という当時の日本記録を樹立した金井大旺(ミズノ)も決勝が見える位置にいる。函館・ラサール高から法大を経て、社会人4年目。金井は父の跡を継いで医療従事者となる目標があり、歯科医となるべく今シーズンを最後に現役から退くことを明かしている。
間違いなく、近年のこの種目の活況の要因一つが金井の存在だ。18年の日本選手権決勝で13秒36(+0.7)をマークして初優勝。この記録は谷川聡が2004年に樹立した日本記録13秒39を14年ぶりに更新するものだった。
高校卒業時も、大学卒業時も、競技を引退することを考えていた。だが、ハードルへの情熱もまた、年々増していく。「陸上競技は突き詰めると切りがなくて、修正したら次の課題が出てくる」。大学4年のシーズン終盤に、「東京五輪まで続けたい」と心に決めた。
金井にとってこれが最初で最後のオリンピック。「陸上競技も、競うことも好きでやってきました。迷ったこともあります」と語るが、「冬季練習から最後というのは常に感じていて、合宿でも試合でも、『次はない』という気持ちでやってきました。区切りをつけたから今の自分がある」と揺らぐことはない。
スプリントにもより磨きがかかり、その分、中盤以降の「刻み」に課題がある。日本選手権では泉谷に敗れたものの13秒22は自己2番目の記録。「7台目くらいから踏み切り位置が近くなってしまった」。その部分の修正を重ねて本番へ挑む。
東京五輪を見据え、3年前から五輪で使用される「モンド社」製のハードルを自費で購入。「記録よりも周囲より速く走ることが大事。ピーキングを大事にして、準決勝で自分の走りをしたい」と決勝への道筋を描く。
「1人でも多く決勝に行ければ、110mハードルへの注目度も変わってくると思います。決勝はまだ一人も成し遂げたことがない。決勝に進んで切り開いていきたいです」
寸分の狂いもない美しいハードリングを見られるのも残りわずか。覚悟のハードリングを見届けたい。
元日本記録保持者の高山峻野にもチャンス
2019年ドーハ世界選手権で決勝進出一歩手前まで進んだのが前日本記録保持者の高山峻野(ゼンリン)。今季はケガが相次いでいたが、日本選手権で3位に食い込んでしっかり代表入りした。
19年の高山は絶好調。6月の布勢スプリントで13秒36と金井の日本記録に並ぶと、日本選手権決勝でも13秒36で優勝。7月に13秒30の日本新をマークすると、翌月には13秒25と、実に4試合連続日本記録樹立という快走劇だった。
ドーハ世界選手権では準決勝中盤まで好走したが、ハードルに乗り上げて失速。惜しくも決勝進出はならなかった。
普段は「自分なんて……」「金井君と泉谷君には勝てない」など自虐が多く、どれだけ好調でも「予選突破」「準決勝に行ければ」と口にする。これが“高山節”だが、それは「自分にプレッシャーをかけて試合でダメだったら意味がない。自分で落ち着かせている」と理由を明かしたことがある。
「東京五輪も多くの大会の一つとして捉えていて、どんな大会でも結果を出すのが目標。記録会でもオリンピックで、同じように全力で調整して、全部の試合で全身全霊です」
ともに練習を積む女子100mハードル代表の青木益未(七十七銀行)が「ものすごく考えて練習している」と語るほど、ここ数年はスプリントと細かな技術の自動化を徹底して取り組んできた。
「戦友というか、切磋琢磨してきた存在」という2人と臨む東京五輪。日本選手権前の“ギックリ背中”の治療に専念すると話していたが、実績ナンバーワンの高山が万全で臨めればもちろん決勝進出は十分にある。
******
予選は明日8月3日(火)の19時10分から。3組目に高山、4組に泉谷、5組に金井。全5組で各組4着と5着以降の記録上位4人が準決勝へ進む。勝負の準決勝は4日(水)の11時スタート。その壁を突き破れば、翌日の11時55分に日本初のファイナリストとしてメダルを目指して走ることになる。歴史的瞬間を絶対に見逃さないようにしたい。
文/向永拓史
驚異の日本新・泉谷駿介
日本選手権で衝撃的な日本新記録13秒06(+1.2)をマークして初優勝したのが泉谷駿介(順大)。この記録は五輪出場者リストで2位につけ、堂々のメダル候補に挙がる。 泉谷は神奈川県出身。武相高入学時は走高跳がメインで、3年目には八種競技と三段跳を中心に活躍し、八種競技でインターハイを制した。110mハードルでも13秒93と13秒台をマークするトップ選手だった。 その類い稀な運動能力とバネが武器で、順大進学後からハードル選手としても開花。18年のU20世界選手権(U20規格)、そして19年ユニバーシアードで銅メダルを獲得している。同年のドーハ世界選手権の代表にも選ばれたがケガにより欠場。これが初のシニア国際大会となる。 特徴はなんといってもスピードとバネ。走幅跳で7m92、三段跳でも16m08の記録を持ち、100mのベストは19年に出した10秒37。今季から本格的にスタートから1台目までの7歩がハマり出し、「流れが良くなった」と手応えをつかんでいる。以前は爆発的なスピードから飛び出す前半加速型だったが「最近は後半型なんです」と言うほど後半で抜け出す強さを身につけてきた。中盤以降のインターバル(ハードル間)の脚さばきは海外勢も度肝を抜かれるはずだ。 泉谷はこれまで確かな“再現性”を見せている。19年5月に13秒26(+2.9)、今年5月の関東インカレで13秒05(+5.2)と、追い風参考でそれぞれ「日本最高」を出しているが、一度走ればそれに近いタイムを公認でも出せるようになるという特徴を持つ。恐ろしいのは、13秒06を出してなお伸びしろを感じさせるところだろう。 「ほとんど緊張しない」という強心臓で、U20世界選手権とユニバーシアードと結果を残しているように海外選手と走っても動じない。決勝進出ラインとなる最低条件タイムで拾われる「+2」は、リオ五輪が13秒41、ドーハ世界選手権が13秒36。条件がそれぞれ違うものの、準決勝で13秒2台を出せば決勝が見える。 「13秒06で走ったからにはファイナルで戦いたい。決勝に残って戦えるように」 日本人初のファイナル、そしてメダル獲得へ、21歳の大いなる挑戦が始まる。今季で引退表明、医師を志す金井大旺
4月に13秒16という当時の日本記録を樹立した金井大旺(ミズノ)も決勝が見える位置にいる。函館・ラサール高から法大を経て、社会人4年目。金井は父の跡を継いで医療従事者となる目標があり、歯科医となるべく今シーズンを最後に現役から退くことを明かしている。 間違いなく、近年のこの種目の活況の要因一つが金井の存在だ。18年の日本選手権決勝で13秒36(+0.7)をマークして初優勝。この記録は谷川聡が2004年に樹立した日本記録13秒39を14年ぶりに更新するものだった。 高校卒業時も、大学卒業時も、競技を引退することを考えていた。だが、ハードルへの情熱もまた、年々増していく。「陸上競技は突き詰めると切りがなくて、修正したら次の課題が出てくる」。大学4年のシーズン終盤に、「東京五輪まで続けたい」と心に決めた。 金井にとってこれが最初で最後のオリンピック。「陸上競技も、競うことも好きでやってきました。迷ったこともあります」と語るが、「冬季練習から最後というのは常に感じていて、合宿でも試合でも、『次はない』という気持ちでやってきました。区切りをつけたから今の自分がある」と揺らぐことはない。 スプリントにもより磨きがかかり、その分、中盤以降の「刻み」に課題がある。日本選手権では泉谷に敗れたものの13秒22は自己2番目の記録。「7台目くらいから踏み切り位置が近くなってしまった」。その部分の修正を重ねて本番へ挑む。 東京五輪を見据え、3年前から五輪で使用される「モンド社」製のハードルを自費で購入。「記録よりも周囲より速く走ることが大事。ピーキングを大事にして、準決勝で自分の走りをしたい」と決勝への道筋を描く。 「1人でも多く決勝に行ければ、110mハードルへの注目度も変わってくると思います。決勝はまだ一人も成し遂げたことがない。決勝に進んで切り開いていきたいです」 寸分の狂いもない美しいハードリングを見られるのも残りわずか。覚悟のハードリングを見届けたい。元日本記録保持者の高山峻野にもチャンス
2019年ドーハ世界選手権で決勝進出一歩手前まで進んだのが前日本記録保持者の高山峻野(ゼンリン)。今季はケガが相次いでいたが、日本選手権で3位に食い込んでしっかり代表入りした。 19年の高山は絶好調。6月の布勢スプリントで13秒36と金井の日本記録に並ぶと、日本選手権決勝でも13秒36で優勝。7月に13秒30の日本新をマークすると、翌月には13秒25と、実に4試合連続日本記録樹立という快走劇だった。 ドーハ世界選手権では準決勝中盤まで好走したが、ハードルに乗り上げて失速。惜しくも決勝進出はならなかった。 普段は「自分なんて……」「金井君と泉谷君には勝てない」など自虐が多く、どれだけ好調でも「予選突破」「準決勝に行ければ」と口にする。これが“高山節”だが、それは「自分にプレッシャーをかけて試合でダメだったら意味がない。自分で落ち着かせている」と理由を明かしたことがある。 「東京五輪も多くの大会の一つとして捉えていて、どんな大会でも結果を出すのが目標。記録会でもオリンピックで、同じように全力で調整して、全部の試合で全身全霊です」 ともに練習を積む女子100mハードル代表の青木益未(七十七銀行)が「ものすごく考えて練習している」と語るほど、ここ数年はスプリントと細かな技術の自動化を徹底して取り組んできた。 「戦友というか、切磋琢磨してきた存在」という2人と臨む東京五輪。日本選手権前の“ギックリ背中”の治療に専念すると話していたが、実績ナンバーワンの高山が万全で臨めればもちろん決勝進出は十分にある。 ****** 予選は明日8月3日(火)の19時10分から。3組目に高山、4組に泉谷、5組に金井。全5組で各組4着と5着以降の記録上位4人が準決勝へ進む。勝負の準決勝は4日(水)の11時スタート。その壁を突き破れば、翌日の11時55分に日本初のファイナリストとしてメダルを目指して走ることになる。歴史的瞬間を絶対に見逃さないようにしたい。 文/向永拓史
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