2021.07.30
いよいよ明日(8月1日)、男子100mの予選が行われる。日本からは日本記録保持者の山縣亮太(セイコー)、日本選手権王者の多田修平(住友電工)、9秒台を持つ小池祐貴(住友電工)の3人が登場。なかでも3大会連続五輪、そして9秒95の日本記録保持者として臨む山縣をクローズアップする。
五輪2大会自己新もケガと病気に苦しむ
5年前のリオ五輪男子100m。準決勝敗退が決まった山縣亮太(セイコー)は、ファイナルとの距離を「あと半歩」と表現した。
決勝進出条件は3組2着+2。その中で、山縣は五輪日本人最速タイムの10秒05をマークした。それでも5着になった時点で、決勝進出の望みはなくなっていた。
ただ、プラス通過のラインは10秒01。その差はわずかに0.04秒だった。
その4年前、2012年ロンドン五輪でも、山縣は準決勝に進出している。予選で当時日本人最速の10秒07を出し、準決勝も10秒10。中盤までは身体一つリードを奪って見せた。
当時、慶大3年の21歳。シニアの世界大会すら初めてだったが、決勝までの距離は「あと一歩」と感じた。
ロンドンからリオで詰め寄った世界への半歩。それから5年の月日を、ひたすら残りの半歩分を縮める作業に費やしてきた。
過去、男子100mの日本人ファイナリストは1932年ロサンゼルス大会の吉岡隆徳ただ1人。「暁の超特急」と呼ばれた偉大な先人は6位に入賞している。
29歳になり、3度目の五輪で日本人2人目の偉業に挑む山縣。しかし、リオの後の道のりは、自身が今まで経験したことがないほど過酷なものだっただろう。
2017年はシーズンイン直前の右足首の故障で出遅れ、同年のロンドン世界選手権出場を逃したが、秋に10秒00をマーク。ただ、その直前に桐生祥秀(東洋大/現・日本生命)が9秒98を出し、「日本人初の9秒台」の争いに敗れた。
2018年はスプリンターとして一つのピークを迎えた。アジア大会銅メダル、日本選手権優勝、10秒00、10秒01を1回ずつマークしたが、その後、レースに出ることすらままならない日々が続く。
2019年はシーズン前から背中の痛みに悩まされ、6月には肺気胸を患う。復帰を目指した秋には腰やハムストリングスを痛めた。そして11月には右足首の靭帯断裂。五輪の1年延期を受けた昨年は、右膝の膝蓋腱炎に苦しめられた。
6月6日、布勢スプリントにて9秒95(+2.0)の日本新記録を樹立した山縣
再現性を武器に史上2人目の快挙へ
まともに走ることすらできない状態が1年半以上も続いたとなれば、30歳に近づく年齢を考えると、気持ちが揺らいだとしてもおかしくはない。しかし、山縣は常にその原因を自分の中に向け、課題を洗い出し、その克服に集中する。達成できた時の喜びは、次なる課題へと向き合うモチベーションになった。
そして6月6日、布勢スプリント決勝で、9秒95(+2.0)の日本新。長いトンネルがようやく終わりを迎えた。
それだけではない。今、世界大会のファイナルには、準決勝で9秒台を出さないといけない。世界との「あと半歩」を埋めるために、最も必要だった「9秒台」。山縣はそれを、ついに手に入れたのだ。
日本選手権では3位と苦戦したものの、3度目の五輪代表の座を無事手に入れた。こうなると、山縣が「日本のエース」たりうる本領発揮の場となる。
「その記録を1回出すことができたら、僕はそれを再現できると思っている」。そう語ってきた山縣は、五輪の結果でもリオでその「再現性」の高さを発揮した。
このキャリアは、「自分にしかないもの」という自負がある。そこに記録が加わった今、山縣にはセミファイナルの先がしっかりと見えている。
いくつになっても、レース前には緊張や不安に襲われてきた。今回は地元五輪、日本選手団主将であり、過去2回の実績、日本記録保持者であることも踏まえた周囲の期待は、過去2大会とは比べものにならない重圧が、その背中にのしかかっていることだろう。
それでも、これまでスタートラインにつく時にはすべてをクリアにし、フィニッシュラインだけを見つめて自らの走りに集中してきた。
「最初から最後まで自分のレースをする」
予選でも、準決勝でも、着実にそれをやり遂げることができれば、5年前の「半歩」は埋められているはずだ。予選は明日(7月31日)の19時45分、そして準決勝は8月1日の19時15分から行われる。
かつて日本男子スプリント界を牽引した伊東浩司氏(甲南大教)は、五輪の男子100m決勝を「世界のスプリンターが唯一、本気の勝負をする舞台」と表現した。
8月1日、午後9時50分。世界が全身全霊を懸けて戦う舞台に、山縣の姿があるはずだ。
文/小川雅生
五輪2大会自己新もケガと病気に苦しむ
5年前のリオ五輪男子100m。準決勝敗退が決まった山縣亮太(セイコー)は、ファイナルとの距離を「あと半歩」と表現した。 決勝進出条件は3組2着+2。その中で、山縣は五輪日本人最速タイムの10秒05をマークした。それでも5着になった時点で、決勝進出の望みはなくなっていた。 ただ、プラス通過のラインは10秒01。その差はわずかに0.04秒だった。 その4年前、2012年ロンドン五輪でも、山縣は準決勝に進出している。予選で当時日本人最速の10秒07を出し、準決勝も10秒10。中盤までは身体一つリードを奪って見せた。 当時、慶大3年の21歳。シニアの世界大会すら初めてだったが、決勝までの距離は「あと一歩」と感じた。 ロンドンからリオで詰め寄った世界への半歩。それから5年の月日を、ひたすら残りの半歩分を縮める作業に費やしてきた。 過去、男子100mの日本人ファイナリストは1932年ロサンゼルス大会の吉岡隆徳ただ1人。「暁の超特急」と呼ばれた偉大な先人は6位に入賞している。 29歳になり、3度目の五輪で日本人2人目の偉業に挑む山縣。しかし、リオの後の道のりは、自身が今まで経験したことがないほど過酷なものだっただろう。 2017年はシーズンイン直前の右足首の故障で出遅れ、同年のロンドン世界選手権出場を逃したが、秋に10秒00をマーク。ただ、その直前に桐生祥秀(東洋大/現・日本生命)が9秒98を出し、「日本人初の9秒台」の争いに敗れた。 2018年はスプリンターとして一つのピークを迎えた。アジア大会銅メダル、日本選手権優勝、10秒00、10秒01を1回ずつマークしたが、その後、レースに出ることすらままならない日々が続く。 2019年はシーズン前から背中の痛みに悩まされ、6月には肺気胸を患う。復帰を目指した秋には腰やハムストリングスを痛めた。そして11月には右足首の靭帯断裂。五輪の1年延期を受けた昨年は、右膝の膝蓋腱炎に苦しめられた。 6月6日、布勢スプリントにて9秒95(+2.0)の日本新記録を樹立した山縣再現性を武器に史上2人目の快挙へ
まともに走ることすらできない状態が1年半以上も続いたとなれば、30歳に近づく年齢を考えると、気持ちが揺らいだとしてもおかしくはない。しかし、山縣は常にその原因を自分の中に向け、課題を洗い出し、その克服に集中する。達成できた時の喜びは、次なる課題へと向き合うモチベーションになった。 そして6月6日、布勢スプリント決勝で、9秒95(+2.0)の日本新。長いトンネルがようやく終わりを迎えた。 それだけではない。今、世界大会のファイナルには、準決勝で9秒台を出さないといけない。世界との「あと半歩」を埋めるために、最も必要だった「9秒台」。山縣はそれを、ついに手に入れたのだ。 日本選手権では3位と苦戦したものの、3度目の五輪代表の座を無事手に入れた。こうなると、山縣が「日本のエース」たりうる本領発揮の場となる。 「その記録を1回出すことができたら、僕はそれを再現できると思っている」。そう語ってきた山縣は、五輪の結果でもリオでその「再現性」の高さを発揮した。 このキャリアは、「自分にしかないもの」という自負がある。そこに記録が加わった今、山縣にはセミファイナルの先がしっかりと見えている。 いくつになっても、レース前には緊張や不安に襲われてきた。今回は地元五輪、日本選手団主将であり、過去2回の実績、日本記録保持者であることも踏まえた周囲の期待は、過去2大会とは比べものにならない重圧が、その背中にのしかかっていることだろう。 それでも、これまでスタートラインにつく時にはすべてをクリアにし、フィニッシュラインだけを見つめて自らの走りに集中してきた。 「最初から最後まで自分のレースをする」 予選でも、準決勝でも、着実にそれをやり遂げることができれば、5年前の「半歩」は埋められているはずだ。予選は明日(7月31日)の19時45分、そして準決勝は8月1日の19時15分から行われる。 かつて日本男子スプリント界を牽引した伊東浩司氏(甲南大教)は、五輪の男子100m決勝を「世界のスプリンターが唯一、本気の勝負をする舞台」と表現した。 8月1日、午後9時50分。世界が全身全霊を懸けて戦う舞台に、山縣の姿があるはずだ。 文/小川雅生
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