2021.07.29
6月の日本選手権を終え、五輪では女子では初となる1500mとすでに代表を決めていた5000mの2種目で東京五輪に出場する田中希実(豊田自動織機TC)の勢いが、五輪を直前にさらに増している。
7月に立て続けに日本新
7月10日に行われたホクレンディスタンスチャレンジ第3戦の網走大会で3000m、そして4日後の第4戦の北見大会の5000mをはさみ、最終戦となった17日の千歳大会では1500mと立て続けに3試合に出場。網走の3000m(8分40秒84)と千歳の1500m(4分04秒08)で日本記録を更新した。1500mは期限内には惜しくも突破できなかった東京五輪の参加標準記録(※1500mはワールドランキングで出場)および来年のユージン世界選手権の参加標準記録でもある4分04秒20もクリア。「昨年に日本記録を更新した時とは違い、狙っていない中で記録を出せたのは地力がついていることを実感できた」と、こだわりのある種目での記録更新に笑顔がこぼれた。
今シーズンは、3月21日の第1回高松市記録会(800m、1500m)を皮切りに5月15日の中部実業団(3000m)まで9週連続でレースをこなすなど、これまでにも増して数多くレースを消化してきた田中。800mから5000mまで、時には30分前後の短いインターバルで立て続けに走るなど、これでもかと言わんばかりに自らを追い込んできた。
圧巻だったのは6月の日本選手権。800m、1500m、5000mの3種目に挑み3、1、3位。一見、無謀にも見えるチャレンジだが、これも常に自らの身体と向き合い厳しいトレーニングを積めている証に他ならない。
2020年の五輪の開催地が東京に決まった2013年、田中は当時中学2年生だった。それ以降、東京五輪について聞かれるたびに「そこにこだわっていません」と言い続けてきた。
「競技は五輪限定ではありません。その後もまだまだ続きます。一つひとつのレースを大事にしていきたいし、その先に今があります」
小学校時代のリレーが負けず嫌いの原点
田中(左)と後藤(右)、そして高校の1学年先輩で県内のあこがれだった高橋ひな
両親が長距離選手(母・千洋さんは今も市民ランナーとして現役)だったこともあり3歳の頃から家族で河川敷を走ったり、親子マラソンに出場したりした田中。小学校に入ってからは個人のロードレースに参加するようなった。その頃、クラス対抗リレーのメンバーに入れなかった悔しさがすべての原点。その時から、「少しでも速くなりたい」と日々思い続けてきた。
兵庫・小野中時代は全中1500mでライバルの高松智美ムセンビ(現・名城大)を破って頂点に立った。だが、目指していた4分20秒切りを果たすことができず悔しさをにじませた。続く国体少年B1500mは4位、ジュニア五輪A3000mも2位とタイトルを逃している。
西脇工高に進学してからも、3年時のインターハイでは1500m、3000mともにヘレン・エカラレ(仙台育英高、現・豊田自動織機)の後塵を拝して2位。特に3000mは自身初の8分台となる8分59秒83をマークし、和田有菜(長野東高、現・名城大)、高松らに競り勝つもタイトルを逃して複雑な表情を見せていた。
結局、インターハイでは1年時は1500mで5位、1500m・3000mの2種目で出場した2年時の2、4位と合わせタイトルにはあと一歩届かなかった。その悔しさをぶつける快走を見せたのが秋の国体少年A3000m。留学生を破り8分54秒27の自己ベストで優勝を果たしている。ちなみに、そのレースで4位となっているのが当時、長崎商高2年だった廣中璃梨佳(日本郵政グループ)だ。
父でありコーチも務める健智氏が「各年代でライバルに恵まれた」と語るように、上記の他に高校の同級生には今もチームメイトの後藤夢、1つ上には中学時代から名を馳せてきたあこがれの高橋ひなという大きな存在がいた。ちなみに、他種目では泉谷駿介(順大)、兒玉芽生(福岡大)、齋藤愛美(大阪成蹊大)、藤井菜々子(エディオン)らが東京五輪になっている。
父とぶつかりながら成長
田中は自らの課題を「練習でも試合でも、調子が良くないとメンタル面で落ち込んで、それを引きずる癖があった」と以前のインタビューで語っていた。二人三脚で世界での活躍を目指している健智氏も「練習でも試合でも自分の思い描いた通りに走れなかったら取り乱すことがある」と話していたように、時にはぶつかることもあった。
誰よりも厳しいトレーニングを積んできたという強い思いがあるからこそ、走りにこだわり、常に“なぜ”を自分自身に問い続けてきた。幼い頃から変わらない「速くなりたい」という強い思いと、それに向けて何をしていけばいいのかというこだわりの強さが田中の最大の持ち味でもある。
時に悩み、苦しみ、泣き、そこに妥協や言い訳は一切存在しない。たとえそれが東京五輪であっても変わることない。
田中は陸上競技初日(7月30日)のイブニングセッションで19時からスタートする5000m予選の2組に登場。これを通過して決勝に進むと、8月2日にモーニンセッション9時35分からの1500m予選に臨み、イブニングセッション21時40分から5000m決勝へ。だが、「12時間くらいあって日本選手権の時より余裕があります」と、意に介す様子はない。
2019年のドーハ世界選手権の5000m決勝。100分の2秒差で14分台を逃した時の心境を、「中学時代にあと2秒少しで目標の4分20秒を切れなかった時と同じ」と答えたことを思い出す。中学時代から1500mは15秒以上、高校時代から3000mも15秒近くタイムを短縮し、日本記録保持者となっても、「今日より明日、少しでも速くなるために」これからも走り続ける。
文/曽輪泰隆
7月に立て続けに日本新
7月10日に行われたホクレンディスタンスチャレンジ第3戦の網走大会で3000m、そして4日後の第4戦の北見大会の5000mをはさみ、最終戦となった17日の千歳大会では1500mと立て続けに3試合に出場。網走の3000m(8分40秒84)と千歳の1500m(4分04秒08)で日本記録を更新した。1500mは期限内には惜しくも突破できなかった東京五輪の参加標準記録(※1500mはワールドランキングで出場)および来年のユージン世界選手権の参加標準記録でもある4分04秒20もクリア。「昨年に日本記録を更新した時とは違い、狙っていない中で記録を出せたのは地力がついていることを実感できた」と、こだわりのある種目での記録更新に笑顔がこぼれた。 今シーズンは、3月21日の第1回高松市記録会(800m、1500m)を皮切りに5月15日の中部実業団(3000m)まで9週連続でレースをこなすなど、これまでにも増して数多くレースを消化してきた田中。800mから5000mまで、時には30分前後の短いインターバルで立て続けに走るなど、これでもかと言わんばかりに自らを追い込んできた。 圧巻だったのは6月の日本選手権。800m、1500m、5000mの3種目に挑み3、1、3位。一見、無謀にも見えるチャレンジだが、これも常に自らの身体と向き合い厳しいトレーニングを積めている証に他ならない。 2020年の五輪の開催地が東京に決まった2013年、田中は当時中学2年生だった。それ以降、東京五輪について聞かれるたびに「そこにこだわっていません」と言い続けてきた。 「競技は五輪限定ではありません。その後もまだまだ続きます。一つひとつのレースを大事にしていきたいし、その先に今があります」小学校時代のリレーが負けず嫌いの原点
田中(左)と後藤(右)、そして高校の1学年先輩で県内のあこがれだった高橋ひな 両親が長距離選手(母・千洋さんは今も市民ランナーとして現役)だったこともあり3歳の頃から家族で河川敷を走ったり、親子マラソンに出場したりした田中。小学校に入ってからは個人のロードレースに参加するようなった。その頃、クラス対抗リレーのメンバーに入れなかった悔しさがすべての原点。その時から、「少しでも速くなりたい」と日々思い続けてきた。 兵庫・小野中時代は全中1500mでライバルの高松智美ムセンビ(現・名城大)を破って頂点に立った。だが、目指していた4分20秒切りを果たすことができず悔しさをにじませた。続く国体少年B1500mは4位、ジュニア五輪A3000mも2位とタイトルを逃している。 西脇工高に進学してからも、3年時のインターハイでは1500m、3000mともにヘレン・エカラレ(仙台育英高、現・豊田自動織機)の後塵を拝して2位。特に3000mは自身初の8分台となる8分59秒83をマークし、和田有菜(長野東高、現・名城大)、高松らに競り勝つもタイトルを逃して複雑な表情を見せていた。 結局、インターハイでは1年時は1500mで5位、1500m・3000mの2種目で出場した2年時の2、4位と合わせタイトルにはあと一歩届かなかった。その悔しさをぶつける快走を見せたのが秋の国体少年A3000m。留学生を破り8分54秒27の自己ベストで優勝を果たしている。ちなみに、そのレースで4位となっているのが当時、長崎商高2年だった廣中璃梨佳(日本郵政グループ)だ。 父でありコーチも務める健智氏が「各年代でライバルに恵まれた」と語るように、上記の他に高校の同級生には今もチームメイトの後藤夢、1つ上には中学時代から名を馳せてきたあこがれの高橋ひなという大きな存在がいた。ちなみに、他種目では泉谷駿介(順大)、兒玉芽生(福岡大)、齋藤愛美(大阪成蹊大)、藤井菜々子(エディオン)らが東京五輪になっている。父とぶつかりながら成長
田中は自らの課題を「練習でも試合でも、調子が良くないとメンタル面で落ち込んで、それを引きずる癖があった」と以前のインタビューで語っていた。二人三脚で世界での活躍を目指している健智氏も「練習でも試合でも自分の思い描いた通りに走れなかったら取り乱すことがある」と話していたように、時にはぶつかることもあった。 誰よりも厳しいトレーニングを積んできたという強い思いがあるからこそ、走りにこだわり、常に“なぜ”を自分自身に問い続けてきた。幼い頃から変わらない「速くなりたい」という強い思いと、それに向けて何をしていけばいいのかというこだわりの強さが田中の最大の持ち味でもある。 時に悩み、苦しみ、泣き、そこに妥協や言い訳は一切存在しない。たとえそれが東京五輪であっても変わることない。 田中は陸上競技初日(7月30日)のイブニングセッションで19時からスタートする5000m予選の2組に登場。これを通過して決勝に進むと、8月2日にモーニンセッション9時35分からの1500m予選に臨み、イブニングセッション21時40分から5000m決勝へ。だが、「12時間くらいあって日本選手権の時より余裕があります」と、意に介す様子はない。 2019年のドーハ世界選手権の5000m決勝。100分の2秒差で14分台を逃した時の心境を、「中学時代にあと2秒少しで目標の4分20秒を切れなかった時と同じ」と答えたことを思い出す。中学時代から1500mは15秒以上、高校時代から3000mも15秒近くタイムを短縮し、日本記録保持者となっても、「今日より明日、少しでも速くなるために」これからも走り続ける。 文/曽輪泰隆
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