日本選手権男子棒高跳に、この種目の日本記録5m83を持ち、リオ五輪7位入賞を果たしている澤野大地(富士通)が出場。5m30を1回でクリアし、続く5m40を3回失敗に終わり10位タイに終わり、参加標準記録5m80に届かず、東京五輪への挑戦が幕を閉じた。
「日本選手権という場に立てて、何というか……幸せでした」。目にはうっすらと涙が浮かぶ。「まずは開催していただいた関係者の皆様に感謝したいです。そして、所属先の富士通、日本大学、他にもスポンサーなど、たくさんの支えのお陰」と言葉を紡いだ。
日本が世界に誇るポールボウルターも40歳。中学で棒高跳を始め、千葉・成田高校時代には2、3年とインターハイ連覇を達成した。高校記録、ジュニア日本新など、記録面でも次々と歴史を塗り替え、日大1年時の1999年に初めて日本選手権で優勝。2003年に5m75の日本新を跳ぶと、翌年には日本人初の5m80を制圧した。さらに05年に5m83の現日本記録を樹立。その後、未だに5m80以上を跳んだ選手はいない。
実績を挙げれば切りがない。02年にアジア選手権初優勝、03年に世界選手権に初めて出場した。オリンピックは04年のアテネが最初。05年のヘルシンキ世界選手権では8位入賞を果たした。オリンピックは08年北京に出場し、12年ロンドンは届かず。そして35歳で臨んだ16年リオでは日本人64年ぶりの入賞。そして39歳だった19年にドーハ世界選手権代表に。40歳になった今年、東京五輪の選考会である日本選手権に出場と、数々の伝説を作ってきた。日本選手権は11度の優勝を数える。
東京五輪を目指した最後の舞台は、大阪・ヤンマースタジアム長居。2007年、大阪世界選手権の舞台でもある。地元開催の世界選手権で記録なしという、苦しい思い出が残る場所。
「リオ五輪が終わってから、東京五輪を目指して現役を続行させてもらいました。2019年には5m71を跳んで世界選手権にも出られて、まだまだ行けるなという思いを抱いて。そして2020年になってコロナ禍。どうなるかと思っていたらなかなか調子が上がりませんでした」
今年はここまで記録なし。「5月くらいに良い跳躍ができるようになってきて、これは(五輪)あるぞ、と思ってやって来ましたが、ちょっと最後のところでうまくいかなかったです」。実際、ここ数年は「脚が速くなっている」と言うほど、本数こそ制限しながらも「リラックスするところと力を入れるところのタイミング」で、手応えを感じていたと話していた。だが、「最後のところでうまくいかなかった」。
結果は5m30。バーを落とさなかったのは1回だけだった。これは40歳以上の日本最高記録。
「記録なしとか情けない姿だけはやめようと思っていた。でも、それは一人の力じゃできなかったこと。トレーナー、ドクター、みんさんのお陰で、あの場に建ててバーを超えられた」
悔しさを味わった大阪で、東京五輪を目指してバーを超えられた。それが澤野の強さだった。
コーチ、大学の講師、オリンピック委員会理事など、数々の役職を就きながらも、アスリートとして東京五輪という大きな目標に向かって情熱を注いできた。一昨年の日本選手権では「大好きだから続けられる。今でも試合に出る緊張感を味わえるのは幸せなこと」と語っていた澤野。進退は明言していないが、特別な思いで臨んだ今大会が一つの大きなターニングポイントになるのは間違いない。
「40歳という年齢で跳躍できること自体、競技人生で幸せなこと。今日は若い選手たちが5m60を4人も跳んだ。そういう勢いのある棒高跳界は私がこれまで目指していた状況ですし、そういう場所で一緒に跳べたのが……」。しばらく言葉を詰まらせ、「うれしかったです。また若い選手たちが頑張って、日本の棒高跳を世界に広めてほしいし、日本の棒高跳は元気だぞ、というところを世界にアピールしてほしい」と続けた。その4人のうちの1人には、日大時代から師弟関係にもある江島雅紀(富士通)の姿もあった。
日本中に棒高跳の魅力を伝え続け、6mを夢見て、何度くじけ、蹴落とされても、そのたびに這い上がり、高く、高く跳んできた澤野大地。その思いは、この日オリンピックを懸けてともに戦った多くの後輩たちにしっかりと受け継がれた。
文/向永拓史
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