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【誌面転載】SPECIAL FEATURES 山縣 亮太
【誌面転載】SPECIAL FEATURES 山縣 亮太

検証 「ハイレベルの安定感はどこから生まれたか?」

2018年は10秒00&10秒01、日本選手に負けなし

日本の陸上界を牽引するスターぞろいの男子短距離で、2018年シーズンをリードしたのが山縣亮太(セイコー)、26歳。100mで自己ベストこそ出せなかったものの、8月のジャカルタ・アジア大会では10秒00(+0.8)の自己タイ記録で銅メダルを獲得し、9月末の全日本実業団対抗選手権は10秒01(±0)で3連覇。ライバル勢が〝ひと休み〟状態の五輪中間年に、1人だけ安定した成績を出し続け、「日本のエース」と呼ぶにふさわしい力を発揮した。今季は日本選手に不敗で、決勝レースは強い向かい風になった最後の福井国体を除けばすべて10秒0~1台の記録(そのうち10秒0台が3回)。その高いレベルでの安定感はどこから生まれたのか。本人に話を聞くと、依然としてネガティブ思考を垣間見せながらも、トップスプリンターとして円熟期にさしかかったことを裏付ける要素がいくつもあった。

身体面 ケガをしなかったこと

――昨年の男子100mは、9秒98の日本新を出した桐生祥秀選手(当時・東洋大/現・日本生命)を筆頭に、10秒0台で走った選手が5人いました。ところが、今季は山縣選手1人だけ。その強さが際立つシーズンでした。と同時に、決勝では必ず10秒0~1台で走る安定感が光ってました。それがなぜできたのか、体力、メンタル、技術と分けて検証したいと思います。

1.経験の積み重ねから得た「練習を止める」タイミング

まず1つ、ケガをしなかったということが大きいと思います。去年は春からケガ続きでロンドン世界選手権の代表も逃し、悔しい思いを味わいました。その前にもケガで苦しんだシーズンはあります。すべてにおいてそうですが、今までの経験のうえに今年があって、自分の中で「どういう時に腰を痛めるんだろう」「何をやったら肉離れするんだろう」ということが1つひとつ蓄積されていって、それを予防する能力がついてきたんだと思います。
調子が良い時は、どこまでもやれるような気がするんです。つい練習をやり過ぎて、最終的にケガをするパターンですね。その経験を踏まえて、いくら調子が良くても、試合明けの練習はスピードを落とそうとか、3本走る練習だったら1~2本にとどめるとか。少しでも身体に違和感や緊張感が出たら、そのまま練習を続けても大丈夫かもしれないけど、「もう終わり」とストップをかけるようにしました。
場合によってはそこを踏み込んでやらないといけない日もあるんですけど、その日の練習の最優先すべき目的は何なのか、1歩攻める時なのか、引いてもいいのか、というのはかなり考えるようになりました。以前は、極端に言うと毎日〝限界突破〟みたいな練習だったんですけど、今年はスピードレベルの高い刺激を入れる日を決めて、その前は2日レストにしたりしました。

2.故障の危機を回避したアジア大会

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とはいえ今年も、ケガにつながりかねない場面は何度かありました。7月にヨーロッパ遠征から途中帰国した時もそうですし、実はアジア大会もリスクを抱えていて、1週間前はメチャメチャ調子悪かったんです。
8月頭にアジア大会代表の合宿が10日間、準高地の山梨県富士吉田市でありました。走るスピードがかなり上がっていたうえに、ウエイトトレーニングもがんばって、新しい種目を試したりしたんです。そうしたら、平地に戻ってからの疲労がすごかった。ジャカルタへ出発前の8月15日からガクンと調子が下がり、日本チーム全体のキャプテンを任されたこともあって、「これはやばい」と思いました。
練習で100m走をスタンディング・スタートで計ると、僕は結構9秒台が出るんです。その時は全力で走っても、10秒2ぐらいしか出ませんでした。たまたまバックストレートで練習した日だったので、「これ、100m以上あるよ」と距離に言いがかりをつけ、瀬田川(渉)マネージャーに計測してもらったほど。公認グラウンドですから、もちろん寸分の狂いもありません。それぐらい僕の調子が悪かったのです。
最初は技術のせいだと思いました。しかし、100m×3本というメニューの時、それぞれ意識を変えて走ってもタイムは一緒。大会直前だったので、さすがにあせってきました。最終的には「疲労からだな」ということに気づき、「思い切って(疲労を)抜こう」という判断になりました。
僕は疲労抜きによくハリを使うのですが、その時もなじみのトレーナーにハリを打ってもらいました。ただ、疲労がたまっている時期に無理をしたせいで身体への影響が少なからずあって、足底に痛みが出てきてしまったのです。現地でもケアしたお陰でどうにか間に合ったのですが、変な痛みは残っていて、不安ではありました。
今だから言えますが、危ない橋を渡ってました。アジア大会の前にもうちょっと無理をしていたら、ケガにつながっていた可能性もあります。なので、現地に行ってからもテンションは低かったですよ、自信が持てなくて。正直、自己タイ記録なんて出せると思いませんでした。

3.力を出し切れる「ラスト1本」

──予選、準決勝、決勝とラウンドがある大会の時、今年の山縣選手はスタミナも考慮しながら1本走るごとに修正を加え、必ず決勝でタイムを上げてきました。そこに秘訣はありますか。
当たり前ですけど、予選で力を全部出し切ることはありません。9秒台を目指したレースで、チャンスは準決勝、決勝の2本。ちなみに日本選手権もアジア大会も、準決勝から全力で行きました。それでも、日本選手権の準決勝は10秒19(-0.3)だった。気持ちは「何だよ~」となります。でも、思考の最後に「力を出しているつもりだったけど、まだ全然出せてなかったな」というところに行き着くのです。
アジア大会の準決勝は、自分が1番だなと思った瞬間に次の決勝レースを意識してしまって、最後まで走り切れなかった。全日本実業団の準決勝もそうです。
あれだけ「記録を出したい」と思っていても、ラウンドがあると、そこでがんばり過ぎて疲労につながるのが怖いんだと思います。深層心理なので本当のところはわかりませんが、「ラスト1本」となった時にもっと出し切れる自分がいて、それが決勝のタイムに反映されているのかなと思いますね。
今季、日本選手に1度も負けなかったのは、密かに狙っていたことなのでうれしいです。毎回、余裕があるわけではありませんが……。今年のベストレース? 全日本実業団選手権の決勝になるんですけど、90点ですね。スタートの浮き上がりが悔やまれます。集中力を少し欠いてました。

※この続きは2018年11月14日発売の『月刊陸上競技』12月号をご覧ください

検証 「ハイレベルの安定感はどこから生まれたか?」

2018年は10秒00&10秒01、日本選手に負けなし

日本の陸上界を牽引するスターぞろいの男子短距離で、2018年シーズンをリードしたのが山縣亮太(セイコー)、26歳。100mで自己ベストこそ出せなかったものの、8月のジャカルタ・アジア大会では10秒00(+0.8)の自己タイ記録で銅メダルを獲得し、9月末の全日本実業団対抗選手権は10秒01(±0)で3連覇。ライバル勢が〝ひと休み〟状態の五輪中間年に、1人だけ安定した成績を出し続け、「日本のエース」と呼ぶにふさわしい力を発揮した。今季は日本選手に不敗で、決勝レースは強い向かい風になった最後の福井国体を除けばすべて10秒0~1台の記録(そのうち10秒0台が3回)。その高いレベルでの安定感はどこから生まれたのか。本人に話を聞くと、依然としてネガティブ思考を垣間見せながらも、トップスプリンターとして円熟期にさしかかったことを裏付ける要素がいくつもあった。

身体面 ケガをしなかったこと

――昨年の男子100mは、9秒98の日本新を出した桐生祥秀選手(当時・東洋大/現・日本生命)を筆頭に、10秒0台で走った選手が5人いました。ところが、今季は山縣選手1人だけ。その強さが際立つシーズンでした。と同時に、決勝では必ず10秒0~1台で走る安定感が光ってました。それがなぜできたのか、体力、メンタル、技術と分けて検証したいと思います。 1.経験の積み重ねから得た「練習を止める」タイミング まず1つ、ケガをしなかったということが大きいと思います。去年は春からケガ続きでロンドン世界選手権の代表も逃し、悔しい思いを味わいました。その前にもケガで苦しんだシーズンはあります。すべてにおいてそうですが、今までの経験のうえに今年があって、自分の中で「どういう時に腰を痛めるんだろう」「何をやったら肉離れするんだろう」ということが1つひとつ蓄積されていって、それを予防する能力がついてきたんだと思います。 調子が良い時は、どこまでもやれるような気がするんです。つい練習をやり過ぎて、最終的にケガをするパターンですね。その経験を踏まえて、いくら調子が良くても、試合明けの練習はスピードを落とそうとか、3本走る練習だったら1~2本にとどめるとか。少しでも身体に違和感や緊張感が出たら、そのまま練習を続けても大丈夫かもしれないけど、「もう終わり」とストップをかけるようにしました。 場合によってはそこを踏み込んでやらないといけない日もあるんですけど、その日の練習の最優先すべき目的は何なのか、1歩攻める時なのか、引いてもいいのか、というのはかなり考えるようになりました。以前は、極端に言うと毎日〝限界突破〟みたいな練習だったんですけど、今年はスピードレベルの高い刺激を入れる日を決めて、その前は2日レストにしたりしました。 2.故障の危機を回避したアジア大会 とはいえ今年も、ケガにつながりかねない場面は何度かありました。7月にヨーロッパ遠征から途中帰国した時もそうですし、実はアジア大会もリスクを抱えていて、1週間前はメチャメチャ調子悪かったんです。 8月頭にアジア大会代表の合宿が10日間、準高地の山梨県富士吉田市でありました。走るスピードがかなり上がっていたうえに、ウエイトトレーニングもがんばって、新しい種目を試したりしたんです。そうしたら、平地に戻ってからの疲労がすごかった。ジャカルタへ出発前の8月15日からガクンと調子が下がり、日本チーム全体のキャプテンを任されたこともあって、「これはやばい」と思いました。 練習で100m走をスタンディング・スタートで計ると、僕は結構9秒台が出るんです。その時は全力で走っても、10秒2ぐらいしか出ませんでした。たまたまバックストレートで練習した日だったので、「これ、100m以上あるよ」と距離に言いがかりをつけ、瀬田川(渉)マネージャーに計測してもらったほど。公認グラウンドですから、もちろん寸分の狂いもありません。それぐらい僕の調子が悪かったのです。 最初は技術のせいだと思いました。しかし、100m×3本というメニューの時、それぞれ意識を変えて走ってもタイムは一緒。大会直前だったので、さすがにあせってきました。最終的には「疲労からだな」ということに気づき、「思い切って(疲労を)抜こう」という判断になりました。 僕は疲労抜きによくハリを使うのですが、その時もなじみのトレーナーにハリを打ってもらいました。ただ、疲労がたまっている時期に無理をしたせいで身体への影響が少なからずあって、足底に痛みが出てきてしまったのです。現地でもケアしたお陰でどうにか間に合ったのですが、変な痛みは残っていて、不安ではありました。 今だから言えますが、危ない橋を渡ってました。アジア大会の前にもうちょっと無理をしていたら、ケガにつながっていた可能性もあります。なので、現地に行ってからもテンションは低かったですよ、自信が持てなくて。正直、自己タイ記録なんて出せると思いませんでした。 3.力を出し切れる「ラスト1本」 ──予選、準決勝、決勝とラウンドがある大会の時、今年の山縣選手はスタミナも考慮しながら1本走るごとに修正を加え、必ず決勝でタイムを上げてきました。そこに秘訣はありますか。 当たり前ですけど、予選で力を全部出し切ることはありません。9秒台を目指したレースで、チャンスは準決勝、決勝の2本。ちなみに日本選手権もアジア大会も、準決勝から全力で行きました。それでも、日本選手権の準決勝は10秒19(-0.3)だった。気持ちは「何だよ~」となります。でも、思考の最後に「力を出しているつもりだったけど、まだ全然出せてなかったな」というところに行き着くのです。 アジア大会の準決勝は、自分が1番だなと思った瞬間に次の決勝レースを意識してしまって、最後まで走り切れなかった。全日本実業団の準決勝もそうです。 あれだけ「記録を出したい」と思っていても、ラウンドがあると、そこでがんばり過ぎて疲労につながるのが怖いんだと思います。深層心理なので本当のところはわかりませんが、「ラスト1本」となった時にもっと出し切れる自分がいて、それが決勝のタイムに反映されているのかなと思いますね。 今季、日本選手に1度も負けなかったのは、密かに狙っていたことなのでうれしいです。毎回、余裕があるわけではありませんが……。今年のベストレース? 全日本実業団選手権の決勝になるんですけど、90点ですね。スタートの浮き上がりが悔やまれます。集中力を少し欠いてました。 ※この続きは2018年11月14日発売の『月刊陸上競技』12月号をご覧ください

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