2021.05.16
学生長距離Close-upインタビュー
井川龍人 Igawa Ryuto 早稲田大学3年
「月陸Online」限定で大学長距離選手のインタビューをお届けする「学生長距離Close-upインタビュー」。7回目は、一昨年のルーキーイヤーからチームの主力を担ってきた早大の井川龍人(3年)に話を聞いた。
熊本・九州学院高時代は全国トップレベルで活躍。大学では1年目に苦しみながら、2年目の昨年度から結果が伴うようになってきた。今年度、「学生駅伝3冠」に挑むチームで、強力な先輩たちとともにどのように存在感を発揮していくのか。
10000mで27分台に突入
5月3日の日本選手権10000mに出場するにあたり、井川龍人(3年)は「チャレンジすることを忘れずにどこまで先頭について行けるか、今の自分の力を試したい」と語っていた。その言葉通り、序盤から先頭に近い位置で積極的にレースを進めたが、2000m過ぎから失速し、29分15秒62の32位。思い描いていたような結果は残せなかった。
「いつも後ろからついていくレースばかりだったので、前の方でチャレンジすることはできましたが、全然力が足りませんでした。ピークを合わせられなかったという反省もあります」
日本選手権から遡ること約3週間、4月10日の日本学連10000m記録会で、井川は鮮烈な輝きを放った。それまでの自己ベスト28分12秒13を大きく更新し、学生ランナーでは超一流の証とも言える初の27分台(27分59秒74)に突入したのだ。「ラストには自信がありましたし、きつくても(ペースメーカーに)最後までついて行くことだけに集中しました」と振り返る。ラスト1周で見た時計が27分00秒だった時、「この1周を60秒以内で帰ってきたら(28分を)切れる」と確信したという。
早大にとって歴代7人目となる27分台は、現チームでは中谷雄飛と太田直希(ともに4年)に続く3人目。同一チームによる27分台3人は史上初となり、井川は「すごくうれしいですが、早稲田の歴代記録ではもっと上の先輩方がいます。ここまで来たらそれを塗り替えられるぐらいのタイムを目指していきたい」と、さらなる記録更新に意欲を見せる。
■早大 男子10000m歴代7傑
27.38.31 大迫 傑 13年
27.45.59 竹澤健介 07年
27.48.55 渡辺康幸 95年
27.51.61 瀬古利彦 78年
27.54.06 中谷雄飛 20年
27.55.59 太田直希 20年
27.59.74 井川龍人 21年
高校では世代トップの活躍
小学生から中学生の頃は、部活でサッカーに熱中した。「脚が速くなりたい」という思いから、小学3年から6年まで地元の陸上クラブで短距離にも取り組み、熊本・佐敷中に進む時期にチャレンジした3kmのマラソン大会では、自分が長距離も走れることに気づく。
「中学でもサッカーを続けたかったので、走るほうは自分で練習しながら大会にエントリーして出ていました」
メインのサッカーは、「地区大会の決勝で負けてしまった」が、陸上では3年時に全国中学校大会の1500mと3000mに出場。いずれも予選落ちに終わったものの、ジュニア五輪には3年連続で出場し、3年時には3000mで16位に入っている。
全国での経験を重ねる中、井川の気持ちは徐々にサッカーから陸上へとシフトしていった。「高校で陸上を始めるなら九学で」と、熊本の名門・九州学院高で本格的な陸上競技人生が始まった。強豪校だけに練習はきつかったが、「チームメイトの存在が厳しい練習を乗り越える支えになった」と振り返る。
高校入学当初は明確な目標は持てなかった。それが1年時の秋、国体3000mで3位入賞を果たして変わり始めた。
「中学では全国に行っても予選落ちばかりでしたから、トップになるどころか、入賞するという想像もできませんでした。でも、国体で3位になって、自分もインターハイや全国高校駅伝で戦えるかもしれないと、ちょっとずつ思えるようになりました」
高校3年間を振り返り、井川が最も印象深い大会として挙げるのが、2年時の山形インターハイだ。先に出場した1500mは予選落ち。顧問の禿雄進先生に結果報告に行くと、「負けてもいいと思っていた気持ちがあったんじゃないか?」と、ひどく怒られた。
「正直、1500mはあまりやりたくなくて、5000mに集中したかった。それを見透かされていて、『本当に強い選手になりたいなら両方で本気で走らないと駄目だ』と言われました」
5000mでも予選を突破して満足していたら、「まだ通過点だぞ」と釘を刺され、決勝で粘って6位でフィニッシュ。その直後、禿先生から「よくやったな!」と初めて褒められた。「苦しかった時にスタンドから先生の声もあって、自分の持っている力以上の走りができたという意味でも、一番印象に残っています」と恩師との思い出を回顧した。
熊本・九州学院高時代は世代トップランナーだった井川
3年連続で出場した全国高校駅伝では、2年時と3年時にエース区間の1区を任されたが、区間2位で走破した2年時の大会が良い思い出として残っている。
「あの時は僕たちの学年が中心だったので、3年生の分もがんばろうという気持ちで、僕も1区でしっかり走らないと流れが悪くなると思って、とにかく中谷(雄飛/長野・佐久長聖)さんに食らいつきました。最後は1秒差で負けて悔しかったですが、みんなからは『(積極的に走った)スパートを見て元気をもらえた』と言ってもらい、あのレースで1区のおもしろさに目覚めた気がします」
3年時のインターハイでは5000mで日本人トップの5位、全国高校駅伝では1区で区間4位だったものの、チームは前年の9位を上回る4位に食い込んだ。それでも井川は、2年時ほどの充実感を得られなかった。
「インターハイは、3000mぐらいで先頭から離され、誰とも競ることもない単独状態だったので、おもしろみのないレースになってしまいました。全国高校駅伝は、留学生と勝負したいと3区を希望していましたが、1週間ぐらい前に足を痛めて回った1区では、7km 過ぎから急に脚に力が入らなくなりました」
井川にとって価値があるのは、日本人トップといった結果より、強い選手と〝真っ向勝負〟を展開することなのかもしれない。高校卒業直前に初の日本代表として出場したU20世界クロスカントリー選手権も、結果だけを見れば56位と振るわなかったが、「初めての国際大会で楽しかったし、同年代の選手でもレベルが全然違った。より世界に行きたいと思うようになりました」と、海外志向が高まったきっかけになったと語る。
大学3年目、さらなる高みへ
2019年春、「駅伝では伝統校として大学名をよく聞くし、大迫(傑/Nike)さんのように世界で活躍している人が多かったので、高校の頃から憧れていた」という早大に入学した。周囲からの期待は大きく、井川自身も「もう一度、日本代表になって、ユニバ(ユニバーシアード/現・ワールドユニバーシティゲームズ)などの世界大会を経験したい。関東インカレや全日本インカレで優勝し、三大駅伝では区間賞を3つ取りたい」と、大志を抱いて大学生活をスタートさせた。
1年時から全日本インカレや全日本、箱根と2つの駅伝に出場。思うような結果を得られなかった要因を井川は「早稲田は自主性を重んじるチームで、高校とは180度変わるような環境です。1年目はそれに甘えてしまい、結果が出なかった」と考えている。
2年目の昨年度は、新型コロナウイルスの影響で大会の中止や延期が相次いだが、「危機感も出てきて、やらざるを得なくなった」と気持ちを切り替え、モチベーションが下がることはなかったという。
「高校からずっと休みなく陸上をやり続けてきて、精神的な疲れがあったのかもしれません。久しぶりに長い期間、熊本の実家で過ごしたのが良い休養になり、早稲田に戻ってみんなで練習を始めた時に、『走るの、楽しいな』と意識が変わった感じがありました」
大学での練習が再開してからは、相楽豊駅伝監督の進言もあり、ランニングフォームの見直しに着手した。それまでの重心が低くて脚が流れていた走りを改善し、身長を生かしてもっと高い位置で走ることで1歩1歩も大きくなる」と考え、そのために「脚が流れないようにすぐに前に持ってくる意識で走ったり、極端な動き作りやハムストリング、お尻周りの筋トレに取り組んだりした」と振り返る。
初めのうちは「きつくて、すぐに元のフォームに戻ったりと時間がかかった」が、地道に続けることで駅伝シーズンを前に習得できたという。それが主要区間を担った全日本大学駅伝(2区区間5位)や箱根駅伝(1区区間5位)での好走につながった。
大学3年目の今年度は、さらなる高みを見据えている。
「大学に入ってからまだ一度も入賞や経験をしていないので、今まで以上に結果にこだわりたい。関東インカレや全日本インカレで優勝したり、駅伝でも区間賞を取れるようにしたいです。また、学生駅伝3冠を目指すチームの中では、駅伝で良い結果を出すのはもちろんですが、僕が(太田)直希さんや中谷さんのおかげでレベルアップできたように、下の学年の意識を良い方向に変えて、全員で強くなれたらと思っています」
いまや学生ナンバーワンとの呼び声が高い駒大の田澤廉(3年)をライバルに挙げる。高校時代は直接対決で井川が勝つことが多かったが、戦いの舞台が大学に移ってからは立場が逆転。先の日本選手権でも圧倒的な力の差を見せつけられたが、「(実績で)ここまでは離されてしまいましたが、4年目までには追いついて逆転したい」と対抗心を燃やす。
チーム内にも他大学にも、「追いかけ、追い越したい」と思わせる選手がいる。そうした環境で自らを高めてきた井川は、これからも競技者としての強さを追求していく。
◎いがわ・りゅうと/2000年9月5日生まれ。熊本県出身。佐敷中→九州学院高→早大。自己記録5000m13分45秒30、10000m27分59秒74。ハーフマラソン1時間4分50秒。高校時代は世代トップランナーとして活躍。早大では1年時から主力として駅伝メンバーに名を連ね、昨年度は全日本大学駅伝2区区間5位、箱根駅伝1区区間5位と好走した。今年は4月に10000m27分台に突入。(写真はチーム提供)
文/小野哲史
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10000mで27分台に突入
5月3日の日本選手権10000mに出場するにあたり、井川龍人(3年)は「チャレンジすることを忘れずにどこまで先頭について行けるか、今の自分の力を試したい」と語っていた。その言葉通り、序盤から先頭に近い位置で積極的にレースを進めたが、2000m過ぎから失速し、29分15秒62の32位。思い描いていたような結果は残せなかった。 「いつも後ろからついていくレースばかりだったので、前の方でチャレンジすることはできましたが、全然力が足りませんでした。ピークを合わせられなかったという反省もあります」 日本選手権から遡ること約3週間、4月10日の日本学連10000m記録会で、井川は鮮烈な輝きを放った。それまでの自己ベスト28分12秒13を大きく更新し、学生ランナーでは超一流の証とも言える初の27分台(27分59秒74)に突入したのだ。「ラストには自信がありましたし、きつくても(ペースメーカーに)最後までついて行くことだけに集中しました」と振り返る。ラスト1周で見た時計が27分00秒だった時、「この1周を60秒以内で帰ってきたら(28分を)切れる」と確信したという。 早大にとって歴代7人目となる27分台は、現チームでは中谷雄飛と太田直希(ともに4年)に続く3人目。同一チームによる27分台3人は史上初となり、井川は「すごくうれしいですが、早稲田の歴代記録ではもっと上の先輩方がいます。ここまで来たらそれを塗り替えられるぐらいのタイムを目指していきたい」と、さらなる記録更新に意欲を見せる。■早大 男子10000m歴代7傑 27.38.31 大迫 傑 13年 27.45.59 竹澤健介 07年 27.48.55 渡辺康幸 95年 27.51.61 瀬古利彦 78年 27.54.06 中谷雄飛 20年 27.55.59 太田直希 20年 27.59.74 井川龍人 21年
高校では世代トップの活躍
小学生から中学生の頃は、部活でサッカーに熱中した。「脚が速くなりたい」という思いから、小学3年から6年まで地元の陸上クラブで短距離にも取り組み、熊本・佐敷中に進む時期にチャレンジした3kmのマラソン大会では、自分が長距離も走れることに気づく。 「中学でもサッカーを続けたかったので、走るほうは自分で練習しながら大会にエントリーして出ていました」 メインのサッカーは、「地区大会の決勝で負けてしまった」が、陸上では3年時に全国中学校大会の1500mと3000mに出場。いずれも予選落ちに終わったものの、ジュニア五輪には3年連続で出場し、3年時には3000mで16位に入っている。 全国での経験を重ねる中、井川の気持ちは徐々にサッカーから陸上へとシフトしていった。「高校で陸上を始めるなら九学で」と、熊本の名門・九州学院高で本格的な陸上競技人生が始まった。強豪校だけに練習はきつかったが、「チームメイトの存在が厳しい練習を乗り越える支えになった」と振り返る。 高校入学当初は明確な目標は持てなかった。それが1年時の秋、国体3000mで3位入賞を果たして変わり始めた。 「中学では全国に行っても予選落ちばかりでしたから、トップになるどころか、入賞するという想像もできませんでした。でも、国体で3位になって、自分もインターハイや全国高校駅伝で戦えるかもしれないと、ちょっとずつ思えるようになりました」 高校3年間を振り返り、井川が最も印象深い大会として挙げるのが、2年時の山形インターハイだ。先に出場した1500mは予選落ち。顧問の禿雄進先生に結果報告に行くと、「負けてもいいと思っていた気持ちがあったんじゃないか?」と、ひどく怒られた。 「正直、1500mはあまりやりたくなくて、5000mに集中したかった。それを見透かされていて、『本当に強い選手になりたいなら両方で本気で走らないと駄目だ』と言われました」 5000mでも予選を突破して満足していたら、「まだ通過点だぞ」と釘を刺され、決勝で粘って6位でフィニッシュ。その直後、禿先生から「よくやったな!」と初めて褒められた。「苦しかった時にスタンドから先生の声もあって、自分の持っている力以上の走りができたという意味でも、一番印象に残っています」と恩師との思い出を回顧した。
大学3年目、さらなる高みへ
2019年春、「駅伝では伝統校として大学名をよく聞くし、大迫(傑/Nike)さんのように世界で活躍している人が多かったので、高校の頃から憧れていた」という早大に入学した。周囲からの期待は大きく、井川自身も「もう一度、日本代表になって、ユニバ(ユニバーシアード/現・ワールドユニバーシティゲームズ)などの世界大会を経験したい。関東インカレや全日本インカレで優勝し、三大駅伝では区間賞を3つ取りたい」と、大志を抱いて大学生活をスタートさせた。 1年時から全日本インカレや全日本、箱根と2つの駅伝に出場。思うような結果を得られなかった要因を井川は「早稲田は自主性を重んじるチームで、高校とは180度変わるような環境です。1年目はそれに甘えてしまい、結果が出なかった」と考えている。 2年目の昨年度は、新型コロナウイルスの影響で大会の中止や延期が相次いだが、「危機感も出てきて、やらざるを得なくなった」と気持ちを切り替え、モチベーションが下がることはなかったという。 「高校からずっと休みなく陸上をやり続けてきて、精神的な疲れがあったのかもしれません。久しぶりに長い期間、熊本の実家で過ごしたのが良い休養になり、早稲田に戻ってみんなで練習を始めた時に、『走るの、楽しいな』と意識が変わった感じがありました」 大学での練習が再開してからは、相楽豊駅伝監督の進言もあり、ランニングフォームの見直しに着手した。それまでの重心が低くて脚が流れていた走りを改善し、身長を生かしてもっと高い位置で走ることで1歩1歩も大きくなる」と考え、そのために「脚が流れないようにすぐに前に持ってくる意識で走ったり、極端な動き作りやハムストリング、お尻周りの筋トレに取り組んだりした」と振り返る。 初めのうちは「きつくて、すぐに元のフォームに戻ったりと時間がかかった」が、地道に続けることで駅伝シーズンを前に習得できたという。それが主要区間を担った全日本大学駅伝(2区区間5位)や箱根駅伝(1区区間5位)での好走につながった。 大学3年目の今年度は、さらなる高みを見据えている。 「大学に入ってからまだ一度も入賞や経験をしていないので、今まで以上に結果にこだわりたい。関東インカレや全日本インカレで優勝したり、駅伝でも区間賞を取れるようにしたいです。また、学生駅伝3冠を目指すチームの中では、駅伝で良い結果を出すのはもちろんですが、僕が(太田)直希さんや中谷さんのおかげでレベルアップできたように、下の学年の意識を良い方向に変えて、全員で強くなれたらと思っています」 いまや学生ナンバーワンとの呼び声が高い駒大の田澤廉(3年)をライバルに挙げる。高校時代は直接対決で井川が勝つことが多かったが、戦いの舞台が大学に移ってからは立場が逆転。先の日本選手権でも圧倒的な力の差を見せつけられたが、「(実績で)ここまでは離されてしまいましたが、4年目までには追いついて逆転したい」と対抗心を燃やす。 チーム内にも他大学にも、「追いかけ、追い越したい」と思わせる選手がいる。そうした環境で自らを高めてきた井川は、これからも競技者としての強さを追求していく。
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2025年3月号 (2月14日発売)
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