2021.03.25
東京五輪を控えるなか、女子短距離は参加標準記録突破者がおらず、リレーでも出場権を獲得できていない。4×100m、4×400mの両リレーの五輪出場枠は16。すでに2019年ドーハ世界選手権入賞国には出場権を与えられている。
残りの枠を手にするための手段は2つ。1つは5月1、2日にポーランド・シレジアで行われる世界リレー選手権で入賞すること。もう一つは、世界選手権と世界リレーの入賞国以外での、記録によるランキングで残りの枠に入らなければならない(※両大会入賞国が重複した場合)。
その世界リレー出場を目指すための、日本代表選考トライアルが3月28日に宮崎県で行われる。五輪に向けたラストチャンス。強い決意を抱くスプリンターをクローズアップする。
ケガで2021年度は1レースのみ
土井杏南(JAL)がロンドン五輪の舞台に立ってから9年が経つ。当時、埼玉栄高2年。「当時は勢いのまま駆け抜けた感じでした。自分と向き合う期間がないくらい、無我夢中でした。それはそれで強みだったと思います」。小学生時代から“天才少女”として知られてきた土井も25歳。「今は自分を客観的に見られるようになって、いろいろと計画を立てて競技をできています」。そう現状を話す土井はすっかり大人。だが、時折見せる笑顔は、無敵を誇った中高時代と変わらない。
昨シーズンは新型コロナウイルスの影響でシーズンインが遅れただけでなく、度重なるケガが土井を苦しめる。8月のセイコーゴールデングランプリに出場を予定していたが欠場。
「直前のスタート練習で左脚の二頭筋を肉離れしました。軽症だったのですぐに練習を再開できましたが、次は日本選手権(10月)の2週間前に脇腹を痛め、腹斜筋の肉離れが判明したんです」
日本選手権は「走れないのはわかっていましたが、やっぱり出たかった」と強行出場。12秒67で予選落ちに終わり、たった1本でシーズンを終えた。
大東大時代にもケガで苦しんだ時期もあったが、「シーズンで100m1本というのは初めて。ずっと走り続けてきましたから」と言う。12秒台のシーズンベストは、中1以来のこと。
幸い、脇腹の肉離れも回復は早かった。通常であれば移行期を挟んで冬季練習に入るが、「一度もスピードを上げずにシーズンを終えてしまうのは嫌だったので」と、練習を継続し、スピードを高めてそのままの流れで冬季に入った。
清田浩伸コーチ(埼玉栄高教)と「基礎を固めよう」と話してスタート。1月中旬までスパイクは履かず、とにかく基礎練習を徹底。ハードルドリルやマーク走などで接地や動き作りを見直し、2月くらいからスピードを出した走練習を始めたという。
「1年前は、アジア室内や3月のオーストラリアなどを想定して、早めに仕上げるようにしていました。そうしたことで、細かい部分が見えなくなっていたというのが反省としてありました」
週2回の筋力トレーニングや補強で狙いを持って全体をベースアップ。持ち味である接地や脚の運びをしっかり戻すため、ミニハードルやマーク走などで、基礎を見つめ直した。
昨シーズンは日本選手権予選に出場したのみだった
もう一度オリンピックの舞台に
2013年以降は幾度となくケガに泣かされた。特に大学3、4年時は試行錯誤を繰り返しながら、なかなか結果が出ない。リオ五輪イヤーだった16年の日本選手権では100m予選落ち。大粒の涙を流した。「普通に走ればいいと言われても、その『普通』がわからない」。いつしか、土井から笑顔が消えていた。
だが、2019年は明るい兆しがあった。4年ぶりに11秒5台をマークし、日本選手権でも2位に入った。全日本実業団対抗では久しぶりに「日本一」のタイトルを獲得。その時には「やっぱり勝つのはうれしい」と笑顔がこぼれた。
その走りをベースにしつつも、2019年に戻しただけでは「それ以上は行けない」と土井。ここ数年、テーマにしているのは「股関節を使って反発をもらう動き」。土井の走りと言えば、抜群の反応から一気に加速していくのが魅力。だが、意外にもそこが課題でもあると言う。
「スタートの反応自体は得意で、脚を早く動かすことはできます。でも、そこで重心を乗せるという面では遅れていて、早い動きでごまかしていたんです。最初の10mはこの動き、次はこの動き……となって、つながっていませんでした」
高校生相手であればそれだけで一気にトップに立つことができ、そのまま圧勝を飾ることができた。しかし、日本のトップ、そして世界を見据えた時に、その加速局面において、車で言えばギアを切り替える際の失速は命取りとなる。「理想は二次加速というのがなく、一次加速のままゴール。でも、そういうわけにはいかないので、まずは1歩目からしっかり乗せていって、そこからどんどん速さを出していきたい」という意識で取り組んでいる。
100mのベストは高2で出した11秒43から動かせていない。昨年は兒玉芽生(福岡大)や鶴田玲美(南九州ファミリーマート)といった年下の選手たちが次々に好記録を出した。もちろん「焦りはすごくあって、歯がゆかったですし、悔しい気持ちが大きかった」というのが本音。一方で、日本女子スプリントの「可能性が広がった」とも感じている。
特にリレーにおいては、全体の底上げが不可欠。土井が“若手のホープ”としてシニアに加わった頃は、福島千里(セイコー/当時・北海道ハイテクAC)が絶対的なエースだった。だが、土井も含めなかなか追随する存在が台頭せず。16年リオ五輪も福島が個人で100m、200mに出場したもののリレーでの出場は叶わなかった。
12年ロンドン大会は日本陸上界では戦後最年少の16歳で五輪に出場した
「ロンドンの時は一番年下で、引っ張られる感じでした。やっぱりオリンピックの経験を途切れさせてはいけないし、自分もまだまだなのですが、伝えられる立場になれるようになりたいと思っています」
3月28日は世界リレー出場を目指すための日本代表選考トライアルが宮崎で行われる。そのレースを前に、3月7日に沖縄で記録会に出場。12秒29(+2.5)でシーズンインした。宮崎では好調の兒玉、鶴田らと激突することになるが、「あまり戦うというイメージはなくて、個人の今の課題であるブロックからの動きを徹底したいなと思っています。自分の持ち味を出せれば、そのシーズンは私の中で手応えのあるものになると思います」と話す。「自分の走りを追求していけば、結果は出ると思ってずっとやっています」。その信念が揺らぐことはない。
簡単な状況ではないからこそ、ストレートに聞いてみた。もう一度、オリンピックに出たいですか、と。
「はい、もちろん! 会社(※東京2020オリンピック・パラリンピックのオフィシャルエアラインパートナーであるJAL)の仲間もオリンピックに向けてすごく盛り上がっていますので、一緒に戦いたいです。以前とは違うオリンピックイヤーを過ごせればと思います」
ずっと走り続けてきたんだから、1本しか出ない年があってもよかったのでは? そんなふうに聞くと、「確かに! でも……そう思えるようにするのは今シーズンの自分次第。そんな年があって良かったと言えるようなシーズンにしたいです」と返ってきた。
「不安よりもワクワク感のほうが大きい」。そう言った時の表情は、誰よりも速く100mを駆け抜けていたあの頃と同じ笑顔だった。
土井杏南(どい・あんな)/1995年8月24日生まれ、25歳。埼玉・朝霞一中→埼玉栄高→大東大→JAL。11秒61の中学記録、11秒43の高校記録・U20&U18日本記録は今も残る。高校2年時にロンドン五輪4×100mリレー代表。19年には復調気配を見せ、日本選手権2位。
文/向永拓史
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ケガで2021年度は1レースのみ
土井杏南(JAL)がロンドン五輪の舞台に立ってから9年が経つ。当時、埼玉栄高2年。「当時は勢いのまま駆け抜けた感じでした。自分と向き合う期間がないくらい、無我夢中でした。それはそれで強みだったと思います」。小学生時代から“天才少女”として知られてきた土井も25歳。「今は自分を客観的に見られるようになって、いろいろと計画を立てて競技をできています」。そう現状を話す土井はすっかり大人。だが、時折見せる笑顔は、無敵を誇った中高時代と変わらない。 昨シーズンは新型コロナウイルスの影響でシーズンインが遅れただけでなく、度重なるケガが土井を苦しめる。8月のセイコーゴールデングランプリに出場を予定していたが欠場。 「直前のスタート練習で左脚の二頭筋を肉離れしました。軽症だったのですぐに練習を再開できましたが、次は日本選手権(10月)の2週間前に脇腹を痛め、腹斜筋の肉離れが判明したんです」 日本選手権は「走れないのはわかっていましたが、やっぱり出たかった」と強行出場。12秒67で予選落ちに終わり、たった1本でシーズンを終えた。 大東大時代にもケガで苦しんだ時期もあったが、「シーズンで100m1本というのは初めて。ずっと走り続けてきましたから」と言う。12秒台のシーズンベストは、中1以来のこと。 幸い、脇腹の肉離れも回復は早かった。通常であれば移行期を挟んで冬季練習に入るが、「一度もスピードを上げずにシーズンを終えてしまうのは嫌だったので」と、練習を継続し、スピードを高めてそのままの流れで冬季に入った。 清田浩伸コーチ(埼玉栄高教)と「基礎を固めよう」と話してスタート。1月中旬までスパイクは履かず、とにかく基礎練習を徹底。ハードルドリルやマーク走などで接地や動き作りを見直し、2月くらいからスピードを出した走練習を始めたという。 「1年前は、アジア室内や3月のオーストラリアなどを想定して、早めに仕上げるようにしていました。そうしたことで、細かい部分が見えなくなっていたというのが反省としてありました」 週2回の筋力トレーニングや補強で狙いを持って全体をベースアップ。持ち味である接地や脚の運びをしっかり戻すため、ミニハードルやマーク走などで、基礎を見つめ直した。
もう一度オリンピックの舞台に
2013年以降は幾度となくケガに泣かされた。特に大学3、4年時は試行錯誤を繰り返しながら、なかなか結果が出ない。リオ五輪イヤーだった16年の日本選手権では100m予選落ち。大粒の涙を流した。「普通に走ればいいと言われても、その『普通』がわからない」。いつしか、土井から笑顔が消えていた。 だが、2019年は明るい兆しがあった。4年ぶりに11秒5台をマークし、日本選手権でも2位に入った。全日本実業団対抗では久しぶりに「日本一」のタイトルを獲得。その時には「やっぱり勝つのはうれしい」と笑顔がこぼれた。 その走りをベースにしつつも、2019年に戻しただけでは「それ以上は行けない」と土井。ここ数年、テーマにしているのは「股関節を使って反発をもらう動き」。土井の走りと言えば、抜群の反応から一気に加速していくのが魅力。だが、意外にもそこが課題でもあると言う。 「スタートの反応自体は得意で、脚を早く動かすことはできます。でも、そこで重心を乗せるという面では遅れていて、早い動きでごまかしていたんです。最初の10mはこの動き、次はこの動き……となって、つながっていませんでした」 高校生相手であればそれだけで一気にトップに立つことができ、そのまま圧勝を飾ることができた。しかし、日本のトップ、そして世界を見据えた時に、その加速局面において、車で言えばギアを切り替える際の失速は命取りとなる。「理想は二次加速というのがなく、一次加速のままゴール。でも、そういうわけにはいかないので、まずは1歩目からしっかり乗せていって、そこからどんどん速さを出していきたい」という意識で取り組んでいる。 100mのベストは高2で出した11秒43から動かせていない。昨年は兒玉芽生(福岡大)や鶴田玲美(南九州ファミリーマート)といった年下の選手たちが次々に好記録を出した。もちろん「焦りはすごくあって、歯がゆかったですし、悔しい気持ちが大きかった」というのが本音。一方で、日本女子スプリントの「可能性が広がった」とも感じている。 特にリレーにおいては、全体の底上げが不可欠。土井が“若手のホープ”としてシニアに加わった頃は、福島千里(セイコー/当時・北海道ハイテクAC)が絶対的なエースだった。だが、土井も含めなかなか追随する存在が台頭せず。16年リオ五輪も福島が個人で100m、200mに出場したもののリレーでの出場は叶わなかった。
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