2021.03.15
昨年の日本インカレ100mで、兒玉芽生(福岡大)が日本歴代3位の11秒35をマークした衝撃は大きかった。その勢いが女子短距離界全体に波及したのは間違いない。小学生時代から世代のトップをひた走り、常に全国タイトルを手にしてきた。試行錯誤を繰り返し、ようやく突き抜けた2020年シーズンだったが、それもまだ壮大な物語の途中。自分の理想とする走りを追求し続けた先に、日本女子短距離界の明るい未来があると信じている。
文/田端慶子
大飛躍した2020年
日本女子短距離にとって2020年は、ターニングポイントと呼ぶにふさわしい1年だった。その火付け役となったのが、9月の日本インカレ100mで日本歴代3位の11秒35(-0.2)を出した兒玉芽生(福岡大)だ。約3週間後の日本選手権でも11秒36(+0. 5)を出したインパクトは絶大で、誰もが彼女の走りから目を離せなくなった。
「2020年はやっと自分が目指している動きやレースができました」と兒玉。特に100mに関しては11秒3台を2本そろえ、日本選手権は「課題にしていた加速の部分がレースの中でうまく発揮できた」と評価する。それでも連覇が懸かった200mは鶴田玲美(南九州ファミリーマート)に敗れ、「優勝した19 年よりタイムは速くなったけど、自分のやりたかったレースができなかったので喜べません」と振り返る。
指導する信岡沙希重コーチは「独特の雰囲気に後押しされる日本インカレで終わらなかったことが、彼女にとっても日本女子短距離にとっても大きかった」と言う。日本インカレについては「正直に言うと出来すぎ」で、「この記録に苦しめられなければいいな、と心配になりました」と信岡コーチ。だが、日本選手権では100mで「インカレより内容も良く、理想的な動き」を見せ、200mで負けた後は号泣する姿に「こんなに悔しかったのかと驚かされた」と、能力に加え、その気持ちの強さに目を見張る。
日本インカレで初めて11秒3台をマークしたあと、「次に11秒4が出た時に喜べないのは、もったいないと思う。一旦、この記録のことは忘れよう」と信岡コーチは兒玉に伝え、冷静に受け止められるように努めた。それが日本選手権までモチベーションが維持できた要因の一つだ。
飛躍を続ける中で、周囲の反応は今まで通りとはいかなかった。取材の数が急増し、注目度が一気に上がったことには「戸惑いがあった」。小学5年時に初めて全国大会(全国小学生交流大会100m)で優勝してから、インターハイを含め、小、中、高、大学と日本一を経験している兒玉でさえ、躊躇するような反響の大きさ。もともと「ネガティブ思考」(兒玉)で、感情のコントロールを苦手としている一面を持っており、それがパフォーマンスの不安定感にもつながっていた。
だが、昨年は精神面のコントロールもできるようになった。そのきっかけはコロナ禍による自粛期間。「本やYouTubeで学んだことも生きています。イチローさんや末續(慎吾)さんの本を読んで、『高いレベルの選手はプレッシャーの中で気持ちをコントロールして日々、戦っているんだな』と感じました」。プレッシャーが降りかかった時も、「信岡コーチをはじめ、これまでに関わってきた指導者の先生方が寄り添ってくれ、たくさん話を聞いてくださったのが大きいです」と言い、「最近は結構ポジティブなんです」と笑う。
実は、1年前の冬季でケガをして走れるようになったのは3月頃から。「当時は練習するための身体作りから始めるような状態。例年通りのスケジュールであれば、ここまでしっかり整えてからレースを迎えられることはなかった」(信岡コーチ)ため、自粛期間がいくつかの側面でプラスに働いた。限られた環境下で、「何をテーマにするかすり合わせる時間を持てた」。まさに、災いが転じ、福となる1年だった。
昨年10月の日本選手権では100mを制覇。前年の200mに続いて日本一の座についた
ピッチアップと300mが冬のテーマ
女子スプリントのトップアスリートとなったことで、「練習以外の過ごし方を陸上中心に考えるようになった」と言う。食生活や身体のケアもそれまで以上に気にするようになった。苦手だった長い距離など「きつい練習から逃げていた部分もあったけど、人並みじゃなく、自分に何が必要か考えて」取り組んでいる。トレーニング面でも信岡コーチの存在は大きく、「苦手な練習でも『どういう狙いがあるのか』と聞いた時に、丁寧に説明してくださるので、納得して取り組めます」と全幅の信頼を置いている。
例年、冬はケガが多く、「1ヵ月練習できないということもあった」と言う。この冬季は3週間ずつ2度にわたり大学の施設が使えない時期もあったが、「ケガがなかったので、継続して練習できています。確実に例年より練習が積めています」と順調なようだ。
「1年前にやったことをベースにしています」と話すように基礎は変わらないが、「レースで後半にピッチが上がらなかった」反省から、特にピッチを強化する練習にフォーカスしている。
この続きは2021年3月13日発売の『月刊陸上競技4月号』をご覧ください。
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大飛躍した2020年
日本女子短距離にとって2020年は、ターニングポイントと呼ぶにふさわしい1年だった。その火付け役となったのが、9月の日本インカレ100mで日本歴代3位の11秒35(-0.2)を出した兒玉芽生(福岡大)だ。約3週間後の日本選手権でも11秒36(+0. 5)を出したインパクトは絶大で、誰もが彼女の走りから目を離せなくなった。 「2020年はやっと自分が目指している動きやレースができました」と兒玉。特に100mに関しては11秒3台を2本そろえ、日本選手権は「課題にしていた加速の部分がレースの中でうまく発揮できた」と評価する。それでも連覇が懸かった200mは鶴田玲美(南九州ファミリーマート)に敗れ、「優勝した19 年よりタイムは速くなったけど、自分のやりたかったレースができなかったので喜べません」と振り返る。 指導する信岡沙希重コーチは「独特の雰囲気に後押しされる日本インカレで終わらなかったことが、彼女にとっても日本女子短距離にとっても大きかった」と言う。日本インカレについては「正直に言うと出来すぎ」で、「この記録に苦しめられなければいいな、と心配になりました」と信岡コーチ。だが、日本選手権では100mで「インカレより内容も良く、理想的な動き」を見せ、200mで負けた後は号泣する姿に「こんなに悔しかったのかと驚かされた」と、能力に加え、その気持ちの強さに目を見張る。 日本インカレで初めて11秒3台をマークしたあと、「次に11秒4が出た時に喜べないのは、もったいないと思う。一旦、この記録のことは忘れよう」と信岡コーチは兒玉に伝え、冷静に受け止められるように努めた。それが日本選手権までモチベーションが維持できた要因の一つだ。 飛躍を続ける中で、周囲の反応は今まで通りとはいかなかった。取材の数が急増し、注目度が一気に上がったことには「戸惑いがあった」。小学5年時に初めて全国大会(全国小学生交流大会100m)で優勝してから、インターハイを含め、小、中、高、大学と日本一を経験している兒玉でさえ、躊躇するような反響の大きさ。もともと「ネガティブ思考」(兒玉)で、感情のコントロールを苦手としている一面を持っており、それがパフォーマンスの不安定感にもつながっていた。 だが、昨年は精神面のコントロールもできるようになった。そのきっかけはコロナ禍による自粛期間。「本やYouTubeで学んだことも生きています。イチローさんや末續(慎吾)さんの本を読んで、『高いレベルの選手はプレッシャーの中で気持ちをコントロールして日々、戦っているんだな』と感じました」。プレッシャーが降りかかった時も、「信岡コーチをはじめ、これまでに関わってきた指導者の先生方が寄り添ってくれ、たくさん話を聞いてくださったのが大きいです」と言い、「最近は結構ポジティブなんです」と笑う。 実は、1年前の冬季でケガをして走れるようになったのは3月頃から。「当時は練習するための身体作りから始めるような状態。例年通りのスケジュールであれば、ここまでしっかり整えてからレースを迎えられることはなかった」(信岡コーチ)ため、自粛期間がいくつかの側面でプラスに働いた。限られた環境下で、「何をテーマにするかすり合わせる時間を持てた」。まさに、災いが転じ、福となる1年だった。
ピッチアップと300mが冬のテーマ
女子スプリントのトップアスリートとなったことで、「練習以外の過ごし方を陸上中心に考えるようになった」と言う。食生活や身体のケアもそれまで以上に気にするようになった。苦手だった長い距離など「きつい練習から逃げていた部分もあったけど、人並みじゃなく、自分に何が必要か考えて」取り組んでいる。トレーニング面でも信岡コーチの存在は大きく、「苦手な練習でも『どういう狙いがあるのか』と聞いた時に、丁寧に説明してくださるので、納得して取り組めます」と全幅の信頼を置いている。 例年、冬はケガが多く、「1ヵ月練習できないということもあった」と言う。この冬季は3週間ずつ2度にわたり大学の施設が使えない時期もあったが、「ケガがなかったので、継続して練習できています。確実に例年より練習が積めています」と順調なようだ。 「1年前にやったことをベースにしています」と話すように基礎は変わらないが、「レースで後半にピッチが上がらなかった」反省から、特にピッチを強化する練習にフォーカスしている。 この続きは2021年3月13日発売の『月刊陸上競技4月号』をご覧ください。
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