2021.02.22
学生長距離Close-upインタビュー
大保海士 Daiho Kaishi 明治大学4年
「月陸Online」限定で大学長距離選手のインタビューをお届けする「学生長距離Close-upインタビュー」。4回目は、箱根駅伝8区で区間賞を手にした明大の大保海士に話を聞いた。
昨年11月の全日本大学駅伝でも6区で区間2位と好走。当時の10000mベストは29分19秒32とさほど目立つ選手ではなかったが、実は中学時代に3000mで全中8位のキャリアを誇る。大学2、3年時にどん底を味わい、一時は一般就活も経験した男は、なぜ4年目に大躍進を遂げたのか。
箱根8区で歴代2位の快走
今年1月3日、明大の8区として平塚中継所をスタートした大保海士(4年)は、最初で最後の箱根駅伝を走る喜びをかみしめながら歩を進めていた。
「スタート前は落ち着いていたのですが、走り始めると『箱根駅伝を走っているんだ』という実感がどんどん沸いてきたんです」
全日本大学駅伝で3位に入り、72年ぶりのの歓喜が期待されていた古豪・明大は、序盤で流れをつかむことができずに往路で14位。遅れを取り戻すべく、大保は序盤から区間賞が狙えるペースで突き進んだ。
実は大会の5日ほど前に8区出走が決まり、当初は「区間記録(1時間3分49秒)より1kmあたり1~2秒くらい遅いペース」を想定していた。レース当日は腕時計を忘れてしまうハプニングもあったが、逆にそれが奏功した。
付き添いからGPSウォッチを借りることになったのだが、使い方がよくわからず、「ペースも1km3分10秒と表示されていて、ブレーキしているのかなと思って走っていました。マズいと思ってガムシャラに走ったのですが、給水係から10km(通過が)29分10何秒というタイムを聞いて、それが自信になりました」。
さらに15km地点で山本佑樹駅伝監督から「区間賞を狙えるぞ!」という声がかかると、大保の走りはさらに力強くなっていく。難コースとして知られる遊行寺の坂だけは「きつかった」と口にするが、最終的には区間記録に10秒差と迫る1時間3分59秒(区間歴代2位)で走破。区間賞をもぎとった。
「区間トップは自分も予想していなかったので、すごくうれしいです。1時間4分を切れて、インパクトのあるタイムを残すことができました。今後の陸上人生の自信になりましたね」
大学2、3年時にどん底を経験
新宮中3年時の全中3000mで8位入賞。右端が大保
最後のチャンスで大活躍した大保の陸上人生は山あり谷あり。
福岡・新宮中では全国区で活躍し、3年時の全中3000mでは8位に入賞した。当然、名門校から勧誘される。それでも競技を始めたきっかけが「箱根駅伝」だった当時の大保少年は、「都大路」(全国高校駅伝)に興味がなかった。
「とにかく箱根駅伝を走れればいいなと思っていたんです。寮に入りたくなかったので、自宅から通える範囲で駅伝を強化している高校を選びました」
東海大福岡高に進学した大保だが、「正直いうと、1年生の時は大牟田に行かなかったことを後悔していました」と明かす。それでも、強力な後輩が加入したこともあり、「(県内屈指の強豪校である)大牟田を倒せるんじゃないかと思うようになったんです」。
高校時代の5000mベストは14分35秒52と県内では上位につけたが、インターハイ路線は2年時に北九州大会8位に入ったのが最高。県高校駅伝でも1年時から4位、6位、3位と県代表には届かなかったが、一番の思い出は「都大路に挑戦したこと」を挙げる。「僕らは県大会で勝つことができませんでしたが、1年後に後輩たちが大牟田を倒して、都大路に出場してくれました。あれはうれしかったです」
高校卒業後の進路は、「箱根駅伝」を狙える大学を希望した。東海大と拓大に誘われており、当初は「そのどちらかに行こうかなと思っていた」が、当時通っていた治療院の先生が明大の西弘美駅伝監督(現・スーパーバイザー)の高校時代の後輩だった縁で明大に行くことになった。
意気揚々と入学した大保だったが、5000mの自己ベストは同期の中で9番目。〝最後尾〟からのスタートとなった。
「中学・高校は自分がチームのトップを走っていたので、大学では状況が一転しました。ほとんどの選手が自分よりも格上で、練習でもついていけないことがあったんですけど、1年時は厳しい環境の中で成長できたんじゃないかなと思っています」
明大では1年時から箱根駅伝予選会に出場。同学年ではチーム最高位の117位(61分19秒/20km)とまずまずの好走。しかし、チームは13位に終わり、10年ぶりの予選会敗退。それでも全日本大学駅伝は6区(区間13位)で出場するなど、1年生で〝レギュラー〟の座をつかむことに成功した。
ところが、2年時は故障に苦しむことになる。チームは箱根駅伝に復帰したが、16人のエントリーメンバーに入ることができなかった。3年時は予選会に出場したが、その後に調子を落とし、2年連続で箱根駅伝のエントリーメンバーから外れた。
3年時はジョグすらもきつく感じ、ポイント練習で歩いてしまったことも。「2年時に箱根メンバーを外れて、気持ち的に荒れていた部分があったのかもしれません」と大保は当時を振り返る。
また、当時は寮飯をあまり食べず、自分の好きなものばかり食べていた時期もあった。「いま思えば貧血だった」と振り返るが、当時は血液検査の結果を確認せずに放置するほど、気持ちが競技へ向いていなかった。
一般就活を経て、競技への情熱が再燃
陸上、そして箱根駅伝への情熱を失いつつあった大保は、一般学生と同じように就職活動を開始。4年時の5月までは競技よりも就活を優先した。
「当時は営業マンとして働こうかなと漠然と考え、機械部品メーカーやサッシメーカーなどを回っていました」という大保は、結果的に2社から内定をゲット。外壁材メーカーに進むつもりでいた。
就活がひと段落つくと、〝最後のチャンス〟に向けてトライした。いつしか体調も整い、2、3年時とは違う感触を得ていた。自身の中で手応えを感じ始めたのが6月あたり。調子が上向き、「今季は大切にしよう」と再び情熱が再燃してきた。「真剣にやることによって、食事面にも気を配るようになったのが大きかったと思います」。
11月の全日本大学駅伝は6区に出場。区間2位の好走で5位から2位に順位を押し上げ、チームの3位躍進に貢献した。
そして、伊勢路の活躍が人生を変えることになる。
「全日本後に、実業団チームからお誘いがあったんです。すでに内定を貰っていましたし、かなり迷ったのですが、『身体が動くうちは好きなことをしよう』と、実業団の道を選びました」
数社からオファーがあった中で、大保は地元・福岡を拠点とする西鉄で競技を続けることになった。箱根駅伝の快走を経て、4月からは実業団選手として再スタートを切る。
一般就活を経て、大学卒業後も競技を続ける大保(チーム提供)
社会人での目標を聞いてみると、「まずはチームをニューイヤー駅伝(全日本実業団対抗駅伝)に復帰させて、過去最高順位(20位)を上回るのが目標です」ときっぱり。これまで駅伝に情熱をかけてきた大保らしい回答だ。続けて、個人としての展望を聞いてみると、こんな答えが返ってきた。
「いつかマラソンに挑戦して、ゆくゆくは日の丸をつけて走るような選手になりたいと思っています。大学では挫折を乗り越える力を得ることができました。この先もつらいことがあると思いますが、どんなことでも乗り越えていけるような気がしています」
大学ラストイヤーで〝仕事人〟のような活躍を見せた大保は、決意を新たに次のステージに向かう。
◎だいほ・かいし/1998年6月1日生まれ。福岡県出身。新宮中→東海大福岡高→明大。自己記録5000m14分22秒12、10000m28分40秒92、ハーフマラソン1時間8分49秒。今年の箱根駅伝8区で区間歴代2位の1時間3分59秒をマークして区間賞を獲得。大学卒業後は西鉄で競技を続ける
文/酒井政人

箱根8区で歴代2位の快走
今年1月3日、明大の8区として平塚中継所をスタートした大保海士(4年)は、最初で最後の箱根駅伝を走る喜びをかみしめながら歩を進めていた。 「スタート前は落ち着いていたのですが、走り始めると『箱根駅伝を走っているんだ』という実感がどんどん沸いてきたんです」 全日本大学駅伝で3位に入り、72年ぶりのの歓喜が期待されていた古豪・明大は、序盤で流れをつかむことができずに往路で14位。遅れを取り戻すべく、大保は序盤から区間賞が狙えるペースで突き進んだ。 実は大会の5日ほど前に8区出走が決まり、当初は「区間記録(1時間3分49秒)より1kmあたり1~2秒くらい遅いペース」を想定していた。レース当日は腕時計を忘れてしまうハプニングもあったが、逆にそれが奏功した。 付き添いからGPSウォッチを借りることになったのだが、使い方がよくわからず、「ペースも1km3分10秒と表示されていて、ブレーキしているのかなと思って走っていました。マズいと思ってガムシャラに走ったのですが、給水係から10km(通過が)29分10何秒というタイムを聞いて、それが自信になりました」。 さらに15km地点で山本佑樹駅伝監督から「区間賞を狙えるぞ!」という声がかかると、大保の走りはさらに力強くなっていく。難コースとして知られる遊行寺の坂だけは「きつかった」と口にするが、最終的には区間記録に10秒差と迫る1時間3分59秒(区間歴代2位)で走破。区間賞をもぎとった。 「区間トップは自分も予想していなかったので、すごくうれしいです。1時間4分を切れて、インパクトのあるタイムを残すことができました。今後の陸上人生の自信になりましたね」大学2、3年時にどん底を経験

一般就活を経て、競技への情熱が再燃
陸上、そして箱根駅伝への情熱を失いつつあった大保は、一般学生と同じように就職活動を開始。4年時の5月までは競技よりも就活を優先した。 「当時は営業マンとして働こうかなと漠然と考え、機械部品メーカーやサッシメーカーなどを回っていました」という大保は、結果的に2社から内定をゲット。外壁材メーカーに進むつもりでいた。 就活がひと段落つくと、〝最後のチャンス〟に向けてトライした。いつしか体調も整い、2、3年時とは違う感触を得ていた。自身の中で手応えを感じ始めたのが6月あたり。調子が上向き、「今季は大切にしよう」と再び情熱が再燃してきた。「真剣にやることによって、食事面にも気を配るようになったのが大きかったと思います」。 11月の全日本大学駅伝は6区に出場。区間2位の好走で5位から2位に順位を押し上げ、チームの3位躍進に貢献した。 そして、伊勢路の活躍が人生を変えることになる。 「全日本後に、実業団チームからお誘いがあったんです。すでに内定を貰っていましたし、かなり迷ったのですが、『身体が動くうちは好きなことをしよう』と、実業団の道を選びました」 数社からオファーがあった中で、大保は地元・福岡を拠点とする西鉄で競技を続けることになった。箱根駅伝の快走を経て、4月からは実業団選手として再スタートを切る。
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