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2025.01.31

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【連載】上田誠仁コラム雲外蒼天/第53回「39回目の生中継とエンドロールから」

“テレビが箱根駅伝を変えてはならない”

そして、坂田氏が箱根駅伝の中継に携わる関係者に最も大切にしてほしい基本姿勢として話してくれたことは「テレビが箱根駅伝を変えてはいけない」ということ。私が関東学連の駅伝対策委員長を務めさせていただいた期間(2014年~2024年)、箱根駅伝実行委員会議の席で日本テレビの担当ディレクターが毎年のようにこう語っていただいていたことを思い起こす。

「日本テレビはこの中継をとおして、ありのままの選手の姿を映し出すとともに、これまでの歴史を継承してきた方々と選手やチームの思い、応援してきた人々に敬意を表し放送させていただいているという謙虚な気持ちを前提に中継させていただきます。選手はタスキをつなぎ力走を展開します。われわれはスタッフの力を結集して電波をつなぎ、全国の視聴者にリアルタイムでお届けしたいと思います。毎年多くの方に視聴していただきありがたいと思っています。初回放送以来、われわれ制作スタッフは“テレビが箱根駅伝を変えてはいけない”という理念を今大会も継承しつつ、制作させていただきます」

第101回大会を終え、“人気の優良スポーツコンテンツ“と評する人もおられる。しかしながら、中継スタッフの皆様方が、学生スポーツとしてのあり方を見失わぬよう真摯に箱根駅伝の歴史とこれからを思っていただいていることを坂田氏からお聞きし、心のうちにある波立ちが少し収まった気がする。

第63回大会を目前に控えた86年の年の瀬。初のライブ中継に挑もうとする製作スタッフの興奮と緊張は、同じく初出場のスタートラインに立つ山梨学院と同じ緊張感と高揚感に包まれていたことは共感できる。

当時の製作スタッフには、120ページにも及ぶ放送マニュアルが配布されたそうだ。箱根の関所に引っ掛けて、名前は“駅伝放送手形”。その冒頭に総合ディレクターの田中晃氏からのメッセージが掲載されていた。その後半部分を紹介したい。

大人数の中継スタッフによって生中継が実現している

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“幾多のドラマを演出してきた湘南の風 と箱根の険は、昔と少しも変わることなく彼らを待ち受けている。そして今、私たちはこの箱根駅伝の感動を、全国の正月の茶の間に生中継しようとしています。フルマラソンのおよそ5倍の距離と、テレビ史上初の山岳ロード生中継”

“選手たちが箱根の山に挑むように、それは、テレビに生きる私たちにとっても新たな挑戦です。その第一歩を踏み出すにあたり、私たちは次の言葉を心に刻みたいと思います。10人のランナーがタスキをつなぎ、一歩一歩積み重ねて、勝利を手にするように。私たち700人のスタッフが、一人ひとり肌で捉えた感動を、一つひとつ丁寧に、丹念に紡いでいけば、必ずや成功を手にするだろう“

それから時を経て、39回目の中継を終えた夕刻、3時間の特集番組が放送された。

その日のうちにここまでの振り返り報道をしていただけるスポーツイベントは他に例を見ない。学生スポーツとしては破格の扱いであろう。

その番組の終了間際に、映画のエンドロールのように出場校(関東学生連合チームを含む)の箱根駅伝エントリー選手の名前がゆっくりと画面の下から上へと映し出された。エンドロールには製作に関わった関係者や協力者が余すことなく掲示される。スタッフロールとも呼ばれている。

今回の場合はスタッフロールと呼ぶほうがふさわしいかもしれない。箱根路を駆け抜けることができた選手210人はその足跡が刻まれる。残念ながらタスキを肩にかけて走ることがかなわなかった126人が各チームの代表として同列に記されていることに、“箱根駅伝とは”という問いに対する答えを示していただいたようで心に染みた。

“テレビが箱根駅伝を変えてはならない”との思いを引き継ぎ、”箱根駅伝とは“をテレビに伝えていただいたことに感謝したい。

<追記>
毎年放送終了後に坂田氏、田中氏など初回放送スタッフを交えた交流会を行っているという。なぜなら初心を継承し、未来につなげるためとのお話もうかがった。強くあり続けようとする大学チームと同じであろう。

初中継以来、1月3日の中継終了時には製作スタッフのエンドロールが放送されている。良質の映画を見終えた後はしばらく席を立てずエンドロールに見入ってしまう。箱根駅伝中継もまた然りだ。

*1原島由美子(2007)『「箱根駅伝」不可能に挑んだ男たち』 フリュー

上田誠仁 Ueda Masahito/1959年生まれ、香川県出身。山梨学院大学スポーツ科学部スポーツ科学科教授。順天堂大学時代に3年連続で箱根駅伝の5区を担い、2年時と3年時に区間賞を獲得。2度の総合優勝に貢献した。卒業後は地元・香川県内の中学・高校教諭を歴任。中学教諭時代の1983年には日本選手権5000mで2位と好成績を収めている。85年に山梨学院大学の陸上競技部監督へ就任し、92年には創部7年、出場6回目にして箱根駅伝総合優勝を達成。以降、出雲駅伝5連覇、箱根総合優勝3回など輝かしい実績を誇るほか、中村祐二や尾方剛、大崎悟史、井上大仁など、のちにマラソンで世界へ羽ばたく選手を多数育成している。2022年4月より山梨学院大学陸上競技部顧問に就任。
山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます!

第53回「39回目の生中継とエンドロールから」

箱根駅伝は1920年(大正9年)から開催され、その5年後に日本初のラジオ放送が開始されている。 箱根駅伝のラジオ中継がNHKによって開始されたのは、戦後の53年(第29回大会)からであった。79年(第55回大会)からはテレビ東京で録画ダイジェスト、さらに87年(第63回大会)には日本テレビが生中継に挑んだ。 今年の第101回大会で、すでに39回目の中継を継承してきたことになる。中継では北は北海道、南は鹿児島までの各系列局から放送技術の専門職が集められ、現在では総勢1000人のチームで中継が行われている。 あらゆるスポーツ中継では、そのスポーツの魅力と臨場感を視聴者に伝えようと、工夫と努力が積み重ねられている。特に生中継の醍醐味は、レースやゲーム展開をそのまま視聴者に届けることにある。 科学技術の進歩により中継技術は相応の進歩を遂げている。と言っても、箱根駅伝の中継は競技場や体育館など固定されたエリアではない。そして、マラソンのように広域とは言え、限定された規制区間で行われる競技会でもない。 箱根駅伝は100kmを超える5区間を移動しつつ、中継しなければならない。特に電波が届きにくい箱根山中からの中継は、いかに技術の進歩をもってしても困難を極めたという。 [caption id="attachment_131862" align="alignnone" width="800"] 第101回箱根駅伝の日本テレビの中継車[/caption] 「どのような悪天候であろうとも選手の力走を伝えなければならない」というスポーツ生中継の命題を完璧に実行しなければならない。そのために初中継に挑んだ当時、箱根山中での電波中継担当は年末から箱根山中に籠り、準備万端に整えていたそうだ。 首都圏から箱根の山岳地帯を含む広域移動型スポーツ中継の難易度は、想像以上に過酷であり、困難を極める。昭和の後半に箱根駅伝で初の生中継に挑もうとしても、社内外の識者からの「無理だ、無謀だ」との反応に苦慮したそうだ。(*1) それを乗り越え、切り開いたのは当時の日本テレビプロヂューサー・坂田信久氏である。坂田氏から初生中継当時とこれまで、そして、これからを語っていただいた。 「もとより無理で無謀で不可能と言われることは十分理解していた。しかし、これまで培ってきた中継ノウハウや技術スタッフと工夫を凝らせば何とか壁を突破できるのではないかという確信を抱いていた。なぜならば、それは不可能だ、無謀だといわれても『挑戦してみましょうよ』という製作スタッフのパイオニア精神や「やれるかもしれませんね」と未開拓の中継方法に果敢に取り組んでくれた技術スタッフがいてくれたからだ。特に総合ディレクターに抜擢した盟友、田中晃氏(現WOWOW会長執行役員)の献身があったからこそ」 「スポーツの中継に関わるスタッフには『スポーツに対する愛情と真摯な姿勢を持ち続けること。何よりも自分たちが放送するスポーツが成長してゆくためにテレビがどのように表現すれば良いのかを常に考えることを怠ってはいけない』というフィロソフィー(哲学)をことあるごとに語ってきた」とお聞きした。

“テレビが箱根駅伝を変えてはならない”

そして、坂田氏が箱根駅伝の中継に携わる関係者に最も大切にしてほしい基本姿勢として話してくれたことは「テレビが箱根駅伝を変えてはいけない」ということ。私が関東学連の駅伝対策委員長を務めさせていただいた期間(2014年~2024年)、箱根駅伝実行委員会議の席で日本テレビの担当ディレクターが毎年のようにこう語っていただいていたことを思い起こす。 「日本テレビはこの中継をとおして、ありのままの選手の姿を映し出すとともに、これまでの歴史を継承してきた方々と選手やチームの思い、応援してきた人々に敬意を表し放送させていただいているという謙虚な気持ちを前提に中継させていただきます。選手はタスキをつなぎ力走を展開します。われわれはスタッフの力を結集して電波をつなぎ、全国の視聴者にリアルタイムでお届けしたいと思います。毎年多くの方に視聴していただきありがたいと思っています。初回放送以来、われわれ制作スタッフは“テレビが箱根駅伝を変えてはいけない”という理念を今大会も継承しつつ、制作させていただきます」 第101回大会を終え、“人気の優良スポーツコンテンツ“と評する人もおられる。しかしながら、中継スタッフの皆様方が、学生スポーツとしてのあり方を見失わぬよう真摯に箱根駅伝の歴史とこれからを思っていただいていることを坂田氏からお聞きし、心のうちにある波立ちが少し収まった気がする。 第63回大会を目前に控えた86年の年の瀬。初のライブ中継に挑もうとする製作スタッフの興奮と緊張は、同じく初出場のスタートラインに立つ山梨学院と同じ緊張感と高揚感に包まれていたことは共感できる。 当時の製作スタッフには、120ページにも及ぶ放送マニュアルが配布されたそうだ。箱根の関所に引っ掛けて、名前は“駅伝放送手形”。その冒頭に総合ディレクターの田中晃氏からのメッセージが掲載されていた。その後半部分を紹介したい。 [caption id="attachment_131862" align="alignnone" width="800"] 大人数の中継スタッフによって生中継が実現している[/caption] “幾多のドラマを演出してきた湘南の風 と箱根の険は、昔と少しも変わることなく彼らを待ち受けている。そして今、私たちはこの箱根駅伝の感動を、全国の正月の茶の間に生中継しようとしています。フルマラソンのおよそ5倍の距離と、テレビ史上初の山岳ロード生中継” “選手たちが箱根の山に挑むように、それは、テレビに生きる私たちにとっても新たな挑戦です。その第一歩を踏み出すにあたり、私たちは次の言葉を心に刻みたいと思います。10人のランナーがタスキをつなぎ、一歩一歩積み重ねて、勝利を手にするように。私たち700人のスタッフが、一人ひとり肌で捉えた感動を、一つひとつ丁寧に、丹念に紡いでいけば、必ずや成功を手にするだろう“ それから時を経て、39回目の中継を終えた夕刻、3時間の特集番組が放送された。 その日のうちにここまでの振り返り報道をしていただけるスポーツイベントは他に例を見ない。学生スポーツとしては破格の扱いであろう。 その番組の終了間際に、映画のエンドロールのように出場校(関東学生連合チームを含む)の箱根駅伝エントリー選手の名前がゆっくりと画面の下から上へと映し出された。エンドロールには製作に関わった関係者や協力者が余すことなく掲示される。スタッフロールとも呼ばれている。 今回の場合はスタッフロールと呼ぶほうがふさわしいかもしれない。箱根路を駆け抜けることができた選手210人はその足跡が刻まれる。残念ながらタスキを肩にかけて走ることがかなわなかった126人が各チームの代表として同列に記されていることに、“箱根駅伝とは”という問いに対する答えを示していただいたようで心に染みた。 “テレビが箱根駅伝を変えてはならない”との思いを引き継ぎ、”箱根駅伝とは“をテレビに伝えていただいたことに感謝したい。 <追記> 毎年放送終了後に坂田氏、田中氏など初回放送スタッフを交えた交流会を行っているという。なぜなら初心を継承し、未来につなげるためとのお話もうかがった。強くあり続けようとする大学チームと同じであろう。 初中継以来、1月3日の中継終了時には製作スタッフのエンドロールが放送されている。良質の映画を見終えた後はしばらく席を立てずエンドロールに見入ってしまう。箱根駅伝中継もまた然りだ。 *1原島由美子(2007)『「箱根駅伝」不可能に挑んだ男たち』 フリュー
上田誠仁 Ueda Masahito/1959年生まれ、香川県出身。山梨学院大学スポーツ科学部スポーツ科学科教授。順天堂大学時代に3年連続で箱根駅伝の5区を担い、2年時と3年時に区間賞を獲得。2度の総合優勝に貢献した。卒業後は地元・香川県内の中学・高校教諭を歴任。中学教諭時代の1983年には日本選手権5000mで2位と好成績を収めている。85年に山梨学院大学の陸上競技部監督へ就任し、92年には創部7年、出場6回目にして箱根駅伝総合優勝を達成。以降、出雲駅伝5連覇、箱根総合優勝3回など輝かしい実績を誇るほか、中村祐二や尾方剛、大崎悟史、井上大仁など、のちにマラソンで世界へ羽ばたく選手を多数育成している。2022年4月より山梨学院大学陸上競技部顧問に就任。

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