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2020.10.11

クローズアップ/「強く、美しく」臙脂をまとい走り抜けた400mH小山佳奈の4年間
クローズアップ/「強く、美しく」臙脂をまとい走り抜けた400mH小山佳奈の4年間


 5月に開催される予定だった関東インカレだが、新型コロナウイルスの影響により10月から11月にかけて分散開催となった。10月9日からの3日間、相模原ギオンスタジアムで行われた大会では、小山佳奈(早大4年)が400mハードルで史上初の4連覇を達成。4×400mリレーも制して2冠を果たした。早大を牽引してきたハードラーは、大学で競技を終えると決めている。

史上初の4連覇達成

 台風の影響で前の日に降り続いた冷たい雨が嘘のように暖かさを感じた。少しの晴れ間ものぞく。相模原ギオンスタジアム特有の強い風が吹いた。

 午前11時にスタートした女子400mハードル。強い向かい風のバックストレートで各選手が苦戦するなか、グイグイと力強く加速する選手がいる。3連覇中の小山佳奈(早大)だ。ダイナミックな走りはスタイル抜群の169cmの身体をより大きく見せる。

「本当はタイムを狙おうと思ったのですが、風もあったので勝負を優先しました」

 1台目こそ「うまく入れた」と言うが、風に煽られて歩数もバラバラ。それでも「対応できた」という小山は、中盤で「行ける」と確信。あとは追い風に乗っていけばいいだけだった。

 59秒18はこれまで勝った3度の関東インカレで最も遅いタイム。しかし、このコンディションに限ってそれは関係ない。2位以下に1秒以上の差をつける完勝。「日本選手権から1週間ほどで関東インカレに出たのも4連覇のため。素直に達成できてうれしいです」。4連覇はこの種目史上初のことだった。

「1年目から去年まで、連覇とかはほとんど考えていなかったです。去年も400mを勝った勢いで良い流れで迎えられたので。でも、今年は4連覇のプレッシャーも少しありました。このようなコロナ禍の中で開催していいただけてありがたいです」

 前週の日本選手権決勝では、57秒44で5位。わずか0.01秒だが自己ベストを更新した。フィニッシュ後、手で顔を覆っていたことについて問われると「泣いていたのかと思われているようなのですが、早稲田のみんなが5位から4人並んだんだっていうのを見て笑っていたんです」と小山。

 1学年下の関本萌香(3年)、そして今年加入した津川瑠衣、川村優佳と4人が決勝に進出していた中で、最先着で先輩としての強さを見せた。

「今年で競技を引退します」。4連覇を飾った小山はきっぱりと言い切った。

関東ICで4連覇。ともに競ってきた同学年の比嘉和希(山梨学大)、吉田佳純(駿河台大)、川島卯未(中大)と健闘を称え合った

コロナ禍にも揺るぎない夢を追って

 中学まで短距離の選手で、全中にも200mに出場している。神奈川・川崎橘高の1年の秋から400mハードルに出場。最初のレースは64秒53だった。

 恩師・原恵美子先生(現・法政二高)の元で力をつけ、翌年はインターハイで6位、国体7位、日本ユース2位と躍進。さらに翌年は日本選手権で当時高校歴代4位となる58秒03をマークして決勝に進んでいる。

 だが、インターハイ2位、国体2位と、なかなかタイトルにはたどり着けなかった。

「本当は高校で競技を辞めるつもりでした」

 航空会社の整備クルーをしている父の影響で、幼い頃から飛行機が身近にあった小山は、小学生の時からCA(キャビンアテンダント)になるのが夢だった。その準備のため、競技には高校で区切りをつける。そう決めていた。

「礒(繁雄)監督にもう少しがんばらないか、と声を掛けていただいて続けることにしました」

 大学1年目。あと一歩でタイトルに届かなかった小山の快進撃が始まる。関東インカレで1年生優勝を果たすと、日本学生個人選手権も優勝。2年目は関東インカレ連覇、日本インカレも初優勝を飾った。ハイライトは昨年の関東インカレ。400mで優勝を果たすと、400mハードルでは58秒07の自己新で3連覇。さらに後輩の関本、村上夏美と表彰台を独占し、4×400mリレーと3冠を達成した。

 4連覇の道のりは簡単ではなかった。ケガも少なくなく、2年時は大会2週間前に肉離れ。貧血にも悩まされ、今も完治はしていない。

 だが、「いつかスランプが来るだろうと思っていて、それをどう乗り切るかという準備をしていました。一つひとつ課題を持ってやっていた」ことで、それらを乗り越えた。

 いつもポジティブな言葉を並べる小山でも、4年目はさすがにまいった。ちょうど4年生の時に東京五輪がある。そこに挑戦して、卒業後はCAになりたいと。だが、新型コロナウイルスの影響で東京五輪は延期。ラストシーズンの試合はことごとく中止になった。それでも「競技を続けることは考えませんでした」。それは、大きな夢があったからだ。

 しかし、コロナ禍はそれさえも奪う。航空会社の採用試験がことごとくなくなり、進んでいた選考も途中で途切れた。

「正直、すごく落ち込みましたし、競技に対するモチベーションも下がりました。何を頑張ればいいんだろうって」

 しかも、6月下旬にギックリ腰になり十分な練習が積めない中で、後輩たちが一気に好記録を連発する。関本が7月に56秒96をマーク。ルーキーたちも勢いを増してきた。「後輩たちがいるのに、最上級生の自分がグダグダしていたらダメだ」。指導陣やOB・OGがいつも声をかけてくれた。恩師の原先生からも何度も連絡があり、支えてもらった。「最後は神奈川で勝てたのもうれしいです。補助員の先生方も知っている方々ばかりなので」と笑顔を見せる。

 日本選手権の0.01秒の自己記録と、地元・神奈川で果たした関東インカレ4連覇は、支えてくれた人たちへの「恩返し」だった。

後輩たちへ受け継がれる想い

 小山の存在は後輩たちに多大な影響を与えてきた。

 村上はケガや貧血で苦しんだり、本職で結果が出ず悩んだりした時期も、小山がすぐに気づいて「いつも声をかけてくれました」と言う。練習でも試合でも、「入学してから3年間、ずっと引っ張ってくれました」と感謝する。

 関本も「佳奈さんに引っ張られて早大の女子が強くなったと思います」と言う。仲間であり、ライバル。高2でインターハイを制している関本は、全国合宿などでも同部屋として交流があった。「その時から強さも人柄も変わらない」。小山の存在が早大を選んだ理由の一つでもある。

「不安な時はいつでも『いけるよ!』と声をかけてくれて、佳奈さんがいると、どうしてか勝てそうな気がしてくるんです。練習でも試合でも、心身ともに強くて。一緒に走る時も、ライバルだけどどこか安心できる。いなくなっちゃうのが寂しくて……。本当はもっと一緒に陸上をしたかったです」(関本)

 小山に「あこがれて早稲田を選びました」とは津川。「強く、美しい。いつも温かくみんなのことを支えてくださる“お母さん”のような存在です。いつも周囲の方への感謝を口にされていて、だから4年間、誰からも応援される選手なんだろうなって思います」と、期待のルーキーははにかんだ。

 そういえば、原先生は卒業していく教え子たちへの思いをこんなふうに言っていたことがある。「謙虚で、誰からも応援される選手であってほしい」。小山は、それをまっすぐに貫いた。

 400mハードル優勝から数時間。4×400mリレーを連覇して有終の美を飾った。

4×400mRも連覇。左から津川、村上、小山、関本
「村上、関本が下の世代を引っ張ってくれると思います。後輩たちも、それに甘え過ぎず、自分の意見を持って競技に取り組んでもらいたいです」

 一人っ子だという小山は「妹が欲しかったんです」と笑う。自分が南野智美や兒玉彩希ら先輩たちに面倒を見てもらってきたように、「妹たちみたい」と言う後輩たちを励ましてきた。

「私はそんなに強い選手にはなれませんでしたが、後輩たちが『小山さんのような存在になりたい』と言ってくれます。だから、後輩たちも、(さらにその下の後輩に)そんなふうに思ってもらえるような存在になってくれたらうれしいです」

 残すは日本選手権リレーと、2度自己記録を出している相性の良い木南記念を残すのみ。CAの道を絶たれた小山は、大手食品メーカーの営業職に就く。「競技をする上で大事にしてきた、大きな目標と小さな目標を立てて取り組むという姿勢を、社会人になっても大切にしていきます」。

 日本選手権で勝つことも、日の丸を背負うこともなく、五輪には挑戦することさえも果たせなかった。4年目はコロナ禍に翻弄された。だが、臙脂をまとって駆け抜けた4年間は大きな財産となる。

 秋の相模原に吹いた暖かい風は、小山のこれからの人生を強く後押ししているようだった。

小山の思いは後輩たちにしっかりとつながれたはずだ

■小山佳奈の関東インカレ成績
1年時
400m2位 54秒82
400mH1位 59秒16
4×400mR7位 3分48秒53(4走)
2年時
400m4位 54秒77
400mH1位 58秒53
4×400mR4位 3分41秒94(4走)
3年時
400m1位 54秒57
400mH1位 58秒07
4×400mR1位 3分40秒34(4走)
4年時
400mH1位 59秒18
4×400mR1位 3分43秒47(2走)

文/向永拓史

 5月に開催される予定だった関東インカレだが、新型コロナウイルスの影響により10月から11月にかけて分散開催となった。10月9日からの3日間、相模原ギオンスタジアムで行われた大会では、小山佳奈(早大4年)が400mハードルで史上初の4連覇を達成。4×400mリレーも制して2冠を果たした。早大を牽引してきたハードラーは、大学で競技を終えると決めている。

史上初の4連覇達成

 台風の影響で前の日に降り続いた冷たい雨が嘘のように暖かさを感じた。少しの晴れ間ものぞく。相模原ギオンスタジアム特有の強い風が吹いた。  午前11時にスタートした女子400mハードル。強い向かい風のバックストレートで各選手が苦戦するなか、グイグイと力強く加速する選手がいる。3連覇中の小山佳奈(早大)だ。ダイナミックな走りはスタイル抜群の169cmの身体をより大きく見せる。 「本当はタイムを狙おうと思ったのですが、風もあったので勝負を優先しました」  1台目こそ「うまく入れた」と言うが、風に煽られて歩数もバラバラ。それでも「対応できた」という小山は、中盤で「行ける」と確信。あとは追い風に乗っていけばいいだけだった。  59秒18はこれまで勝った3度の関東インカレで最も遅いタイム。しかし、このコンディションに限ってそれは関係ない。2位以下に1秒以上の差をつける完勝。「日本選手権から1週間ほどで関東インカレに出たのも4連覇のため。素直に達成できてうれしいです」。4連覇はこの種目史上初のことだった。 「1年目から去年まで、連覇とかはほとんど考えていなかったです。去年も400mを勝った勢いで良い流れで迎えられたので。でも、今年は4連覇のプレッシャーも少しありました。このようなコロナ禍の中で開催していいただけてありがたいです」  前週の日本選手権決勝では、57秒44で5位。わずか0.01秒だが自己ベストを更新した。フィニッシュ後、手で顔を覆っていたことについて問われると「泣いていたのかと思われているようなのですが、早稲田のみんなが5位から4人並んだんだっていうのを見て笑っていたんです」と小山。  1学年下の関本萌香(3年)、そして今年加入した津川瑠衣、川村優佳と4人が決勝に進出していた中で、最先着で先輩としての強さを見せた。 「今年で競技を引退します」。4連覇を飾った小山はきっぱりと言い切った。 関東ICで4連覇。ともに競ってきた同学年の比嘉和希(山梨学大)、吉田佳純(駿河台大)、川島卯未(中大)と健闘を称え合った

コロナ禍にも揺るぎない夢を追って

 中学まで短距離の選手で、全中にも200mに出場している。神奈川・川崎橘高の1年の秋から400mハードルに出場。最初のレースは64秒53だった。  恩師・原恵美子先生(現・法政二高)の元で力をつけ、翌年はインターハイで6位、国体7位、日本ユース2位と躍進。さらに翌年は日本選手権で当時高校歴代4位となる58秒03をマークして決勝に進んでいる。  だが、インターハイ2位、国体2位と、なかなかタイトルにはたどり着けなかった。 「本当は高校で競技を辞めるつもりでした」  航空会社の整備クルーをしている父の影響で、幼い頃から飛行機が身近にあった小山は、小学生の時からCA(キャビンアテンダント)になるのが夢だった。その準備のため、競技には高校で区切りをつける。そう決めていた。 「礒(繁雄)監督にもう少しがんばらないか、と声を掛けていただいて続けることにしました」  大学1年目。あと一歩でタイトルに届かなかった小山の快進撃が始まる。関東インカレで1年生優勝を果たすと、日本学生個人選手権も優勝。2年目は関東インカレ連覇、日本インカレも初優勝を飾った。ハイライトは昨年の関東インカレ。400mで優勝を果たすと、400mハードルでは58秒07の自己新で3連覇。さらに後輩の関本、村上夏美と表彰台を独占し、4×400mリレーと3冠を達成した。  4連覇の道のりは簡単ではなかった。ケガも少なくなく、2年時は大会2週間前に肉離れ。貧血にも悩まされ、今も完治はしていない。  だが、「いつかスランプが来るだろうと思っていて、それをどう乗り切るかという準備をしていました。一つひとつ課題を持ってやっていた」ことで、それらを乗り越えた。  いつもポジティブな言葉を並べる小山でも、4年目はさすがにまいった。ちょうど4年生の時に東京五輪がある。そこに挑戦して、卒業後はCAになりたいと。だが、新型コロナウイルスの影響で東京五輪は延期。ラストシーズンの試合はことごとく中止になった。それでも「競技を続けることは考えませんでした」。それは、大きな夢があったからだ。  しかし、コロナ禍はそれさえも奪う。航空会社の採用試験がことごとくなくなり、進んでいた選考も途中で途切れた。 「正直、すごく落ち込みましたし、競技に対するモチベーションも下がりました。何を頑張ればいいんだろうって」  しかも、6月下旬にギックリ腰になり十分な練習が積めない中で、後輩たちが一気に好記録を連発する。関本が7月に56秒96をマーク。ルーキーたちも勢いを増してきた。「後輩たちがいるのに、最上級生の自分がグダグダしていたらダメだ」。指導陣やOB・OGがいつも声をかけてくれた。恩師の原先生からも何度も連絡があり、支えてもらった。「最後は神奈川で勝てたのもうれしいです。補助員の先生方も知っている方々ばかりなので」と笑顔を見せる。  日本選手権の0.01秒の自己記録と、地元・神奈川で果たした関東インカレ4連覇は、支えてくれた人たちへの「恩返し」だった。

後輩たちへ受け継がれる想い

 小山の存在は後輩たちに多大な影響を与えてきた。  村上はケガや貧血で苦しんだり、本職で結果が出ず悩んだりした時期も、小山がすぐに気づいて「いつも声をかけてくれました」と言う。練習でも試合でも、「入学してから3年間、ずっと引っ張ってくれました」と感謝する。  関本も「佳奈さんに引っ張られて早大の女子が強くなったと思います」と言う。仲間であり、ライバル。高2でインターハイを制している関本は、全国合宿などでも同部屋として交流があった。「その時から強さも人柄も変わらない」。小山の存在が早大を選んだ理由の一つでもある。 「不安な時はいつでも『いけるよ!』と声をかけてくれて、佳奈さんがいると、どうしてか勝てそうな気がしてくるんです。練習でも試合でも、心身ともに強くて。一緒に走る時も、ライバルだけどどこか安心できる。いなくなっちゃうのが寂しくて……。本当はもっと一緒に陸上をしたかったです」(関本)  小山に「あこがれて早稲田を選びました」とは津川。「強く、美しい。いつも温かくみんなのことを支えてくださる“お母さん”のような存在です。いつも周囲の方への感謝を口にされていて、だから4年間、誰からも応援される選手なんだろうなって思います」と、期待のルーキーははにかんだ。  そういえば、原先生は卒業していく教え子たちへの思いをこんなふうに言っていたことがある。「謙虚で、誰からも応援される選手であってほしい」。小山は、それをまっすぐに貫いた。  400mハードル優勝から数時間。4×400mリレーを連覇して有終の美を飾った。 4×400mRも連覇。左から津川、村上、小山、関本 「村上、関本が下の世代を引っ張ってくれると思います。後輩たちも、それに甘え過ぎず、自分の意見を持って競技に取り組んでもらいたいです」  一人っ子だという小山は「妹が欲しかったんです」と笑う。自分が南野智美や兒玉彩希ら先輩たちに面倒を見てもらってきたように、「妹たちみたい」と言う後輩たちを励ましてきた。 「私はそんなに強い選手にはなれませんでしたが、後輩たちが『小山さんのような存在になりたい』と言ってくれます。だから、後輩たちも、(さらにその下の後輩に)そんなふうに思ってもらえるような存在になってくれたらうれしいです」  残すは日本選手権リレーと、2度自己記録を出している相性の良い木南記念を残すのみ。CAの道を絶たれた小山は、大手食品メーカーの営業職に就く。「競技をする上で大事にしてきた、大きな目標と小さな目標を立てて取り組むという姿勢を、社会人になっても大切にしていきます」。  日本選手権で勝つことも、日の丸を背負うこともなく、五輪には挑戦することさえも果たせなかった。4年目はコロナ禍に翻弄された。だが、臙脂をまとって駆け抜けた4年間は大きな財産となる。  秋の相模原に吹いた暖かい風は、小山のこれからの人生を強く後押ししているようだった。 小山の思いは後輩たちにしっかりとつながれたはずだ ■小山佳奈の関東インカレ成績 1年時 400m2位 54秒82 400mH1位 59秒16 4×400mR7位 3分48秒53(4走) 2年時 400m4位 54秒77 400mH1位 58秒53 4×400mR4位 3分41秒94(4走) 3年時 400m1位 54秒57 400mH1位 58秒07 4×400mR1位 3分40秒34(4走) 4年時 400mH1位 59秒18 4×400mR1位 3分43秒47(2走) 文/向永拓史

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