HOME 国内、特集、世界陸上、日本代表
【竹澤健介の視点】「余裕」が生んだ田中希実の5000m8位入賞の快挙 欧州勢躍進の男子は腰を据えたスピード強化の継続が必要/世界陸上
【竹澤健介の視点】「余裕」が生んだ田中希実の5000m8位入賞の快挙 欧州勢躍進の男子は腰を据えたスピード強化の継続が必要/世界陸上

23年ブダペスト世界陸上女子5000m。田中希実(New Balance)が8位に入賞した

ハンガリー・ブダペストで開催された第19回世界選手権(8月19日~27日)で、田中希実(New Balance)が女子5000mで8位入賞の快挙を成し遂げた。同種目の男女世界トップについての総評を含め、2008年北京五輪5000m、10000m代表の竹澤健介さん(摂南大ヘッドコーチ)に、振り返ってもらった。

◇ ◇ ◇

田中希実選手の5000m8位入賞は、本当に素晴らしい。同種目では1997年アテネ大会の弘山晴美さん以来の快挙。当時よりもアフリカ勢を中心に、競技人口が増えていることを考えると、その価値は非常に高いと言えます。これで世界は「Tanaka Nozomi」という選手を認知し、意識することになるでしょう。

リズムも、ピッチも、ストライドも、すべてにおいて世界基準でした。国内では常に世界を意識してレースを組み立てていて、人に頼ることなく、自分自身で全体をコントロールしていました。タイムは出づらいのですが、その積み重ねが今回の結果につながったのだと思います。

快挙へのポイントは「余裕度」ではないかと考えます。

まずは、やはり予選の日本新(14分37秒98)で大きな自信を得たのではないでしょうか。決勝の走る姿からもそれが感じられ、ペースの上げ下げがある中でも常に余裕が感じられました。

加えて、ラスト1周で順位を取れるという手応えを持っていたことも、レース中の余裕を生んでいたでしょう。これは、前述した今季の取り組みから生まれているものです。

今季は、どんな展開のレースでもラスト1周を60秒で回ることを目指し、そのためのトレーニングを継続していました。そして、それを見事に発揮して、決勝は61秒12でカバーしています。ハイペースにならなかったことも彼女にとって味方しましたが、とはいえラスト1周が62秒かかっていたら入賞はできていません。

今季は、なかなかタイムが出ない中で葛藤はあったと思います。自分に厳しく、根を詰めて考えるタイプでもありますが、いい意味で予選で吹っ切れたのではないかと感じています。

ハイペースで記録を狙うレースがあれば、今は14分20秒台が出てもおかしくないでしょう。国内では、そのレベルで引っ張り切れる選手がいないため、海外レースでしか実現できないかもしれません。海外でいろいろなチャレンジをしていることから、むしろ海外のリズムのほうが合うのではないでしょうか。

今後の田中選手のお手本となるのは、やはり優勝を争った選手たちでしょう。金メダルのフェイス・キピエゴン選手(ケニア)、銀メダルのシファン・ハッサン選手(オランダ)、銅メダルのベアトリス・チェベト選手(ケニア)はいずれもラスト1周を56秒台でカバーしています。

そしてキピエゴン選手は、自分が絶対に勝てるというタイミングをわかっていて、ラスト400mを切って動き出しました。こういった走りは参考になるはずです。

男子5000mは、ヤコブ・インゲブリグトセン選手(ノルウェー)が2連覇を飾り、2位にはモハメド・カティル選手(スペイン)が銀メダルと、欧州勢が上位を占めました。日本男子にとっては、ここに世界と戦うためのヒントがあると感じます。

欧州では1マイルや1500mが盛んで、そこで「スピード」と「勝負」が磨かれています。スローペースになった決勝や、着順通過のみとなった予選は、そういった点で欧州勢に有利に働いたのではないでしょうか。

それならば、日本もそういったアプローチが必要なのではないかと思います。1500mや3000mのスピードを持って、5000mに挑む。それも、やはり年単位で腰を据えて強化をすべきでしょう。

日本の遠藤日向選手(住友電工)、塩尻和也選手(富士通)ともに、自身の力は出し切ったと思います。そのうえで予選が壁になったのは、根本的な力が届いていないということなのでしょう。

今回のレース全体で感じたのが、1000mで2分30秒を切る力を、1000m、2000mと出せないといけなということです。1000m1本なら2分30秒を切れるのかもしれませんが、それを続けて出す力がないと、今の世界の5000mでは通用しないと感じました。

では、どうすればそういった力をつけられるのか。そこに近道はありません。じっくりと走り込むことと、スピード能力を高めること、そしてそれを高いレベルで両立させていくこと。この取り組みをケガなく、継続して実施することではじめて身につくものだと考えます。

インゲブリグトセン選手はここ数年、常に高い水準でパフォーマンスを維持しています。これは良いトレーニングを継続できているからに他なりません。世界に追いつくための一歩目はそこにあるのではないでしょうか。

ハンガリー・ブダペストで開催された第19回世界選手権(8月19日~27日)で、田中希実(New Balance)が女子5000mで8位入賞の快挙を成し遂げた。同種目の男女世界トップについての総評を含め、2008年北京五輪5000m、10000m代表の竹澤健介さん(摂南大ヘッドコーチ)に、振り返ってもらった。 ◇ ◇ ◇ 田中希実選手の5000m8位入賞は、本当に素晴らしい。同種目では1997年アテネ大会の弘山晴美さん以来の快挙。当時よりもアフリカ勢を中心に、競技人口が増えていることを考えると、その価値は非常に高いと言えます。これで世界は「Tanaka Nozomi」という選手を認知し、意識することになるでしょう。 リズムも、ピッチも、ストライドも、すべてにおいて世界基準でした。国内では常に世界を意識してレースを組み立てていて、人に頼ることなく、自分自身で全体をコントロールしていました。タイムは出づらいのですが、その積み重ねが今回の結果につながったのだと思います。 快挙へのポイントは「余裕度」ではないかと考えます。 まずは、やはり予選の日本新(14分37秒98)で大きな自信を得たのではないでしょうか。決勝の走る姿からもそれが感じられ、ペースの上げ下げがある中でも常に余裕が感じられました。 加えて、ラスト1周で順位を取れるという手応えを持っていたことも、レース中の余裕を生んでいたでしょう。これは、前述した今季の取り組みから生まれているものです。 今季は、どんな展開のレースでもラスト1周を60秒で回ることを目指し、そのためのトレーニングを継続していました。そして、それを見事に発揮して、決勝は61秒12でカバーしています。ハイペースにならなかったことも彼女にとって味方しましたが、とはいえラスト1周が62秒かかっていたら入賞はできていません。 今季は、なかなかタイムが出ない中で葛藤はあったと思います。自分に厳しく、根を詰めて考えるタイプでもありますが、いい意味で予選で吹っ切れたのではないかと感じています。 ハイペースで記録を狙うレースがあれば、今は14分20秒台が出てもおかしくないでしょう。国内では、そのレベルで引っ張り切れる選手がいないため、海外レースでしか実現できないかもしれません。海外でいろいろなチャレンジをしていることから、むしろ海外のリズムのほうが合うのではないでしょうか。 今後の田中選手のお手本となるのは、やはり優勝を争った選手たちでしょう。金メダルのフェイス・キピエゴン選手(ケニア)、銀メダルのシファン・ハッサン選手(オランダ)、銅メダルのベアトリス・チェベト選手(ケニア)はいずれもラスト1周を56秒台でカバーしています。 そしてキピエゴン選手は、自分が絶対に勝てるというタイミングをわかっていて、ラスト400mを切って動き出しました。こういった走りは参考になるはずです。 男子5000mは、ヤコブ・インゲブリグトセン選手(ノルウェー)が2連覇を飾り、2位にはモハメド・カティル選手(スペイン)が銀メダルと、欧州勢が上位を占めました。日本男子にとっては、ここに世界と戦うためのヒントがあると感じます。 欧州では1マイルや1500mが盛んで、そこで「スピード」と「勝負」が磨かれています。スローペースになった決勝や、着順通過のみとなった予選は、そういった点で欧州勢に有利に働いたのではないでしょうか。 それならば、日本もそういったアプローチが必要なのではないかと思います。1500mや3000mのスピードを持って、5000mに挑む。それも、やはり年単位で腰を据えて強化をすべきでしょう。 日本の遠藤日向選手(住友電工)、塩尻和也選手(富士通)ともに、自身の力は出し切ったと思います。そのうえで予選が壁になったのは、根本的な力が届いていないということなのでしょう。 今回のレース全体で感じたのが、1000mで2分30秒を切る力を、1000m、2000mと出せないといけなということです。1000m1本なら2分30秒を切れるのかもしれませんが、それを続けて出す力がないと、今の世界の5000mでは通用しないと感じました。 では、どうすればそういった力をつけられるのか。そこに近道はありません。じっくりと走り込むことと、スピード能力を高めること、そしてそれを高いレベルで両立させていくこと。この取り組みをケガなく、継続して実施することではじめて身につくものだと考えます。 インゲブリグトセン選手はここ数年、常に高い水準でパフォーマンスを維持しています。これは良いトレーニングを継続できているからに他なりません。世界に追いつくための一歩目はそこにあるのではないでしょうか。

次ページ:

       

RECOMMENDED おすすめの記事

    

Ranking 人気記事ランキング 人気記事ランキング

Latest articles 最新の記事

2024.11.21

早大競走部駅伝部門が麹を活用した食品・飲料を手がける「MURO」とスポンサー契約締結

11月21日、株式会社コラゾンは同社が展開する麹専門ブランド「MURO」を通じて、早大競走部駅伝部とスポンサー契約を結んだことを発表した。 コラゾン社は「MURO」の商品である「KOJI DRINK A」および「KOJI […]

NEWS 立迫志穂が調整不良のため欠場/防府読売マラソン

2024.11.21

立迫志穂が調整不良のため欠場/防府読売マラソン

第55回防府読売マラソン大会事務局は、女子招待選手の立迫志穂(天満屋)が欠場すると発表した。調整不良のためとしている。 立迫は今年2月の全日本実業団ハーフマラソンで1時間11分16秒の11位。7月には5000m(15分3 […]

NEWS M&Aベストパートナーズに中大・山平怜生、城西大・栗原直央、國學院大・板垣俊佑が内定!神野「チーム一丸」

2024.11.20

M&Aベストパートナーズに中大・山平怜生、城西大・栗原直央、國學院大・板垣俊佑が内定!神野「チーム一丸」

神野大地が選手兼監督を務めるM&Aベストパートナーズが来春入社選手として、中大・山平怜生、國學院大・板垣俊佑、城西大・栗原直央の3人が内定した。神野が自身のSNSで内定式の様子を伝えている。 山平は宮城・仙台育英 […]

NEWS 第101回(2025年)箱根駅伝 出場チーム選手名鑑

2024.11.20

第101回(2025年)箱根駅伝 出場チーム選手名鑑

・候補選手は各チームが選出 ・情報は11月20日時点、チーム提供および編集部把握の公認記録を掲載 ・選手名の一部漢字で対応外のものは新字で掲載しています ・過去箱根駅伝成績で関東学生連合での出場選手は相当順位を掲載 ・一 […]

NEWS 八王子ロングディスタンスのスタートリスト発表!! 1万m26分台狙うS組は鈴⽊芽吹、遠藤⽇向、羽生拓矢、篠原倖太朗らが出場!

2024.11.20

八王子ロングディスタンスのスタートリスト発表!! 1万m26分台狙うS組は鈴⽊芽吹、遠藤⽇向、羽生拓矢、篠原倖太朗らが出場!

東日本実業団連盟は11月20日、2024八王子ロングディスタンス(11月23日)のスタートリストを発表した。 来年の世界選手権男子10000mの参加標準記録(27分00秒00)の突破を狙う『S組』では、日本の実業団に所属 […]

SNS

Latest Issue 最新号 最新号

2024年12月号 (11月14日発売)

2024年12月号 (11月14日発売)

全日本大学駅伝
第101回箱根駅伝予選会
高校駅伝都道府県大会ハイライト
全日本35㎞競歩高畠大会
佐賀国民スポーツ大会

page top