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2023.06.27

【レジェンドのアオハル】100m江里口匡史「ずっと練習が嫌いで、筋トレも苦手でした」

中学、高校で頑張る選手たちへ

――全国で優勝した後は、五輪出場という目標も出てきたりしましたか?
いえ、五輪まではイメージしていなかったです。それよりはずっと実家でしか過ごしたことがなかったので、「熊本を出ること」が大きな選択でした。それでも関東の大学で陸上を続けるなら、とことんやって日本代表を目指したいと思いながら卒業したことは覚えています。

高3だった2006年はインターハイこそケガで実力を発揮できなかったが、秋の兵庫国体100mで日本一へと駆け上がった

――ご自身の中学、高校時代と今の中高生に違いを感じますか?
私の時代の情報源は主に雑誌でしたが、今はトップ選手や海外の情報がインターネットを通じてすぐに手元に届くという環境が全く違います。ですから中学生でも専門性の高い練習をできている子が多いと思います。たくさんの選択肢があって大変な面はありますが、中学生や高校生の時期は絶対に正解を選ばなければいけないということはありません。いろいろと試して、自分に合わないと感じたらまた次の取り組みにチャレンジすればいいわけです。走りのフォームなども手軽に録画や確認ができるので、練習環境が恵まれた今の中高生がうらやましくもあります。

――最後に今の中学生や高校生にメッセージをお願いします。
私自身の経験から伝えたいのは、陸上をやるなら本気で楽しんでほしいということです。しんどい練習や結果が出ずにネガティブな気持ちになることもありますが、そういうことをすべてひっくるめて楽しんでください。そういう中で競技レベルが向上したら、大きい試合に出て、各地に友達ができ、自分の世界がどんどん広がっていきます。今のチームメイトと過ごせる期間は限られています。私も当時の友達と会うと、中学や高校の頃 の話題になって盛り上がります。良い思い出として残っているのは、結果が良かったとか悪かったというより、みんなで本気になって取り組んだからです。みなさんもあとで楽しかったと思えるように、中学や高校というこの時期を大切な時間として過ごしてほしいと思います。

「仲間と本気で取り組んでほしい」と話す江里口匡史さん(写真提供:大阪ガス)

えりぐち・まさし/1988年12月17日生まれ。熊本県出身。菊池南中→鹿本高→早大→大阪ガス。中3の通信大会では県3位で九州大会にも出場できなかった。鹿本高2年時に初の全国となった千葉インターハイ100mで7位入賞。翌年の兵庫国体少年A100mに10秒37で優勝を飾った。早大進学後はさらに躍進し、日本インカレ4連覇。日本選手権でも09年から4年連続で制している。12年ロンドン五輪に出場。23年1月から大阪ガスの短距離コーチを務めている。

構成/小野哲史

オリンピックや世界陸上に出場し、華々しい活躍をしてきた陸上界のレジェンドたち。誰もがあこがれたスターたちも、最初からスターだったわけではなく、初々しい中学生、高校生時代があったのです。 そんな陸上界のレジェンドたちに、自身の青春時代を語ってもらう「レジェンドのアオハル」。栄光だけでなく、挫折を経験し、悩みを乗り越えて頂点を極めた先人たちに、中高生のみなさんへのアドバイスもしていただきます。 第2回は男子100mで活躍し、ロンドン五輪4×100mリレーでは4位入賞を果たしたほか、アジア選手権2位、ユニバーシアード3位の実績を持つ江里口匡史さんに中高生時代を語っていただきました。

末續慎吾さんの銅メダル獲得に触発

――中学時代はどのように陸上に取り組んでいましたか? かけっこで脚は速い方で、走ることも好きでしたが、もっと速くなりたいというよりは仲の良い友達と楽しくやれればいいという感じでした。菊池南中は強豪校ではなかったので、平日の練習時間は放課後に1時間半くらい。試合のない土日は、日曜日は基本的に休みで、土曜日も午前中に2時間ほど練習したら、お昼頃まではみんなでボールを使って遊んでから帰宅することが多かったです。 ――中学時代に具体的な目標はありましたか? 2年生ぐらいまでは正直なくて、もちろん、速くなれば嬉しかったですが、全中の存在自体をよく知らなかったくらいです。3年生でタイムが伸び始めて県大会で初めて決勝に残ったあたりで、初めて陸上の雑誌を読むようになり、こんな試合があるとか、日本のトップにはこういう選手がいるのかと知りました。2003年夏のパリ世界選手権で同じ熊本県出身の末續慎吾さんが大活躍(200mで銅メダル獲得)されているのをテレビで見て、もっと速くなりたいと陸上熱が高まりましたが、その頃は中学の主要大会がすでに終わっている時期でした。 ――中学3年間はやり切ったという思いで終われましたか? 最後の県大会で優勝できましたし、自分なりに満足できる3年間でした。 ――鹿本高校に進んだ経緯は? 熊本の田舎の方なので選択肢はそれほど多くなかったですが、陸上にも力を入れていて、かつ勉強もできて、自宅から通える学校ということで進学しました。自転車で1時間弱かけたり、親に送ってもらったりして通学していました。 [caption id="attachment_106256" align="alignnone" width="800"] 中学時代は県大会止まり。高校2年の南九州大会100mで2位(右端)となり、200mと合わせて初の全国出場を決めた[/caption]

高校1年までは練習嫌い

――高校でどんな目標を持ってスタートしましたか? 100mで10秒台を出したかったですし、まずはインターハイに出場したいという目標を持ってスタートしました。高校の練習は量も質も中学の頃よりレベルが高く、まずとにかく先輩についていこうと。ただ、まだ15歳ぐらいで先輩と話すのも緊張しましたから、上下関係や部活動の雰囲気に慣れるというか、最初は少し緊張しながら練習に参加していました。 ――2年生のシーズンに大きく飛躍しました。成長の要因は? ずっと練習が嫌いでした。しんどいですし、走るのも長い距離はきつくて、筋トレも苦手でした。でも、1年生の冬ぐらいから「もっと速くなりたい」と思い始め、しんどいことは変わらないから、みんなと楽しくやりたいなと。その上で、せっかくやるならどう練習したらもっと速くなるかな、こう走ってみたらうまくいくかもしれないなどと、自分で試しながら頭の中を整理しつつ、自分の身体に合わせていきました。練習してきたことがきちんと身体に染みついたのが2年生の春シーズンだった気がします。身長が伸びきったのが1年生の途中で、2年生ぐらいから筋肉がついてきたことも大きかったかもしれません。 ――キツくて嫌だったなと思い浮かぶ練習メニューは? それはもう300mです。中学時代からやっていましたし、大学や社会人になってもやっていた距離で、「今日は300m」と聞くだけで震え上がるというか、1日が憂鬱になるようなメニューでした。1本だけの日もあれば数本走る日もあって、1本だけの方が全力疾走で出し切る分、ゴール付近では走り終わったらみんながぐったりと横たわっている光景が思い出されます。 ――そうした過酷な練習に取り組みながら2年生のインターハイで7位入賞。これをきっかけに意識が高まったりしましたか? 変わりました。私の中であのレースは最初の成功体験だと思っています。大会前のランキングでは準決勝に進められたらいいなというレベルだったので、1本でも多く走れたらいいと臨んだところ決勝進出。試合は何が起るかわからないと感じましたし、ギリギリながら準決勝を通過したのは嬉しく、「これならもっと上にいける」と自分に期待を持つようになりました。インターハイ後の国体でも8位に入賞できました。 [caption id="attachment_106253" align="alignnone" width="800"] 05年千葉インターハイでは100mで7位入賞(右端)。これが「最初の成功体験だった」と振り返る[/caption] ――3年生のシーズンは、高校ランキングトップでインターハイを迎えました。 2年生の冬季は順調に練習を積めて、3年目も春から調子が良く、本当に順調でした。でも、南九州大会後に脚を痛めてしまい、インターハイは準決勝で敗退。優勝を目指していたので、すごく落ち込みましたが、秋の国体で初めて全国優勝ができたことは良かったです。失敗も成功も経験しましたが、いろいろな人たちに支えてもらったからこその結果だと思っています。私は恵まれた人間関係の中でずっと競技ができていたと改めて感じます。 ――高校の顧問の戸上信二郎先生からよく言われた言葉は? 「お前は人の言うことを聞かないな」と、よく叱られました。実際、練習メニューで自分が納得できないと、「これは意味がないのでやりません」と言うような、こだわりが強くて頑固な高校生でした。 ――逆に言えば、自分なりに工夫して取り組んだメニューもあったということですか? はい。当時、私たちの世代のスーパースターは金丸祐三さんだったので、『月刊陸上競技』に載っていた大阪高校の練習をひたすら読み込んで試していました。ただ、自分で練習を考えることは大切ですが、高校生がよく先生に「やりません」などと言っていたなと思います。 ――高校3年間はやり切った感じですか? やり切りました。全国タイトルとしては、インターハイは取れませんでしたが、国体で優勝できましたし、高校入学時に立てた10秒台突入やインターハイ出場という目標を果たせましたから。それによって、もともと高校までと考えていた陸上を大学以降も続けることになります。陸上の世界がとんとん拍子に広がっていった3年間でした。 [caption id="attachment_106252" align="alignnone" width="800"] 05年岡山国体100mでも8位入賞(左)。同レースで優勝した金丸祐三さん(右から2人目)にあこがれ、金丸さんの練習メニューを参考にしたという[/caption]

中学、高校で頑張る選手たちへ

――全国で優勝した後は、五輪出場という目標も出てきたりしましたか? いえ、五輪まではイメージしていなかったです。それよりはずっと実家でしか過ごしたことがなかったので、「熊本を出ること」が大きな選択でした。それでも関東の大学で陸上を続けるなら、とことんやって日本代表を目指したいと思いながら卒業したことは覚えています。 [caption id="attachment_106250" align="alignnone" width="533"] 高3だった2006年はインターハイこそケガで実力を発揮できなかったが、秋の兵庫国体100mで日本一へと駆け上がった[/caption] ――ご自身の中学、高校時代と今の中高生に違いを感じますか? 私の時代の情報源は主に雑誌でしたが、今はトップ選手や海外の情報がインターネットを通じてすぐに手元に届くという環境が全く違います。ですから中学生でも専門性の高い練習をできている子が多いと思います。たくさんの選択肢があって大変な面はありますが、中学生や高校生の時期は絶対に正解を選ばなければいけないということはありません。いろいろと試して、自分に合わないと感じたらまた次の取り組みにチャレンジすればいいわけです。走りのフォームなども手軽に録画や確認ができるので、練習環境が恵まれた今の中高生がうらやましくもあります。 ――最後に今の中学生や高校生にメッセージをお願いします。 私自身の経験から伝えたいのは、陸上をやるなら本気で楽しんでほしいということです。しんどい練習や結果が出ずにネガティブな気持ちになることもありますが、そういうことをすべてひっくるめて楽しんでください。そういう中で競技レベルが向上したら、大きい試合に出て、各地に友達ができ、自分の世界がどんどん広がっていきます。今のチームメイトと過ごせる期間は限られています。私も当時の友達と会うと、中学や高校の頃 の話題になって盛り上がります。良い思い出として残っているのは、結果が良かったとか悪かったというより、みんなで本気になって取り組んだからです。みなさんもあとで楽しかったと思えるように、中学や高校というこの時期を大切な時間として過ごしてほしいと思います。 [caption id="attachment_106260" align="alignnone" width="800"] 「仲間と本気で取り組んでほしい」と話す江里口匡史さん(写真提供:大阪ガス)[/caption]
えりぐち・まさし/1988年12月17日生まれ。熊本県出身。菊池南中→鹿本高→早大→大阪ガス。中3の通信大会では県3位で九州大会にも出場できなかった。鹿本高2年時に初の全国となった千葉インターハイ100mで7位入賞。翌年の兵庫国体少年A100mに10秒37で優勝を飾った。早大進学後はさらに躍進し、日本インカレ4連覇。日本選手権でも09年から4年連続で制している。12年ロンドン五輪に出場。23年1月から大阪ガスの短距離コーチを務めている。
構成/小野哲史

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