2020.09.01
8月29日に、福井県営陸上競技場でAthlete Night Games in FUKUI2020が開催され、男子短距離の桐生祥秀(日本生命)やケンブリッジ飛鳥(Nike)、小池祐貴(住友電工)らトップアスリートが集結した。
新型コロナウイルスの影響により無観客試合が続く陸上界で、トラック&フィールドの競技会としては今季初となる有料で観客を入れての開催。好記録に沸き「福井の奇跡」とまで言われた昨年に続き、今年も関わるすべての人々を魅了する大会となった。
8月29日に行われた福井でのナイターは今年も大盛況だった
できる限りの対策を練って開催
「そんなね、去年みたいなことなんて、毎回起こるわけがないんですよ。期待しないでくださいよ」
福井陸協の専務理事を務める木原靖之先生(敦賀高教諭)は豪快に笑った。
昨年8月17日、福井陸協がクラウドファンディングで資金を募り開催にこぎつけたAthlete Night Games in FUKUI。実施種目を短距離と走幅跳に絞り、資金の多くは選手への強化費として還元した。クラウドファンディングのリターン席は芝生から観戦。音楽を鳴らし、スタジアムDJが会場を盛り上げる。目指したのは「海外のナイターのような競技会をしよう」ということ。まさにピッタリの雰囲気だった。
当日は信じられないような記録が続出。男子走幅跳、男女のスプリントハードルで日本記録が連発した。舞台は福井県営陸上競技場、通称「9.98スタジアム」。100mでは、この場所で歴史を作った桐生祥秀(日本生命)がフィナーレを飾った。地方の小さな陸協が起こした「奇跡」として、陸上界に刻まれた。
今年も開催を目指して準備してきたが、新型コロナウイルスの影響でどうなるか先行きは不透明だった。それでも、7月6日にクラウドファンディングをスタート。座席数を減らし、資金は前年よりも高く設定せざるを得なかった。さらに、好評だったファンとの交流の場ももちろん前年のようにはセッティングできず。しかし、あっとういう間に芝生のリターン席は完売。最終的にはスタンド席も売り切れた。
陸上界は4月以降、時が止まった。6月いっぱいまでは競技会を自粛。オリンピックが来年に延期になっただけでなく、中高生たちの夢舞台であるインターハイ・全中も史上初の中止になった。
7月にようやく競技会が再開。それでも、無観客試合が続き、トップ選手が集う観客を入れた競技会はこのAthlete Night Gamesが今年初めて。当然、不安の声も多かった。だが、木原先生らが東京選手権を視察するなど、感染拡大防止の対策を熟考。吉田敏純・総務委員長らと準備を整え、県政にも掛け合って後押しを得た。
その思いに応えるように、続々とトップ選手たちが出場を決意。最終的にクラウドファンディングの支援金額は640万円を超えた。この大会を、誰もが待ち望んでいた。
感染拡大防止のために、できる限りのことはやった。選手や関係者を正面玄関で誘導するために音声を録音してスピーカーで案内。座席は手作業で間隔を1m空けるようにシートを貼り、コンコースにも消毒液を常備した。ビニール越しに観客全員の検温を実施し、取材もエリアもビニールシートで防護して、マイクを準備。声を出しての応援ができないため、事前に選手の名前を呼んで応援する声を高校生たちに依頼して録音し、選手紹介の際に流した。限られた環境でやれることをやる。福井の人たちは昨年同様、今年もそれを行動で示した。
感染拡大防止策を練って当日を迎えた
今年もやはり“奇跡”が起きた
8月29日。福井は猛暑の予報だった。前日練習時はホームストレート側に強烈な向かい風が吹いていたはずなのに、なぜかこの日は追い風基調に変わった。
スタジアムには朝から多くのファンが訪れた。その数、2700人。ほとんどがリピーターだという。みな、灼熱の太陽に照らされながら笑顔で“その時”を待っていた。
正午過ぎから行われた一般参加の記録会が終わり、走幅跳が始まった。強い追い風が吹く。
「こうなったら、もうこの化け物スタジアムは止まりませんよ」(木原先生)
何かが起こりそうな予感が漂い始める。
昨年、走幅跳は前半3回終了後、トラック種目が始まるため、近くで観ていた観客が少し離れて芝生に戻るというシーンがあった。だが、今年は少し開始時間を早め、最後まで“砂かぶり席”で堪能。追い風参考ながら8mを超える跳躍に、大声援はダメでも思わず感嘆の声が漏れる。
トラック最初の種目。女子100mハードル予選1組。日本記録保持者の寺田明日香(パソナグループ)が、会場の空気に強烈な刺激を与える。日本記録12秒97を上回る12秒92(+2.3)。異様なムードに包まれた。
そこからは、やっぱり止まらなかった。
男女スプリントハードルでは昨年同様に好記録が連発する。男子110mハードルでは福井陸協登録の金井大旺(ミズノ)が日本歴代2位の13秒27(+1.4)で完全復活。昨年、この大会で日本記録13秒25を作った高山峻野(ゼンリン)を抑えた。さらに寺田の独壇場かに思われた女子100mハードル決勝では、好調の青木益未(七十七銀行)が追い風参考ながら“日本史上最速”となる12秒87(+2.1)で優勝し、寺田が12秒93。どちらも史上最高レベルのレースだった。
女子100mに出場した地元出身のスプリンター・島田雪菜(北海道ハイテクAC)は「試合がなかった中で、地元でこうした楽しい大会があって、福井から元気を発信できた」と、自身のパフォーマンスを悔やみつつも故郷の取り組みに誇らしげに胸を張る。
トップアスリートの競演に会場から大きな拍手が送られた
昨年以上に豪華な顔ぶれとなった男子100m。桐生、多田修平(住友電工)に加え、今年は小池祐貴(住友電工)やケンブリッジ飛鳥(Nike)が参戦した。予選、決勝で、桐生とケンブリッジが10秒0台で壮絶な競り合いを見せた。
「無観客が続いていて、個人的にはそれでも大丈夫かな、と思っていました。でも、こうしてたくさんの人に応援してもらえてすごくモチベーションになりました。桐生君のホームなんだろうなって思いましたが」
ケンブリッジはそう言って笑いを誘う。
「3000人近い人が来てくれて、また陸上を観に行きたい、そう思ってもらえるような、元気づけられるような走りがしたいと思って来ました」
桐生はそう言うと、地元記者から「また来たいですか?」と聞かれ「毎年来たいです」と即答。
「そのためには招待してもらえるように、記録を更新していきたいです。クラウドファンディングに協力してくれた方々に還元できるように。こうした雰囲気の試合がもっと各地で広がってほしいです」
賛否両論は確かにあった。だが、木原先生はこう語る。
「協会内でも悩みました。でも、やめるのは簡単ですが、努力をすればなんとか何とかなるというのを中高生に知ってもらいたかった」
風のいたずらもあり、昨年のような日本新連発の「奇跡」は起きなかった。だが、この状況下で、観客を入れ、トップ選手たちがパフォーマンスし、スタジアムに笑顔があふれた。これこそが、福井陸協が起こした本当の「奇跡」なのかもしれない。
文/向永拓史
【関連ページ】
Athlete Night Games in FUKUI2020リザルト
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「あの熱狂をもう一度」福井陸協の情熱が創り出した伝説の夜
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できる限りの対策を練って開催
「そんなね、去年みたいなことなんて、毎回起こるわけがないんですよ。期待しないでくださいよ」 福井陸協の専務理事を務める木原靖之先生(敦賀高教諭)は豪快に笑った。 昨年8月17日、福井陸協がクラウドファンディングで資金を募り開催にこぎつけたAthlete Night Games in FUKUI。実施種目を短距離と走幅跳に絞り、資金の多くは選手への強化費として還元した。クラウドファンディングのリターン席は芝生から観戦。音楽を鳴らし、スタジアムDJが会場を盛り上げる。目指したのは「海外のナイターのような競技会をしよう」ということ。まさにピッタリの雰囲気だった。 当日は信じられないような記録が続出。男子走幅跳、男女のスプリントハードルで日本記録が連発した。舞台は福井県営陸上競技場、通称「9.98スタジアム」。100mでは、この場所で歴史を作った桐生祥秀(日本生命)がフィナーレを飾った。地方の小さな陸協が起こした「奇跡」として、陸上界に刻まれた。 今年も開催を目指して準備してきたが、新型コロナウイルスの影響でどうなるか先行きは不透明だった。それでも、7月6日にクラウドファンディングをスタート。座席数を減らし、資金は前年よりも高く設定せざるを得なかった。さらに、好評だったファンとの交流の場ももちろん前年のようにはセッティングできず。しかし、あっとういう間に芝生のリターン席は完売。最終的にはスタンド席も売り切れた。 陸上界は4月以降、時が止まった。6月いっぱいまでは競技会を自粛。オリンピックが来年に延期になっただけでなく、中高生たちの夢舞台であるインターハイ・全中も史上初の中止になった。 7月にようやく競技会が再開。それでも、無観客試合が続き、トップ選手が集う観客を入れた競技会はこのAthlete Night Gamesが今年初めて。当然、不安の声も多かった。だが、木原先生らが東京選手権を視察するなど、感染拡大防止の対策を熟考。吉田敏純・総務委員長らと準備を整え、県政にも掛け合って後押しを得た。 その思いに応えるように、続々とトップ選手たちが出場を決意。最終的にクラウドファンディングの支援金額は640万円を超えた。この大会を、誰もが待ち望んでいた。 感染拡大防止のために、できる限りのことはやった。選手や関係者を正面玄関で誘導するために音声を録音してスピーカーで案内。座席は手作業で間隔を1m空けるようにシートを貼り、コンコースにも消毒液を常備した。ビニール越しに観客全員の検温を実施し、取材もエリアもビニールシートで防護して、マイクを準備。声を出しての応援ができないため、事前に選手の名前を呼んで応援する声を高校生たちに依頼して録音し、選手紹介の際に流した。限られた環境でやれることをやる。福井の人たちは昨年同様、今年もそれを行動で示した。
今年もやはり“奇跡”が起きた
8月29日。福井は猛暑の予報だった。前日練習時はホームストレート側に強烈な向かい風が吹いていたはずなのに、なぜかこの日は追い風基調に変わった。 スタジアムには朝から多くのファンが訪れた。その数、2700人。ほとんどがリピーターだという。みな、灼熱の太陽に照らされながら笑顔で“その時”を待っていた。 正午過ぎから行われた一般参加の記録会が終わり、走幅跳が始まった。強い追い風が吹く。 「こうなったら、もうこの化け物スタジアムは止まりませんよ」(木原先生) 何かが起こりそうな予感が漂い始める。 昨年、走幅跳は前半3回終了後、トラック種目が始まるため、近くで観ていた観客が少し離れて芝生に戻るというシーンがあった。だが、今年は少し開始時間を早め、最後まで“砂かぶり席”で堪能。追い風参考ながら8mを超える跳躍に、大声援はダメでも思わず感嘆の声が漏れる。 トラック最初の種目。女子100mハードル予選1組。日本記録保持者の寺田明日香(パソナグループ)が、会場の空気に強烈な刺激を与える。日本記録12秒97を上回る12秒92(+2.3)。異様なムードに包まれた。 そこからは、やっぱり止まらなかった。 男女スプリントハードルでは昨年同様に好記録が連発する。男子110mハードルでは福井陸協登録の金井大旺(ミズノ)が日本歴代2位の13秒27(+1.4)で完全復活。昨年、この大会で日本記録13秒25を作った高山峻野(ゼンリン)を抑えた。さらに寺田の独壇場かに思われた女子100mハードル決勝では、好調の青木益未(七十七銀行)が追い風参考ながら“日本史上最速”となる12秒87(+2.1)で優勝し、寺田が12秒93。どちらも史上最高レベルのレースだった。 女子100mに出場した地元出身のスプリンター・島田雪菜(北海道ハイテクAC)は「試合がなかった中で、地元でこうした楽しい大会があって、福井から元気を発信できた」と、自身のパフォーマンスを悔やみつつも故郷の取り組みに誇らしげに胸を張る。
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