2023.06.11
◇第107回日本選手権・混成競技(6月10、11日/秋田県立中央公園陸上競技場)
第107回日本選手権・混成競技が行われ、男子十種競技で今季限りでの引退を表明しているリオ五輪代表の中村明彦(スズキ)は6748点で10位だった。
とても走れるような状態ではなかったはずだが、声援を背に懸命に腕を、脚を動かした。中村らしい、十種競技が終わった。
現役引退を表明し、最後の日本選手権。これまで何度も会場を沸かせてきた最終種目の1500mを前にアクシデントに見舞われる。8種目めの棒高跳で脚を痛めた。
「こんなことがあるのか」。走れないかもしれないというほどの痛み。ウォーミングアップでは涙がこぼれたという。それでも、「辞めるという選択肢はまったくなかった」。最後まで、自分らしい十種競技を貫く決意だった。
1500mでは常に4分15秒前後をマークして他を圧倒。十種競技最後の1500mで中村が独走してフィニッシュするのが、日本選手権のみどころの一つでもあった。そんな姿やタイムとは違っても、最後の1秒まで身体を前へと全力で運ぶ姿勢は全盛期と同じだった。
5分53秒80。最後はトラックにうずくまった。記念撮影で「真ん中へ」と言われると、「チャンピオンだから」と固辞。まずは王者・丸山優真(住友電工)とセンターに写真撮影してから、照れくさそうに真ん中に収まった。そうした振る舞いも、中村が慕われてきた理由の一つだろう。愛娘の翠杏ちゃんが作った金メダルをかけられると涙があふれた。
愛知・岡崎城西高では八種競技でインターハイに優勝。中京大では恩師となる本田陽監督の下でさらに才能が開花した。400mハードルでロンドン五輪に出場した後、改めて十種競技に本格挑戦して世界を目指した。
右代啓祐(国士舘クラブ)の背中を追いかけ、14年に自身初、日本人2人目の8000点超えを果たす。同年、右代とともにアジア大会に出場して銀メダルを獲得。2016年のリオ五輪が懸かった日本選手権ではラスト1500mで大声援を背に走り、8180点の自己ベストを叩き出し、参加標準記録を突破して初優勝を飾って五輪代表をつかみ取る劇的な展開を見せた。その時もやっぱり、フィニッシュの最後の最後まで全力だった。
その間、恩師の本田監督が病気で他界。目の前が真っ暗になり、引退もよぎった。「こんなにつらい時があっても時計って進むんだなって」。その後は眞鍋芳明コーチのもとで再始動を切った。「いろんな人の支えがありました。1種目をするのも1人じゃできないのに、10種目はできない。いろんな人の支えのお陰です」。高校時代の恩師にこんなことを言われたという。「お前にはいろんな人を巻き込める力がある。いろんな人に支えてもらいながら競技を続けなさい」。競技生活を終える今、「本当にその通りだなって」と、その言葉がよくわかる。
2020年には娘が誕生し、21年には初観戦。「試合をしているのがわかるくらいまで続けたい」と話していた。父であり、偉大なキングの姿は幼心にしっかり刻み込まれた。1500mでフィニッシュした姿に、天国の恩師は「よくやったな」と笑っていることだろう。
長くともに十種競技を背負い、世界へと押し上げてきた右代はセレモニーでメッセージを送った。
中村が台頭してきた時に「こんなにもすごい選手がいるのか、と恐怖を覚えた」。そんな思いを書き殴ったノートを最近見つけたという。脚をケガしてもなお最後まで戦い抜いたことについて、「最後だから1500mを走ったのではなく、これが中村明彦らしい十種競技だった」。そして、「引退は寂しい」と笑った。
今後については未定だが、まずは脚の状態を見て、「最後は中京大の記録会で終えたい」という意向。「何かしらで自分の記録を超える選手のサポートをしていきたい」と語る。
「こんな夢のような時間がいつまでも続くと思っていました。いつまでも現役、陸上を続けられると思っていた時期もありました。夢のような時間は本当に覚めるんだなってビックリしていますし、まだ実感は湧きません。明日からどうやって生きていけばいいんだろう。それが怖いです。陸上競技とは違う場所で同じくらい輝けるように。長い間、本当に応援ありがとうございました」
世界への道を切り開いた偉大なる日本のキングの、第二の人生がこれから始まる。
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