2023.06.05
第107回日本選手権の最終日(6月4日)、最終種目に行われた男子100m決勝。大会のフィナーレを見事に飾ったのは、地元・大阪出身の坂井隆一郎(大阪ガス)だった。2008年北京五輪4×100mリレー銀メダリストの高平慎士さん(富士通一般種目ブロック長)に、その男子100mを振り返ってもらった。
◇ ◇ ◇
準決勝、決勝が同日に行われる新しい形式で行われた男子100m。結果としては、ほぼ順当なファイナルの顔ぶれとなり、役者がそろった中でのレースは、サニブラウン・アブテル・ハキーム選手のアクシデントを除けば、今の力の「答え合わせ」ができたのではないでしょうか。
坂井選手は左足首にホワイトテープを巻いているのが見えました。その時点で何かあったのだろうと想像できましたが、今できる完璧なレースだったのではないでしょうか。
彼のストロングポイントは何といってもスタートからの加速。1度やり直しがあったうえで、「30m~40mで100%リードしていくこと」が求められる大事な局面で、きっちりと表現しました。この連載でも、何度か「大舞台でやるべきことをやり切ることの難しさ」について触れてきましたが、そこを失敗したら終わるという重圧の中でやり切ったことは見事。準決勝まで最も好調に見えた栁田大輝選手(東洋大)の追い上げを0.02秒差で封じ込んだ終盤の強さも、大きな成長が感じられました。
日本選手権の決勝という舞台、わずかではありますが向かい風の状況などを考慮すると、好条件のレースでは、標準記録前後を十分狙っていけるのではないでしょうか。
栁田選手は、予選、準決勝の走りを見る限りでは10秒0台は固いかなという印象でした。結果として届きませんでしたが、それでも自己タイ。群馬・東農大二高の2年時から、これで4年連続で決勝の舞台に立ち、今回が最高順位です。それでも、優勝を逃して悔しいと涙を流していましたが、大学2年で「優勝を逃した」と思えるのはすごいことです。
もちろん、それがどれだけ難しいことはわかったうえでのことでしょう。すでに、トップスプリンターとしての自覚が芽生えるレベルに到達していると思います。代表クラスの選手が何人も育ってきた東洋大の環境の中で切磋琢磨できていますから、これから短距離の中心的存在になっていってほしいですね。
小池選手はすごく良い形を作ったわけではない中で、きっちりと3位を確保するのは「さすが」の一言。米国での変化はまだ表れ切っていないように感じますが、どんな時にも外さない「勝負強さ」が光ります。本人は納得していないと思いますが、継続して強さを発揮できている稀有な存在。その経験は、4×100mリレーのナショナルチームに欠かせないものとなるでしょう。
サニブラウン選手は準決勝から左脚に違和感を覚えていたそうなので、万全で臨めなかったことは仕方のないこと。その原因が何かを探ったうえで、今後は調整してくるでしょう。
ただ、最終的に世界選手権本番の8月にピークが合えばいいと考えている部分はあるでしょう。実際、10秒00を出せば代表に内定する立場ですし、その記録を出す可能性は十分ある。オレゴン7位の実績から、今後はダイヤモンドリーグやコンチネンタルツアー・ゴールドに出場できるでしょう。少なくともワールドランキングでのターゲットナンバー入りは間違いないと思われます。ですから、「標準を切らないと」というよりも、「ブダペストまでのどこかでハマればいい」と本番を見据えたピーキングをしていると考えられます。この考え方ができる選手は、国内ではまだまだごく一部です。
城西大OBの水久保漱至選手(第一酒造)と鈴木涼太選手(スズキ)は、しっかりとファイナル進出のラインをクリアしてくる選手ですね。水久保選手は200m3位を含めて、代表組に次ぐ位置を固めつつあります。本郷汰樹(オノテック)は記録に見合ったステージに上ったのではないでしょうか。予選から健闘した灰玉平侑吾選手(八戸学大)も含めて、男子100mの層の厚さを改めて感じました。
ブダペストに向けて、代表争いは今回の上位3人とサニブラウン選手に絞られたと言えます。まずはフルエントリーをしてほしいですし、それがリレーにもつながるでしょう。
布勢スプリント(6月25日)、アジア選手権(7月12日~16日)、Athlete Night Games in FUKUI(7月28日~29日)あたりが標準記録を狙うポイントの大会だと思いますが、出場権を得るだけでなく、本番で戦うためにどうプランニングするか。その中で4人の動向に注目したいと思います。
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