2023.03.31
山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます!
第31回「指導者として必要な4つの目~慈眼・峻眼・慧眼・凝眼~」
桜の開花は敏感に気象状況に反応するので、3月半ばからのポカポカ陽気に誘発されて、すでに満開のシーズンを終えようとしている。
スポーツ界を振り返ると、東京マラソンを皮切りにワールド・ベースボール・クラシック(WBC)、世界フィギュアスケート選手権など大規模国際競技会が開催され、沿道やスタジアムは元より、世間を巻き込んで大いに盛り上がっていた。
いずれの大会も現地で視察観戦する機会を得た。これまでの新型コロナ感染症対策を施しながらの運営から一転し、選手に声援を送りつつ、プレーやパフォーマンスに一喜一憂し、それぞれの思いを共有することができていた。
東京マラソンでは、観戦者がお目当ての選手の通過に合わせて地下鉄などを駆使し、追いかけるようにして声を届けようとする、通称「追っかけ」と呼ばれる応援スタイルが常である。 「追っかけ」をしていると、地下鉄に乗り換えるたびに実業団の指導者や関係者など同じ顔ぶれでレース展開や選手の疲労状態など会話が進む。それはそれでワクワクしつつ、次の地点へ向かうので十分楽しめる。

日本人2選手が2時間5分台を出すなど盛り上がりを見せた3月5日の東京マラソン
通常はトップ選手の走りに注目して選手の走りを追いかけているのだが、今回は後半35km地点でじっくりと腰を据え、すっかりお腹周りが大きくなった卒業生や職場の同僚などの通過を待った。
その際、沿道で弛まなく声援を送っている方とお話しをする機会を得た。その方は、トップアスリートは当然ながら、関門ギリギリまでなんとかフィニッシュを目指そうとするランナーたちとともに、東京マラソンそのものを応援していると語ってくれた。
スポーツを牽引してゆく力はトップアスリートの素晴らしいパフォーマンスかもしれない。しかし、スポーツを文化として支えてくれている層は、順位だけでなく、頑張る姿に温かい声援を送り続けていただける方々の小さな力の集積であると感じた。
WBCでは大谷翔平選手をはじめ、大リーガーや国内屈指のプロ野球選手が集結し、注目度も過去最高のボルテージであった。見せ場満載の大会ではあったが、多くのファンで埋め尽くされた日韓戦における東京ドーム周辺の人流コントロールに注目した。
大規模競技会は、人が集まり、観戦し、そして帰路につく。当然のことをスムーズに行うことの困難さは箱根駅伝で痛いほど経験している。この日、東京ドームに観戦に来られた方々は、既にプロ野球観戦を経験しており、帰路につくまでのマナーと様々な“間合い”を熟知した人がほとんど。混雑の状況を心得ている方々が大半を占めていると感じた。
主に大リーグなどでルールブックに記載されてはいないが暗黙の了解事項としてプレーヤーも観衆も理解しているルールを“アンリットンルール”と言う。
(*Unwritten Rules….暗黙の規則)
これは主にプレーの内容や態度についてなのだが、人が集まるスポーツ観戦においてもこのアンリットンルールとして“間”の取り方に長けた方が多かったのではないだろうか。
何事も間・間合いは大切で、漫才コンビでも“間”の取り方次第で笑いが取れる。オーケストラでも指揮者の“間”の取り方次第で同じ楽譜から名演奏が生まれる。剣道なども、この“間合い”の駆け引きが勝負の分け目となる。最寄りの水道橋駅付近での混雑は避けられないにせよ、混乱を生まないのは、この“間”を知る人が多いからに他ならないのではないだろうか。
世界フィギュアスケート選手権では、私の姪っ子がペアのアメリカ代表で選出されたとの連絡を受けた時には大きな驚きと喜びが交錯した。
さいたまスーパーアリーナで開催される世界選手権出場のため来日すると言うことで、この種目の初観戦となった。シングルでは坂本花織さん、宇野昌磨さん、「りくりゅうペア」こと三浦璃来さん・木原龍一さんコンビが金メダル獲得となった。トップスケーターが鎬をけずる戦いの厳しさと、氷上で刹那の勝敗の岐路を現場でことごとく観戦できた。
優雅に見える演技もエッジが氷を削る音に、この競技の難しさと過酷さを感じることができた。棒高跳で6mを超えるジャンプをサラリとやってのける、美しい上昇曲線を想起させられるような高い難易度も、そう感じさせない完成度は驚愕であった。テレビでは感じない氷の硬さが伝わってくるだけに息をつめて見入ってしまった。

中央でリフトアップしている男性がペアスケート米国代表の、ダニー・オシェイと姪のエリー・カム。左がエリーの祖父で東農大時代に箱根駅伝出走経験のある秋山勉さん、右が祖母の文子さん。エリーの母親が上田氏の妻の妹にあたる
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第31回「指導者として必要な4つの目~慈眼・峻眼・慧眼・凝眼~」
桜の開花は敏感に気象状況に反応するので、3月半ばからのポカポカ陽気に誘発されて、すでに満開のシーズンを終えようとしている。 スポーツ界を振り返ると、東京マラソンを皮切りにワールド・ベースボール・クラシック(WBC)、世界フィギュアスケート選手権など大規模国際競技会が開催され、沿道やスタジアムは元より、世間を巻き込んで大いに盛り上がっていた。 いずれの大会も現地で視察観戦する機会を得た。これまでの新型コロナ感染症対策を施しながらの運営から一転し、選手に声援を送りつつ、プレーやパフォーマンスに一喜一憂し、それぞれの思いを共有することができていた。 東京マラソンでは、観戦者がお目当ての選手の通過に合わせて地下鉄などを駆使し、追いかけるようにして声を届けようとする、通称「追っかけ」と呼ばれる応援スタイルが常である。 「追っかけ」をしていると、地下鉄に乗り換えるたびに実業団の指導者や関係者など同じ顔ぶれでレース展開や選手の疲労状態など会話が進む。それはそれでワクワクしつつ、次の地点へ向かうので十分楽しめる。 [caption id="attachment_96711" align="alignnone" width="800"]

駒大3冠達成祝賀会に参加して
これらのスポーツイベントの合間を縫うように、2022年度に学生三大駅伝をすべて制した駒澤大学の祝賀会に参加させていただいた。大八木弘明監督は私と同年代でもあるので、大会終了直後とは異なる万感の思いを込めた握手を交わした。 コミュニケーションには言葉を通して意思を伝えるバーバル・コミュニケーションと、言葉によらないノン・バーバル・コミュニケーションがある。大八木監督のヒストリーやご苦労なされた道程は月刊陸上競技に詳しく掲載されているので割愛するが、お互い指導の現場に携わった同志でもあるので、私なりの気持ちを差し出した手に込めた。 その握手を交わす前に、大勢の人で賑わう会場で陸上部員に声をかけて大八木監督の奥さんを探していただいた。なんとしても最初に、「おめでとうございます。そして長らくお疲れ様でございました」との祝福と慰労のお声をかけたかったからである。 “内助の功”という表現は古風であり、ややもすると男女対比する表現とも受け取られかねないが、現場で大いに指導力を発揮する支えとなって選手たちの良き相談相手となり健康管理を担ってきたことは周知の事実であるからだ。許されるなら大八木監督とともに選手たちと苦楽をともにした奥さんも胴上げしたかったに違いないと独り言ちた。 高速化・感染症・強靭なライバルと、三拍子そろった苦難を乗り越えた先の3冠達成を祝福するにふさわしい言葉を、関東学連の植田恭史副会長が絶妙な引用でおっしゃっていた。 メキシコ五輪男子マラソン銀メダリスト君原健二さんを育てた高橋進氏の「コーチの目」と題した講話の引用し、人を指導し、チーム力を高めていく指導者として次の4つの目、「慈眼・峻眼・慧眼・凝眼」を持つことが肝心である、と。 「慈眼(ジゲン)」は慈しみの心を持って向き合い、成長を促すよう良きところを見逃さない眼。 「峻眼(シュンガン)」は“規律峻厳を極む”の言葉通り、厳しさを持つことと同時に、物事を柔軟に捉える思考力と率先して動く行動力を見極める眼。 「慧眼(ケイガン)」は将来を見通すスキル、物事の本質や裏面を見抜く眼力。 最後の「凝眼(ギョウガン)」は目を凝らすともいい、目を向ける・目に留める・目を注ぐ・目を配るなどとも言い換えることができる。虎視とも言いまさしくこの3冠を虎視眈々と精進を重ねた果ての快挙であったと結ばれた。コーチング理論の論文著書は数々あれど、この日この時この場で語られた響きはご来場の方々の琴線を刺激したに違いない。 ここに改めて、この4つの目を持ち指導にあたられた大八木監督に心からの祝福を贈りたい。 [caption id="attachment_96709" align="alignnone" width="2560"]
上田誠仁 Ueda Masahito/1959年生まれ、香川県出身。山梨学院大学スポーツ科学部スポーツ科学科教授。順天堂大学時代に3年連続で箱根駅伝の5区を担い、2年時と3年時に区間賞を獲得。2度の総合優勝に貢献した。卒業後は地元・香川県内の中学・高校教諭を歴任。中学教諭時代の1983年には日本選手権5000mで2位と好成績を収めている。85年に山梨学院大学の陸上競技部監督へ就任し、92年には創部7年、出場6回目にして箱根駅伝総合優勝を達成。以降、出雲駅伝5連覇、箱根総合優勝3回など輝かしい実績を誇るほか、中村祐二や尾方剛、大崎悟史、井上大仁など、のちにマラソンで世界へ羽ばたく選手を多数育成している。2022年4月より山梨学院大学陸上競技部顧問に就任。 |
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