2020.03.19
【Web特別記事】
逆襲のスプリンター④
呪縛から解き放たれた齋藤愛美の新たな挑戦
東京五輪を控え、俄然注目を集める陸上短距離。期待を一身に集めながら、苦しみ、悩み、それでも突き進むスプリンターたちにスポットを当てていく企画。4人目、最終回は齋藤愛美(大阪成蹊大)を紹介する。200mでU20日本記録を樹立した輝きから一変、どん底を味わった。そこから這い上がり、今まさに、新しい自分に生まれ変わろうとしている。
逆襲のスプリンター①ケガと向き合い続けた橋元晃志「何もせずに過ごしてきたわけじゃない」
逆襲のスプリンター②「1日1日を大切に」高橋萌木子がたどり着いた境地
逆襲のスプリンター③大学2年目のケガを乗り越えて――宮本大輔の逆襲が始まる
16年、高校2年で一気にブレイク
齋藤愛美はいつも泣いていた。高校1年の夏。初めてインターハイ200m決勝の舞台に立ちながら、脚の痛みで最下位だった。
最後のインターハイだった2017年の山形インターハイ。前年に短距離3冠を獲得し、ディフェンディングチャンピオンとして臨んだものの、シーズン序盤のケガが響いて敗退。やっぱり泣いていた。
19年シーズン。6月の日本選手権200mで高2以来の表彰台に上った時も、9月のインカレ200mで久しぶりにタイトルを獲得した時も、泣きじゃくった。
齋藤は涙のたびに強くなってきた。
その名が一気に全国区となったのはリオ五輪を控えた16年シーズン。当時、岡山・倉敷中央高2年だった。4月の織田記念100mで3位、5月の静岡国際200m優勝と波に乗り、リオデジャネイロ五輪を目指す4×100mリレー代表に急きょ招集された。「目立ちたくない。取材を受けるのが苦手」と、自分の立ち位置に戸惑い、苦手意識を持っていた。
6月の日本選手権200mでは23秒46と、中村宝子が持つU20日本記録を10年ぶりに更新し、福島千里に続き2位。一躍、「ネクスト福島」として、さらに大きな注目を集めるようになる。
その夏、地元岡山で開催されたインターハイでは、100m、200m、4×100mリレーの3冠。秋には200mで23秒45と自身の持つU20日本記録を0.01秒更新した。
しかし、絶好調で迎えたシーズン直前。それが災いする。記録を求めるあまり練習過多で調子を崩し、アキレス腱を痛めてしまう。シーズン中は不調のままあっという間に過ぎ去った。
どん底からの復活劇
昨年の日本選手権200mで優勝した同世代の児玉芽生(中央)らと女子短距離を盛り上げていくつもりでいる
高校最後の年となった18年シーズンはどん底だった。何度も心が折れそうになり、実際に陸上から離れた時間もあった。過去の自分にとらわれ、追い求めてしまう。周囲の動向や記録が気になり、不安とストレスだけが募った。
大阪成蹊大に進んでからも春にケガをし、ようやく復調の兆しを見せたのは秋シーズンだった。
「高3の時の経験があるので、大丈夫でした。何年かかっても、絶対にトップに戻ります」
その言葉通り、齋藤は戻ってきた。
9月の日本インカレ200mでフィニッシュラインを駆け抜けた瞬間、自然と両腕が高く上がっていた。そして、両手で顔を覆った。
「すごくうれしいです。こうして走れて、勝てるのは当たり前じゃない」
喜びもつかの間、すぐに気持ちを入れ替えた。
「でも満足はできません。運良く勝てただけ。もっと上げていかないと日本選手権で戦えません。この優勝記録(24秒17/-1.6)では、福島さんの日本記録(22秒88)と1秒以上差があります。そこを塗り替えていかないと、女子短距離が止まってしまう。同学年の兒玉芽生(福岡大、19年200m日本選手権優勝)たちと、頑張っていきたい。まず、しっかり23秒台を出してシーズンを終えます」
またも宣言通り、10月の新潟での競技会で23秒94のシーズンベストをマークして冬季に入った。
齋藤は涙を流すたびに成長し、口にした目標を達成してきた。ようやく呪縛から解放され、かつての自分を追うことも、周囲の雑音も気にしない。齋藤の心にあるのは、「速くなりたい」「強くなりたい」という純粋な思い。そして、世界へ行きたいという「夢」。
昨年、東京五輪を目指す女子リレープロジェクトの2期メンバーにも選出。4×100mリレーの代表だが、ロングスプリントの素質も買われて4×400mリレーの合宿にも参加している。実際、「一発」のスピードでは、400mが専門の選手に引けを取らない走りを見せる。
「自己ベストを出して初めて『復活』と言ってもらえると思います。今年は新しいチャレンジ。400mをやるようになって、200mが楽に走れるようになったんです。調子も良いですし、順調に来ています」
支えているのは、苦楽を味わった高校時代。倉敷中央高の合言葉は「夢叶う」。
女子スプリントの火は消さない――。齋藤は強い想いと夢を胸に刻み、オリンピックイヤーのシーズンを迎えようとしている。
文/向永拓史
逆襲のスプリンター④ 呪縛から解き放たれた齋藤愛美の新たな挑戦
東京五輪を控え、俄然注目を集める陸上短距離。期待を一身に集めながら、苦しみ、悩み、それでも突き進むスプリンターたちにスポットを当てていく企画。4人目、最終回は齋藤愛美(大阪成蹊大)を紹介する。200mでU20日本記録を樹立した輝きから一変、どん底を味わった。そこから這い上がり、今まさに、新しい自分に生まれ変わろうとしている。 逆襲のスプリンター①ケガと向き合い続けた橋元晃志「何もせずに過ごしてきたわけじゃない」 逆襲のスプリンター②「1日1日を大切に」高橋萌木子がたどり着いた境地 逆襲のスプリンター③大学2年目のケガを乗り越えて――宮本大輔の逆襲が始まる16年、高校2年で一気にブレイク
齋藤愛美はいつも泣いていた。高校1年の夏。初めてインターハイ200m決勝の舞台に立ちながら、脚の痛みで最下位だった。 最後のインターハイだった2017年の山形インターハイ。前年に短距離3冠を獲得し、ディフェンディングチャンピオンとして臨んだものの、シーズン序盤のケガが響いて敗退。やっぱり泣いていた。 19年シーズン。6月の日本選手権200mで高2以来の表彰台に上った時も、9月のインカレ200mで久しぶりにタイトルを獲得した時も、泣きじゃくった。 齋藤は涙のたびに強くなってきた。 その名が一気に全国区となったのはリオ五輪を控えた16年シーズン。当時、岡山・倉敷中央高2年だった。4月の織田記念100mで3位、5月の静岡国際200m優勝と波に乗り、リオデジャネイロ五輪を目指す4×100mリレー代表に急きょ招集された。「目立ちたくない。取材を受けるのが苦手」と、自分の立ち位置に戸惑い、苦手意識を持っていた。 6月の日本選手権200mでは23秒46と、中村宝子が持つU20日本記録を10年ぶりに更新し、福島千里に続き2位。一躍、「ネクスト福島」として、さらに大きな注目を集めるようになる。 その夏、地元岡山で開催されたインターハイでは、100m、200m、4×100mリレーの3冠。秋には200mで23秒45と自身の持つU20日本記録を0.01秒更新した。 しかし、絶好調で迎えたシーズン直前。それが災いする。記録を求めるあまり練習過多で調子を崩し、アキレス腱を痛めてしまう。シーズン中は不調のままあっという間に過ぎ去った。どん底からの復活劇
昨年の日本選手権200mで優勝した同世代の児玉芽生(中央)らと女子短距離を盛り上げていくつもりでいる 高校最後の年となった18年シーズンはどん底だった。何度も心が折れそうになり、実際に陸上から離れた時間もあった。過去の自分にとらわれ、追い求めてしまう。周囲の動向や記録が気になり、不安とストレスだけが募った。 大阪成蹊大に進んでからも春にケガをし、ようやく復調の兆しを見せたのは秋シーズンだった。 「高3の時の経験があるので、大丈夫でした。何年かかっても、絶対にトップに戻ります」 その言葉通り、齋藤は戻ってきた。 9月の日本インカレ200mでフィニッシュラインを駆け抜けた瞬間、自然と両腕が高く上がっていた。そして、両手で顔を覆った。 「すごくうれしいです。こうして走れて、勝てるのは当たり前じゃない」 喜びもつかの間、すぐに気持ちを入れ替えた。 「でも満足はできません。運良く勝てただけ。もっと上げていかないと日本選手権で戦えません。この優勝記録(24秒17/-1.6)では、福島さんの日本記録(22秒88)と1秒以上差があります。そこを塗り替えていかないと、女子短距離が止まってしまう。同学年の兒玉芽生(福岡大、19年200m日本選手権優勝)たちと、頑張っていきたい。まず、しっかり23秒台を出してシーズンを終えます」 またも宣言通り、10月の新潟での競技会で23秒94のシーズンベストをマークして冬季に入った。 齋藤は涙を流すたびに成長し、口にした目標を達成してきた。ようやく呪縛から解放され、かつての自分を追うことも、周囲の雑音も気にしない。齋藤の心にあるのは、「速くなりたい」「強くなりたい」という純粋な思い。そして、世界へ行きたいという「夢」。 昨年、東京五輪を目指す女子リレープロジェクトの2期メンバーにも選出。4×100mリレーの代表だが、ロングスプリントの素質も買われて4×400mリレーの合宿にも参加している。実際、「一発」のスピードでは、400mが専門の選手に引けを取らない走りを見せる。 「自己ベストを出して初めて『復活』と言ってもらえると思います。今年は新しいチャレンジ。400mをやるようになって、200mが楽に走れるようになったんです。調子も良いですし、順調に来ています」 支えているのは、苦楽を味わった高校時代。倉敷中央高の合言葉は「夢叶う」。 女子スプリントの火は消さない――。齋藤は強い想いと夢を胸に刻み、オリンピックイヤーのシーズンを迎えようとしている。 文/向永拓史
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