2020.03.06
【Web特別記事】
逆襲のスプリンター①
ケガと向き合い続けた橋元晃志「何もせずに過ごしてきたわけじゃない」
東京五輪を控え、注目を集める陸上短距離。期待を一身に集めながら、苦しみ、悩み、それでも突き進むスプリンターたちにスポットを当てていく企画。1回目は橋元晃志(富士通)を紹介する。高校時代からスター街道を歩んできた男の現在地とは。
衝撃の20秒35から7年
今から7年前。桐生祥秀(洛南高、現日本生命)が高校3年生で100m10秒01の衝撃を与えた直後の5月のことだった。
静岡国際男子200mで、鹿児島・川薩清修館高を卒業したばかりの橋元晃志が20秒35をマーク。当時U20日本歴代2位、日本歴代6位タイに入り、同年のモスクワ世界選手権の参加A標準記録(20秒52)も突破し、一躍トップスプリンターの仲間入りを果たした。
前年のインターハイ200mチャンピオンとはいえ、早大に入学したばかり。まだまだ細身ながら、そのスピード感は誰もが「橋元の時代が来る」と予感するものだった。
だが、その類い稀なスピードが諸刃の剣となる。未来が開けたはずのレースは、長い茨の道の始まりでもあった。
父・幸公さんも高校の陸上部顧問。小3で陸上を始めたのは自然なことだった。
中学時代から全国大会にも出場していたが、花開いたのは高校時代だった。1年で日本ユース選手権100mに出場すると、高2の5月に200mで20秒91(+1.9)をマーク。これが、高校2年生で初めて20秒台に突入した瞬間だった。
その勢いのまま挑んだ世界ユース選手権200mで4位入賞。インターハイも100m・200m2種目入賞を果たした。
同学年で、同じ九州の大瀨戸一馬(小倉東高、現安川電機)とともに、「次世代のホープ」として陸上界で注目を集める。
秋の日本ユース選手権200m優勝を皮切りに、高校生では異次元と言えるほど安定して20秒台をマーク。3年時の世界ジュニア選手権4×100mリレーでは大瀨戸、ケンブリッジ飛鳥(現Nike)、金森和貴(現つくばツインピークス)と銅メダルを獲得した。
新潟インターハイでは200m優勝。100mを制した大瀨戸と短距離のタイトルを分け合った。次代の日本短距離界を引っ張る存在として期待されて大学へと進んだ。
ケガと戦い続けた日々
そんな展望とは裏腹に、20秒35の静岡国際以降、橋元は常にケガと戦うことになる。
「スピードが出るとケガをしてしまう。耐えられる身体作りをずっと考えていたのですが……」
試合で好走するたびに、誰もが「ついに来たか」と胸躍り、その直後、必ずといっていいほど「橋元がケガをした」という話題が伝わった。
結局、その後は世界大会どころか、インカレのタイトルも取れずに学生生活を終えた。その間、200mではサニブラウン・アブデル・ハキームら新星が次々と台頭。橋元の存在感は薄れていった。
「速く走ろうと思うとケガをする。なかなか感覚も合ってくれなくて、モヤモヤする日々でした。1本タイムがでれば、と思うのですが、そこがなかなか噛み合わず出てくれない」
少しずつ上向き始めたのは18年シーズン以降。1年通してレースを走り、縁遠かった日本選手権にも初出場し、全日本実業団対抗200mでも3位に入った。昨年も、大きなケガをすることなく戦い抜き、東日本実業団対抗200mでは久しぶりのタイトルをゲット。日本選手権200mで初入賞(7位)し、全日本実業団対抗200mでも2位だった。
「負荷がかからず、速く走るためにはどうすればいいのか。負荷をかけずにスピードを出すための練習は何なのか。ずっと考えながら練習しています。いかに負荷を抑えて出力を出すか。身体作りも含めてやってきました」
苦しい日々が続くが、これまで一度も高みをあきらめたことはない。
「富士通というチームにいる以上は、そんな考えを持つことは許されません」。大学、実業団と、偉大な先輩たちが身にまとってきた名門のユニフォームを着て走る以上、その考えはブレなかった。そしてこう言葉を続ける。
「何もせずに過ごしてきたわけじゃないんで――」
今の日本スプリント戦線に足を踏み入れることが簡単ではないという現実はわかっている。それでも、スピードを追求することを止めるつもりはない。「諸刃の剣」を研いで、研いで、研ぎ澄ませた時、スプリンター・橋元晃志は覚醒する。
文/向永拓史
逆襲のスプリンター① ケガと向き合い続けた橋元晃志「何もせずに過ごしてきたわけじゃない」

衝撃の20秒35から7年
今から7年前。桐生祥秀(洛南高、現日本生命)が高校3年生で100m10秒01の衝撃を与えた直後の5月のことだった。 静岡国際男子200mで、鹿児島・川薩清修館高を卒業したばかりの橋元晃志が20秒35をマーク。当時U20日本歴代2位、日本歴代6位タイに入り、同年のモスクワ世界選手権の参加A標準記録(20秒52)も突破し、一躍トップスプリンターの仲間入りを果たした。 前年のインターハイ200mチャンピオンとはいえ、早大に入学したばかり。まだまだ細身ながら、そのスピード感は誰もが「橋元の時代が来る」と予感するものだった。 だが、その類い稀なスピードが諸刃の剣となる。未来が開けたはずのレースは、長い茨の道の始まりでもあった。 父・幸公さんも高校の陸上部顧問。小3で陸上を始めたのは自然なことだった。 中学時代から全国大会にも出場していたが、花開いたのは高校時代だった。1年で日本ユース選手権100mに出場すると、高2の5月に200mで20秒91(+1.9)をマーク。これが、高校2年生で初めて20秒台に突入した瞬間だった。 その勢いのまま挑んだ世界ユース選手権200mで4位入賞。インターハイも100m・200m2種目入賞を果たした。 同学年で、同じ九州の大瀨戸一馬(小倉東高、現安川電機)とともに、「次世代のホープ」として陸上界で注目を集める。 秋の日本ユース選手権200m優勝を皮切りに、高校生では異次元と言えるほど安定して20秒台をマーク。3年時の世界ジュニア選手権4×100mリレーでは大瀨戸、ケンブリッジ飛鳥(現Nike)、金森和貴(現つくばツインピークス)と銅メダルを獲得した。 新潟インターハイでは200m優勝。100mを制した大瀨戸と短距離のタイトルを分け合った。次代の日本短距離界を引っ張る存在として期待されて大学へと進んだ。ケガと戦い続けた日々

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