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2022.08.26

編集部コラム「指導者の意図」
編集部コラム「指導者の意図」

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第160回指導者の意図(山本慎一郎)

世界陸上、インターハイ、全中と、この夏も大きな大会が目白押しでした。みなさんはどんな夏を過ごしましたか?

全国大会などに出場できる選手の多くは、優秀な先生やコーチに指導を受けているかと思います。どんなに才能豊かな選手でも、独学で全国レベルまで到達するのはなかなか難しいでしょう。目標を達成するためには競技をサポートしてくれる指導者の存在が大きいように感じます。

人間の性格がそれぞれ異なるように、指導者のコーチングも人によって大きな違いがあります。優しかったり、厳しかったり、自主性を重んじてくれたり。しかし、どれが正解というものはないと思います。コーチングの目的とは選手を成長させること。そのためにどんな方法を使うかが指導者の『個性』になるわけです。

通常、指導者は選手の成長を願っているはずです。それでも、時には選手と指導者がすれ違うこともあるかもしれません。特に強豪校など人数が多いチームになると、指導者とのコミュニケーションは希薄になりがちです。大学生にもなると「監督とはあまり喋ったことがない」という選手もいるのではないでしょうか。

私も大学時代は強豪校の陸上部にいましたが、実力は部内で最底辺レベルだったのでいつ選手をクビになるかとビクビクしながら毎日を過ごしていました。一応、練習の最後には監督に挨拶をするルールはあったものの、個別のアドバイスなどは基本的になし。監督とのコミュニケーションと言えば

「今日の練習は終わります」
「はい、お疲れ様」

といった事務的なやり取りだけでした。

こんな関係性だったので、監督は私のことなどまるで気にも留めていないと思っていました。私だけでなく、一般受験で入部した選手にはみな同じような対応だったと思います。いつまでも結果が出せないと自信もなくなってきますし、「どうせ自分なんて……」とネガティブな気持ちがだんだん強くなります。

結局、私は大学で何の結果も残せないまま卒業を迎えました。ただ、縁あって月陸で働き始め、箱根駅伝を担当するようになると、ある時ふとライターさんから衝撃の事実を知らされました。私が大学生だった頃にそのライターさんは監督の取材をしたことがあったそうで、監督はグラウンドで練習していた私のことを指して「あの子、ウチに編入試験を受けて入ってきたんだよ」とライターさんに紹介したことがあったというのです。

これは取材というよりは単なる雑談の一環であり、5000mのベストが15分台だった私のことを監督が戦力として考えていたとは思えません。しかし、部員数も多いチームの中で私のことを監督がきちんと認識し、さらには第三者に話すことがあったというのは、私にとってはまったくの予想外でした。

その後任として現在チームを指導している坪田智夫駅伝監督も、本誌2019年5月号6月号でも紹介した「多摩川会」の研修では、「監督たちは君たちのことをよく見ている」と講演していました。私のように競技力の低い選手からすれば「監督は自分のことなんて気にも留めていないだろう」と思うかもしれませんが、実際には選手が想像しているよりも指導者は個々の選手に目を向けているようです。

大学では全然強くなれなかった私ですが、今こうして月陸で働くようになってからは学生時代よりも当時の監督とも話す機会が多くなっています。学生時代にあまり多くを語らなかったのも、きっと監督なりの配慮があったんだろうなと想像できます。あまり話すことのなかった監督に対し、私たちはそれを

「きちんとした指導を受けたかったら強くなれ」

という無言のメッセージなのだと思って練習に励んでいました。

左から法大の坪田智夫駅伝監督、成田道彦前駅伝監督(現・副部長)、帝京大の中野孝行監督

指導者の意図を汲み取るのは選手の立場だと難しい面もあるかもしれませんが、指導者は選手を弱くしようとは思っていないはずです。また、コーチングの目的は選手を「成長させること」なので、選手が自分で考える力を養おうとあえて細かいアドバイスをしない指導者もいます。何でも教えるのがいいことだとは限りません。人間を「育てる」というのは深いのです。

選手の中には「指導者との考え方が合わないなぁ」と感じながら競技をしている人もいるかもしれません。しかし、それは指導者があえてそうしている可能性もあります。「これは自分が成長するために必要なのだ」と考えると、その時の経験は後に自分の貴重な財産になります。たとえ本当に指導者との相性が悪かったとしても、そこでどうするかが大事です。結果が出せないことを人のせいにせず、どうすればいいか考え、試行錯誤することが人を成長させるのだと思います。

さて、私がこのコラムを担当するのは今回が最後になります。これからも陸上競技には関わっていきますが、月陸のメンバーではなくなります。今まで取材を受けていただいた選手・指導者の皆様、そして読者の方々に改めて感謝します。ありがとうございました。

山本慎一郎(やまもとしんいちろう)
月刊陸上競技 編集部(兼企画営業部)企画課長
1983年1月生まれ。福島県いわき市出身。160cm、47kg(ピーク時)。植田中→磐城高→福島大→法大卒。中学では1学年下の村上康則(2010年日本選手権1500m覇者)と一緒に駅伝を走り、その才能を間近で見て挫折。懲りずに高校で都大路、大学で箱根駅伝を目指すも、いずれも未達に終わる。引退するタイミングを逸して現在も市民ランナーとして活動中。月陸から離れても走ることは続け、別の形で陸上競技に携わる予定。

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世界陸上、インターハイ、全中と、この夏も大きな大会が目白押しでした。みなさんはどんな夏を過ごしましたか? 全国大会などに出場できる選手の多くは、優秀な先生やコーチに指導を受けているかと思います。どんなに才能豊かな選手でも、独学で全国レベルまで到達するのはなかなか難しいでしょう。目標を達成するためには競技をサポートしてくれる指導者の存在が大きいように感じます。 人間の性格がそれぞれ異なるように、指導者のコーチングも人によって大きな違いがあります。優しかったり、厳しかったり、自主性を重んじてくれたり。しかし、どれが正解というものはないと思います。コーチングの目的とは選手を成長させること。そのためにどんな方法を使うかが指導者の『個性』になるわけです。 通常、指導者は選手の成長を願っているはずです。それでも、時には選手と指導者がすれ違うこともあるかもしれません。特に強豪校など人数が多いチームになると、指導者とのコミュニケーションは希薄になりがちです。大学生にもなると「監督とはあまり喋ったことがない」という選手もいるのではないでしょうか。 私も大学時代は強豪校の陸上部にいましたが、実力は部内で最底辺レベルだったのでいつ選手をクビになるかとビクビクしながら毎日を過ごしていました。一応、練習の最後には監督に挨拶をするルールはあったものの、個別のアドバイスなどは基本的になし。監督とのコミュニケーションと言えば 「今日の練習は終わります」 「はい、お疲れ様」 といった事務的なやり取りだけでした。 こんな関係性だったので、監督は私のことなどまるで気にも留めていないと思っていました。私だけでなく、一般受験で入部した選手にはみな同じような対応だったと思います。いつまでも結果が出せないと自信もなくなってきますし、「どうせ自分なんて……」とネガティブな気持ちがだんだん強くなります。 結局、私は大学で何の結果も残せないまま卒業を迎えました。ただ、縁あって月陸で働き始め、箱根駅伝を担当するようになると、ある時ふとライターさんから衝撃の事実を知らされました。私が大学生だった頃にそのライターさんは監督の取材をしたことがあったそうで、監督はグラウンドで練習していた私のことを指して「あの子、ウチに編入試験を受けて入ってきたんだよ」とライターさんに紹介したことがあったというのです。 これは取材というよりは単なる雑談の一環であり、5000mのベストが15分台だった私のことを監督が戦力として考えていたとは思えません。しかし、部員数も多いチームの中で私のことを監督がきちんと認識し、さらには第三者に話すことがあったというのは、私にとってはまったくの予想外でした。 その後任として現在チームを指導している坪田智夫駅伝監督も、本誌2019年5月号6月号でも紹介した「多摩川会」の研修では、「監督たちは君たちのことをよく見ている」と講演していました。私のように競技力の低い選手からすれば「監督は自分のことなんて気にも留めていないだろう」と思うかもしれませんが、実際には選手が想像しているよりも指導者は個々の選手に目を向けているようです。 大学では全然強くなれなかった私ですが、今こうして月陸で働くようになってからは学生時代よりも当時の監督とも話す機会が多くなっています。学生時代にあまり多くを語らなかったのも、きっと監督なりの配慮があったんだろうなと想像できます。あまり話すことのなかった監督に対し、私たちはそれを 「きちんとした指導を受けたかったら強くなれ」 という無言のメッセージなのだと思って練習に励んでいました。 左から法大の坪田智夫駅伝監督、成田道彦前駅伝監督(現・副部長)、帝京大の中野孝行監督 指導者の意図を汲み取るのは選手の立場だと難しい面もあるかもしれませんが、指導者は選手を弱くしようとは思っていないはずです。また、コーチングの目的は選手を「成長させること」なので、選手が自分で考える力を養おうとあえて細かいアドバイスをしない指導者もいます。何でも教えるのがいいことだとは限りません。人間を「育てる」というのは深いのです。 選手の中には「指導者との考え方が合わないなぁ」と感じながら競技をしている人もいるかもしれません。しかし、それは指導者があえてそうしている可能性もあります。「これは自分が成長するために必要なのだ」と考えると、その時の経験は後に自分の貴重な財産になります。たとえ本当に指導者との相性が悪かったとしても、そこでどうするかが大事です。結果が出せないことを人のせいにせず、どうすればいいか考え、試行錯誤することが人を成長させるのだと思います。 さて、私がこのコラムを担当するのは今回が最後になります。これからも陸上競技には関わっていきますが、月陸のメンバーではなくなります。今まで取材を受けていただいた選手・指導者の皆様、そして読者の方々に改めて感謝します。ありがとうございました。
山本慎一郎(やまもとしんいちろう) 月刊陸上競技 編集部(兼企画営業部)企画課長 1983年1月生まれ。福島県いわき市出身。160cm、47kg(ピーク時)。植田中→磐城高→福島大→法大卒。中学では1学年下の村上康則(2010年日本選手権1500m覇者)と一緒に駅伝を走り、その才能を間近で見て挫折。懲りずに高校で都大路、大学で箱根駅伝を目指すも、いずれも未達に終わる。引退するタイミングを逸して現在も市民ランナーとして活動中。月陸から離れても走ることは続け、別の形で陸上競技に携わる予定。
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