2019.08.30
WEB特別記事
マラソンランナー・村山謙太の現在地(後編)
「チャンスがある限りは走りたい」
学生時代にトラック、ロード、駅伝と、フィールドを問わずに華々しい活躍を見せ、将来は日本のマラソン界を背負って立つ選手になると言われた村山謙太(旭化成)。だが、9月15日に開催される東京五輪マラソン代表選考会「マラソングランドチャンピオンシップ」(MGC)の舞台に、村山は立つことができなかった。彼は今、何を目指し、どんな展望を描いているのか。2019シーズン後半戦を前に、村山の〝現在地〟を探った。
<前編はこちら>
村山の目指す「答え」とは
MGCの出場権は得られなかったが、村山謙太(旭化成)が東京五輪のマラソン代表になる可能性がゼロになったわけではない。MGCの選考レースを完走している村山は、「MGCファイナルチャレンジ」に指定された大会で派遣設定記録(2時間5分49秒)を突破すれば五輪代表になれるチャンスがある。
大迫傑(ナイキ・オレゴン・プロジェクト)が昨年10月に樹立した日本記録を上回り、突破者の中で最も速いタイムを出すことが条件だ。
「今は9月のベルリン・マラソン(ドイツ)に向けてトレーニングをしています。『マラソンの答えを見つける』というのをテーマにしていて、ベルリンでは中間点までは先頭についていくつもりです」
すでに5回のマラソンを経験している村山だが、どれも本来の力を発揮できたとは言いがたい。その中でも、自己ベストを出した昨年7月のゴールドコースト(豪州)だけは違った手応えを得られたという。
「ゴールドコーストの時はその直前にあった日本選手権(10000m)のほうに集中していて、マラソン練習はしていなかったんです。ゴールドコーストはその後のベルリンで2時間6分から7分台を出すための練習という位置づけで、2時間12分ぐらいの予定でした。そこで思った以上に走れて、ベルリンに向けてはダメージが残ってしまったんですけど……。今まで旭化成の伝統のやり方で結果を出せていないので、今度のベルリンは最後の1ヵ月の調整を変えて、ハーフマラソンを走る時のようにスピードと(身体の)軽さを出していこうと考えています。ハーフを1時間1分台で通過できるようにしようと小島(忠幸)コーチとは話しています。それをやってみて、残りの21kmについては6ヵ月かけて強化していきます」
村山も、ここに至るまで何も考えずにマラソンに取り組んできたわけではない。村山は以前から双子の弟で10000mの日本記録保持者である紘太(旭化成)とともに、過去に日本人が到達していない領域を目指し続けている。「高いレベルに到達するためには練習の強度を上げないといけないですし、学生時代よりも質の高い練習をしています」と言う。
昨年3月のびわ湖毎日で自身2度目のマラソンに挑んだ際は、練習の25km走を1km2分57秒ペースで消化したそうだ。
「それも別に全力というわけじゃなくて、全然きつくなかった。そのまま30kmまで走っても1時間28分台で行けたと思います(※30kmの1時間28分台を持つのは日本歴代でも4人だけ)。40km走もペースを抑えて2時間5~6分ですから、びわ湖の前に中村(匠吾、富士通)と話をした時は『自分のほうが練習してるな』と思いました。でも、結果は逆で……」
びわ湖は中盤で先頭集団から脱落し、2時間17分43秒(21位)。一方、駒大時代に同期だった中村は2時間10分51秒で日本人トップの7位に入り、MGCの出場権を獲得している。
そこから村山はMGCに向けて手を尽くした。昨年のベルリンは状態が万全でなかったことから、MGCの出場権獲得のみに照準を絞ったという。単純計算で、練習の40km走と同等の走りができれば出場資格が得られるはずだったのだ。
「2時間12分でよかったので、『これは練習だぞ』と自分に言い聞かせながら走りました。でも、抑えて走っていたら前半で無駄にエネルギーを使ってしまいました。コーチとは『アクセルとブレーキを同時に踏んでいるようなものだ』という話になりました」
ベルリンは中間点を1時間5分25秒で通過し、30kmまではそのペースを守ったが、終盤で失速して2時間15分37秒で16位にとどまった。2月の交通事故から急ピッチで仕上げた今年4月のハンブルクも自己ワーストの2時間21分25秒(38位)に沈み、MGC出場は消えた。
しかし、村山は東京五輪をあきらめてはいない。
「日本記録もそうですけど、自己ベストも更新したい。チャンスがある限りは走りたいと思っています。ベルリンの後は福岡国際(12月)と東京(2020年3月)を予定していて、9月は全日本実業団選手権(大阪)の10000mにも出ます」
譲れない一線
結果が出せずに苦しんでいる間、心配した駒大の大八木弘明監督から「ウチで一緒に練習しないか」と声をかけられたこともあったという。だが、村山はその申し出を断っている。
「中村が大八木さんの指導を受けるなら、僕は旭化成で結果を出したい。ライバルである中村とはあまり一緒に練習したくないですし、自立したい気持ちもあったんです」
これはもはや男としての〝意地〟だろう。レースに向けた調整についても、周囲からは「練習をやりすぎなんじゃないの?」と心配されることがあるという。
それでも、「他の人にはそう見えても、僕自身はそこまで無理しているとは思っていない」と、他人の指摘が全部正しいとは考えない。他人は他人、自分は自分。アドバイスを参考にすることはあっても、最終的には「村山兄弟のやり方」を見つけ出すしかない、と考えている。
「紘太は東京五輪が終わったらマラソンを走るんじゃないですかね。アイツは僕がやってきたことを見て、いいところを真似して僕の記録を抜いていくんですよ(笑)」
東京五輪については、マラソンではなくトラックで目指すという選択肢もあるが、その可能性についてはやんわりと否定した。
「30歳くらいまではトラックをやりたい気持ちもあるんですよ。でも、メインはマラソンですね」
名将たちが絶賛する身体能力とは裏腹に、決して器用とは言えない生き方。だが、それこそが紘太とは違う、〝村山兄弟の兄〟としての人生なのだろう。
「今でもたまに夢に出るんですよ。MGCを目指して調整していると思ったら、目が覚めて『あ、夢か』って」
当然のように立つはずだったMGCの舞台。それがなくなった今、村山はベルリンで次のチャンスに向かうきっかけをつかもうとしている。
村山の探す答えは、ベルリン・マラソンを走った後に少しずつ見えてくるのかもしれない。
文/山本慎一郎
【WEB特別記事】マラソンランナー・村山謙太の現在地(前編)
<関連書籍>
『月刊陸上競技』2014年9月号:村山兄弟の対談が掲載
『月刊陸上競技』2015年3月号:「追跡 箱根駅伝」……指導者が語る村山兄弟の4年間
『月刊陸上競技』2011年11月号:村山謙太選手の特集あり
『箱根駅伝公式ガイドブック2015』
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この秋発売の『出雲駅伝30年史』には村山謙太選手のインタビュー記事が掲載されます
WEB特別記事 マラソンランナー・村山謙太の現在地(後編) 「チャンスがある限りは走りたい」
学生時代にトラック、ロード、駅伝と、フィールドを問わずに華々しい活躍を見せ、将来は日本のマラソン界を背負って立つ選手になると言われた村山謙太(旭化成)。だが、9月15日に開催される東京五輪マラソン代表選考会「マラソングランドチャンピオンシップ」(MGC)の舞台に、村山は立つことができなかった。彼は今、何を目指し、どんな展望を描いているのか。2019シーズン後半戦を前に、村山の〝現在地〟を探った。 <前編はこちら> [caption id="attachment_4229" align="aligncenter" width="700"]
村山の目指す「答え」とは
MGCの出場権は得られなかったが、村山謙太(旭化成)が東京五輪のマラソン代表になる可能性がゼロになったわけではない。MGCの選考レースを完走している村山は、「MGCファイナルチャレンジ」に指定された大会で派遣設定記録(2時間5分49秒)を突破すれば五輪代表になれるチャンスがある。 大迫傑(ナイキ・オレゴン・プロジェクト)が昨年10月に樹立した日本記録を上回り、突破者の中で最も速いタイムを出すことが条件だ。 「今は9月のベルリン・マラソン(ドイツ)に向けてトレーニングをしています。『マラソンの答えを見つける』というのをテーマにしていて、ベルリンでは中間点までは先頭についていくつもりです」 すでに5回のマラソンを経験している村山だが、どれも本来の力を発揮できたとは言いがたい。その中でも、自己ベストを出した昨年7月のゴールドコースト(豪州)だけは違った手応えを得られたという。 「ゴールドコーストの時はその直前にあった日本選手権(10000m)のほうに集中していて、マラソン練習はしていなかったんです。ゴールドコーストはその後のベルリンで2時間6分から7分台を出すための練習という位置づけで、2時間12分ぐらいの予定でした。そこで思った以上に走れて、ベルリンに向けてはダメージが残ってしまったんですけど……。今まで旭化成の伝統のやり方で結果を出せていないので、今度のベルリンは最後の1ヵ月の調整を変えて、ハーフマラソンを走る時のようにスピードと(身体の)軽さを出していこうと考えています。ハーフを1時間1分台で通過できるようにしようと小島(忠幸)コーチとは話しています。それをやってみて、残りの21kmについては6ヵ月かけて強化していきます」 村山も、ここに至るまで何も考えずにマラソンに取り組んできたわけではない。村山は以前から双子の弟で10000mの日本記録保持者である紘太(旭化成)とともに、過去に日本人が到達していない領域を目指し続けている。「高いレベルに到達するためには練習の強度を上げないといけないですし、学生時代よりも質の高い練習をしています」と言う。 昨年3月のびわ湖毎日で自身2度目のマラソンに挑んだ際は、練習の25km走を1km2分57秒ペースで消化したそうだ。 「それも別に全力というわけじゃなくて、全然きつくなかった。そのまま30kmまで走っても1時間28分台で行けたと思います(※30kmの1時間28分台を持つのは日本歴代でも4人だけ)。40km走もペースを抑えて2時間5~6分ですから、びわ湖の前に中村(匠吾、富士通)と話をした時は『自分のほうが練習してるな』と思いました。でも、結果は逆で……」 [caption id="attachment_4199" align="aligncenter" width="700"]
譲れない一線
結果が出せずに苦しんでいる間、心配した駒大の大八木弘明監督から「ウチで一緒に練習しないか」と声をかけられたこともあったという。だが、村山はその申し出を断っている。 「中村が大八木さんの指導を受けるなら、僕は旭化成で結果を出したい。ライバルである中村とはあまり一緒に練習したくないですし、自立したい気持ちもあったんです」 これはもはや男としての〝意地〟だろう。レースに向けた調整についても、周囲からは「練習をやりすぎなんじゃないの?」と心配されることがあるという。 それでも、「他の人にはそう見えても、僕自身はそこまで無理しているとは思っていない」と、他人の指摘が全部正しいとは考えない。他人は他人、自分は自分。アドバイスを参考にすることはあっても、最終的には「村山兄弟のやり方」を見つけ出すしかない、と考えている。 「紘太は東京五輪が終わったらマラソンを走るんじゃないですかね。アイツは僕がやってきたことを見て、いいところを真似して僕の記録を抜いていくんですよ(笑)」 東京五輪については、マラソンではなくトラックで目指すという選択肢もあるが、その可能性についてはやんわりと否定した。 「30歳くらいまではトラックをやりたい気持ちもあるんですよ。でも、メインはマラソンですね」 名将たちが絶賛する身体能力とは裏腹に、決して器用とは言えない生き方。だが、それこそが紘太とは違う、〝村山兄弟の兄〟としての人生なのだろう。 「今でもたまに夢に出るんですよ。MGCを目指して調整していると思ったら、目が覚めて『あ、夢か』って」 当然のように立つはずだったMGCの舞台。それがなくなった今、村山はベルリンで次のチャンスに向かうきっかけをつかもうとしている。 村山の探す答えは、ベルリン・マラソンを走った後に少しずつ見えてくるのかもしれない。 [caption id="attachment_4200" align="aligncenter" width="467"]
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