2021.07.15
日本の女子長距離界を長くリードしてきた資生堂ランニングクラブが新寮の建設に伴い、酸素ルームの開発・生産で世界の最先端を行く日本気圧バルク工業株式会社の低圧低酸素ルーム、高圧高酸素ルームをセットで導入した。「低圧」は男子ではトヨタ自動車や旭化成など強豪チームが使用しているものの、女子実業団では初めてとなる。これは「高地トレーニングに勝る強化方法はない」と語る岩水嘉孝監督の熱意によって実現したもの。新たな寮を「共育」の場と位置付ける資生堂ランニングクラブにとって、育成強化の重要な設備。これから本格的に稼働が始まる。
高級感が漂う新寮のエントランスホールは吹き抜けの中庭も見えるすばらしい環境で、選手たちの意欲はいっそう高まっている
「高地トレーニングに勝るトレーニングはない」という信念
資生堂ランニングクラブのこれまでの活躍ぶりは、改めて説明の必要がないほど華々しい。1979年の創部以来、多くの選手を国際舞台に送り出し、日本記録も数多く作ってきた。現在在籍するメンバーの活躍も顕著で、高島由香が10000mで2016年の世界大会に出場、木村友香も2019年ドーハ世界選手権で日の丸をつけて走った。歴史的に中距離からマラソンまで幅広い種目で活躍している。
その名門クラブがこのほど寮を新設。外国籍の一般社員も入居するものであり、資生堂が社として歴史的に受け継いできたDNAのひとつ、「Diversity」(多様性)を体現する大型の施設だ。その中にはランニングクラブ専用のフロアがあり、中庭をぐるりと取り囲むように部屋が配置され、デザイン、機能とも洗練された居住空間になっている。ここがクラブハウスの役割も果たす。
「コロナ禍の中、練習が継続できるのか、大会は開かれるだろうかといった不安を感じながら、選手は日々苦しい練習を乗り越え、常に準備を怠らず毎日を過ごしています。皆が同じように不安な気持ちを持っていますが、昨日よりも今日、今日よりも明日へと少しでも成長するためにチームとして集まっていますので、選手やコーチがお互いにもっと声を掛け合って、先輩や後輩の垣根なく、成長を助けていける拠点をつくっていきたい。今回の寮の新設はそうした考えがあります」
そう語るのは川村浩之ゼネラルマネージャー(以下GM)。新寮のテーマは「共育」。文字通り、共に育っていこうという決意が込められている。
新寮の特徴や『O2 Room』導入の経緯、チーム目標などについて話す資生堂ランニングクラブの川村浩之ゼネラルマネージャー
そこに今回、日本気圧バルク工業株式会社の『O2 Room』を一気に2台、低圧低酸素ルームと高圧高酸素ルームをセットで導入した。「岩水嘉孝監督、青野宰明ヘッドコーチの熱意に押し切られた」と川村GMは苦笑するものの、岩水監督にしてみればどうしても必要な設備だった。
「私は高地トレーニングに勝る強化方法はない、と思っています。『O2 Room』を選ぶにあたって実際にスタッフで使用して手ごたえを感じたことに加え、私が現役時代を過ごしたトヨタ自動車、また旭化成など男子の強豪が使用している点も信頼できます。何より低酸素ルームは“低圧”という点が大きい。実際の高地とまったく同じ環境を再現できるのが決め手になりました」
近年、低酸素ルームには気圧が平地と変わらない「常圧」の簡易設備もよくあるが、低酸素トレーニングにおいて高い競技力を得るためには高地と同じ環境の「低圧」が必須の条件であり、それは岩水監督同様、多くの高地トレーニング経験者が低酸素ルーム導入時のポイントに挙げている。
加えて日本気圧バルク工業の『O2 Room』は日本で唯一、大学や病院での研究データを基に開発・生産している製品。低圧低酸素ルーム内に滞在するだけで血中のヘモグロビン量が増大し、血管の約99%を占める毛細血管が発達して身体の末端にまで酸素を運ぶ機能も向上する。それにより持久系スポーツの能力を高める研究成果も出ている。故障時は中で過ごすだけで心肺機能の低下を抑えられ、ウォーキングやジョグができればなおさらその効果は高い。故障からの立ち上げ、走り出し、ポイント練習復帰へと短期間で進むことができるのも大きなメリット。また、日本気圧バルク工業の製品は、これまで一件の事故もない安全性も高く評価される理由のひとつだ。
トレーニングルームに設置された『O2 Room』2台をバックにカメラに収まる高島由香(右)と入社2年目の佐藤成葉。右側の大きなほうが低圧低酸素ルーム、左側が高圧高酸素ルーム
今回、資生堂ランニングクラブは低圧低酸素ルームだけでなく、高圧高酸素ルームの設置も行っている。これも「トレーニングとリカバリーはセットで考える必要があります。特に高地環境での練習は身体への負荷が高いため、いかにリカバリーをするかが重要で、それよってトレーニング効果は大きく変わります。高圧高酸素ルームもなくてはならないものなのです」という岩水監督の考えによるもの。競技力を高めるために妥協をしない姿勢がうかがえる。
高地トレーニングのノウハウは
最新の情報を取り入れる
「高地トレーニングに勝る強化方法はない」と力説する岩水監督。それは現役選手時代から現在に至るまでの競技生活で確立された確固たる信念だ。
順天堂大学で走っていた時代、当時の澤木啓祐監督が高地トレーニングの研究をしていたこともあり、大きなレースの前には決まって長野県にある横手山(標高約2300m)で短期の合宿を行っていた。そこでの効果を実感していたこともあり、海外を転戦するようになってからもヨーロッパであればスイス・サンモリッツ(標高約1800m)、アメリカであればコロラド州ボルダー(標高約1600m)を拠点にしてレースに出場してきた。3000m障害で2003年のパリ世界選手権決勝進出に、4年に1度の世界大会も2回出場、日本記録の樹立と、その実績が効果のほどを証明している。
「ケニア、エチオピアの選手が台頭してくる中、どのようにトレーニングを工夫して勝っていくか。ヨーロッパやアメリカ、オーストラリアなど低地で暮らす民族がどう高地トレーニングを取り入れていくかはずっと興味を持っていました」
2013年にコーチとして資生堂ランニングクラブで指導を始めてからも高地トレーニングへの興味は尽きず、2016年には日本オリンピック委員会の推薦により、オーストラリアのメルボルントラッククラブへ1年間、コーチ留学。当地には近くにフォールズ・クリークという高地合宿を行う場所があるが、同時に低酸素ルームでのトレーニングも日常的に行われていた。1500mで3分30秒51、5000mで13分05秒23の記録を持ち、10000mまでマルチに走るスチュワート・マクスウェイン(オーストラリア、26歳)はその当時、岩水監督がコーチングしていた選手の一人で今でも交流があるという。
「低地で暮らす我々が世界と戦うために高地環境でのトレーニングが必要であることは間違いないですが、具体的な練習メニューに確固たる答えはありません。現役時代に私がやってきたことは他の選手に合わないことも多く、高地トレーニング自体が合わない選手もいます。そんな選手にどう落とし込むかは知識と取捨選択が必要。そのため常に新しい情報を取り入れ、勉強をし続けていくことが求められます」と岩水監督は断言する。
資生堂ランニングクラブの岩水嘉孝監督(41歳)は、『O2 Room』を活用しながら選手個々に合ったオーダーメイドのトレーニング作りをしていくという
『O2 Room』で選手個々に合った
オーダーメイドのトレーニングを
『O2 Room』はオーダーメイドで自由なカスタマイズが可能。どこに置くか、中にどんなトレーニング器具を設置したいかなどチームの環境や選手数、指導者の考えに基づいてサイズを決められる。高地トレーニングに精通する岩水監督が選んだ資生堂ランニングクラブの『O2 Room』低圧低酸素ルームにはトレッドミル、フィットネスバイクは中に1台ずつ設置された。5月に寮に搬入されたばかりで、本格稼働はこれからだ。
「私たちはアメリカのアルバカーキ(ニューメキシコ州/標高約1600m)にアパートを借りて高地トレーニングを行っていますが、国内外の高地、準高地でもよく合宿します。ただ、高地順化には2週間ほどかかり、その期間がもったいないと思っていました。合宿に行く前から寮内でその準備ができるのは大きな利点です。しかし、コロナ禍の今は海外合宿もなかなか行けないので、今は準備として活用するよりも、日本の通常の練習環境の中で高地と同じ練習ができるメリットを最大限に利用したいと考えています」(岩水監督)
『O2 Room』はカスタマイズが自由にできるため、トレーニングルームの所定スペースにジャストフィットするかたちで設置された
高地環境での長期滞在はメンタル面のストレスが生じ、トレーニングに影響を及ぼす場合もある。選手の適性や指導の考え方、感じ方はさまざまだが、日常の練習で高地トレーニングと同じ負荷をかけられる『O2 Room』があるメリットが大きい。
「うちには中距離をメインにトラックで距離を延ばしている選手もいれば、マラソンランナーもおり、種目によってアプローチは異なってきます。加えて日常的に生理学的なデータも採取し、メニューに反映させていくつもりです。低酸素下でのトレーニングのベースとなる考え方はありますが、基本は選手ごとにオーダーメイドのメニューを組んでいきます」(岩水監督)
低圧低酸素ルームの利点はここまで示した通りだが、川村GMはチーム運営上の観点からも効果を期待している。
「海外での高地合宿にはコストもかかり、選手全員を連れていけないのが現状です。しかし、寮内に高地と同じ環境があれば、すべての選手がハイレベルな強化の機会を得られます。今回の新しい寮のコンセプトは“共育”。選手は一人として欠けることなく強くなってほしいですし、選手にはそのチャンスを手にする権利がある。今回の『O2 Room』の導入は、まさにその考えを体現するものなのです」
低圧低酸素ルームは高さ2.5m、幅2.5m、奥行き3.5mのオーダーメイド。中にトレッドミル(右)、フィットネスバイクを1台ずつ設置している
高圧高酸素ルームの効果を知る選手
『O2 Room』で利用方法を拡大
リカバリー目的で利用する高圧高酸素ルームについても触れておこう。資生堂ランニングクラブではこれまで高酸素カプセルを2台保持し使ってきた経緯もあり、選手たちは「高酸素」の効果を身を持って知っている。その声を紹介しよう。
「2013年くらいから利用していますが、リカバリーでの使用やコンディションを整えるのが目的。練習が継続して詰めるようになりましたし、レースでのパフォーマンスも向上しています」(高島)
「私はほぼ毎日使用していて、疲労感が強かったり、ポイント練習の後などは90分を2回入ることもあります。翌日の疲労感が軽減されるのは実感できますね。また、強度の高い補強などの直後に利用すると翌朝のだるさや筋肉痛もかなり軽くなります」(木村)
「私は(入寮して間もない)昨年3月から利用を始め、基本的に毎日使っています。使用後は身体がすっきりして、疲労回復が早くなる気がします」(五島莉乃)
高圧高酸素ルームは高さ1.8m、幅1.2m、奥行き2.25mの1~3名用。カプセルタイプと違ってスペースに十分なゆとりがある
『O2 Room』の高圧高酸素ルームは酸素濃度を上げるだけでなく、高圧をかけることで肉体の疲労回復やケガの治療促進、睡眠の質の向上が期待できるもの。
これまでのカプセルは中で寝て使用する1人用だった。しかし、『O2 Room』は複数人が利用できる広さで、中にはエアコンやテレビも設置してあるため、くつろいだり、ストレッチングをして過ごすことができ、選手のコンディション向上に役立つことは間違いない。
3人は「とても広く、快適に過ごせます」(高島)、「圧迫感がなく、リラックスできるのがいいですね」(五島)、「大事な試合の1週間前から就寝時に活用していきたいです」(木村)とこれまでとの違いを話す。カプセルは90分の使用が上限で、かつ音が大きいなど使用感に問題があったが、『O2 Room』は長時間の利用が可能で、静音設計のため中で就寝することもできる。
「コンディショニングの幅が大きく広がった」と選手もスタッフも実感している。
最先端の設備を使い、クイーンズ駅伝の優勝へ
資生堂ランニングクラブは現在、3ヵ年計画の2年目。これまで監督を兼務していた川村GMが6月1日付で現職に専念し、ヘッドコーチだった岩水氏が監督に昇格した。計画の最終的な目標は2022年のクイーンズ駅伝(全日本実業団女子駅伝)優勝だ。
「高島や木村のように日の丸をつけて世界で戦うことは重要視しています。一方で、資生堂という会社はさまざまな部署で働く人たちが連携しながらお客さまに商品やサービスを作り上げて提供しています。それはまさにタスキをつなぐ駅伝にも置き換えられるように、ランニングクラブではチームとしての結果も大切なものと考えています。ランニングはとても科学的なスポーツですので、最先端のトレーニング機器を使い、それを持って全員が成長できることを
目指します。それを駅伝で発揮できればと考えています」(川村GM)
女子実業団チームとして低圧低酸素ルームの導入は初であり、練習体系の構築もまだ緒に就いたばかり。しかし、データを重視し、日々学びながら選手個々にあったオーダーメイドのトレーニングを模索する岩水監督だけに、その成果は想像する以上に早くかたちになるかもしれない。
2021年は伝統ある資生堂ランニングクラブのターニングポイント。チームは今、新たな挑戦を前に活気づいている。
抜群の環境が整った新しい寮を拠点に駅伝日本一を目指す資生堂ランニングクラブの選手たち
※この記事は『月刊陸上競技』2021年8月号に掲載したものを一部編集して掲載しています
<関連リンク>
資生堂ランニングクラブ
日本気圧バルク工業
「高地トレーニングに勝るトレーニングはない」という信念
資生堂ランニングクラブのこれまでの活躍ぶりは、改めて説明の必要がないほど華々しい。1979年の創部以来、多くの選手を国際舞台に送り出し、日本記録も数多く作ってきた。現在在籍するメンバーの活躍も顕著で、高島由香が10000mで2016年の世界大会に出場、木村友香も2019年ドーハ世界選手権で日の丸をつけて走った。歴史的に中距離からマラソンまで幅広い種目で活躍している。 その名門クラブがこのほど寮を新設。外国籍の一般社員も入居するものであり、資生堂が社として歴史的に受け継いできたDNAのひとつ、「Diversity」(多様性)を体現する大型の施設だ。その中にはランニングクラブ専用のフロアがあり、中庭をぐるりと取り囲むように部屋が配置され、デザイン、機能とも洗練された居住空間になっている。ここがクラブハウスの役割も果たす。 「コロナ禍の中、練習が継続できるのか、大会は開かれるだろうかといった不安を感じながら、選手は日々苦しい練習を乗り越え、常に準備を怠らず毎日を過ごしています。皆が同じように不安な気持ちを持っていますが、昨日よりも今日、今日よりも明日へと少しでも成長するためにチームとして集まっていますので、選手やコーチがお互いにもっと声を掛け合って、先輩や後輩の垣根なく、成長を助けていける拠点をつくっていきたい。今回の寮の新設はそうした考えがあります」 そう語るのは川村浩之ゼネラルマネージャー(以下GM)。新寮のテーマは「共育」。文字通り、共に育っていこうという決意が込められている。 新寮の特徴や『O2 Room』導入の経緯、チーム目標などについて話す資生堂ランニングクラブの川村浩之ゼネラルマネージャー そこに今回、日本気圧バルク工業株式会社の『O2 Room』を一気に2台、低圧低酸素ルームと高圧高酸素ルームをセットで導入した。「岩水嘉孝監督、青野宰明ヘッドコーチの熱意に押し切られた」と川村GMは苦笑するものの、岩水監督にしてみればどうしても必要な設備だった。 「私は高地トレーニングに勝る強化方法はない、と思っています。『O2 Room』を選ぶにあたって実際にスタッフで使用して手ごたえを感じたことに加え、私が現役時代を過ごしたトヨタ自動車、また旭化成など男子の強豪が使用している点も信頼できます。何より低酸素ルームは“低圧”という点が大きい。実際の高地とまったく同じ環境を再現できるのが決め手になりました」 近年、低酸素ルームには気圧が平地と変わらない「常圧」の簡易設備もよくあるが、低酸素トレーニングにおいて高い競技力を得るためには高地と同じ環境の「低圧」が必須の条件であり、それは岩水監督同様、多くの高地トレーニング経験者が低酸素ルーム導入時のポイントに挙げている。 加えて日本気圧バルク工業の『O2 Room』は日本で唯一、大学や病院での研究データを基に開発・生産している製品。低圧低酸素ルーム内に滞在するだけで血中のヘモグロビン量が増大し、血管の約99%を占める毛細血管が発達して身体の末端にまで酸素を運ぶ機能も向上する。それにより持久系スポーツの能力を高める研究成果も出ている。故障時は中で過ごすだけで心肺機能の低下を抑えられ、ウォーキングやジョグができればなおさらその効果は高い。故障からの立ち上げ、走り出し、ポイント練習復帰へと短期間で進むことができるのも大きなメリット。また、日本気圧バルク工業の製品は、これまで一件の事故もない安全性も高く評価される理由のひとつだ。 トレーニングルームに設置された『O2 Room』2台をバックにカメラに収まる高島由香(右)と入社2年目の佐藤成葉。右側の大きなほうが低圧低酸素ルーム、左側が高圧高酸素ルーム 今回、資生堂ランニングクラブは低圧低酸素ルームだけでなく、高圧高酸素ルームの設置も行っている。これも「トレーニングとリカバリーはセットで考える必要があります。特に高地環境での練習は身体への負荷が高いため、いかにリカバリーをするかが重要で、それよってトレーニング効果は大きく変わります。高圧高酸素ルームもなくてはならないものなのです」という岩水監督の考えによるもの。競技力を高めるために妥協をしない姿勢がうかがえる。高地トレーニングのノウハウは 最新の情報を取り入れる
「高地トレーニングに勝る強化方法はない」と力説する岩水監督。それは現役選手時代から現在に至るまでの競技生活で確立された確固たる信念だ。 順天堂大学で走っていた時代、当時の澤木啓祐監督が高地トレーニングの研究をしていたこともあり、大きなレースの前には決まって長野県にある横手山(標高約2300m)で短期の合宿を行っていた。そこでの効果を実感していたこともあり、海外を転戦するようになってからもヨーロッパであればスイス・サンモリッツ(標高約1800m)、アメリカであればコロラド州ボルダー(標高約1600m)を拠点にしてレースに出場してきた。3000m障害で2003年のパリ世界選手権決勝進出に、4年に1度の世界大会も2回出場、日本記録の樹立と、その実績が効果のほどを証明している。 「ケニア、エチオピアの選手が台頭してくる中、どのようにトレーニングを工夫して勝っていくか。ヨーロッパやアメリカ、オーストラリアなど低地で暮らす民族がどう高地トレーニングを取り入れていくかはずっと興味を持っていました」 2013年にコーチとして資生堂ランニングクラブで指導を始めてからも高地トレーニングへの興味は尽きず、2016年には日本オリンピック委員会の推薦により、オーストラリアのメルボルントラッククラブへ1年間、コーチ留学。当地には近くにフォールズ・クリークという高地合宿を行う場所があるが、同時に低酸素ルームでのトレーニングも日常的に行われていた。1500mで3分30秒51、5000mで13分05秒23の記録を持ち、10000mまでマルチに走るスチュワート・マクスウェイン(オーストラリア、26歳)はその当時、岩水監督がコーチングしていた選手の一人で今でも交流があるという。 「低地で暮らす我々が世界と戦うために高地環境でのトレーニングが必要であることは間違いないですが、具体的な練習メニューに確固たる答えはありません。現役時代に私がやってきたことは他の選手に合わないことも多く、高地トレーニング自体が合わない選手もいます。そんな選手にどう落とし込むかは知識と取捨選択が必要。そのため常に新しい情報を取り入れ、勉強をし続けていくことが求められます」と岩水監督は断言する。 資生堂ランニングクラブの岩水嘉孝監督(41歳)は、『O2 Room』を活用しながら選手個々に合ったオーダーメイドのトレーニング作りをしていくという『O2 Room』で選手個々に合った オーダーメイドのトレーニングを
『O2 Room』はオーダーメイドで自由なカスタマイズが可能。どこに置くか、中にどんなトレーニング器具を設置したいかなどチームの環境や選手数、指導者の考えに基づいてサイズを決められる。高地トレーニングに精通する岩水監督が選んだ資生堂ランニングクラブの『O2 Room』低圧低酸素ルームにはトレッドミル、フィットネスバイクは中に1台ずつ設置された。5月に寮に搬入されたばかりで、本格稼働はこれからだ。 「私たちはアメリカのアルバカーキ(ニューメキシコ州/標高約1600m)にアパートを借りて高地トレーニングを行っていますが、国内外の高地、準高地でもよく合宿します。ただ、高地順化には2週間ほどかかり、その期間がもったいないと思っていました。合宿に行く前から寮内でその準備ができるのは大きな利点です。しかし、コロナ禍の今は海外合宿もなかなか行けないので、今は準備として活用するよりも、日本の通常の練習環境の中で高地と同じ練習ができるメリットを最大限に利用したいと考えています」(岩水監督) 『O2 Room』はカスタマイズが自由にできるため、トレーニングルームの所定スペースにジャストフィットするかたちで設置された 高地環境での長期滞在はメンタル面のストレスが生じ、トレーニングに影響を及ぼす場合もある。選手の適性や指導の考え方、感じ方はさまざまだが、日常の練習で高地トレーニングと同じ負荷をかけられる『O2 Room』があるメリットが大きい。 「うちには中距離をメインにトラックで距離を延ばしている選手もいれば、マラソンランナーもおり、種目によってアプローチは異なってきます。加えて日常的に生理学的なデータも採取し、メニューに反映させていくつもりです。低酸素下でのトレーニングのベースとなる考え方はありますが、基本は選手ごとにオーダーメイドのメニューを組んでいきます」(岩水監督) 低圧低酸素ルームの利点はここまで示した通りだが、川村GMはチーム運営上の観点からも効果を期待している。 「海外での高地合宿にはコストもかかり、選手全員を連れていけないのが現状です。しかし、寮内に高地と同じ環境があれば、すべての選手がハイレベルな強化の機会を得られます。今回の新しい寮のコンセプトは“共育”。選手は一人として欠けることなく強くなってほしいですし、選手にはそのチャンスを手にする権利がある。今回の『O2 Room』の導入は、まさにその考えを体現するものなのです」 低圧低酸素ルームは高さ2.5m、幅2.5m、奥行き3.5mのオーダーメイド。中にトレッドミル(右)、フィットネスバイクを1台ずつ設置している高圧高酸素ルームの効果を知る選手 『O2 Room』で利用方法を拡大
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資生堂ランニングクラブは現在、3ヵ年計画の2年目。これまで監督を兼務していた川村GMが6月1日付で現職に専念し、ヘッドコーチだった岩水氏が監督に昇格した。計画の最終的な目標は2022年のクイーンズ駅伝(全日本実業団女子駅伝)優勝だ。 「高島や木村のように日の丸をつけて世界で戦うことは重要視しています。一方で、資生堂という会社はさまざまな部署で働く人たちが連携しながらお客さまに商品やサービスを作り上げて提供しています。それはまさにタスキをつなぐ駅伝にも置き換えられるように、ランニングクラブではチームとしての結果も大切なものと考えています。ランニングはとても科学的なスポーツですので、最先端のトレーニング機器を使い、それを持って全員が成長できることを 目指します。それを駅伝で発揮できればと考えています」(川村GM) 女子実業団チームとして低圧低酸素ルームの導入は初であり、練習体系の構築もまだ緒に就いたばかり。しかし、データを重視し、日々学びながら選手個々にあったオーダーメイドのトレーニングを模索する岩水監督だけに、その成果は想像する以上に早くかたちになるかもしれない。 2021年は伝統ある資生堂ランニングクラブのターニングポイント。チームは今、新たな挑戦を前に活気づいている。 抜群の環境が整った新しい寮を拠点に駅伝日本一を目指す資生堂ランニングクラブの選手たち ※この記事は『月刊陸上競技』2021年8月号に掲載したものを一部編集して掲載しています <関連リンク> 資生堂ランニングクラブ 日本気圧バルク工業
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