2021.02.26
今、陸上界では鹿児島に注目が集まっている。
週末の2月28日、ジャパンアスリートトレーニングセンター大隅の室内競技場で開かれる「2021 Japan Athlete Games in Osaki」には、日本記録保持者、日本代表クラスのトップアスリートが多数集結。主催は鹿児島陸協と大崎町陸上競技の聖地創り実行委員会だ。
本来であれば2020年に鹿児島で国体が開催される予定だったが、コロナ禍により延期が決定。人口が約1万3000人の町が、どんな思いで競技会開催に至ったのか。そこには、「アスリートに練習の成果を発揮する場を提供したい」「中高生たちに夢を」という強い熱意があった。
鹿児島国体の延期で決意
新型コロナウイルスが暗い影を落とした2020年。スポーツの大会が相次いで自粛するなか、この大会も例外ではなかった。
鹿児島国体、年内開催を断念――。
10月に開催を予定していた国民体育大会(国体)と、その後に行われる全国障害者スポーツ大会を、次年度以降に延期すると正式に決まったのが6月19日だった。
国体は1946年に第1回大会が開催。以後、毎年各都道府県が持ち回りで行われてきた、「スポーツの祭典」だった。地元の代表として出場する国体は、多くのアスリートにとって憧れの舞台。各地方自治体も予算を組み、会場周辺の整備やスポーツの強化に大きく寄与してきた。
特に中高生にとって国体はインターハイ、全中と並ぶ目標とする大会で、国体への思い入れは強い。鹿児島開催が決まった段階で「数年後に地元国体に出たい」という思いを胸に部活動に励んでいる選手たちも多かった。
だが、コロナ禍にあって、インターハイや全中も中止が決定。全国から延べ80万人の来場が見込まれる国体、全国障害者スポーツ大会の開催が困難なのは明らかだった。
「国体が延期して何もせず、というのは考えられませんでした」
そう語るのは大崎町陸上競技の聖地創り実行委員会事務局の長谷川勝哉さん。
大崎町には、鹿児島県が整備し、2019年4月に完成した陸上競技専用の巨大トレーニング施設「ジャパンアスリートトレーニングセンター大隅」がある。陸上競技に特化した国内初の施設で、屋外の陸上競技場はもちろん、150m×5レーンの直走路を備えた室内競技場も設置。多くのアスリートが合宿に訪れるだけでなく、地元の人たちにも開放されて親しまれていた。
世界に誇れるほどの陸上競技に特化したトレーニング施設「ジャパンアスリートトレーニングセンター大隅」
「これまで他の競技では合宿などで大隅半島を使われてきたのですが、陸上競技は少なかったです。大崎町で唯一だった高校が閉校し、その跡地に建設されました。その当時から、『陸上の大会をしたいね』という話はしていました。昨年はさまざまなイベントや大会が中止になる中で、町の雰囲気もどことなく暗いのを感じました。少しずつ陸上の合宿者が増えてきた中でのできごとです。陸上を通じて関わりのできたアスリートへの恩返し、そして中高生たちに夢を与えたい。そういう思いがあって、みんなと話している中で『スポーツをやろう』という声が上がりました。この時代だからこそ、何かできるんじゃないか、と」(長谷川さん)
長谷川さんは学生時代に十種競技に取り組んでいた元アスリート。同じ事務局で学生時代は剣道をしていた隈本祐貴さんと中心になって、プロジェクトを立ち上げた。「陸上競技の試合をしよう」。県や町の補助金も活用し、思い切ってスタートさせた。
「大崎町を陸上の聖地に」と「中高生たちに希望を」という思いが、鹿児島県大隅半島の人口約1万3000人の町を突き動かした。
トップ選手たちが次々に協力
「最初は“イケイケどんどん”で、みんないろんなアイディアを出していったんです」と長谷川さん。だが、動き出してみると、いろいろな問題が浮き彫りになる。
鹿児島陸協に「競技会ができないか」と相談したところ、「審判の確保が大変」だという。そこで、長谷川さんは母校である鹿屋体大に相談。快く学生たちを派遣してくれることになった。
もちろん、資金集めにも奔走。コロナ禍ということもあったが、地元企業などの協力態勢も少しずつ整った。
そんな時期に、十種競技の日本記録保持者・右代啓祐(国士舘クラブ)や、同歴代2位の中村明彦(スズキAC)、パラアスリートの山本篤(新日本住設)らが合宿に訪れていた。彼らに「中高生のために何かしたいと思っているんです」と話すと、「おもしそうですね。できることがあれば何でもしますよ」と応えてくれた。その後、3名は「大会公式アンバサダー」に就任し、各種媒体やSNSを通じて施設や大会情報を積極的に発信。その中でも、長谷川さんにとって「学生時代からスーパースター」である2つ年上の右代の協力は心強かった。
昨年11月には右代、中村らが陸上教室を行うなどした(提供/大崎町陸上競技の聖地創り実行委員会事務局)
「大会に出場してくれるというので、それならトップ選手に声をかけてみようと思いました」(長谷川さん)。そうして動いている時に情報として知ったのが、福井の「Athlete Night Games in FUKUI」。2019年にクラウドファンディングで立ち上げた大会は、日本記録が複数誕生して大きな話題となった。コロナ禍だった昨年も、競技会再開後、「有観客」で開催。トップアスリートが福井で躍動する姿に、地元の人たちは心躍らせた。
長谷川さんは「福井陸協さんの大会を知り、こういうやり方もあるんだ、と感激して、クラウドファンディングにも挑戦することにしました」と話す。10月にはホームページを立ち上げ、年末にクラウドファンディングをスタート。右代や中村の他にも、棒高跳で世界選手権に出場した江島雅紀(日大)らのエントリーが発表された。
順調に進んでいるかに見えたが、新型コロナウイルスの感染者は全国的に増加。地域によっては緊急事態宣言も発出され、「どうするんだという声はありました」と長谷川さんは言う。「もちろん、判断はしなくてはいけないので、県が緊急事態宣言を出したら考えよう、ということになりました」。だが、心の内としては、「何としても」だった。
「我々の目的は国体延期によって、直近の目標を失った中高生に何か希望となる大会を開きたいということ。これが来年やその先だったら意味がないんじゃないか。今年やらないと意味がない」
関係各所に説明、報告、そして協力を仰ぎながら、綱渡りの中で準備が進んでいく。
コロナ対策を万全に開催へ
結果的に鹿児島県内の感染者数も一定で抑えられた。地元企業を含め特別協賛・協賛企業は22社に上った。地元テレビ局のMBC南日本放送がテレビ中継することを決定。当日はライブ配信も行われる。クラウドファンディングは73の企業・個人が応募し、118万8000円が集まった。
実施種目は招待種目が男女100m、110(100)mハードル、男子棒高跳、男女走幅跳。100mには山縣亮太(セイコー)の出場が決まり、110mハードルと走幅跳には日本記録保持者の高山峻野(ゼンリン)と城山正太郎(ゼンリン)が参戦。女子100mハードルの木村文子(エディオン)も出場を予定している。そして、地元期待のスプリンター・日本選手権女子200m優勝の鶴田玲美(南九州ファミリーマート)の名も。パラ種目100mと走幅跳が行われる。国内の「室内」競技会で100mや110mハードルが直線走路で行われるのは前例がないに等しい。
もちろん、地元の中高生たちも出場。すでに国民スポーツ大会(※)の開催が内定していた佐賀や滋賀をはじめとする複数の県が鹿児島国体の2023 年の開催延期を認めてくれたことに対して、鹿児島県から感謝の意を表すため、佐賀と滋賀の両県から高校生を招待する予定だったが、新型コロナウイルス感染症拡大のため断念せざるを得なかった。それでも、国体を目指して部活動に励んできた中高生たちが、トップ選手たちと同じ舞台でパフォーマンスができる夢舞台が整った。
「実は『トップ選手とやることで萎縮して自信をなくす中高生もいるのでは』という声もあったのですが、県陸協の方々が『この子たちなら大丈夫です』と送り出してくれた選手たちです。2年後の国体を目指すために、一つのステップアップにしてもらえればうれしいです」(長谷川さん)
日本陸連が示す感染対策を万全に講じ、帯同させる人員を制限し、メディアの数も最小限に。室内競技場ということもあり、換気も十分に行っていくという。また、保健所の指導も受け、出入りする全ての人の入退場時間の記録、そして競技種目ごとに控え室をエリア分けする。
すべて手探りで、社会情勢に左右されながら、それでも開催を目指し、大崎町が一体となって突き進んできた。「ゼロからイチだったので、本当に大変でした。みなさんの協力と理解があって、ここまで来られました」。大会は記録も公認されるため、東京五輪の参加標準記録を突破する可能性もある。
さまざまな思いが込められた「2021 Japan Athlete Games in Osaki」は、2月28日に行われる。中高生に夢を――大きな夢が目の前から突如として消えた中で灯した小さな光は、未来を担う若者たちの道しるべとなる。
文/向永拓史
大会の模様はライブ配信される。詳細は大会ホームページへ

鹿児島国体の延期で決意
新型コロナウイルスが暗い影を落とした2020年。スポーツの大会が相次いで自粛するなか、この大会も例外ではなかった。 鹿児島国体、年内開催を断念――。 10月に開催を予定していた国民体育大会(国体)と、その後に行われる全国障害者スポーツ大会を、次年度以降に延期すると正式に決まったのが6月19日だった。 国体は1946年に第1回大会が開催。以後、毎年各都道府県が持ち回りで行われてきた、「スポーツの祭典」だった。地元の代表として出場する国体は、多くのアスリートにとって憧れの舞台。各地方自治体も予算を組み、会場周辺の整備やスポーツの強化に大きく寄与してきた。 特に中高生にとって国体はインターハイ、全中と並ぶ目標とする大会で、国体への思い入れは強い。鹿児島開催が決まった段階で「数年後に地元国体に出たい」という思いを胸に部活動に励んでいる選手たちも多かった。 だが、コロナ禍にあって、インターハイや全中も中止が決定。全国から延べ80万人の来場が見込まれる国体、全国障害者スポーツ大会の開催が困難なのは明らかだった。 「国体が延期して何もせず、というのは考えられませんでした」 そう語るのは大崎町陸上競技の聖地創り実行委員会事務局の長谷川勝哉さん。 大崎町には、鹿児島県が整備し、2019年4月に完成した陸上競技専用の巨大トレーニング施設「ジャパンアスリートトレーニングセンター大隅」がある。陸上競技に特化した国内初の施設で、屋外の陸上競技場はもちろん、150m×5レーンの直走路を備えた室内競技場も設置。多くのアスリートが合宿に訪れるだけでなく、地元の人たちにも開放されて親しまれていた。
トップ選手たちが次々に協力
「最初は“イケイケどんどん”で、みんないろんなアイディアを出していったんです」と長谷川さん。だが、動き出してみると、いろいろな問題が浮き彫りになる。 鹿児島陸協に「競技会ができないか」と相談したところ、「審判の確保が大変」だという。そこで、長谷川さんは母校である鹿屋体大に相談。快く学生たちを派遣してくれることになった。 もちろん、資金集めにも奔走。コロナ禍ということもあったが、地元企業などの協力態勢も少しずつ整った。 そんな時期に、十種競技の日本記録保持者・右代啓祐(国士舘クラブ)や、同歴代2位の中村明彦(スズキAC)、パラアスリートの山本篤(新日本住設)らが合宿に訪れていた。彼らに「中高生のために何かしたいと思っているんです」と話すと、「おもしそうですね。できることがあれば何でもしますよ」と応えてくれた。その後、3名は「大会公式アンバサダー」に就任し、各種媒体やSNSを通じて施設や大会情報を積極的に発信。その中でも、長谷川さんにとって「学生時代からスーパースター」である2つ年上の右代の協力は心強かった。
コロナ対策を万全に開催へ
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