2024.07.07
山梨学大の上田誠仁顧問の月陸Online特別連載コラム。これまでの経験や感じたこと、想いなど、心のままに綴っていただきます!
第46回「教えて然るのちに困しむを知る~全日本の選考会シーズンを迎えて~」
早朝練習の帰り道。
垣根の向こう側で紫陽花が、淡い色合いで雨に濡れつつ咲いている。
そのような姿に心癒されることもないほど、梅雨入りが例年より遅い6月であった。
多くの地区で、全日本大学駅伝の出場校選考会が行われるのもこの時期だ。
今年の関東地区の選考会は相模原ギオンスタジアムで例年通りの開催となった。
高温多湿の気象条件は覚悟の上とはいえ、確実に選手たちの体力を奪い、疲労を蓄積させてゆくグラウンドコンディションである。
選手は体調を整え暑熱対策を施し、スタートラインに立つ。出場権をかけたレースであるが故に、後半の組になれば暑さを凌駕するハイスピードの展開が繰り広げられることもしばしばである。
関東では10000m上位8名の平均タイムで選考され、選考会に出場する大学は20校。10000のレースを4組行い、各組2名ずつが戦略を持ってエントリーされている。レース4組8人の合計タイム上位7校が、11月の全日本大学駅伝へと駒を進めることができる。
オーソドックスに各組の役割をとらえてみる。
1組は駅伝と同じく、その後の2組目以降でストレスがかからないように流れを作ることが使命となる。レースは安定したペースで進み、後半につれてペースが徐々に上がり始める。ラスト5周前後はかなりのハイペースで進むことが予測される。少なくとも終了時点で、総合10位以内につけておきたい。
2組はペース変化に柔軟に対応できる選手が望ましい。2組も1組同様に、前半から無謀なペースで集団を引く選手はほぼ出ない。しかしながら、後半のペースアップは1組よりも激しいものとなる。
前半戦の1、2組でチームのボトムアップや、総合力の高さを窺い知ることができる。
3組はいよいよチームの主力級の登用となる。本戦を見据えて、主要区間を任される選手であることは疑う余地はない。それだけに流れに身を任せるように走っていた1、2組とは違い、ペースメイクを買って出るように先頭に立ってハイペースに持ち込む選手が現れる。
スピードレースとなっても集団が大きく崩れることはなく、中盤まで形成される。後半はさすがに走力の差がジリジリと現れ、ここでの差が最終順位を決定づけることもしばしばである。
最終4組はチームの大黒柱である2枚看板の登場である。ケニア人留学生が当然のごとくレースの流れを作る。しかしながら、近年は日本人エースとの差がそれほど開かない傾向にある。
秋から冬にかけての絶好の気象条件で出された自己記録は、高温多湿のこの時期ではあくまで参考程度の数字である。しかしながら、最終組を任された選手は、速さと強さを兼ね揃えた強者たちの集まりだけに、粘り強い耐久レースが展開される。
3組4組の中盤で苦悶の表情を浮かべる状況だと、第4コーナーのコーチングエリアに立って指示を出す監督の表情も厳しいものとなる。
レースが終了し、最終結果確定の発表をメインスタンド正面に設置されたマイクで、関東学連の次呂久幹事長が1位から順に読み上げた。同時に電光掲示板のスクリーン上に大学名が映し出される。
1位東海大学
2位東洋大学
3位早稲田大学
4位日本体育大学
5位立教大学
6位帝京大学
7位神奈川大学
と発表された。
ここまでが関東学連選考会での選出だ。
昨年のシード校(駒沢、青山学院、國學院、中央、城西、創価、大東文化、東京国際)と関東から15チームが出場することになる。
1位から7位の大学名を見て、「そうなんだ・・・」と思わず独り言を呟いてしまった。そして、しばし想いを巡らせてみた。
それは予選通過の7校は、いずれも留学生を擁しないチームであることに思いが至ったからだ。
留学生の走りがチームのマイナスを補うことにも限界があるのだろう。留学生の加入によってチーム全体のレベルアップが図られることが重要であり、マイナスを補うことではなく、プラスを産むことが目指すところである。
この問いは、監督時代のジョセフ・オツオリ以来、数えきれないほど自問自答してきたことだ。その時の思いが再び蘇った。
駅伝や今回のような選考会には、エースの存在が重要であることは疑う余地がない。
しかしながら、それ以上にエース各(複数)の存在が必要であり、それにつれてチームの底上げや総合力が試されるのだろう。
今回選考されたチームは一くくりにチーム状況を解説できぬほど個性的である。とは言え、共通して言えることは、留学生の有無に関わらず、この選考レースを戦い抜く戦略としてトレーニングを積み重ね、戦術としてのレース展開をまっとうできたからにほかならない。
この日を境に次のようなルートマップが描かれた。
・出雲駅伝→全日本大学駅伝→箱根駅伝と向かう大学(全日本、箱根ともシード権獲得と今回の予選通過の東洋、早稲田、帝京)
・出雲駅伝→箱根駅伝となるチーム(法政)
・箱根駅伝予選会→全日本大学駅伝→予選会を通過すれば箱根駅伝(東海、日体、立教、神奈川、中央、東京国際)
・箱根駅伝予選会→通過すれば箱根駅伝(関東予選に出場した大学では明治、日大、山梨学院、中央学院、駿河台、麗澤、東農、国士、専修、順天、流経、亜細亜などを含めた数10校が参加)
そして、10月17日の午前には箱根駅伝予選会で終了する大学が決定づけられる。
古代中国の『礼記』に「学然後知不足、教然後知困」とある。
「学びて然(しか)る後に足らざるを知り、教えて然る後に困(くる)しむを知る」と読む。
この箴言の意味は「学ぶことで自分に足らないことが分かる。学ばなければ足らない事すら分からない」。そして「人に教えることで、自分の不勉強に気づかされる。自分の未熟さを知ることで努力しなければならないことに気づかされる」ということだろうか。
残念ながら選考順位に至らなかったチームにあっても、何かしら課題と収穫はあったはず。後悔やミス、レース展開や心理的な不覚を含めて、課題は対策の立案となり次の目標に向けて始動するしかない。
予選会は選手以上に指導者の方々の苦悩が伝わってくるものだ。まさに“教えて然るのちに困しむを知る”である。
その苦しみの先にこそ歓喜が訪れることを信じ、秋のシーズンを待ちたい。
上田誠仁 Ueda Masahito/1959年生まれ、香川県出身。山梨学院大学スポーツ科学部スポーツ科学科教授。順天堂大学時代に3年連続で箱根駅伝の5区を担い、2年時と3年時に区間賞を獲得。2度の総合優勝に貢献した。卒業後は地元・香川県内の中学・高校教諭を歴任。中学教諭時代の1983年には日本選手権5000mで2位と好成績を収めている。85年に山梨学院大学の陸上競技部監督へ就任し、92年には創部7年、出場6回目にして箱根駅伝総合優勝を達成。以降、出雲駅伝5連覇、箱根総合優勝3回など輝かしい実績を誇るほか、中村祐二や尾方剛、大崎悟史、井上大仁など、のちにマラソンで世界へ羽ばたく選手を多数育成している。2022年4月より山梨学院大学陸上競技部顧問に就任。 |
第46回「教えて然るのちに困しむを知る~全日本の選考会シーズンを迎えて~」
[caption id="attachment_131862" align="alignnone" width="800"] 今年も相模原ギオンスタジアムで行われた全日本大学駅伝関東学連推薦校選考会[/caption] 早朝練習の帰り道。 垣根の向こう側で紫陽花が、淡い色合いで雨に濡れつつ咲いている。 そのような姿に心癒されることもないほど、梅雨入りが例年より遅い6月であった。 多くの地区で、全日本大学駅伝の出場校選考会が行われるのもこの時期だ。 今年の関東地区の選考会は相模原ギオンスタジアムで例年通りの開催となった。 高温多湿の気象条件は覚悟の上とはいえ、確実に選手たちの体力を奪い、疲労を蓄積させてゆくグラウンドコンディションである。 選手は体調を整え暑熱対策を施し、スタートラインに立つ。出場権をかけたレースであるが故に、後半の組になれば暑さを凌駕するハイスピードの展開が繰り広げられることもしばしばである。 関東では10000m上位8名の平均タイムで選考され、選考会に出場する大学は20校。10000のレースを4組行い、各組2名ずつが戦略を持ってエントリーされている。レース4組8人の合計タイム上位7校が、11月の全日本大学駅伝へと駒を進めることができる。 オーソドックスに各組の役割をとらえてみる。 1組は駅伝と同じく、その後の2組目以降でストレスがかからないように流れを作ることが使命となる。レースは安定したペースで進み、後半につれてペースが徐々に上がり始める。ラスト5周前後はかなりのハイペースで進むことが予測される。少なくとも終了時点で、総合10位以内につけておきたい。 2組はペース変化に柔軟に対応できる選手が望ましい。2組も1組同様に、前半から無謀なペースで集団を引く選手はほぼ出ない。しかしながら、後半のペースアップは1組よりも激しいものとなる。 前半戦の1、2組でチームのボトムアップや、総合力の高さを窺い知ることができる。 3組はいよいよチームの主力級の登用となる。本戦を見据えて、主要区間を任される選手であることは疑う余地はない。それだけに流れに身を任せるように走っていた1、2組とは違い、ペースメイクを買って出るように先頭に立ってハイペースに持ち込む選手が現れる。 スピードレースとなっても集団が大きく崩れることはなく、中盤まで形成される。後半はさすがに走力の差がジリジリと現れ、ここでの差が最終順位を決定づけることもしばしばである。 最終4組はチームの大黒柱である2枚看板の登場である。ケニア人留学生が当然のごとくレースの流れを作る。しかしながら、近年は日本人エースとの差がそれほど開かない傾向にある。 秋から冬にかけての絶好の気象条件で出された自己記録は、高温多湿のこの時期ではあくまで参考程度の数字である。しかしながら、最終組を任された選手は、速さと強さを兼ね揃えた強者たちの集まりだけに、粘り強い耐久レースが展開される。 3組4組の中盤で苦悶の表情を浮かべる状況だと、第4コーナーのコーチングエリアに立って指示を出す監督の表情も厳しいものとなる。 レースが終了し、最終結果確定の発表をメインスタンド正面に設置されたマイクで、関東学連の次呂久幹事長が1位から順に読み上げた。同時に電光掲示板のスクリーン上に大学名が映し出される。 [caption id="attachment_131862" align="alignnone" width="800"] 全レース終了後に結果が発表された[/caption] 1位東海大学 2位東洋大学 3位早稲田大学 4位日本体育大学 5位立教大学 6位帝京大学 7位神奈川大学 と発表された。 ここまでが関東学連選考会での選出だ。 昨年のシード校(駒沢、青山学院、國學院、中央、城西、創価、大東文化、東京国際)と関東から15チームが出場することになる。 1位から7位の大学名を見て、「そうなんだ・・・」と思わず独り言を呟いてしまった。そして、しばし想いを巡らせてみた。 それは予選通過の7校は、いずれも留学生を擁しないチームであることに思いが至ったからだ。 留学生の走りがチームのマイナスを補うことにも限界があるのだろう。留学生の加入によってチーム全体のレベルアップが図られることが重要であり、マイナスを補うことではなく、プラスを産むことが目指すところである。 この問いは、監督時代のジョセフ・オツオリ以来、数えきれないほど自問自答してきたことだ。その時の思いが再び蘇った。 駅伝や今回のような選考会には、エースの存在が重要であることは疑う余地がない。 しかしながら、それ以上にエース各(複数)の存在が必要であり、それにつれてチームの底上げや総合力が試されるのだろう。 今回選考されたチームは一くくりにチーム状況を解説できぬほど個性的である。とは言え、共通して言えることは、留学生の有無に関わらず、この選考レースを戦い抜く戦略としてトレーニングを積み重ね、戦術としてのレース展開をまっとうできたからにほかならない。 この日を境に次のようなルートマップが描かれた。 ・出雲駅伝→全日本大学駅伝→箱根駅伝と向かう大学(全日本、箱根ともシード権獲得と今回の予選通過の東洋、早稲田、帝京) ・出雲駅伝→箱根駅伝となるチーム(法政) ・箱根駅伝予選会→全日本大学駅伝→予選会を通過すれば箱根駅伝(東海、日体、立教、神奈川、中央、東京国際) ・箱根駅伝予選会→通過すれば箱根駅伝(関東予選に出場した大学では明治、日大、山梨学院、中央学院、駿河台、麗澤、東農、国士、専修、順天、流経、亜細亜などを含めた数10校が参加) そして、10月17日の午前には箱根駅伝予選会で終了する大学が決定づけられる。 古代中国の『礼記』に「学然後知不足、教然後知困」とある。 「学びて然(しか)る後に足らざるを知り、教えて然る後に困(くる)しむを知る」と読む。 この箴言の意味は「学ぶことで自分に足らないことが分かる。学ばなければ足らない事すら分からない」。そして「人に教えることで、自分の不勉強に気づかされる。自分の未熟さを知ることで努力しなければならないことに気づかされる」ということだろうか。 残念ながら選考順位に至らなかったチームにあっても、何かしら課題と収穫はあったはず。後悔やミス、レース展開や心理的な不覚を含めて、課題は対策の立案となり次の目標に向けて始動するしかない。 予選会は選手以上に指導者の方々の苦悩が伝わってくるものだ。まさに“教えて然るのちに困しむを知る”である。 その苦しみの先にこそ歓喜が訪れることを信じ、秋のシーズンを待ちたい。上田誠仁 Ueda Masahito/1959年生まれ、香川県出身。山梨学院大学スポーツ科学部スポーツ科学科教授。順天堂大学時代に3年連続で箱根駅伝の5区を担い、2年時と3年時に区間賞を獲得。2度の総合優勝に貢献した。卒業後は地元・香川県内の中学・高校教諭を歴任。中学教諭時代の1983年には日本選手権5000mで2位と好成績を収めている。85年に山梨学院大学の陸上競技部監督へ就任し、92年には創部7年、出場6回目にして箱根駅伝総合優勝を達成。以降、出雲駅伝5連覇、箱根総合優勝3回など輝かしい実績を誇るほか、中村祐二や尾方剛、大崎悟史、井上大仁など、のちにマラソンで世界へ羽ばたく選手を多数育成している。2022年4月より山梨学院大学陸上競技部顧問に就任。 |
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