2024.04.17
多様な個性の力をレースで発揮させるチームビルディングが結実
2023年から2024年にかけてトヨタ自動車陸上長距離部のゼブラカラーのユニフォームがトラック、駅伝、マラソンで好結果を残し続けた。佐藤敏信総監督が2008年に監督に就任して以来、「世界への挑戦」と「駅伝優勝」の両立を目指してきたチーム作りが熊本剛監督に受け継がれ、成果が発揮されたかたちだ。そのためのノウハウの一つとして発展を目指すのが高地トレーニング。実際に海外に足を延ばすだけでなく、日本気圧バルク工業の「O2Room®」をトレーニングとリカバリーに活用している。戦力がますます充実する新シーズンも躍進は続きそうだ。
4度目のニューイヤー駅伝制覇「思い通りの駅伝ができた」
元日のニューイヤー駅伝(全日本実業団駅伝)で8年ぶり4度目の優勝を果たしたトヨタ自動車。2015年、16年と連覇した後は1度の5位以外は2位と3位を繰り返し、ハイレベルな安定感を見せていたが、頂点には手が届いていなかった。佐藤敏信総監督は今大会の勝因は二つあったと振り返る。
「一つ目はエースがしっかり仕事をしたこと。2区太田智樹、3区田澤廉で流れを作れました。もう一つは5区を走った田中秀幸で後続を突き放したことです。全体を見ても7人全員が役割を果たしましたし、思い通りの駅伝ができました」
太田は前回、3区で区間賞。その後も強さを増し、ハーフマラソンでは1時間00分08秒と日本記録に肉薄している。また、ニューイヤー駅伝3週間前の日本選手権10000mで日本歴代2位となる27分12秒53の好記録で2位。今大会では新たに最長区間となった2区で区間賞の走りを見せてチームを先頭に引き上げた。
ルーキー田澤は日本選手権10000mは4位ながら、27分22秒31と自己ベストを更新。今大会の区間6位は不本意な結果だが、「腰の状態が万全でなかったことを考えれば十分」というのが佐藤総監督の評価。事実、この2区間の合計タイムで他の追随を許さず、後続との差を広げている。
また、後半区間の立役者だった田中は連覇時には6区で連続区間賞の選手だが、今回の5区起用は早い段階から構想に入っていた。
「向かい風や起伏に強い選手で、私が監督時代から5区で使いたいイメージは持っていたんです。今季は夏から距離が踏めていて8月の北海道マラソンを走り、また2月の大阪マラソンも決まっていて、練習ができていました。今回はいけるという手応えを持って送り出しました」(佐藤総監督)
その期待に応える区間賞の走りで、首位の座を確かなものにした。前半と後半で2度、リードを広げられる布陣は盤石だった。
世界を見据えながら駅伝も勝つチーム作りの理念を体現
今回のニューイヤー駅伝で最高の結果を手にしたが、内容面でもトヨタ自動車が求めてきたチーム作りの理念を実現できたといえる。それは個人種目での世界への挑戦と駅伝の両立だ。
12月に行われた日本選手権10000mの出場は35歳のベテラン・大石港与を含めた3名で最多勢力タイであり、太田と田澤の2名入賞は他にはないハイレベルな結果。また、10月のマラソングランドチャンピオンシップ(MGC)出場を逃した東京で日の丸をつけた服部勇馬と、MGCで苦杯を喫したオレゴン世界選手権代表の西山雄介は、3月の東京マラソンに向けた過程で挑んだ駅伝だった。トラック直後、マラソンへの準備期間ゆえにそれぞれ調整が難しい面はあったが、その両立こそ2008年に佐藤総監督が監督として指導を始めてから目指し続けてきたものだ。
「実業団で競技をしている以上、駅伝の結果を求められるのは当然のこと。世界と戦う上でもそれを覚悟して臨まないといけませんし、その両立ができる強さを身につけないことには世界と戦えないと考えています。結果的に雄介、勇馬ともパリの代表にはなれませんでしたが、雄介は東京マラソンで自己ベストでしたし、勇馬もマラソン練習で新たなチャレンジをしている最中。2人は入社以来、駅伝で初の優勝ですので、取り組みへの手応えも大きかったはずです」(佐藤総監督)
他にもチーム作りの難しさがあった。それは選手の活動拠点が1箇所だけではなかったこと。大石が2022年夏から中大のプレーイングコーチ(2024年4月から中大コーチに就任)になってチームを離れ、また田澤は母校・駒大で大八木弘明総監督の指導を受け、太田も田澤の海外合宿に帯同することも多い。2022年より佐藤総監督の後を受けた熊本剛監督は駅伝へ向けたチーム作りへの苦労は否定しないが、その状況も当然のことと受け止めている。
「選手のトレーニング環境も多様化している時代で、さまざまなかたちで強化を図る必要があります。ただ、チームとしての活動とのバランスを取っています。方針として世界と戦うことを目指し、同時に駅伝でしっかり結果を残すことはぶれずにやり、かつどこを拠点にしてもチーム内でライバル関係を持てるように意識しています」
日本選手権10000mに出場した3名は故障対策に気を配ると同時に、2ヵ月後に東京マラソンを控えた西山、服部もスピード強化のプロセスとしてニューイヤー駅伝の6区、7区で好走した。こうした両立のノウハウが確立していたことも駅伝日本一奪回へとつながったのだろう。
新体制で受け継がれ、深化する高地トレーニングのノウハウ
佐藤総監督から熊本監督へ受け継がれたもののなかで見逃せないのが高地トレーニングのノウハウ。佐藤総監督は現役時代から実体験を持ってその開発を進めており、リカバリーについても深い知見がある。熊本監督もコーチ時代から米国ニューメキシコ州アルバカーキやユタ州パークシティなどに足を運び、深化を進めていた。2016年には「O2Room®」のブランド名で酸素ルーム業界の最先端を突き進む日本気圧バルク工業の低圧低酸素ルーム1台と高気圧酸素ルーム2台を導入。日常的に高地と同じ環境でのトレーニングと、高いレベルのリカバリーを実践している。
「世界トップの長距離選手を見た時に高地トレーニングをしていない選手はいません。その高地環境が寮内に作れることはうれしい限りです。高地合宿前に寮内の低圧低酸素ルームで高地環境に慣らしていると、実際に高地に行った時の順化がスムーズになりやすいです。また、故障からの立ち上げ段階では外で走るより脚への負荷を抑えられるトレッドミルを使うことがよくあるので、同時に心肺機能や酸素循環能力を引き上げるのに低圧低酸素ルームは非常に役立っています。心拍数を高めることで故障から早い段階でのレース復帰ができます」(熊本監督)
現在、「低酸素ルーム」は一般化してきているが、その多くは施設内に窒素ガスを送り込み、気圧は変わらない「常圧低酸素」。一方、日本気圧バルク工業のO2Room®は実際の高地と同様に気圧まで下げ、「低圧低酸素」の実現ができるところが決定的に異なるポイントで、普段の練習環境に居ながら高地と同じトレーニングが可能となっている。
トヨタ自動車の大型O2Room®内にはトレッドミル2台とバイクが2台あり、同時に4人が使用可能だ。安全面から必ず2名以上での入室を定め、パルスオキシメーターで血中酸素飽和度(SpO2)を測定しながら、体内に取り込まれる酸素濃度の減少を確認し、効果的なトレーニングをしている。また、高気圧酸素ルームは逆に気圧を高めることで酸素濃度が上昇し、疲労回復や治療促進に活用されている。年末年始、日本選手権10000mからニューイヤー駅伝までの3週間のコンディショニングにも大いに役立ったそうだ。
トレーニングとリカバリーで日本気圧バルク工業の「O2Room®」を活用
トヨタ自動車陸上長距離部ではほぼすべての部員がO2Room®のヘビーユーザーだが、チームの主将でもある服部はその代表格。2021年夏に行われた大一番のマラソン前にはO2Room®内の気温を上げ、暑熱対策として利用しているだけでなく、日常的にバイクを使ってのトレーニングを取り入れ、最大心拍数に近いところまで追い込んでいる。
「普段の練習だけでなく駅伝前などの大きなレース前で出遅れている時などに、O2Room®内でのバイクでのインターバルトレーニングで追い込み、間に合わせたことがあります」(服部)
今年の東京マラソン前はケニアのニャフルルやンゴングでの合宿も行い、実際の高地合宿にも取り組んだ。以前からジョグでの走行距離を重んじ、土台作りを大切にしてきたが、今は常時、朝から20km以上の距離を踏むことを心がけ、ポイント練習以外の面での強度も維持するスタイルへと転換中だ。そのためO2Room®の使用頻度と重要性はこれまで以上に増していると話す。
西山雄介は昨年末から3月の東京マラソンでパリに向けた設定タイム「2時間5分50秒」の達成に向け、量、質ともに過去にないレベルのトレーニングを自身に課してきた。2017年の入社以来、低圧低酸素ルーム内でのロングジョグやペースランニングなど、自身の強化スタイルを作り上げてきたが、今回、高い目標にチャレンジするにあたり、リカバリーの重要性も再確認したという。
ポイント練習後の高気圧酸素ルームの使用は最低でも90分を必須とし、連続での使用をすることも増えた。また、調整期にはレースの5日前、3日前に入室し、コンディショニングに役立てている。
「東京では2時間6分31秒と設定タイムには届きませんでしたが、駅伝で初めて優勝でき、その後も日本代表最後の1枠を懸けて集中してトレーニングに取り組めたことは収穫です。これまで作り上げてきたO2Room®の使い方も生きたと思います。マラソン練習自体は毎回アップデートできているので、次に向け、気持ちを切り替えて取り組みます」
2023年2月の大阪マラソンで2時間6分45秒の初マラソン日本最高記録(当時)を出し、ブダペスト世界選手権代表となった西山和弥はその後、右臀部腱を痛め、MGCを欠場。駅伝も優勝メンバーには入れなかったが、東京マラソンで2時間10分29秒にまとめ、「世界選手権よりいい走りができました。まだ万全ではないですが、身体さえ整えば、上のレベルで戦える手応えを得られました」と復活へのきっかけをつかんだ。
その故障中と復帰直後の立ち上げからマラソンまでO2Room®をフル活用したという。
「昨年の9月、10月はほぼノーランでしたので、勇馬さんに教えていただいたメニューで毎日、低圧低酸素ルームでバイクを漕いでいました。同時に酸素を体内で回して早く治そうと、高気圧酸素ルームにも毎日入っていたんです。それもあり、走り出してからはスムーズでした」
母校・東洋大にもO2Room®が設置されており、「自分がいた頃にはなかったですが、今の学生は若いうちから活用できるのは大きなメリットになるはずです。どんどん使ってほしい」とアドバイスを送る。
新戦力にもノウハウ伝授、2024年も世界を目指す
太田は3月16日に米国・ロサンゼルスで行われた「The Ten」10000mで27分26秒41で日本人トップに入った。田澤はコンディション不良でこのレースは欠場したが、5月3日の日本選手権10000m(静岡・エコパスタジアム)ではともにパリ行きを目指す。入社したばかりの鈴木芽吹(駒大卒)、吉居大和(中大卒)もそこに加わってくるはずだ。西山和弥もシーズン前半は10000mを主戦場とすることを明言している。一方、西山雄介は前半戦もロードを軸とし、ハーフマラソンへの参戦を予定している。
服部もこれまで以上にマラソンを見据えた取り組みを進めるため、トラックのタイムを狙うことなく、次戦への準備を進める予定だ。
「さまざまな個性がチーム内で競い合い、切磋琢磨できるチームになってきましたし、それに見合うだけの環境も整ったと思います。今の選手たちはそれぞれのやり方でO2Room®を活用していますし、このノウハウは新人にも教えていくつもりです。競技への取り組み方は多様化していますが、高地トレーニングは常に軸に置き、世界を目指しつつ、駅伝も勝つチーム作りをこれからも進めます」(佐藤総監督)
佐藤総監督、熊本監督体制で3年目のシーズンも世界挑戦の舞台が続く。ゼブラカラーのユニフォームを着た選手たちが、これまで以上に躍動する姿が見られそうだ。
※この記事は『月刊陸上競技』2024年5月号に掲載しています
多様な個性の力をレースで発揮させるチームビルディングが結実
2023年から2024年にかけてトヨタ自動車陸上長距離部のゼブラカラーのユニフォームがトラック、駅伝、マラソンで好結果を残し続けた。佐藤敏信総監督が2008年に監督に就任して以来、「世界への挑戦」と「駅伝優勝」の両立を目指してきたチーム作りが熊本剛監督に受け継がれ、成果が発揮されたかたちだ。そのためのノウハウの一つとして発展を目指すのが高地トレーニング。実際に海外に足を延ばすだけでなく、日本気圧バルク工業の「O2Room®」をトレーニングとリカバリーに活用している。戦力がますます充実する新シーズンも躍進は続きそうだ。4度目のニューイヤー駅伝制覇「思い通りの駅伝ができた」
元日のニューイヤー駅伝(全日本実業団駅伝)で8年ぶり4度目の優勝を果たしたトヨタ自動車。2015年、16年と連覇した後は1度の5位以外は2位と3位を繰り返し、ハイレベルな安定感を見せていたが、頂点には手が届いていなかった。佐藤敏信総監督は今大会の勝因は二つあったと振り返る。 「一つ目はエースがしっかり仕事をしたこと。2区太田智樹、3区田澤廉で流れを作れました。もう一つは5区を走った田中秀幸で後続を突き放したことです。全体を見ても7人全員が役割を果たしましたし、思い通りの駅伝ができました」 太田は前回、3区で区間賞。その後も強さを増し、ハーフマラソンでは1時間00分08秒と日本記録に肉薄している。また、ニューイヤー駅伝3週間前の日本選手権10000mで日本歴代2位となる27分12秒53の好記録で2位。今大会では新たに最長区間となった2区で区間賞の走りを見せてチームを先頭に引き上げた。 ルーキー田澤は日本選手権10000mは4位ながら、27分22秒31と自己ベストを更新。今大会の区間6位は不本意な結果だが、「腰の状態が万全でなかったことを考えれば十分」というのが佐藤総監督の評価。事実、この2区間の合計タイムで他の追随を許さず、後続との差を広げている。 また、後半区間の立役者だった田中は連覇時には6区で連続区間賞の選手だが、今回の5区起用は早い段階から構想に入っていた。 「向かい風や起伏に強い選手で、私が監督時代から5区で使いたいイメージは持っていたんです。今季は夏から距離が踏めていて8月の北海道マラソンを走り、また2月の大阪マラソンも決まっていて、練習ができていました。今回はいけるという手応えを持って送り出しました」(佐藤総監督) その期待に応える区間賞の走りで、首位の座を確かなものにした。前半と後半で2度、リードを広げられる布陣は盤石だった。 [caption id="attachment_132706" align="alignnone" width="800"] トヨタ自動車陸上長距離部を強豪チームに導いた佐藤敏信総監督[/caption]世界を見据えながら駅伝も勝つチーム作りの理念を体現
今回のニューイヤー駅伝で最高の結果を手にしたが、内容面でもトヨタ自動車が求めてきたチーム作りの理念を実現できたといえる。それは個人種目での世界への挑戦と駅伝の両立だ。 12月に行われた日本選手権10000mの出場は35歳のベテラン・大石港与を含めた3名で最多勢力タイであり、太田と田澤の2名入賞は他にはないハイレベルな結果。また、10月のマラソングランドチャンピオンシップ(MGC)出場を逃した東京で日の丸をつけた服部勇馬と、MGCで苦杯を喫したオレゴン世界選手権代表の西山雄介は、3月の東京マラソンに向けた過程で挑んだ駅伝だった。トラック直後、マラソンへの準備期間ゆえにそれぞれ調整が難しい面はあったが、その両立こそ2008年に佐藤総監督が監督として指導を始めてから目指し続けてきたものだ。 「実業団で競技をしている以上、駅伝の結果を求められるのは当然のこと。世界と戦う上でもそれを覚悟して臨まないといけませんし、その両立ができる強さを身につけないことには世界と戦えないと考えています。結果的に雄介、勇馬ともパリの代表にはなれませんでしたが、雄介は東京マラソンで自己ベストでしたし、勇馬もマラソン練習で新たなチャレンジをしている最中。2人は入社以来、駅伝で初の優勝ですので、取り組みへの手応えも大きかったはずです」(佐藤総監督) 他にもチーム作りの難しさがあった。それは選手の活動拠点が1箇所だけではなかったこと。大石が2022年夏から中大のプレーイングコーチ(2024年4月から中大コーチに就任)になってチームを離れ、また田澤は母校・駒大で大八木弘明総監督の指導を受け、太田も田澤の海外合宿に帯同することも多い。2022年より佐藤総監督の後を受けた熊本剛監督は駅伝へ向けたチーム作りへの苦労は否定しないが、その状況も当然のことと受け止めている。 「選手のトレーニング環境も多様化している時代で、さまざまなかたちで強化を図る必要があります。ただ、チームとしての活動とのバランスを取っています。方針として世界と戦うことを目指し、同時に駅伝でしっかり結果を残すことはぶれずにやり、かつどこを拠点にしてもチーム内でライバル関係を持てるように意識しています」 日本選手権10000mに出場した3名は故障対策に気を配ると同時に、2ヵ月後に東京マラソンを控えた西山、服部もスピード強化のプロセスとしてニューイヤー駅伝の6区、7区で好走した。こうした両立のノウハウが確立していたことも駅伝日本一奪回へとつながったのだろう。 [caption id="attachment_132705" align="alignnone" width="800"] トヨタ自動車陸上長距離部の選手たちは寮内にある日本気圧バルク工業製のO2Room®を積極活用。マラソンで日本代表となった実績のある西山雄介(左)、服部勇馬(中央)、西山和弥の3選手は特に利用頻度が高いという。赤いラッピングが施された低圧低酸素ルームは幅2.5m、高さ2.6m、奥行き6.0mのビッグサイズで、中にはトレッドミル2台とバイク2台を設置。右端に見える白い高気圧酸素ルームは同じサイズを2台導入している[/caption]新体制で受け継がれ、深化する高地トレーニングのノウハウ
佐藤総監督から熊本監督へ受け継がれたもののなかで見逃せないのが高地トレーニングのノウハウ。佐藤総監督は現役時代から実体験を持ってその開発を進めており、リカバリーについても深い知見がある。熊本監督もコーチ時代から米国ニューメキシコ州アルバカーキやユタ州パークシティなどに足を運び、深化を進めていた。2016年には「O2Room®」のブランド名で酸素ルーム業界の最先端を突き進む日本気圧バルク工業の低圧低酸素ルーム1台と高気圧酸素ルーム2台を導入。日常的に高地と同じ環境でのトレーニングと、高いレベルのリカバリーを実践している。 「世界トップの長距離選手を見た時に高地トレーニングをしていない選手はいません。その高地環境が寮内に作れることはうれしい限りです。高地合宿前に寮内の低圧低酸素ルームで高地環境に慣らしていると、実際に高地に行った時の順化がスムーズになりやすいです。また、故障からの立ち上げ段階では外で走るより脚への負荷を抑えられるトレッドミルを使うことがよくあるので、同時に心肺機能や酸素循環能力を引き上げるのに低圧低酸素ルームは非常に役立っています。心拍数を高めることで故障から早い段階でのレース復帰ができます」(熊本監督) [caption id="attachment_132708" align="alignnone" width="800"] 熊本剛監督はコーチ時代から米国のアルバカーキやパークシティなどに足を運び、佐藤総監督から受け継いだ高地トレーニングのノウハウをさらに深化させている[/caption] 現在、「低酸素ルーム」は一般化してきているが、その多くは施設内に窒素ガスを送り込み、気圧は変わらない「常圧低酸素」。一方、日本気圧バルク工業のO2Room®は実際の高地と同様に気圧まで下げ、「低圧低酸素」の実現ができるところが決定的に異なるポイントで、普段の練習環境に居ながら高地と同じトレーニングが可能となっている。 トヨタ自動車の大型O2Room®内にはトレッドミル2台とバイクが2台あり、同時に4人が使用可能だ。安全面から必ず2名以上での入室を定め、パルスオキシメーターで血中酸素飽和度(SpO2)を測定しながら、体内に取り込まれる酸素濃度の減少を確認し、効果的なトレーニングをしている。また、高気圧酸素ルームは逆に気圧を高めることで酸素濃度が上昇し、疲労回復や治療促進に活用されている。年末年始、日本選手権10000mからニューイヤー駅伝までの3週間のコンディショニングにも大いに役立ったそうだ。 [caption id="attachment_132712" align="alignnone" width="800"] 充実したトレーニングルームでは筋力強化や心肺機能強化だけでなく、高気圧酸素ルームでハイレベルなリカバリーが可能となっている[/caption]トレーニングとリカバリーで日本気圧バルク工業の「O2Room®」を活用
トヨタ自動車陸上長距離部ではほぼすべての部員がO2Room®のヘビーユーザーだが、チームの主将でもある服部はその代表格。2021年夏に行われた大一番のマラソン前にはO2Room®内の気温を上げ、暑熱対策として利用しているだけでなく、日常的にバイクを使ってのトレーニングを取り入れ、最大心拍数に近いところまで追い込んでいる。 「普段の練習だけでなく駅伝前などの大きなレース前で出遅れている時などに、O2Room®内でのバイクでのインターバルトレーニングで追い込み、間に合わせたことがあります」(服部) [caption id="attachment_132711" align="alignnone" width="800"] チーム内で最もO2Room®を使用している服部。脚への負担が少ないバイク漕ぎやトレッドミルでのランニングを行いつつ、低圧低酸素環境で心肺機能に高い負荷をかけて自らを追い込んでいる[/caption] 今年の東京マラソン前はケニアのニャフルルやンゴングでの合宿も行い、実際の高地合宿にも取り組んだ。以前からジョグでの走行距離を重んじ、土台作りを大切にしてきたが、今は常時、朝から20km以上の距離を踏むことを心がけ、ポイント練習以外の面での強度も維持するスタイルへと転換中だ。そのためO2Room®の使用頻度と重要性はこれまで以上に増していると話す。 西山雄介は昨年末から3月の東京マラソンでパリに向けた設定タイム「2時間5分50秒」の達成に向け、量、質ともに過去にないレベルのトレーニングを自身に課してきた。2017年の入社以来、低圧低酸素ルーム内でのロングジョグやペースランニングなど、自身の強化スタイルを作り上げてきたが、今回、高い目標にチャレンジするにあたり、リカバリーの重要性も再確認したという。 ポイント練習後の高気圧酸素ルームの使用は最低でも90分を必須とし、連続での使用をすることも増えた。また、調整期にはレースの5日前、3日前に入室し、コンディショニングに役立てている。 「東京では2時間6分31秒と設定タイムには届きませんでしたが、駅伝で初めて優勝でき、その後も日本代表最後の1枠を懸けて集中してトレーニングに取り組めたことは収穫です。これまで作り上げてきたO2Room®の使い方も生きたと思います。マラソン練習自体は毎回アップデートできているので、次に向け、気持ちを切り替えて取り組みます」 [caption id="attachment_132716" align="alignnone" width="800"] 高い目標にチャレンジするためリカバリーの重要性も再確認したという西山雄介は、試合のある週は3日間、高気圧酸素ルームの使用をパターン化している[/caption] 2023年2月の大阪マラソンで2時間6分45秒の初マラソン日本最高記録(当時)を出し、ブダペスト世界選手権代表となった西山和弥はその後、右臀部腱を痛め、MGCを欠場。駅伝も優勝メンバーには入れなかったが、東京マラソンで2時間10分29秒にまとめ、「世界選手権よりいい走りができました。まだ万全ではないですが、身体さえ整えば、上のレベルで戦える手応えを得られました」と復活へのきっかけをつかんだ。 その故障中と復帰直後の立ち上げからマラソンまでO2Room®をフル活用したという。 「昨年の9月、10月はほぼノーランでしたので、勇馬さんに教えていただいたメニューで毎日、低圧低酸素ルームでバイクを漕いでいました。同時に酸素を体内で回して早く治そうと、高気圧酸素ルームにも毎日入っていたんです。それもあり、走り出してからはスムーズでした」 母校・東洋大にもO2Room®が設置されており、「自分がいた頃にはなかったですが、今の学生は若いうちから活用できるのは大きなメリットになるはずです。どんどん使ってほしい」とアドバイスを送る。 [caption id="attachment_132710" align="alignnone" width="800"] ブダベスト世界選手権の後、臀部の故障で苦しんだ西山和弥。まったく走れなかった昨年9月、10月は低圧低酸素ルーム内でのバイクで体力維持に努めたという[/caption]新戦力にもノウハウ伝授、2024年も世界を目指す
太田は3月16日に米国・ロサンゼルスで行われた「The Ten」10000mで27分26秒41で日本人トップに入った。田澤はコンディション不良でこのレースは欠場したが、5月3日の日本選手権10000m(静岡・エコパスタジアム)ではともにパリ行きを目指す。入社したばかりの鈴木芽吹(駒大卒)、吉居大和(中大卒)もそこに加わってくるはずだ。西山和弥もシーズン前半は10000mを主戦場とすることを明言している。一方、西山雄介は前半戦もロードを軸とし、ハーフマラソンへの参戦を予定している。 服部もこれまで以上にマラソンを見据えた取り組みを進めるため、トラックのタイムを狙うことなく、次戦への準備を進める予定だ。 「さまざまな個性がチーム内で競い合い、切磋琢磨できるチームになってきましたし、それに見合うだけの環境も整ったと思います。今の選手たちはそれぞれのやり方でO2Room®を活用していますし、このノウハウは新人にも教えていくつもりです。競技への取り組み方は多様化していますが、高地トレーニングは常に軸に置き、世界を目指しつつ、駅伝も勝つチーム作りをこれからも進めます」(佐藤総監督) 佐藤総監督、熊本監督体制で3年目のシーズンも世界挑戦の舞台が続く。ゼブラカラーのユニフォームを着た選手たちが、これまで以上に躍動する姿が見られそうだ。 [caption id="attachment_132718" align="alignnone" width="800"] トヨタ自動車陸上長距離部の選手たちはO2Room®を活用したトレーニングやリカバリーのメニューをチーム内で共有しながら切磋琢磨している[/caption] ※この記事は『月刊陸上競技』2024年5月号に掲載していますRECOMMENDED おすすめの記事
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