2023.09.18
1年7ヵ月ぶりフルマラソンで快走 ラストチャンスでMGC切符つかむ
2024年パリ五輪の出場権を懸けたマラソングランドチャンピオンシップ(MGC)が10月15日に行われる。前回、東京五輪の代表選考となった第1回のMGCを制したのが当時23歳になったばかりの前田穂南(天満屋)。マラソン6レース目での快挙だった。
前回のMGCでは初マラソンから半年後の北海道マラソンで初優勝を飾り、いの一番での出場権を得たが、第2回となる今回は、それとは正反対にラストチャンスで滑り込み、29人中29番目での権利獲得となった。その3月の名古屋ウィメンズマラソンでは日本歴代11位の好タイムで復活を果たして2位に食い込んだ鈴木亜由子(日本郵政グループ)に次ぐ3位と力走。鈴木からは40秒遅れたものの2年ぶりに自己記録を58秒更新する2時間22分32秒をマークし力を示した。
コロナ禍で1年延期となった東京五輪では、ケガなどもあり思ったような調整ができず33位に終わった前田。その後も右足踵の疲労骨折、コロナの罹患、左足のくるぶしを痛めるなどアクシデントが相次ぎ、今年の名古屋は実に1年7ヵ月ぶりのフルマラソンだった。
25㎞過ぎに先頭集団から遅れても粘りの走りでペースをキープ。練習過程も決して満足のいくものではなかっただけに、「不安もありましたが、最後までしっかり走れたことは今後の自信になります。体調が万全ならもっと走れると感じたレースでした」とレース後、淡々と振り返った。
前回優勝した2019年の第1回MGCでも、男子はもちろん、女子でもほとんどの選手がいわゆる〝厚底シューズ〟を着用。それでも前田は、「東京五輪までは履き慣れた今までと同じ薄底のソーティシリーズで臨み、その後に必要なら替えていこうと思っていました」と、シューズの影響で自分の走り、リズムが壊れてしまうことやケガのリスクを避け、武冨豊監督いわく「放っておけば、練習後もいつまでもジョグをしている」というコツコツ積み上げた努力を糧に挑んでいた。
名門高校の補欠から憧れの五輪の舞台へ
「小さい頃から運動が大好きで小4から水泳、5・6年時にはミニバスケットボールに打ち込んでいました」と話すように活発な少女だった。
中学にバスケットボール部がなかったため、小学校時代の先生からの勧めもあって中学では陸上の道へ。その中学時代、2009年ベルリン世界陸上で銀メダルに輝いた尾崎好美(第一生命)の最後まであきらめない走りに感動し、マラソンを志した前田。
中学時代の1500mのベストは4分40秒10(2011年の中学ランキング99位)。全国大会はおろか近畿大会への出場経験もなかったが、大阪の強豪・薫英女学院高からの誘いを受けてその門をくぐった。高校時代は1500mで府大会の大会記録を更新するなど活躍したが、全国経験はゼロ。貧血などもあって力を出し切れず、3年時にチームが初優勝を飾った全国高校駅伝でも控えに甘んじた。
大きな転機となったのは天満屋に進んでから。社会人2年目、20歳のときから取り組みはじめたマラソンによって〝眠っていた素質〟が開花。
「トラックではなかなか思ったような結果を残せていませんが、マラソンなら自分の持ち味を生かせる」と、2戦目の北海道マラソンで優勝して自信を深め、中学時代からの目標だった日本代表、夢の五輪切符をつかんでみせた。
晴の国・岡山に拠点を置く天満屋は、五輪では現在ヘッドコーチを務める山口衛里が2000年のシドニーで7位入賞を果たしたのを皮切りに、続くアテネでは坂本直子が7位、北京では中村友梨香、ロンドンでは重友梨佐、東京の前田を含め至近6大会のうちリオを除く5大会で女子マラソン代表を送り込んできた。
この「継続性」こそが天満屋のDNAであり、今回のMGCにも前田に加えて2019年のドーハ世界選手権で7位に食い込んでいる谷本観月、さらに渡邉桃子、大東優奈、松下菜摘と実業団女子チームでは最多となる5人の出場を予定するなど、その真髄を存分に発揮。チームメイトが切磋琢磨することで互いを高め合い、MGCでも複数人の代表入りを目論んでいる。
そんな名門にあって主軸としてチームをけん引する前田。歴代の選手と比べても「走る練習以外もきっちりやれていますし、朝練習でも何も言わなくても自分の課題を見つけてプラスで行っています。ケガなどもありましたが、集中力、継続性、安定感はピカイチ」と1996年に監督に就任して以降、30年近くに渡り指導にあたる武冨氏も以前のインタビューで取り組む姿勢を高く評価していた。
「自分でもマラソン向き」と話し、その性格、特長、さらにチームの持ち味とが相まって前田の現在地がある。
東京五輪後、厚底シューズに変更 「走り方自体が全然変わってくる感じ」
33位と不本意な結果に終わった東京五輪の直後から、自らの走りの感覚をより磨くことのできる履きなれた薄底シューズ(ソーティーシリーズ)からランナーの主流となっていた厚底シューズ(メタスピードシリーズ)へ満を持して変更。しかし、相次ぐ故障などで本格的な使用にはなかなか至らず、結局、今年3月の名古屋ではレース用は一度の試し履きもすることなくぶっつけ本番で使用。
それもシューズへの信頼の証でもあるが、「今から思えば、最初は初めての感覚で確かに違和感はありました。でも、レースではアドレナリンが出ているので、まったく気になりませんでした」と回想する。
普段のレースやポイント練習などでは、ふくらはぎから張りが出ると言うが「練習でもそうですが、走る時の筋肉の使い方って言いますか、薄底とは全然違うのと、厚底は反発もすごく強かったり。走り方自体が全然変わってくる感じです。ふくらはぎの張りはほとんど出ませんが、腸脛とか太腿が全体的に張り、腰とかお尻回りとかも疲労が出る感じです」と薄底シューズと厚底シューズの違いを口にする。
シューズの変更によって走りの感覚やフォームが変わってきたことで当然、練習内容や意識するポイントにも変化が出てきた。
「体幹をこれまで以上に意識しないと進まない感覚があり、上半身にも疲れが出るようになったことで、補強や動きづくりのポイントも変わってきました」と、体幹トレーニングをはじめ短距離選手のように、お尻周りをうまく使えるような練習も取り入れるようになった。
中学時代からアップ用、ジョグ用、スピード練習用、試合用などシューズを履き分けてきたこともあり、厚底シューズを導入した当初は、「足への負担も大きいと感じていたのでジョグの際は薄底、ペース走などは厚底と履き分けていましたが、感覚がまったく違い、どっちも走れなくなったので、慣らす意味でもジョグからずっと厚底を履くようにしました」と、対応しきれず苦しんだ。名古屋ウィメンズ前までは、まだ履き慣れるために常に厚底シューズを使用していたと言うが、「名古屋が1割程度だとすると、やっと厚底に対応した走りが意識しなくてもできるようになってきました」と現状を口にする。
そんな前田を見守ってきた山口ヘッドコーチも「厚底を履き始めた当初はジョグなどでも後傾姿勢になったりぎこちない感じでしたが、ここに来てようやくフォームも落ち着いてきましたね。進む感じが出てきて、スピード練習の設定タイムも東京五輪前と比べても確実に上がっています」と変化を話す。
アシックスのシューズは「自分に一番合っている」
名古屋ウィメンズマラソン後も、右膝に痛みが出るなど順調さを欠いたが、5月末に行った米国・アルバカーキでの合宿から練習を再開。帰国後、北海道、大分などでの合宿を経て徐々に調子を取り戻すと共に厚底シューズへの対応も順調。8月末から再びアルバカーキに行き、標高約1800mの高地で本格的な走り込みを行ってMGCに備える。
「東京五輪ではケガなどもあって結果を残すことができなかったので、今回のMGCでも優勝してパリ五輪の切符を獲得しリベンジしたいです」と意気込みを話す。
薄底から厚底にタイプは変わっても、中学時代に履き始めたアシックスを「自分の足に一番合っている」と、今もなお履き続けている。天満屋、そして前田の特長でもある「継続性」。
「40㎞走などポイント練習を行った次の日も、朝練習は欠かさず行います。そうした日常の積み重ねが成長につながると思っています」と武冨監督。
時代と共に変化するものもあれば、信念を持って積み重ねるべきものがある。一見、単純に見えるこの繰り返しこそが、天満屋、そして前田の強さを支えている。マラソンを走っている時は、アドレナリンが出て常に「無の状態」だという。前田にとってマラソンは「自分を一番表現できる場」であり、その魅力を「ゴールするまで何が起こるかわからない」ところだと表現する。
東京の時は思ったような練習が積めず、ワクワク感を持ってスタートラインに立つことができなかった。信頼するパートナー(シューズ)と共に挑む2回目のMGCではどんな状態、気持ちでスタートラインに立つのだろうか。
「パリでしっかり結果を残すためにも、そこにつながるレースをして優勝したい」。そう話す前田の瞳がキラリと光った。
文/花木 雫、撮影/ Sidekicker 森脇育典
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「小さい頃から運動が大好きで小4から水泳、5・6年時にはミニバスケットボールに打ち込んでいました」と話すように活発な少女だった。 中学にバスケットボール部がなかったため、小学校時代の先生からの勧めもあって中学では陸上の道へ。その中学時代、2009年ベルリン世界陸上で銀メダルに輝いた尾崎好美(第一生命)の最後まであきらめない走りに感動し、マラソンを志した前田。 中学時代の1500mのベストは4分40秒10(2011年の中学ランキング99位)。全国大会はおろか近畿大会への出場経験もなかったが、大阪の強豪・薫英女学院高からの誘いを受けてその門をくぐった。高校時代は1500mで府大会の大会記録を更新するなど活躍したが、全国経験はゼロ。貧血などもあって力を出し切れず、3年時にチームが初優勝を飾った全国高校駅伝でも控えに甘んじた。 大きな転機となったのは天満屋に進んでから。社会人2年目、20歳のときから取り組みはじめたマラソンによって〝眠っていた素質〟が開花。 「トラックではなかなか思ったような結果を残せていませんが、マラソンなら自分の持ち味を生かせる」と、2戦目の北海道マラソンで優勝して自信を深め、中学時代からの目標だった日本代表、夢の五輪切符をつかんでみせた。 晴の国・岡山に拠点を置く天満屋は、五輪では現在ヘッドコーチを務める山口衛里が2000年のシドニーで7位入賞を果たしたのを皮切りに、続くアテネでは坂本直子が7位、北京では中村友梨香、ロンドンでは重友梨佐、東京の前田を含め至近6大会のうちリオを除く5大会で女子マラソン代表を送り込んできた。 この「継続性」こそが天満屋のDNAであり、今回のMGCにも前田に加えて2019年のドーハ世界選手権で7位に食い込んでいる谷本観月、さらに渡邉桃子、大東優奈、松下菜摘と実業団女子チームでは最多となる5人の出場を予定するなど、その真髄を存分に発揮。チームメイトが切磋琢磨することで互いを高め合い、MGCでも複数人の代表入りを目論んでいる。 そんな名門にあって主軸としてチームをけん引する前田。歴代の選手と比べても「走る練習以外もきっちりやれていますし、朝練習でも何も言わなくても自分の課題を見つけてプラスで行っています。ケガなどもありましたが、集中力、継続性、安定感はピカイチ」と1996年に監督に就任して以降、30年近くに渡り指導にあたる武冨氏も以前のインタビューで取り組む姿勢を高く評価していた。 「自分でもマラソン向き」と話し、その性格、特長、さらにチームの持ち味とが相まって前田の現在地がある。 [caption id="attachment_113704" align="alignnone" width="800"] 前回のMGCで前田は2位の選手に4分近い大差をつける2時間 25分15秒で圧勝した©Getsuriku[/caption] [caption id="attachment_113665" align="alignnone" width="800"] 念願の東京五輪の出場権を最高のかたちで獲得して笑顔が弾けた©Getsuriku[/caption]東京五輪後、厚底シューズに変更 「走り方自体が全然変わってくる感じ」
33位と不本意な結果に終わった東京五輪の直後から、自らの走りの感覚をより磨くことのできる履きなれた薄底シューズ(ソーティーシリーズ)からランナーの主流となっていた厚底シューズ(メタスピードシリーズ)へ満を持して変更。しかし、相次ぐ故障などで本格的な使用にはなかなか至らず、結局、今年3月の名古屋ではレース用は一度の試し履きもすることなくぶっつけ本番で使用。 それもシューズへの信頼の証でもあるが、「今から思えば、最初は初めての感覚で確かに違和感はありました。でも、レースではアドレナリンが出ているので、まったく気になりませんでした」と回想する。 普段のレースやポイント練習などでは、ふくらはぎから張りが出ると言うが「練習でもそうですが、走る時の筋肉の使い方って言いますか、薄底とは全然違うのと、厚底は反発もすごく強かったり。走り方自体が全然変わってくる感じです。ふくらはぎの張りはほとんど出ませんが、腸脛とか太腿が全体的に張り、腰とかお尻回りとかも疲労が出る感じです」と薄底シューズと厚底シューズの違いを口にする。 シューズの変更によって走りの感覚やフォームが変わってきたことで当然、練習内容や意識するポイントにも変化が出てきた。 「体幹をこれまで以上に意識しないと進まない感覚があり、上半身にも疲れが出るようになったことで、補強や動きづくりのポイントも変わってきました」と、体幹トレーニングをはじめ短距離選手のように、お尻周りをうまく使えるような練習も取り入れるようになった。 中学時代からアップ用、ジョグ用、スピード練習用、試合用などシューズを履き分けてきたこともあり、厚底シューズを導入した当初は、「足への負担も大きいと感じていたのでジョグの際は薄底、ペース走などは厚底と履き分けていましたが、感覚がまったく違い、どっちも走れなくなったので、慣らす意味でもジョグからずっと厚底を履くようにしました」と、対応しきれず苦しんだ。名古屋ウィメンズ前までは、まだ履き慣れるために常に厚底シューズを使用していたと言うが、「名古屋が1割程度だとすると、やっと厚底に対応した走りが意識しなくてもできるようになってきました」と現状を口にする。 そんな前田を見守ってきた山口ヘッドコーチも「厚底を履き始めた当初はジョグなどでも後傾姿勢になったりぎこちない感じでしたが、ここに来てようやくフォームも落ち着いてきましたね。進む感じが出てきて、スピード練習の設定タイムも東京五輪前と比べても確実に上がっています」と変化を話す。アシックスのシューズは「自分に一番合っている」
名古屋ウィメンズマラソン後も、右膝に痛みが出るなど順調さを欠いたが、5月末に行った米国・アルバカーキでの合宿から練習を再開。帰国後、北海道、大分などでの合宿を経て徐々に調子を取り戻すと共に厚底シューズへの対応も順調。8月末から再びアルバカーキに行き、標高約1800mの高地で本格的な走り込みを行ってMGCに備える。 「東京五輪ではケガなどもあって結果を残すことができなかったので、今回のMGCでも優勝してパリ五輪の切符を獲得しリベンジしたいです」と意気込みを話す。 薄底から厚底にタイプは変わっても、中学時代に履き始めたアシックスを「自分の足に一番合っている」と、今もなお履き続けている。天満屋、そして前田の特長でもある「継続性」。 「40㎞走などポイント練習を行った次の日も、朝練習は欠かさず行います。そうした日常の積み重ねが成長につながると思っています」と武冨監督。 時代と共に変化するものもあれば、信念を持って積み重ねるべきものがある。一見、単純に見えるこの繰り返しこそが、天満屋、そして前田の強さを支えている。マラソンを走っている時は、アドレナリンが出て常に「無の状態」だという。前田にとってマラソンは「自分を一番表現できる場」であり、その魅力を「ゴールするまで何が起こるかわからない」ところだと表現する。 [caption id="attachment_113750" align="alignnone" width="800"] アシックスのレーシングシューズ「METASPEED」シリーズはストライド型、ピッチ型のそれぞれの走法に合ったタイプがあり、前田は自らの走法に合ったタイプで勝負する[/caption] 東京の時は思ったような練習が積めず、ワクワク感を持ってスタートラインに立つことができなかった。信頼するパートナー(シューズ)と共に挑む2回目のMGCではどんな状態、気持ちでスタートラインに立つのだろうか。 「パリでしっかり結果を残すためにも、そこにつながるレースをして優勝したい」。そう話す前田の瞳がキラリと光った。 文/花木 雫、撮影/ Sidekicker 森脇育典 アシックスはマラソングランドチャンピオンシップのオフィシャルパートナーです。 走法に合ったレーシングシューズが、高いパフォーマンスを生み出す。 勝ち方は、ひとつだけか。 METASPEED™シリーズ 詳細はこちら。 〈関連記事〉 Close-up 太田智樹(トヨタ自動車) シューズを履き分け練習効果を最大化 、“新時代のトレーニング”を実践 Close-up 細谷恭平(黒崎播磨) ~前編~ 東京マラソンでの“チャレンジ”を振り返る 日本記録を上回るペースで攻めた理由とは? Close-up 細谷恭平(黒崎播磨) 後編 “シューズの履き分け”が抜群の安定性の要因 MGC、パリ五輪への意欲は? 早稲田大学 名門復活へのポイントは効率的なトレーニングの継続 シューズを履き分け、練習効果を最大化へRECOMMENDED おすすめの記事
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