Countdown TOKYO 2020 山本聖途(『月刊陸上競技』2019年5月号誌面転載記事)

Countdown TOKYO 2020

男子棒高跳 山本聖途(トヨタ自動車)
東京五輪の「メダル」へ進化中 新技術導入でアベレージ向上、日本記録は目前に

2013年モスクワ世界選手権の男子棒高跳で6位に食い込んだのが、中京大4年だった21歳。
あれから月日が経ち、27歳になった。
勢いで跳んでいたというスタイルから、近年は〝新技術〟を磨き、新たな跳躍スタイルを確立しつつある。
昨夏のアジア大会は大会新となる5m70で金メダルに輝くと、今年1月には、ドーハ世界選手権の参加標準記録(5m71)をクリア。
「オリンピックの聖火台に向かって一途にがんばれ」という思いが込められた名前を持つ山本聖途(トヨタ自動車)は、2020年東京五輪の〝メダル〟へ、確実に近づいている──。
●文/酒井政人

2016年12月から練習拠点を変更

2016年夏のリオ五輪が、4年前のロンドン五輪と同じ記録なしに終わった後、山本聖途(トヨタ自動車)は同年12月から、練習拠点をそれまでの母校・中京大から日体大に移している。

「コーチ不在の状況で2年以上やってきて、ちょっと限界を感じていたんです。小林(史明/日体大監督)コーチに本格的にトレーニングを見てもらうために拠点を変えました」

中京大4年だった2013年のモスクワ世界選手権では6位入賞。
だが、卒業時に指導を希望していたフランス人コーチが、中国ナショナルチームのコーチに就任。
その後も外国人指導者を探したものの、山本の条件に合う人物は見つからない。
その後、国際大会では華々しい結果を残すことはできなかった山本は、思い悩んだ末に、かねてからアドバイスを受けていた小林コーチから本格的に指導を受けることになったのだ。

「僕が持っていた跳躍スタイルを1回整理して、小林コーチが求めている動き、スタイルを一から作り上げてきました。それまでやってきていないことばかりだったので、当初は不安がありましたが、少しずつかたちになってきています」

山本は、「勢いで跳ぶタイプで、何も考えずに跳躍をしていた」という技術をリセット。
〝新たな跳躍スタイル〟に挑戦している。一番のポイントは踏み切ってからの「空中動作」を向上させることだ。

「ポールを曲げてから、上に上がっていく角度を修正しているところです。以前は身体を振り切ってから、バーに身体がまっすぐ向かっていたんですけど、バーの手前側から越えていくことを意識しています。そのためには、ポールをしっかり曲げこんで、下半身を大きく振って、一気に倒立姿勢にならないといけません。それがなかなか難しいんです」

空中動作については、それまで「欠点」だと思っていなかったが、海外の上位選手はこのような跳び方をしているそうで、「僕はまだできていなくて5m70台。マスターできれば、5m90以上が狙えるという自覚があります」と言う。
他にもポールの持ち方を変更している。
以前は「助走が安定する」ことから、ポールを少し斜めに持っていたが、小林コーチのアドバイスでまっすぐ持つようにした。

「腕でリズムを取らないと、身体がブレちゃうんです。そうするとスピードが出ない。上体をリラックスして、ポールをまっすぐ持つのは難しいですね。また、ピットの左寄りからスタートを切るようにしました。少し右斜めに向かって走るクセがあるので、レーンの真ん中で踏み切れるようにするためです」
小林コーチの指導で、山本の跳躍スタイルは確実に変わりつつある。

アジア大会で狙い通りの金メダル

練習拠点を移してからの2年間(17~18年)は、「やっていることは変わらない」と、新技術の定着を目指してきた。
その中で、昨年は3月に渡米。ロサンゼルスで1ヵ月間、パーソナルトレーナーと徹底的に身体作りを行った。
拠点としたのは「EXOS」。北米4大プロスポーツリーグ(NFL、MLB、NBA、NHL)をはじめ、世界のトップアスリートがオフシーズンなどにトレーニングを行う施設。山本は例年11月に実施していたメニューを、春先に取り組んだことになる。

「シーズンの最後まで体力的にもたないので、1年間しっかり通せるように、小林コーチの勧めで初めて3月に行きました。筋トレがメインで、走る練習はほとんどやっていません。その影響が出た1年になりましたね」

4月29日の織田記念は5m40(3位)、5月20日のゴールデングランプリ大阪も5m40(4位)とシーズン序盤は良くなかった。
「筋肉量が増えて、体脂肪は減って、身体はキレていたんですけど、走れていなかったので跳べなかった。僕は織田記念から5m80くらいを跳ぶ気でいたんです。EXOSのトレーニングは本当にキツいので、これだけやっていれば跳べるだろう、という単純な考えでいたんですけど、小林コーチは想像通りだったみたいです」
だが、重要な時期に向けて、一気に調子が上がる。6月下旬の日本選手権に5m70で圧勝。
そして、「4年前は記録なしに終わっているので絶対に金メダルを取ろうという話をコーチとしていた」8月下旬のアジア大会は、大会新の5m70をクリアし、狙い通りのアジア制覇。9月の全日本実業団対抗選手権も5m65で完勝した。

「シーズンの最後までしっかり試合をこなすことができたのは、3月のアメリカが良かったんじゃないでしょうか」と山本。
同時に実感したことは、「コーチを信頼して、自分なりにこの技術が必要だと受け入れた。
それが記録の安定につながっているのかなと思います」。
「ちょっともったいなかった」というのが記録面。昨年のシーズンベストは日本選手権とアジア大会の5m70だったが、アジア大会の直前練習では〝大台〟をクリアしたという。
「調子がすごく良くて、6mまでゴムバーを上げて、初めて跳ぶことができたんです。本番でも自己ベストは跳びたかったですし、全日本実業団も力みが出てしまいました」と、残念がる。
※この続きは2019年4月12日発売の『月刊陸上競技』5月号をご覧ください