「逆襲」のプロ・スプリンター ケンブリッジ飛鳥(『月刊陸上競技』2019年2月号誌面転載記事)

「逆襲」のプロ・スプリンター ケンブリッジ飛鳥

〝モヤモヤ〟続いたリオ後の2年「来季こそ爆発したい」

日大を卒業して社会人1年目のシーズン(2016年)に大ブレイクした、男子短距離のケンブリッジ飛鳥(Nike/当時・ドーム)。日本選手権の100mで山縣亮太(セイコー)と桐生祥秀(日本生命/当時・東洋大)を終盤の爆発力で蹴散らし、初優勝。その年のリオ五輪では100mで準決勝まで進出すると、銀メダルに輝いた4×100mリレーではアンカーを務め、ジャマイカのウサイン・ボルトに次いでフィニッシュした。翌年からプロに転向したケンブリッジはロンドン世界選手権、ジャカルタ・アジア大会と2017年、18年の主要大会代表になっているものの、彼本来の走りが影を潜めている。17年に10秒08(-0.9)まで自己記録を縮めたが、18年のシーズンベストは10秒12(+0.9)にとどまり、「ここ2年間はずっとモヤモヤが続いている」状態。そこからの脱却を図って再び上昇軌道に戻すため、ケンブリッジはこの冬、海外に行かず母校の日大グラウンドで走り込んでいた。

10月半ばから冬季トレーニング

東京・世田谷にある日大グラウンドは、冬休みに入った附属の高校生も練習にやってきて賑わっていた。師走も押し詰まった12月25日。天気予報では「クリスマス寒波」の到来が言われていたが、風さえなければ日差しが暖かい。
午前9時半から小一時間、ダイナマックス・メディシンボールなどを使ったフィジカル・トレーニングでウォーミングアップを済ませたケンブリッジは、額にうっすら汗を浮かべていた。
8月末のジャカルタ・アジア大会で2018年シーズンを終え、10月半ばには冬季トレーニングに入った。「シーズン中の感覚が良くなかったので、秋のレースは見送って、ちょっとゆっくりしてから、普段より早めに来季に向けたトレーニングに入りました」とケンブリッジ。「最初の2週間は完全オフにしたんですけど、その後は動いてないのが気持ち悪くて、週に1~2回グラウンドに来て、300m1本走ったりして帰るとかしてました」と言って笑う。それも含めて1ヵ月半の休養期間は「一番長いオフかもしれません」。
冬季トレーニングの火曜日と土曜日は走ることがメインで、特に火曜日はスピード系のメニューが中心。この日の本練習は300m+200m+100m+200mで、つなぎはウォーク。サングラスに白の長袖シャツ、黒のアンダータイツ姿のケンブリッジは後輩の学生4人を従え、最初の300mを36秒台で走ったが、だんだんと疲労が溜まり、最後の200mは1人で遅れてやることに。ストップウォッチを持つ渕野辰雄コーチ(日大短距離コーチ)が「もがくなよ」と叫ぶ中、何とか走り終えたケンブリッジは、しばらく横になって回復を待った。
「2セットじゃなくて良かったな」と苦笑いしながら、選手たちに声をかける渕野コーチ。ケンブリッジは「火曜と土曜はいつもヘロヘロで、ぶっ倒れてます」と打ち明けるが、充実した練習が継続できている様子で、表情はシーズン中より明るかった。

1年前の米国長期合宿は「行って良かった」

1年前の冬は米国アリゾナ州のクラブチーム「Altis」に単身で行き、年末年始の一時帰国を挟んで11月から年明け4月まで4ヵ月半、長期滞在してトレーニングを積んだ。決してアジア大会をないがしろにしたわけではないが、2018年は世界選手権もオリンピックもない年。2020年の東京五輪を考えると、「普段と違ったことに挑戦するのはこの時期かな」と決断した。

※この続きは2019年1月12日発売の『月刊陸上競技』2月号をご覧ください