北海道マラソン2018優勝インタビュー/鈴木亜由子(『月刊陸上競技』2018年10月号誌面転載記事)

マラソン初挑戦の理由は「自分の可能性を広げておきたかったから」

女子長距離のトラック種目で2016年のリオ五輪に出場し、その前後の世界選手権(15年北京、17年ロンドン)でも代表入りしている鈴木亜由子(日本郵政グループ)が、8月26日に行われた「北海道マラソン2018」でマラソン・デビューした。北京世界選手権の5000mでは15分08秒29(日本歴代5位)をマークし、8位入賞まであと0秒29と迫ったスピードランナー。今年の日本選手権でも10000mで31分57秒82で2位に入るなど、トラックレースにまだまだ可能性を残してのマラソン挑戦の意図は何だったのか。26歳の夏、2時間28分32秒で北の大地を駆け抜け、初マラソン初優勝を飾った鈴木選手にレースの翌々日、じっくりとその真意を聞いてみた。

初めてマラソンを走ってわかったこと

──初めてのマラソンを走り終えて、今どんな気持ちですか。
鈴木 本当に未知の領域だったので、まずは「無事にゴールできて良かったな」というのが第一の感想です。MGC(マラソングランドチャンピオンシップ)への出場権を獲得できて今は身が引き締まる思いですし、レース展開は前半抑えめで後半上げるという一番走りやすい展開だったので、それでは今後戦えないということも感じています。どんなレースにも対応できる力をつけていきたい、と思いました。

──今回はMGC切符が取れればいい、という目標だったとか?
鈴木 はい、そうです。2時間30分を切って勝ちたいと思ってましたけど、初めから欲を出さず、しっかり自分のペースを刻んで42.195kmを走り切ろうと思ってました。

──最初の5kmが17分50秒ですから、スローな入りでした。
鈴木 でも、メチャメチャ遅いとは思わなかったんです。腕時計もしなかったですし。とりあえず中間点のタイム(1時間14分44秒)を見て、「ここから(ペースが)落ちなければ2時間30分を切れるな」と。

──ゴールタイム2時間30分を目標に男子のペースメーカーが25kmまで付きましたけど、中間点までは何を考えながら走ってましたか。
鈴木 ペースがそんなに速くなくても、「ちょっと脚が重いな」と感じたり、「今はすごく楽だな」と思ったり。後半より、ペースメーカーがいるうちの方が「大丈夫かな」と思う時が多かったですね。

──11.8kmあたりで谷本観月選手(天満屋)が1人先頭集団から抜け出し、25kmでは53秒差がありました。
鈴木 沿道からチームのスタッフがタイム差を教えてくれてたので、「結構離れたな」とか「がんばらないとな」と思ってたんです。でも、相手がものすごく調子が良いということでなければ、折り返してからは追い風になるし、1kmで3~5秒ずつ縮めていけば追いつけるなあと思ってました。

──前田彩里選手(ダイハツ)をかわして2位に上がったのが28km、谷本選手を抜いてトップに立ったのが32.9km付近です。30kmから35kmが17分12秒で、このレースの最速ラップを刻んでます。
鈴木 最後は練習の方が呼吸が苦しかったですし、ペースも上げられる感覚があったんです。実際のレースでは、前腿とふくらはぎにかなり突っ張りが出てきて、ピキッとなるんじゃないかという怖さがありました。それでゴールできなくなるのだけは避けたかったので、最後はかなり安全運転になりましたね。

──トップスピードに上げてない?
鈴木 そうですね。まだまだ弱いんだな、と実感しました。ガクッと落ちることはないのもわかっていたんですけど。ただ、脚がどうにかなっちゃって、ゴールできない不安の方が大きかったです。

──それは、どのあたりからですか。
鈴木 ラスト10kmを切ったあたりですかね。それが筋力の問題なのか、食事に起因するのか、水分摂取の問題なのか。何が原因でそうなったのかわからないですけど、そうやって課題が見つかったので、原因を探りながら課題を修正し、次のレースに臨むのがマラソンなのかなと感じましたね。マラソンって予測できることに対してはしっかり準備するけれども、やっぱり予想外のことが起こるので、それにどう対応していくかがすごく大事なのかなと思いました。

──走る前はマラソンに対してどんなイメージを持っていたのですか。
鈴木 「30kmの壁」があると聞いてたので、30kmを過ぎたら苦しいのかな、重たくなるのかな、と身構えていたのですが、それはなかったです。呼吸も練習の方がつらかったです、追い込んでいたので。その中でもきつくなったり、楽になったりがあって、これがマラソン特有の苦しさなのかなとは思いましたね。最後は「行きたいけど、行き急ぐな」と自分に言い聞かせてました。行き急いでパッタリいくのが怖かったので(笑)。

マラソン挑戦を意識した時

──自分の中で「マラソンをやってみようかな」と思い始めたのはいつ頃ですか。
鈴木 今年は年末年始に実家(愛知県豊橋市)へ帰っていたので、初詣に地元の神社へ行ったんです。その時、絵馬に「MGC出場権獲得」「全日本実業団駅伝優勝」と今年の目標を書きました。そのあたりですかね。去年、MGCという選考システムが発表になった時も「出てみたい」と思いましたけど。

──東京五輪をマラソンで狙うと決めて、MGCに出ようというのではなく、そこはボヤーッとしたまま?
鈴木 ボヤーッとしてるんですけど、マラソンも1本走ってみないことには、自分がマラソンできるのかどうかもわからないと思ったんです。確かに、トラックでオリンピックや世界選手権に出て、本当に入賞を目指してやったのに届かず、悔しい気持ちはあるんです。だからと言ってトラックだけに狭めてやるのももったいない気がしてきて、自分の可能性を広げる意味でもマラソンに挑戦してみたい、という気持ちになりました。

──トラックかマラソンかとはっきり決めないで、どちらにも転べるように可能性を広げておきたい?
鈴木 そうですね。マラソン挑戦が、もしかしたらトラックに生きるかもしれないですし。本当に「自分の可能性を広げたい」というのが、そもそもの発想なんです。

──髙橋(昌彦)監督とは当初、どんな話し合いをされたのでしょうか。
鈴木 私は生半可な気持ちでマラソン挑戦を意識したわけではないんですけど、監督は「とりあえず」とか「まず」というのはイヤだったらしく、「やるんだったら初マラソンには万全の準備をして臨ませたい」と言われました。きちんと段階を踏んで、夏にはアジア大会のトラックレース、秋にハーフマラソン、年明けにマラソンというプランですね。

──そうすると、MGCの年に初マラソンということになります。
鈴木 私、監督の言うことはわかるし、監督はこれまで何人もマラソン選手を見てきているので、そこには絶対的な信頼を置いているんです。ただ、そうなるとMGCを取る最後のチャンスが初マラソンになる。どれだけプレッシャーがかかるのか、と思ったんです。それに私、実業団に入って4年間、元気だったことがないんです(笑)。練習ができたら走れるというのはわかるんですけど、ケガをしない保証がないと思って……。だから、とりあえず今は走れてるし、暑い夏の方が脚の状態はいいので、確かに不安はあるけど、「今できそうだからやります」というような話をしました。

──それが日本選手権の後ですか。
鈴木 日本選手権の前からそういう話はしていて、本当にやると決めたのは日本選手権のレース後です。

──鈴木さんは暑さにめっぽう強いそうですね。
鈴木 夏場の練習の方が、冬よりはるかに好きです。冬になると血行が悪くなって、ケガの一因になりますし、動きも足先の感覚がなくなっちゃうので、蹴った時の感覚が全然違うんです。あと、もしMGCに出るとなった時に、夏のマラソンを経験しておくのもいいかなと思いました。
※この続き2018年9月14日発売の『月刊陸上競技』10月号をご覧ください