高校陸上界最前線2018 ~ 女子走幅跳 高良彩花(園田学園3兵庫)  (『月刊陸上競技』2018年8月号誌面転載記事)

日本&アジア・ジュニア女王インターハイ3連覇と「6m50」に照準ピタリ

6月上旬のアジア・ジュニア選手権で高校タイ・U20日本タイ記録となる6m44(+0.8)をジャンプし、金メダルに輝いた高良彩花(園田学園3兵庫)が、6月22 日の日本選手権でも快挙を成し遂げた。福岡・三潴高1年だった山下博子が8連覇へのスタートを切ったのが1967年。そして2連覇目となった68 年以来、50 年ぶりの〝高校生連覇〟を達成し、女子MVPにも輝いたのだ。全中を制して、インターハイも2連覇中。日本選手権でも大活躍したスーパー女子高生は今季、どのように〝進化〟を続けてきたのか。日本選手権の翌日、兵庫へ帰る直前の高良を直撃。怒涛の4連戦となった6月と、今後について話を聞いた。

怒涛の6月4連戦を振り返って

高良彩花(園田学園3兵庫)にとって、2018年6月は〝嵐のような日々〟になった。尼崎ナイター記録会(6月2日)、アジア・ジュニア選手権(6月7日~10日)、インターハイ近畿地区大会(6月14~17日)、日本選手権(6月22~24日)と4週連続で試合をこなすと、そのすべてで〝結果〟を残した。アジア・ジュニア選手権では金メダルを獲得。高校タイ・U20日本タイ記録となる6m44(+0.8)の跳躍は、「助走後半のさばきが良くて、踏み切りも乗っている感じがあり、かなり浮いたジャンプでした」と新井宏昌先生が評価するほどのパフォーマンスだった。兵庫、岐阜、滋賀、山口という4県で高良はどんな戦いをしてきたのか。

──まずは日本選手権の連覇おめでとうございます。一夜明けて、優勝の喜びが少しは湧いてきたんじゃないですか?
高良 優勝はうれしいですけど、記録があまり良くなかったので、さほど喜びは湧いてきません。昨日と同じ感想ですね(笑)。
──朝起きてみて、疲労度は大きかったですか?
高良 試合の後はいつも腰が痛くなるんですけど、今朝は身体もガチガチに固まっていました。
──4週連続で走幅跳の試合が続きました。そのすべてが終わり、今は安堵した状態でしょうか?
高良 そうですね。ホッとしたことで、一気に疲れが襲ってきました。でも、身体的には100mハードルにも出場した近畿インターハイの方がしんどかったです。
──今季は2月の日本陸連U18のシドニー遠征で6m12(+0.7)。4月22日の兵庫リレーカーニバルでは追い風参考で6m27(+3.3)、公認でもセカンドベストの6m17(+0.8)をマークしました。その後、5月末のインターハイ兵庫県大会は4×100mリレーのみの出場で、翌週から走幅跳は4連戦でした。初戦の尼崎ナイター記録会(6月2日)はどういう意図で出場したんですか?
高良 兵庫県大会が「免除」になったこともあり(※)、兵庫リレーカーニバル以降は試合がなかったんです。アジア・ジュニアの
前に足合わせをしておいた方がいいという考えです。3本跳びましたけど、感触は良かったです。

※注:アジア・ジュニア代表の選手はインターハイ都府県大会のエントリー種目はシード

──尼崎ナイター記録会は6m31(+2.1)をマークしています。そして、アジア・ジュニアで6m44が飛び出しました。どんな跳躍だったのですか?
高良 「ファウルをしてもいい」くらいの気持ちで前半から思い切り出て、後半も躊躇(ちゅうちょ)せずに行き、うまく刻むことができました。踏み切りが今までにないくらい、バコーンと鳴って。ビックリしすぎて覚えていないんですけど、空中動作もうまくできたと思います。
──6m44という記録を知ったときは、どんな感想でしたか?
高良 今出るか? という感じでしたね(笑)。6m30くらいは跳べるかなという感触はあったんですけど、そこまでは想像してなかったので。
──その後、近畿大会を挟んで日本選手権を迎えることになります。どんなシミュレーションをしていたんですか?
高良 近畿は6位以内に入ることだけを考えていました。日本選手権はU20世界選手権(7月10日~15日/フィンランド・タンペレ)の代表に選ばれたので、6m30くらいのアベレージを出したいと思っていました。連覇については特に意識していなかったです。
──近畿大会と日本選手権では「調整」が違ったと思いますが、どのように合わせてきたのですか?
高良 近畿の前までは練習もしっかりやってきたんですけど、近畿の後は疲労を抜きながら、合わせた感じです。

日本選手権は1回目の記録で2連覇決定

日本選手権では1回目に6m22(+0.5)を跳んでトップに立った高良は、3回目に6m14(-0.1)、4回目に6m17(+0.4)
をマーク。他の選手は6m10を超えることもできず、高校生ジャンパーの〝連覇〟が決まった。しかし、新井先生は、「アジア・ジュニア選手権で6m44を跳んだ時は、着地の最後まで身体がまっすぐに入ってきていたんですけど、日本選手権はちょっとズレていましたね。(着地で)右足が先に砂場に着くなど、もったいない部分がありました」と振り返る。決して満足な跳躍ができたわけではなかった。
(構成/酒井政人)

※この先は2018年7月14日発売の『月刊陸上競技』8月号でご覧ください